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ЯeinCarnation  作者: 小桜 丸
11章:2年後の世界

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11:21『異体観測所:上層』


 前後左右にガタガタと揺られる馬車の中。

 私は足を組みながら向かい側に座っている三人の生徒へ一瞬だけ視線を向ける。


「なぁレオン、異体観測所って食屍鬼がうじゃうじゃいんのかな?」

「僕が知るわけないだろ」

「レオンさん、美味しい紅茶もありますわよね?」

「知るわけ──あるわけないだろ!」


 今日は校外学習当日。

 私たちが向かっているのは異体観測所だ。約束の時刻に集合し、アカデミー側が手配した馬車に乗せられ、一時間ほど馬車に揺られていた。 


(……結局、仕上がり切らんままか)


 オスカーの膝には擦り傷。

 レオンの手のひらは豆だらけ。

 リシアの目元はややクマができている状態。

 そう、こうなっているのは連携の仕上がりが今日まで合格基準まで届かなかったからだ。


『ま、また失敗ですわ……』

『はぁはぁっ……せんせー、強すぎじゃねぇ?』

『……? まだ男爵(バロン)程度しか出していないが』

『ムカつくんでっ……それ、やめてもらっていいですか?』


 数日前、私は訓練場で息切れしている三人を見つめていた。

 当の本人たちは話し合いをしたのか、初日よりも動きがマシになった。前衛と制圧が互いに衝突し合う、味方への誤射……これらは当然のようになくなっている。


『事実を言ったまでだ。それよりも、なぜ男爵程度に翻弄されている?』

『『『……』』』


 だがどうしても噛み合わない。

 いや、噛み合わないというより敵を追えていない(・・・・・・・・)と言えばいいのだろうか。私の問いに三人はだんまりしてしまう。


『今のお前たちは……味方と合わせることが目的となっているだろう』 

『そういわれてもせんせー、連携しないとダメなんだろ!』

『そうですわ、そうですわ! 先生がそうおっしゃりましたのよ!』

そう(・・)が多いんだよ、お前ら……』


 文句を垂れるリシアとオスカー。

 うるさい二人に苛立つレオン。

 私は給水用のボトルを三人へ順番に手渡してから、自身が握っていた模擬刀をもとの位置へと戻した。


『……十五回と、六回だ』

『せんせー、なんの話だよそれ?』

『仲間へ意識を向けたことで失った……前衛と制圧の得物が届いた回数と、後衛の援護射撃が貫いた回数だ』


 仲間と合わせなければならない。

 仕掛ける動作の直前に、味方の位置と状況を把握するほんの一瞬。その一瞬の遅れで、相手の動きを追えず、仕留められる可能性を何度も失っていた。


『でもさ、味方の位置確認しないとムリじゃね……?』

『僕もそれには同感です。こいつら、想定通りに動くか分からないので』

『それを言うならレオンさんも同じでしてよ? 撃つときに変な動きをしないかヒヤヒヤしますわ』


 三人に芽生えているのは作戦通りに動くのかという疑心。

 私は明確になった原因を言語化して伝えることにした。


『信頼が足りん』

『はぁ? 信頼って、どういう意味ですの?』 

『……例えばの話だ』


 昼食用に持ってきた一つの林檎。

 それを掴み上げると黙ってリシアの頭上に置いた。そしてオスカーへ腰に携えていた本物の刀剣を投げ渡す。


『この林檎を真っ二つに斬り捨ててみろ』

『へ? お、おう、りょーかい──』

『ちょ、ちょちょちょっ、ちょっとお待ちになって!?』


 本物の刀剣を拾い上げたオスカーを見上げ、リシアは全力で首を横に振りながら拒絶する。


『なぜ拒む?』

『もし軌道がずれたらどうしますの!? 私が真っ二つになります!』

『だいじょーぶだってリシア! おれはそんなヘマ──』

『嫌っ、嫌ですわ! 断固として拒絶ですわぁーー!』


