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ЯeinCarnation  作者: 小桜 丸
5章:クルースニク協会

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150/366

5:23『vs スフィンクスC』

 ~本名:偽名~

アレクシア・バートリ:Joker(ジョーカー)

キリサメ・カイト:Gloomy(グルーミー)

イアン・アルフォード:Knight(ナイト)

クレア・レイヴィンズ:Virgin(バージン)


────────────────────


 結晶の欠片が粉々になると小雨のように周囲へ降り注ぐ。私はその光景を眺めつつも、黒色の雷を右手に纏わせているメルの隣に立った。


「……奇術(トリック)とやらが使えたのか」

「いーや、正しく言うんならァ……使えるようになっちまった、だな」

「なぜ使えるようになった──」


 魔女が操っていた白色の雷とは違い、メルの雷には禍々しさを感じ取れる。私は奇術が覚醒したきっかけを尋ねようとしたが、壁から質量を持つ文字が一斉に飛び出してきたため、


「……話は後だ」

「クスクスッ、んなら談笑タイムはあの天狗野郎の鼻を叩き折ってからにしようぜ」


 左手に纏わせた蒼色の獄炎で西側。メルが右手に纏わせた黒色の雷で東側。各々で向かってくる蛍光色の文字を一斉に薙ぎ払った。


「ほう、奇術を扱える領域まで辿り着くとはな。流石は魔女の娘」


 文字の残骸は光の塵となると古ぼけた一枚の用紙となる。それらは風に吹かれるように一つの場所へ密集し、徐々にその形を作り上げていく。


「愚かな人の子よ。オレのEnigma(エニグマ)を一つ、この場で解明してやろう」


 宙に浮かぶのは人型のナニカ。男らしい体格に加え、頭部は獅子の(ツラ)。着ているのは緑の紳士服。両手には白い布の手袋を装着している。瞳はエメラルドにも似た宝石の色。これがスフィンクスの真の姿。


「それが貴様の正体か、小心者」

「そうだとも。愚かな貴様たちにここまでの手間を掛けたのは──愚者の墓標を立てるためだ」

 

 スフィンクスは左右の手を別々の壁に向けてから一気に振り払った。


「……小心者なのは変わらんな」

「あぁ、勇気が欲しけりゃあオズの魔法使いに帰んなァ。臆病なライオン様よォ」


 西側と東側の壁の一部分が動き出し、こちらを挟み込むようにして迫りくる。私たちはその場から飛び退いて、キリサメたちの前まで後退した。


「スフィンクス、裏で魔女の馬小屋を動かしていたのはお前なのか!?」

「その通りだ、愚かな異世界転生者(トリックスター)よ。オレが魔女に手を貸し、この教団を導いていた」

「どうして異世界転生者を利用した!? お前は一体何をしようとしていたんだ?!」


 キリサメが右足を前に踏み出しながらそう問い(ただ)す。スフィンクスはキリサメを鼻で嘲笑うと、見下しつつこう答えた。


「そのEnigma(エニグマ)を解明してやろう。異世界転生者(トリックスター)はオレたち眷属にとって、公爵(デューク)様にとって、勝利の鍵となるからだ」 

「あたしら異世界転生者が勝利の鍵だァ?」

「異世界転生者は人間でありながら、奇術(トリック)と呼ばれる力を持つ。この世界の愚かな人間と同じようにな。……だがしかし、大きな相違が生まれている」


 スフィンクスは右手を掲げ、天井から角柱を二本呼び出し、両脇へと控えさせる。私たちから見て左側に『この世界の人間』と、右側に『異世界転生者(トリックスター)』という文字が刻まれていた。  


「大きな相違とは世界の常識(・・)。この世界に生まれた人間たちは『吸血鬼が敵』だと常識を植え付けられる。対して異世界転生者(トリックスター)は違う。オレたちが友好関係を築こうとすれば、敵だという認識を持たない。そのEnigma(エニグマ)を解けるか?」


