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ЯeinCarnation  作者: 小桜 丸
2章:アカデミー前期

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2:24『血染めの皇女』


 四匹の伯爵と向かい合う皇女ヘレン。私は大木に背を付けながら座り込み、その光景を傍観する。


「血染めの皇女、お前がどうしてここに……!?」

「一時間前、私の元へ新任教師から救援要請の伝書が届いた。急いでアストラまで足を運んでみれば……この有様だ」


 一時間前という発言を私は(いぶか)しがる。グローリアからアストラまで三時間は掛かるはずだ。


「ど、どうするんだよ? ステラ様無しで、俺らがアイツに敵うのか?」

「怯えんな! 俺たちは伯爵だぞ!? アイツは所詮人間、それに取り巻きがいない今があの血染めの皇女を殺すチャンスだろうが!」 


 四匹の伯爵は顔を見合わせると一斉に地を蹴り、取り囲むような形で殺そうと襲い掛かるが、


「ここには原罪がいたのか。折角なら顔を合わせてみたかったものだが――」

「「「――ッ!?」」」


 ヘレンは握りしめていたルクスαを器用に一回転させ、伯爵共の首を一瞬にして跳ねてしまった。その動きは剣で宙をなぞるに過ぎないもの。


「――今はお前たちを粛正する」

「ウガッ!? いつの間に、杭をッ……グォアアァアァ……ッ!?」


 背後から襲い掛かってきた一匹の伯爵の胸には、既に金剛石の杭が深々と突き刺さり、断末魔を上げる間もなく灰へと成り果てる。


「クソッ、なめやがってェエェッ!」


 頭部を再生したうちの一匹が、右手に生やした鋭い爪をヘレンの腹部に向かって突き刺そうとしたが、


「な……ッ?!」

「意外に脆いな」


 自身の肉体へ届く前にヘレンは伯爵の右手首を掴み、小枝を折るかのようにそのまま握りつぶした。


「ンガァッ!?」


 握りつぶした手で次は伯爵の顔を鷲掴みにする。凄まじい握力なのか、頑丈な伯爵の顔は血を噴き出し、ボロ雑巾のように歪んでいく。


「やはり伯爵と食屍鬼の硬さ、一体何が違うのか分からないな」

「グギャアァアァア……ッ!!?」

「な、なんで人間が、素手で俺らの肉体を潰せるんだよ……?!」


 頭部が破裂したと同時に、ヘレンは空いている手で金剛石の杭を取り出し、伯爵の心臓へ深々と突き刺した。仲間の二匹が灰にされ、生き残った伯爵共はその場で後退りをしてしまう。 


「このッ、この化け物がァアァーーッ!!」

「おい待て!」

 

 生き残った内の一匹が、側に生えていた大木を地面から引き抜き、ヘレンに向かって投擲する。


「……う、嘘だろ?」


 しかし大木はヘレンの前でピタリと静止した。その光景に思わず、伯爵共は目を見開く。


「自然を破壊するなと。公爵(デューク)に言われていないのか?」


 何故ならヘレンは自身に向かって飛んできた大木を、片手ですんなりと受け止めたから。そして何食わぬ顔で受け止めた大木を、伯爵たちへ投げ返した。


「な、何なんだよあの化け物はァッ!?」

「落ち着け! むやみに襲い掛かっても――」

「うるせェ、黙れェエェッ!」


 飛んできた大木を伯爵特有の怪力で粉砕し、目を血走らせ、ヘレンの目の前で鋭利な爪を振り上げた瞬間、


「――あ?」


 伯爵の機敏な動きが止まる。血が滴る音が聞こえ、伯爵が自身の胸部を見下ろせば、


「吸血鬼は人間とは違い、心臓の色が黒だと聞いていたが……本当に黒色だとはね」


 ヘレンが伯爵の心臓を胸から抉り出し、手の平の上で興味深そうに観察していた。伯爵は血を吐き、ぽっかりと空いた胸の穴を押さえながら、自身の心臓へ手を伸ばす。


「が、がえぜ……ッ!」

「駄目だ」

「グァアッ、アッグァアァァア……ッ!?」


 ヘレンは即答すると金剛石の杭を黒色の心臓へゆっくりと突き刺していく。伯爵は地面の上で、血反吐を散らしながら苦しみ悶えた。


「お前たち吸血鬼に返すものは何も無い」


 そして心臓に金剛石の杭を貫通させれば、悶えていた伯爵の肉体は灰となる。ヘレンは最後に生き残った伯爵を見据えながら、白色のディスラプター零式の銃口を自身の頭部に突き付けた。