 私はそのやり取りを聞くとオスカーから刀剣を奪い、改めて腰に携えた。その姿を見ていたレオンは理解を示したかのようにため息をつく。


『これが僕らの弱点、と言いたいんですね……先生?』

『ん? これが弱点?』

『僕らはお互いの腕を信じていない。実力を信じていない。だから常に視界へとどめておかないと気が済まない。そういうことだ』


 レオンの見解を肯定するように静かにうなずいた。

 連携の練度を上げるために最も必要なものは互いの信頼。顔の前を横切る刀剣を、顔の横を通り過ぎる弾丸を、自分には当たらないと信じなければならない。

  

「──おっ、せんせっ! あの湖がルメナ湖だよなー!」


 オスカーに呼ばれ、ふと顔を上げる。

 馬車の外に見えるのは灰色の雨雲に覆われたルメナ湖。不気味なほど静まり返っており、湖面を漂う薄霧の向こう側――そこに異体観測所は建っていた。


 ガタンッ──

「……降りるぞ」

「ふー、やっと着きましたわね」


 私が先導して馬車から降りる。

 異体観測所の位置はルメナ湖の中央の陸。白色の石壁が突き刺さるように築かれ、外壁には無数の燐灰石が埋め込まれている。

 建物の屋上には巨大な円形レンズが組み込まれ、太陽の光を集約させるものだと理解した。


「なんかちっちゃくね?」

「そうですわね。ちゃっちいですわ」

「馬鹿かお前ら。あそこをよく見てみろ」


 レオンが指差す場所。そこには地下まで続いているであろう鉄製の管。おそらく空気を排出、運ぶためのものだろう。


(……あの男たちは、銀の階級か)


 入口らしき両扉の脇には、武装した男性が二人ほど並んでいた。

 銀の杭に刀剣ルクスα。上位の実力を持つ銀の階級を配置しているあたり、この施設が扱っているものの危険性がよく分かる。


「それではAクラスから順番に中へ入ります。各教師は引率をお願いします」


 主任のグレイスが全体に声掛けをし、Aクラスから順番に入っていく。

 つまり特別クラスの私たちは最後尾の位置。


「おやおや、アレクシア先生? お先に行かせてもらうよ」

「うふふ、特別クラスは知恵も順番も遅くて残念ねぇ」 


 BクラスのリナードとCクラスのオフィリアがそれぞれ嫌味を吐いて、異体観測所へ足を踏み入れていく。その言葉にレオンは眉間にしわを寄せた。


「アレクシアさん、大丈夫?」


 背後から声をかけてきたのはDクラスの担任アーサー。

 私を気遣うように声をかけてきたこの男は、辺りをウロウロと見た後、数枚の紙をこちらへサッと渡してきた。

 

「何だこれは?」

「異体観測所から配布される見学者用の資料だよ」

「……? この資料をあの女から渡された覚えはないが」

「グレイス先生がリナード先生に君へ渡すよう頼んでたみたいなんだ。でも僕の思った通り、アレクシアさんには渡ってなかったんだね」


 リナードからの露骨な嫌がらせ。そこまで私に執着することに呆れつつも、その資料を受け取るとレオンたちへ一枚ずつ手渡す。


「それじゃあ、お互い頑張ろうね……アレクシアさん」

「助かった」


 アーサーは軽く会釈すると異体観測所に自身の生徒を連れて入っていく。その生徒の中にはウェンディとネリアもいた。二人は私をじっと見つめて軽くお辞儀をする。

 対してレインズ家のヴァネッサは「けっ」と嫌悪感を抱いて、ずかずかと歩いていく。


「せんせー、おれらも早くいこうぜー!」

「……ああ」


 数分ほど時間をおいて私たちの番。

 警備をする銀の階級二人の間を通り抜け、異体観測所の中へと足を踏み入れる。


「よ、よよ、ようこそ、異体観測所へ。と、特別クラスの方々、ですよね?」

「誰だお前は?」

「ひゃあっ! な、生で聞けました! 『誰だお前は』を!」

「……誰だと聞いている」


 不規則なテンポで歩み寄ってきた若い女性。

 長い薄紫髪を後ろで一つに束ねた髪型。瞳は淡い灰紫色で、やや大きめの赤いふちの眼鏡をかけている。

 奇妙なのは私から名を尋ねられただけでなぜか喜んでいる。

 