 キリサメは俯きながら考える素振りを見せ、何かに気が付くとすぐに顔を上げる。


「俺たちの世界で吸血鬼が──綺麗に描かれ過ぎているから?」

「愚かな人の子よ。貴様が解明したのは五割のEnigma(エニグマ)に過ぎない」


 スフィンクスは右手を何度も何度も振り払い、左右の壁から数本の角柱を呼び出し、そこに刻まれていた文字を私たちに見せつけた。


「解明できなかった五割のEnigma(エニグマ)、それは──貴様ら異世界転生者(トリックスター)の発想力や想像力が豊かすぎるという解答だ」

「発想力と、想像力……?」

「この姿を見て、理解が及ばないとは言うまいな」


 スフィンクスの肉体が黄緑色に発光すると、美貌を持つ女性へ変化を遂げる。両頬に赤いペイントを付け、胸を強調する露出度の高い衣服を着ていた。


「人に、なった……?」

「愚かな異世界転生者(トリックスター)よ。貴様らは豊かな発想力と想像力を持つことであらゆる怪物を、概念を、物質を……呑み込みやすい形へと変えてしまったのだ。その歴史と文化を──オレたちが利用しただけのこと」


 左右の壁から呼び出したいくつかの角柱には『擬人化』『漫画』『映画』『アニメ』『ゲーム』『小説』『Vtuber』という私には理解し難い名称がいくつか並べられている。ただキリサメとメルだけは理解しているようで、角柱を見上げながら目を見開いていた。


「……そういうことか。異世界転生者(トリックスター)を利用する意図が読めた」

「ほう、ならば愚者よ。このEnigma(エニグマ)を解明してみるがいい」


 私の足元から飛び出してきた一本の角柱。その面には『異世界転生者(トリックスター)を利用する真意を解明せよ』と蛍光色の文字で刻まれている。


「吸血鬼共の脅威となる加護(かご)は人間相手に力を発揮しない。その性質を利用するため、奇術を扱う異世界転生者(トリックスター)を利用し、加護を持つ人間と戦わせるためだろう」


 左手で文字に触れながら解答すると、角柱は跡形もなくその場から消えてしまった。私は「やはりか」とスフィンクスをその場で見上げる。

 

「解明した通りだ。公爵(デューク)様は異世界転生者(トリックスター)の必要性に一早く気が付き、勝利の鍵となると確信した。オレはこの教団を導き、豪然(ごうぜん)たる奇術を持つ異世界転生者を探し求めていたのだ」

「だったら、どうして戦わせるはずの異世界転生者を殺してるんだよ!? どうして信者たちに、変なことを教えて──」

「奇術を扱えなかったから。そうだろう、小心者」


 声を荒げて訴えかけるキリサメ。その訴えを遮りながら、私はスフィンクスへそう尋ねた。


「ほう、そのEnigma(エニグマ)も解明したか」

「シラヌイ兄弟とやらは奇術を扱えるからこそ、魔女の手駒として生かされていたが……。奇術を持たない外れの異世界転生者(トリックスター)は、教団や信者共を動かす"養分"」 

「愚者の頭脳にしては素晴らしい解明力だな」

 

 スフィンクスは私の解答に感心したのか、視線の先で拍手をする。傲慢さすら感じられる態度に、私は冷めた眼差しを送った。


「オレたちは魔所の馬小屋を利用し、奇術の有無で異世界転生者(トリックスター)を選別させた。奇術を持つ異世界転生者は希少。百人に一人か、五百人に一人の確率だ」

「じゃあ、それ以外は信者たちに殺されて……」

「だがしかし、奇術が覚醒する可能性をこの場で学習した。奇術に関連するEnigma(エニグマ)は数多いが……また一つ、オレのEnigma(エニグマ)が解明され──」

「うるせぇよ……ッ!!」


 キリサメは怒りを露にしてそう叫ぶ。その威圧感にスフィンクスは途中で言葉を止めてしまった。 


「スフィンクス、異世界転生者(トリックスター)はお前たちの道具じゃないッ!! 俺たちは特別でも何でもない、ただの人間なんだよッ!!」

「愚かな人の子よ。貴様らはこの世界に存在する限りは道具に過ぎないのだ」

「だったら俺が、俺が異世界転生者を元の世界に帰す方法を見つけてやるよッ! メルも、ヒョウリも、この世界に来た|異世界転生者全員、帰す方法をなッ!!」

「色男、あんた……」


 メルが呆然と口を開けながらキリサメを見つめる。私は熱くなっているこの男の背後に立ち、左肩に右手をゆっくりと置いた。 


「ならやることは一つだ。まずはあの小心者を始末する」

「ジョーカー……」

「……異世界転生者(トリックスター)を元の世界へ帰還させる。その目的に手を貸してやらんでもない」

「い、いいのか? そんなこと言うなんてお前らしくな──」

「吸血鬼共に利用されるのが気に食わんだけだ。所詮は利害の一致に過ぎん」

 