「お前、何をしていやがる……?」

「どうせお前はここで消える。だったら最後に私がこの時代で、人類の希望だと言われる所以(ゆえん)を一つ教えてあげようかと」

「所以……?」


 ヘレンは伯爵と私の前で、躊躇なく引き金に指を掛け、何十発も自身の頭部に弾丸を撃ち込む。周囲に赤い血液が飛び散り、ヘレンの白色の制服が赤く染め上がった。


「は、はははッ……おいおい、気でも狂ったのか?」


 銃声が鳴り止み、空笑いする伯爵。当然だが一般的な人間は頭部に弾丸を撃ち込まれれば、大抵は即死する。だが私に背を向け立っているこの女は、


「所以の一つは――私が不死だから」


 平然とした表情でディスラプターの銃口を下に向けていた。頭部に空いた穴からは、撃ち込まれた弾丸が血飛沫と共に吐き出される。


「は、はぁ? ふ、不死?」

「私に与えられた加護の一つは不死の加護。心臓を抉り出されようが、四肢を千切られようが、私は死ぬことがないんだ」

「ば、馬鹿げてるだろ……! 俺たちよりもお前の方がよっぽどの人外(・・)――」

 

 ヘレンは瞬きする間に、伯爵の顔を右手で鷲掴みにし、地面へと叩きつけた。その威力は地面が半球に抉られるほど。力量はステラをも軽々と越えている。


「私は人外じゃない。人外とは人としての生き方を誤り、人としての生き方を奪う者たちだ。そう、お前たち吸血鬼のようにな」

「グァアァァァ……ッ!?!」


 顔に食い込むヘレンの指先。伯爵は暴れ回り、ヘレンの右手をへし折ろうとするが、金剛石以上の頑丈さをしているのかびくともしない。


「私たち人類はこの時代で吸血鬼に勝利を収める。深い深い地獄の底で、私たちの栄光を見上げていろ」


 ヘレンは金剛石の杭を左脚のホルスターから取り出すと、伯爵の脳天と四肢に一本ずつ突き刺し、


「……人類に栄光あれ」

「グッガァアァアァアァアァ……ッ!?」

 

 最後に心臓へ杭を貫通させ伯爵へ引導を渡す。肉体は灰へと変わり、生温い風に吹かれると、その場から跡形もなく消えてしまった。


「君、立てるか?」


 吸血鬼に見せていた冷酷な表情とは打って変わって、ヘレンは温情に満ちた表情で私へ手を差し伸ばしてくる。


「……っ」

「無理をしてはいけない。避難所まで私が君を背負う。手を首に回してくれ」

「これぐらい、問題ない……」

「素直になれ」


 奇妙な力の使い過ぎか、それとも肉体の限界か。立っているだけで精一杯の私を、ヘレンは腰を下ろして軽々と背負った。


「……なぜ私がここにいると?」

「アーサーだよ。アーサーが『僕の生徒を助けてくれ』と君の居場所を教えてくれた。急いで駆けつけてみれば、どういうことか伯爵が四体もいたんだ」

「そうか」

「この森で、実習訓練で何があったのか。君の口から私に教えてくれないか?」


 避難所へ運ばれながらも私はこの森林地帯で起きたことを説明する。ただし私の奇妙な力の発現や、ステラ・レインズと顔見知りだったことは話してはいない。


「なるほど。原罪はともかく眷属という未知の存在が君たちに襲い掛かってきたと。その眷属の姿は三つ頭の巨大な犬で、炎を操ったり、周囲の音を消したりしたのか」

「その反応からするに、お前は眷属の存在を知らなかったのか?」

「……あぁ、初めて耳にしたよ」

「嘘をつくな」


 一瞬だけ言葉を喉に詰まらせたヘレンへ、私がすぐさま言及する。


「どうして君は私が嘘をついていると思うんだ?」

「根拠はない。長年の勘だ」

「はっはっはっ、長年の勘か? 随分と短い年月だな」

「だがお前は眷属の存在を知っていたはずだ。隠していることをすべて話せ」

 