「あ、ああ! ご、ご紹介が遅れました! わ、私は、リタ・アーヴィンです!」

「アーヴィン……名家の人間か?」

「はい、そ、そうです!」

 

 アーヴィンということは名家の人間。

 しかしあまりにも挙動不審だ。白衣の袖や裾には黒いインク汚れや、薬品の染みらしきものが残っている。さらに右脇に抱えた分厚い記録長にはかなりの付箋が張られていた。


「こ、この度は、私が、その、特別クラスの方々の案内人に抜擢(ばってき)されまして!」

「ふーん、おねーさんがここの案内してくれんだ」

「は、はい、大ベテランに任せんしゃい!」

「お、おー? 任せんしゃい……?」


 リタが足早に移動したのは地下へ続くであろう三つのリフトの前。鉄製の床と天井。その二つを結ぶ鉄格子。どれも五人ほどが乗れる広さ。

 

「こ、ここから異体観測所の研究フロアまで降りれます! ど、どうぞ乗ってください!」


 私たちはリタに案内されるがまま、中央のリフトに乗る。そしてリタが最後に乗ると二つのスイッチが付いた台の前に立ち、下側にある青色のスイッチを押した。


 ガタッ──ギギギィッ──

「おぉ、動き出した!」


 目の前の鉄格子が閉まる。

 鋼で編まれたであろうロープがゆっくりと降下し、リフトもそれにつられてゆっくりと降下を始める。視界に映る景色は灰色の石の壁と、そこについた青色のランプの光。


「……なるほど、このリフトは湖を利用しているのか」

「さ、流石です! そうです、湖の水流を利用してリフトを動かしています!」


 この場所が湖の地下にある理由の一つ。

 それは水流を利用してリフトを使うため。リシアとオスカーは「へー」と声を合わせ、リタは興奮するようになぜか私のことを称える。


「はぁ~、ふぅ~……緊張しない緊張しない緊張しない……」


 妙なことをボソボソ呟きながら、うっとうしいほど横目で私のことを見てくるリタ。オスカーたちもあまりの挙動不審さに、怪訝そうにジト目でリタのことを見つめる。


「何をぼやいている?」

「あ、ああ、いえ、そんな大してことでは……!」

「だが──」

「ほ、ほら、到着しました! こ、ここが上層の『観察区画』です!」


 鉄格子が開く。

 高い天井、青白い照明。

 観測用に調整された光なのか、均一に敷き詰められたその灯りは、影を極端に薄くし、人の顔色を不自然なほど白く見せる。


「うへぇ、なんかじめじめしてね?」

「うぅ、髪が引っ付きますわ」


 壁面や床は白灰色の石材で統一されていた。

 滑らかに削られた壁は近くで見れば、細かな擦過傷や黒ずみが残り、完全に清潔とは言い難い。通路の端には細い排水溝が走り、地下特有の湿気のせいか、靴底がわずかに張り付くような感触があった。


「ま、まずは、何から見ましょうか!」

「案内するのはお前の役目だろう」

「そぉうでしたね! ひょ、標本とか見ちゃいますか!」


 リタに案内されるがまま、右奥の通路を進んでいく。

 どこを歩いても空気は冷たい。

 鼻元まで漂うのは薬品臭、湿気、古紙、金属。

 通路を少し歩いた後、左に曲がると広い標本室へとたどり着き、


「……食屍鬼の標本か?」


 ガラスの水槽に保存液と共に詰め込まれた食屍鬼が私たちを出迎えた。レオンたちはやや警戒心を強め、その場に立ち止まる。


「は、はい、私たちがよく知っている『通常型の食屍鬼』です」

「生きているのか?」

「ま、まさかそんな! 臓器や脳を全部取り出した……外皮だけの標本ですよ!」

 