 私の食い気味な返答にキリサメは苦笑する。後方で会話を聞いていたイアンとクレアからの視線がどうもこそばゆい。


「目的が果たされるまでは……お前が私の()となり、私はお前の()となる。それでいいな?」

「あぁ、お前が手を貸してくれるなら心強いよ!」


 信頼を宿した瞳に見つめられた私は、無言でキリサメの横を通り過ぎ、スフィンクスへ青銅の剣の矛先を向ける。


「……スフィンクスとやらの欠点を教えろ」

「弱点、弱点は……スキュラと同じ心臓だ! けど普通の心臓じゃなくて、多分Enigma(エニグマ)としてどこかに紛れてると思う!」

「そうか」

「心臓を見つけたら今まで同じように書かれている謎を解明するんだ! それで倒せるはず……!」


 Enigma(エニグマ)として逃げ回るのが心臓。私は辺りを観察しながら、心臓のEnigma(エニグマ)を見つけ出そうとする。だがそれらしき文字は見当たらない。


「んなら、二手に別れようぜジョーカー」

「二手に?」

「あんたと処女は西側、あたしと騎士様は東側だ。あのライオン様を牽制しながら心臓をぶっ叩く……じゃなくて、楽しい謎解きすんのさァ」

「その名前で呼ばないでよ!」

「なんで俺がお前なんかと……!」


 私は声を上げるクレアの手を引き、メルは文句を言うイアンの手を引いた。二人は「仕方ない」と言わんばかりに溜息をつき、ノクスの刀身を交換する。


「クスクスッ、ジョーカー様よォ。あたしがツバつけらんねぇようにしたつもりかァ? あーんな遠回しの"アイラブユー"したってことはよォ?」

「……何の話だ?」

「おいおい、惚けんなって。あんたが色男にホの字だってことは知ってんだぜェ」

「……?」

 

 私が眉間にしわを寄せながら首を傾げると、メルは「マジかよ」と頬を引き攣った。これ以上追及してこないということは、どうせロクでもない話だったのだろう。


「メル、準備できたぜ」

「ジョーカー、私も大丈夫だよ」


 イアンとクレアが刀身の交換を終え、私たちに声を掛けてくる。


「愚者の子らよ。この空間に浸透するEnigma(エニグマ)と共に沈むがいい」 

「……んじゃあ、くたばんなよジョーカー」

「その身を案じろ」


 私は青銅の剣と黒曜石の剣を、メルはパニッシャーとノクスを構えながら、西側と東側へそれぞれ駆け出した。イアンとクレアも私たちの後に続く。


「ねぇジョーカー! スフィンクスを倒すための作戦とかってあるの?」

「具現化した文字の中に潜り込ませた心臓を潰すだけだ」

「へっ? それって作戦じゃないよね──」

「来るぞ」


 スフィンクスは右手を手繰り寄せるように振り払う。私とクレアは壁から高速で飛び出してくる角柱を回避しながら、反対側にいるメルの様子を窺った。


(……対称の位置は避けるべきか)


 西側の壁から飛び出した角柱は、メルが立つ東側の壁まで通り抜けている。私は立ち位置をずらそうと、更にスフィンクスの後方へと回り込んだ。


「きゃあッ!?」


 が、その道中でスフィンクスは右手を上げたことで、クレアの足元から角柱が飛び出し、軽々と宙へと射出させた。西側の壁から角柱が高速でクレアまで迫る。

 