 私が引き下がることなく、ヘレンへしつこく言及し続けた。ヘレンは問い詰めてくる私を微笑すると、


「君も他に隠していることがあるんだろう?」

「……どうだろうな」


 避難所の方角を見つめたまま、そう言葉を返す


「隠し事はお互い様だ。他人に言えないことは誰しもある」

「まるで私が何を隠しているか知っている……そう言いたげな口ぶりだな」

「少しだけ知っている。そう例えば……君が本物(・・)だということを」

「……本物か。何のことだか見当もつかん」


 この言葉は何とでも捉えられる。本物の吸血鬼、本物の転生者、本物のバートリ卿の娘。ヘレンは確実に、私の何らかの正体に気が付いている。 


「ではこうしようか。これからはお互いに気が乗った時、気になることを質問し合える。質問をされた方は必ず嘘をつかずに回答する。これで私も君も知りたいことを知れて、中立な立場になるだろう?」

「……乗ろう」


 この女は多くの情報を隠し持っているため、それらを確実に聞き出せる。そして質問をされれば、この女が私のことをどこまで掌握しているかも把握可能。私はヘレンの誘いに乗ることにした。


「まずは私から質問する。お前はあれだけ派手に暴れて、なぜホルスターの杭や弾倉の弾が減っていない? どういう手品だ?」 


 ホルスターに入る杭の数は八本だが、この女は八本以上は消費している。しかも六発のが限度のディスラプター零式で、十発以上の弾丸を連射していたのだ。


「ほう、眷属のことを聞かないのか」

「気が変わった」


 眷属についての情報は『元バートリ卿の眷属だった』『現状は原罪の眷属』『眷属の数は十匹』という三つの情報のみ。これらで質問内容を考えるには、あまりにも情報不足。


「私は十聖(じゅっせい)の加護を持つ。その中の一つに不失(ふしつ)の加護というものがある」

「……不失の加護?」

「消費物が尽きなくなる加護だ。私がどれだけ銃を発砲しても弾丸は尽きず、どれだけ杭を取り出してもホルスターから杭が消えることはない。これが君の質問の回答になる」


 通常、加護を与えられるのは一人一つまで。しかしこの女は十も加護を与えられているらしい。加護を複数与えられるのはアーネット家のみの特権だが、この女に関しては与えられすぎだ。


(……最前線で戦えるわけだ)


 特に死ぬことがない不死の加護。そして弾丸や杭が消費しない不失の加護。これだけでも規格外だというのに、まだ八つも加護を与えられているのだ。最前線で戦えて当然だろう。  

 

「次は私の番だな。そうだな、聞きたいことは……もし君が自我を持つ吸血鬼だとしたら、私たち人間の味方になるかどうかだ」

「……人間の肩を持ちたくもないが、吸血鬼共に付くつもりもない。私はこの命が尽きるまで――ただ吸血鬼共を始末し続けるだけだ」

「それが君の答えか」


 その返答を最後にお互い無言の時間が過ぎていく。そんな空気を変えようとヘレンが「そうだ」と何かを思い出した。


「グローリアに帰還したら君にピーナッツバターのトーストを振る舞おう。あれはとても美味しくてな」


 滅多打ちにされたこの肉体で、ピーナッツバターが塗られたトーストを想像してしまい、私は右手で口を押さえる。


「……私はピーナッツバターが大嫌いだ」

「何だって? あんなに美味しいのに、君は嫌いなのか?」

「雑草を口にした方がマシだ」


 そこから大して会話は盛り上がらないまま、ヘレンは私を背負いながら避難所まで歩き続けた。



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