 辺りを見渡すとそこには様々な標本が並べられていた。

 食屍鬼の臓器や脳だけの標本、爪や手首だけの標本、眼球だけの標本……こうして並べられると嫌悪感の方が強くなる。


「こ、この場所では、解剖した食屍鬼の標本を見られます!」

「見ればわかる」

「えっと……で、ではこの話を知ってますか!? 失敗作と呼ばれる食屍鬼にもとある感情がある──」

「喜怒哀楽ですよね。座学で教えられたので説明しなくても大丈夫です」 


 レオンが口を挟むとリタは「そ、そうですか」と視線を他所にそらす。しかし何かを思いつくと、また顔を上げて、さらに奥へと続く通路を指差した。


「お、奥にもっとすごい標本があるんです! 見に行きませんか?」

「この人、信用できますの?」

「知らん」


 私とリシアは疑念を抱きながらも、リタの後に続いて通路を歩く。ほんの数秒後に映りこんだ次なる景色は、


「うおわー、なんだこれ?」

「この標本全部……食屍鬼、ですの?」

「……」

 

 ハッキリと見覚えのある標本たち。

 植物の蔓がまとわりつく食屍鬼──寄生型。

 大型シーアネモネの肉塊──海洋型。

 細長い手足と長い胴体の食屍鬼──擬態型。 

 頭部と腹部に巨大な口がついた──脱皮型。

 銀の肌に鋼の破片が埋め込まれた食屍鬼──鎧型。 

 凹凸の激しい肉体を持つ食屍鬼──幻影型。

 それらの変異体が水槽にそれぞれ保管されていた。


「変異体の標本か」

「そ、そうです! や、やっぱりアレクシア様はご存知で……い、いえ、何でもありません!」


 変異体の標本。

 私の脳裏をよぎるのは変異体と遭遇した時の記憶。変異体に殺された被害者たちの顔。二年前のことがつい最近のように思えてしまう。


「……気分が良いものではないな」

「ん? せんせー、今なんか言ったような……?」

「気のせいだろう」


 私がオスカーにそう返答すると、生徒たちからの反応が良かったことを察したのか、リタはぺらぺらと饒舌に変異体についてこう語り始める。


「こほん、これら変異体は四卿貴族の一人……ストーカー卿によって改良されたものです。記録によると……『眷属』と呼ばれる怪物たちが統率していただとか」

「ふーん、この中で一番危険なのってどれなんだー?」

「そ、それは……一概には言えません……」


 リタは抱えていた記録帳を胸元へ引き寄せながら、小さく視線を落とした。


「通常型は数が多く、寄生型は対処を誤ると被害が拡大します。擬態型は発見自体が困難ですし、脱皮型は閉鎖空間では非常に危険なので……」


 そこで一度、言葉を切るリタ。

 赤ふち眼鏡の奥で、リタの視線がわずかに揺れている。


「ですが、観測所内(・・・・)で最も危険視されているのは、その……」

「その、なんですの?」

「な、なんでもありません! や、やっぱり、全部が危険です!」


 何かを言いかけ、話を強引に終わらせる。

 私が怪訝そうな表情を浮かべると、隣に立っていたレオンがじっとこちらを見ていた。


「あっ、そろそろ中層へ行きましょうか! ほかのクラスも見終わって、空いているはずなので!」


 標本室を通り抜け、辿り着いたのは同じような三つのリフト。

 地上から上層へ来るためのリフトから最も離れた位置に並んでいた。私たちは中央のリフトへと五人で乗る。

 

「中層には何がある?」

「中層は『収容区画』と呼ばれている場所です」

「収容? 何を収容していますの?」

「……えーっと、それは──」


 言いづらそうにするリタ。

 青色のボタンを押して降下させると、


「──食屍鬼の変異体です」


 やや頬を引きつりながら振り返ってそう告げた。


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