「くッ、これぐらいは……!」


 私は血涙の力を発動し、蒼い蔓をクレアに巻き付けて降ろそうとした。だがクレアは身体を逸らし、衝突寸前で角柱をノクスで受け流す。


「他所を見ている余裕はないな」


 反対側の壁から接近する何本かの角柱。私はそれらを後退しながら避け、二本の剣を全力で振り下ろした。


「……っ」


 しかしとてつもない力で剣が弾かれる。自転をしていた大岩と同様に、力のみで破壊するのは不可能。角柱を消滅させるには、刻まれたEnigma(エニグマ)を解明するしかないが、


「……数が多すぎる」


 見渡す限りEnigma(エニグマ)に埋め尽くされている。心臓となるEnigma(エニグマ)を見つけようにも、逃げ惑う文字などは見当たらない。


「ジョーカー、上!」

 

 クレアの声と共に顔を上げれば、押し潰そうと角柱の平らな面が落下してくる。私は地を蹴って、その場から離れようとした。


「……っ」


 私を取り囲むように飛び出す角柱。逃げ場を失った私は、天井から落下してくる平らな面を二本の剣で受け止める。


「……重いな」


 壁となった角柱同士の隙間はない。血涙の力を発動し女の頭部を呼び出そうにも、この状況で剣から左手を離せば、あっという間に押し潰される。


(切り抜けるには……蔓で身体を覆い、スナップボムとやらで自爆をするか。この場で謎を解明するかの二択だな)


 打開策を二つほど考案しつつも左膝をついた瞬間、外側から爆発音が耳まで届き、囲んでいた角柱が一部分だけ吹き飛んだ。私はすぐに外側へ飛び出し、光の塵となる角柱の残骸を見つめる。


「ジョーカー、大丈夫……!?」

「……あぁ、助かった」


 数メートル離れた場所でクレアが握っていたのはスナップボムのピン。どうやら破壊する方法は私と同じことを考えていたらしい。温厚な性格に反して、この女は判断力が長けている。


(……あの女も行動に出る頃合いか)


 反対側で駆け回っていたメルは、角柱の突進を華麗に避けながら、私へ視線を送ってくる。そして「本体を狙う」と伝えたいのか、宙に漂うスフィンクスへ視線を移した。


「小心者を直接叩く」

「うん、分かった! 私に何かできることはある?」

「パニッシャーとやらで遠距離から援護しろ。あの小心者には近づくな」


 クレアへ指示を出し、宙に浮かんでいるスフィンクスの元まで向かう。メルも私に呼吸を合わせ、パニッシャーを撃ちながら即座に走り出した。


「愚者よ。オレのEnigma(エニグマ)を解明してみるがいい」


 私とメルの足元から角柱が天井まで突き上がる。私たちはそれらを逆に利用して、スフィンクスとの距離を詰めていく。


「燃えろ」

「痺れな」


 ある程度の距離まで近づくと、私は蒼色の獄炎を、反対側ではメルが黒色の雷を放ち、


「うぬぉおぉッ!!」

「……?」


 奇術と血涙の力をぶつけられたスフィンクスは悲痛な声を上げた。私は妙な違和感を抱き、眉を(まゆ)める。


「おーおー、ご立派な神様もいい声で鳴くじゃねぇかァ」


 しかしメルは怯んだ今が好機だ、とノクスで斬りかかろうとする。だが先ほどの違和感の正体が、偽物と対峙したあの時と酷似していることに気が付き、


「いっつ……ッ!?!」


 メルを蒼い蔓で吹き飛ばし、スフィンクスから距離を取らせた。


「──ッ」


 瞬間、スフィンクスの肉体から黄金の雷が飛び出すと、私の身体に纏わりつき、全身に痺れと苦痛が駆け巡る。


「ほう、愚者を一人取り逃したか」


 身体を上手く動かせずに落下していく最中、床から突き上げられた角柱が私の背中に衝突した後、


「ちっ、あたしがヘマしたな……!」

 

 受け身も取れないまま、四方八方の壁から飛び出す角柱の平面に、身体をボールのように弄ばれる。そして最後に壁へ衝突し、天井から落下する角柱によって、地上へと叩き落とされた。


「ジョーカー、しっかりしろ!」

(……身体が、動かん)

「騎士様はジョーカーの面倒を見てやんなァ! あたしはあのライオン様を相手してやるからよォ!」


 イアンがうつ伏せになった私の元まで急いで駆け寄ってくるが、そんな声に答えられるほど身体の痺れは抜けていない。メルはスフィンクスの相手を請け負うと、イアンへ指示を出した。


「メル、私も一緒に戦える!」

「クスクスッ、あぁそうかい。んなら、処女のまま死んでも後悔すんなよォ」

「そんな後悔……しない、絶対にしないッ!!」

「あ? んで少し迷ったんだァ?」


 スフィンクスと交戦を始める二人。そんな二人を他所にキリサメも私の元まで急いで駆け寄ってきた。


「イアン、怪我の手当は……!?」

「大丈夫だ! デイルに教えてもらった応急手当があれば、死ぬことはな──」


 視界に映るのは反対側の壁からこちらに迫りくる角柱。イアンやキリサメは気が付いていない。私はイアンに視線で訴えかければ、


「……! 退け、カイトッ──うッぐぉおぉッ!?」


 背後を振り返り、キリサメだけを押し退けた。イアンは角柱をノクスで受け止め、壁際まで追い詰められる。


「イアン!」

「カイトッ! ジョーカーを、移動させてくれ……ッ!」

「あぁ分かった! すぐに移動をさせ……」


 私を守ろうと角柱を食い止めているイアン。キリサメは倒れている私に手を伸ばそうとするが、


「うぐぁあッ?!!」


 吹き飛ばされてきたクレアに衝突し、その場で派手に転がった。


「ご、ごめんねっ……ぶつか、ちゃってっ……」

「クレア……!?」


 仰向けに倒れているクレアは額から血を流し、白の衣服は真っ赤だ。キリサメは目を見開くと、クレアの身を案じようとする。


「カイトッ、早くジョーカーを……!」

「あ、あぁ分かってるけど──」

「こんにゃろぉおぉおぉッ!!」


 キリサメの返事を遮るのはメルの声。見上げた先では、メルがスフィンクスの目の前で床と天井の角柱に挟まれ、踏ん張っている光景が広がっていた。 


Enigma(エニグマ)は愚かな人の子にとって脅威だ。その脅威を貴様らは身をもって体験している。そして愚かな人間共は──Enigma(エニグマ)によって押し潰されるのだ」


 更に角柱の圧力が増すだけでなく、私たちの真上から角柱が落下し、

 

「このようにな」

「ぐッ、うッ、あぁああぁあッ!!」


 イアンの背中に衝突し、思わず片膝をついた。容易く潰されないのはスフィンクスが手を抜いているからだろうか。


「ほう、まだ耐えるか」

「俺は、絶対に潰されねぇッ!! 守りたい人を、守れなかったら、親父のような騎士にはなれないッ!! だから、耐え抜くんだッ!!」


 自身を鼓舞するように声を荒げるイアン。その声に反応するように、仰向けに倒れていたクレアも壁に手を突きながら立ち上がった。

 

「うん、そうだよね。私だって、お母さんにみたいに、強くなるんだからっ……」


 クレアがノクスを力強く握りしめ、イアンは決意に満ちた顔でスフィンクスを見上げ、

  

「何が何でも守り抜くッ!!」

「負けられないッ!!」 


 そう叫んだ瞬間、クレアの瞳に紅の輝きが灯り、イアンの周囲に光の盾が展開された。光の盾は二本の角柱を押し退けていく。


「……これは想定外の事態だ。オレのEnigma(エニグマ)が二つも増えた」


 私は手足を軽く動かし、身体の痺れが抜けているのを確認する。肉体のあらゆる部位が悲鳴を上げるが、私は鞭を打って、その場に立ち上がった。


「どけぇッ!!」


 イアンが光の盾で弾き返せば、角柱は中心点から真っ二つに折れてしまう。私がその盾をじっと見つめていると、


「メルを離してッ!!」

「──!」

 

 いつの間にか距離を詰めていたクレアが、スフィンクスへノクスで斬りかかり、

 

「メル、大丈夫?」

「あ、あぁ、あんがとよ」


 器用に方向転換をすると、挟まれていたメルを担いで私たちの元まで戻ってきた。加護とも呼べる力に、人間には似つかない紅い瞳。私は不信感を抱きつつも、

 

「……詳しいことは後で聞かせてもらう」


 二本の剣を拾い上げ、スフィンクスを見上げる。


「心臓となるEnigma(エニグマ)がどこにあるのか。おおよそ見当はついた」

「おーおー、流石は名探偵様だなァ。んで、どこにあんだ?」


 逃げ惑うEnigma(エニグマ)は見当たらない。壁の中に埋まっている角柱の可能性も考えたが、こちらが手当たり次第に解明するという策を実行するとなった時、多大なリスクを覆う。 


「一度目は心臓を手放していたが失敗している。ならば二度目は必ず手元に置くだろう」

「えっと、手元に置くってことは──」

「心臓の位置、だよな」


 キリサメも勘付いたようで私と視線を交わし、スフィンクスの胸元を観察し始めた。


「身体の中に雷を仕込んでいたのは、多分近づかれたくないからだ。あの作り物の悲鳴も偽物だと思わせるための罠だと思う」

「ってことは、ライオン様にもういっぺん近づかなきゃならねぇわけだ」

「あぁ、確証はないが試す価値はあるだろう」


 私とメルが二人で先頭に立つと、イアンとクレアもまた後方で控える。


「俺とクレアでスフィンクスの前まで道を切り開く」

「ジョーカーとメルは私たちのことは気にせず行って」

「りょーかいだぜ、騎士様と処女様」 


 顔を見合わせ、その場からスフィンクスの元まで駆け出す。道中で角柱が挟み込むような形で迫ってきたが、


「どけぇえぇッ!!」


 イアンの光の盾ですべて防ぎ切った。私とメルは盾に飛び乗って、スフィンクスまで詰めていく。


「愚者よ、オレに近づくとは何と無謀な」


 天井から降り注ぐ黄緑色に発光した角柱。私は衣服に角柱を掠らせながら、寸前で回避をし、二本の剣を左肩まで寄せた。しかしスフィンクスに辿り着くまでの勢いが明らかに足りない。


「ジョーカー、行くよ!」


 クレアはそれを見兼ねて私の靴底を両手で押し上げ、更に勢いを増幅させた。


「ほう、愚者が手を取り合ったか」


 スフィンクスは体内に溜めていた黄金の雷を解き放つ。私はそのまま突っ切る体勢に入り、視線をメルの方へ逸らせば、


「弾けちまいなァ」

「なにッ!? オレの力が、奇術と互角だと?!」


 奇術で黒色の雷を操り、私が向かう先の黄金の雷を相殺した。障害は消え失せ、私は回転しながらスフィンクスの首を二本の剣で刎ねる。 


「うぬぁあぁッ?!!」

「……インフェルノ」


 弱らせるのにはまだ傷が足りない。私は追い討ちをかけるため壁を蹴って、今度はその背中へ剣を突き刺そうとするが、


「──ッ」

「ジョーカー!」

「愚者よ、貴様の両腕は使い物にならぬだろう!」

 

 天井と床から飛び出した角柱に両腕を挟み込まれ、骨や剣諸共押し潰される。粉々になった血肉と共に血飛沫が上がり、私はやや苦痛に顔を歪ませた。


「……それがどうした?」 

「貴様……!?」


 が、両腕を肩から引き千切ると蒼色の蔓をスフィンクスの肉体へ巻き付け、自らの肉体と共に突進する。


「やはり貴様の心臓はここか」

「ぐぬッ……?!」


 切り離した首の切断面から蒼い蔓を体内まで忍び込ませれば、スフィンクスの心臓らしき部位に蔓が触れた。


「愚者が、愚者がオレのEnigma(エニグマ)に──」


 床、壁、天井が波のように揺れる。キリサメたちは立っていられず、その場で態勢を崩してしまった。


「──触れるなぁあぁあぁッ!!!」 


 雄叫びと共に暴走するかのように飛び出してくる角柱。バチバチッと火花を散らす黄金の雷。このままだと感電する。私は一度離脱しようとしたが、


「気にせず続けなァ、ジョーカー」


 飛んできたメルがスフィンクスの身体にノクスを突き刺し、黄金の雷をすべて吸収し始めた。黒色の雷と相殺させ、何とか堪えている。


「……死ぬつもりか?」

「んなわけねぇだろ。あたしはまだまだ生きてやるつもりさ」


 ニタニタと笑みを浮かべているが長くは持たない。私は心臓を引きずり出そうと蔓を手繰り寄せ、


「うぬぁあぁッ?!」


 強引に引き抜くと流れるようにスフィンクスの元から離脱する。落下していくメルはクレアが受け止め、イアンは私を守るように光の盾を張った。


「これが、スフィンクスの心臓か」


 蛍光色に発光する心臓。ドクンドクンッと鼓動を打ち鳴らし、小さな文字でこう刻まれていた。


『人に喜怒哀楽を与え、亡者を呼び起こし、幼き日々へと帰ることができる。死を迎えるまで永遠と生まれ、永遠に消えることがない。このEnigma(エニグマ)を解明せよ』

「この問いは……」

「オレは、オレは戻らなければならないのだッ!! あのお方が残したEnigma(エニグマ)を解き明かし、幸福に満ち溢れたあの日々にぃッ!!」


 スフィンクスは頭部を再生させる。雄叫びに反応するように雷鳴が響く。スフィンクスの心境を表しているかのように、床の動きも激しさを増していた。


「……貴様は自分の心臓にEnigma(エニグマ)を与え、今まで生きてきたのか?」

「その通りだ! オレは己の心臓にEnigma(エニグマ)を刻み、この世を何百年と生きてきた! ただ、そのEnigma(エニグマ)を解明するだけにな!」 

「……なるほどな」

「あのお方を、オレの主を呼び起こすためのEnigma(エニグマ)! 解明すれば、解明すればあの頃に帰ることができるッ! その為にオレはこの世界の、異世界の、知識や知恵を寄せ集めたのだッ!!」


 主とやらが残したEnigma(エニグマ)。スフィンクスはそれを解き明かすことで、何かを手に入れようとしていたのだろう。


「だがどれだけ知識や知恵を寄せ集めても、オレには解けなかった……ッ!! 全知全能たるオレが解けないEnigma(エニグマ)を、貴様のような愚者が解けるか!?」 

「……」


 私はもう一度心臓に刻まれたEnigma(エニグマ)に目を通す。


『人に喜怒哀楽を与え、亡者を呼び起こし、幼き日々へと帰ることができる。死を迎えるまで永遠と生まれ、永遠に消えることがない。このEnigma(エニグマ)を解明せよ』

(感情を与え、死人を甦らせ、過去に戻れる。死を迎えるまで永遠と生まれ、永遠に消えることがない。冷静に考えれば、そんなものは存在しないが……)


 深く考え込んだ途端、今まで歩んできた人生が脳裏に浮かんだ。まだ人生を楽しめた自分が、私が師として慕っていた"アイツ"が、確かにそこにいる。


Enigma(エニグマ)を解明できなければオレは殺せないッ!! 貴様のような愚者には一生解けな──」

「解答は」


 スフィンクスは私が喋り出すとすぐに口を閉ざした。その顔はまさかという驚きと、解答を待ち望むかのように静かなもの。


「"記憶"だ」

「記憶が解答だと……?」

「記憶は亡者と過ごした日々や、感情に揺らいだ日々を甦らせる。記憶の中ならば幼少期にも戻れるだろう。それに記憶は生きている限りは永遠に生まれ、永遠に消えることはない」

「記憶……。そんなにも、単純な解答だったとはな……」


 落ち着きを取り戻していくスフィンクス。雷鳴も鳴り止み、激しく揺らいでいた床も静止した。心臓から蛍光色の光が抜け、刻まれていたEnigma(エニグマ)も消えていく。

 

「貴様はもう終わりだ、盲目(・・)の小心者」

「……」

「未来永劫、この世に生まれることなく――」


 私はスフィンクスの心臓に巻き付けていた蒼い蔓を、解いてから床に落とすと、


「──永久(とわ)に眠れ」


 心臓はガラスのように砕け散り、


「──礼を言うぞ、賢明なる人の子よ」


 そんなスフィンクスの声と共に辺りは真っ白な光に包み込まれた。

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