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ЯeinCarnation  作者: 小桜 丸
5章:クルースニク協会

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149/366

5:22『vs スフィンクスB』

 ~本名:偽名~

アレクシア・バートリ:Joker(ジョーカー)

キリサメ・カイト:Gloomy(グルーミー)

イアン・アルフォード:Knight(ナイト)

クレア・レイヴィンズ:Virgin(バージン)


────────────────────


 黄緑色の光は数秒ほどで収まる。私たちはゆっくりと目を開けば、先ほどの凛々しい王の間は何処へ消えたのか。視界に映るのは土埃と暗闇のみが広がる薄汚い場所。


「おい、大丈夫かジョーカー!?」

「あぁ」

「ほんとに大丈夫なの? さっきすっごく苦しそうだったけど……」

「私のことはいい。今は状況確認を優先しろ」


 動揺しながらこちらへ急いで駆け寄ってくるイアンとクレア。私はパニッシャーを仕舞うと、落ちていた二本の剣を拾い上げる。


「ここって、王の間だよな? なんか雰囲気ぜんぜん違うけど」

「……部屋の広さや入り口の位置からして、王の間に間違いない。どういう原理で幻覚を見せていたのかは知らんが」


 あの黄緑色の光と共に偽物として部屋の中央に立っていたスフィンクスも、飛び回っていた蛍光色の文字も、跡形もなく消え失せてしまった。


「もしかして、私たちあの眷属を倒せたのかな?」

「……どうだろうな。スフィンクスとやらは妙に賢い。私を確実に仕留めるため、敢えて好き放題に仕掛けさせ、Enigma(エニグマ)の呪いをかけた。そこまで頭の回るヤツを、呆気なく殺せたとは思えん」

「そういや、あのやばそうな雷とか最初は全然打ってこなかったもんな」

「実力自体は大したことないだろう。脅威となるのはあの賢さと呪いだけだ」


 私たちが三人で状況を整理していると、後方で控えていたキリサメとメルがこちらに向かって歩いてくる。キリサメは気落ちしたメルの身を案じながら、私の無事に胸を撫で下ろした。


「はぁ良かった。呪いは解けたんだな」

「あぁ、三秒遅ければ詰んでいた」

「ごめん、こういう時に俺が力になれないといけないのにさ……。頭が働かなくて──」

「お前の反省などいらん。今は先のことだけ考えろ」


 メルと魔女の悲劇を目の当たりにしたあの瞬間から、キリサメは頭と感情が身体に追い付いていない。私は溜息をつきながらキリサメの胸元を拳で軽く叩いた。

 

「このまま奥に進む」

「えっ、奥に進む? 王の間だからここで終わりじゃ……」

「よく見ろ。向こうに道がある」


 新たに作られた暗がりが続く通路。私は顎でクレアへその通路を示すと、二本の剣を握り直してから歩き出す。


「ねぇこれって、あの怪物の血だよね?」

「……あぁ、スフィンクスとやらは確実に生きている」


 通路の前に残った蛍光色の血痕。クレアはその場に屈みながら私の顔を見上げた。賢いのか臆病なのか。私に本物を見極められたことで、状況を立て直そうと一時撤退したらしい。


「んじゃあ行こうぜ。弱ってるなら今が倒すチャンスだろ?」

「……そうだな」


 黄緑色の光を放つ電球がいくつも設置された通路を私たちは進んでいく。先頭は私が、中継にはイアンとクレア、そして最後尾にはキリサメとメルという並び。


「そういえばジョーカー、ミネルヴァさんの姿が見えないけどさ。今どこにいるんだ?」

「あの女は大回廊に待機させた」

「えっ、ミネルヴァさんを独りにして大丈夫なのか? 足を怪我してるんだし、もし信者とかに襲われたら──」

「あの人は独りじゃないぜ」


 不安を募らせるキリサメにそう言葉を掛けたのはイアン。中継を歩いていたこの男は、後ろ歩きをしながらキリサメの方を向く。


「独りじゃないって、他に誰がいるんだよ?」

「ん、ヒョウリだけど?」

氷璃(ヒョウリ)って、不知火(シラヌイ)兄弟の弟が!? そんなやつと一緒にいたら殺されるんじゃ……!」

「おいおい、大丈夫だって! 氷璃(ヒョウリ)は俺たちにさ──」


 イアンは無邪気に笑いながら、慌てているキリサメに説明を始めた。その話を黙々と聞きつつ、私は一時間前の出来事を思い返す。


『お前を許さないッ、絶対に許さないッ!!』

『そうか』

『待って! やめて、アレクシアッ!』


 あの時、私に明確な殺意を抱きながらヒョウリは向かってきた。クレアは私を止めようとするが、殺意を向けられた以上は迎え撃つ。


『失せろ』


 私は話を聞くだけ無駄だと考え、ヒョウリに向けて二本の剣を一斉に振り下ろしたが、


バートリ卿(・・・・)はそんな争いを望まないわッ!』

『……!』


 ミネルヴァが叫んだ"バートリ卿"という名称に思わず剣を止めてしまう。ヒョウリもこちらにかざしていた右手を、ゆっくり下に降ろした。


『あなたが怒りに身を任せるのもよく分かるわ。けどあの人は言っていたの。あなたの大切な人が亡くなった時、その人はあなたに哀しんで欲しいって』

『哀しむ……』


 殺意が消失していくヒョウリ。私は軽薄な殺意に呆れてしまい、静止させていた二本の剣を降ろし、ヒョウリの横を通り過ぎて王の間へ続く階段へ向かう。


『兄を追いかけては駄目よ。兄の仇を討つ弟としてじゃなくて、あなたという一人の人間として新たな道を歩むの』

『うッ……ぐすッ、うあぁあぁ……ッ』


 ミネルヴァに言葉を掛けられ、その場で四つん這いになりながら泣き叫ぶヒョウリ。私は無言でクレアとイアンに目配せすると、王の間まで先に進ませた。


『お前とその男はここで待っていろ』

『ええ、そうさせてもらうわ。この階段は流石にきついもの』


 二人を置いて階段を一段ずつ踏みしめていく最中、私は足を止める。スニーカーとやらの靴の紐が解けていた。その場で結び直そうと階段へ腰を下ろす。


『……驚いたな』

『何がよ?』

『村に住んでいただけの女が、教祖のような教えを説けることに』


 私は独り言にそう呟くとミネルヴァが反応を示した。どのような言葉を掛ければいいのか。ミネルヴァは考える素振りすら見せずにヒョウリを励ます。その姿はまるで──どこぞの"教祖"だった。


『昔は老若男女問わず、村の人から毎日相談を受けていたの。きっとそれが理由ね』

『そうか。あの村に住む人間はさぞ死生観(しせいかん)に疎いのだろうな』

『……あなた、何が言いたいの?』


 私は靴紐を結び直してから立ち上がると、壁に手を突きながら身体を支えているミネルヴァを見下ろす。


『特には何もない──"今は"な』


 そう返答しながら猜疑心(さいぎしん)を込めた視線を送り、王の間までの階段を登って大回廊を後にした。


『ジョーカー、ここに"すまーとふぉん"? が落ちてたよ』

『これはあの男の……』


 階段を登り切るとクレアが私にスマホを渡してくる。形や色からするにキリサメのスマホ。あの男が落としたとは考えにくい。私は試しに丸いボタンを押し込むと、伝言らしき文章が画面に映し出された。


『ジョーカーたちへ。ごめん、本当はここで待つべきだったと思う。でもメルに魔女との決着を付けさせたいんだ。だから俺はメルの力になるためにこの先へ進む。キリサメ・カイト』

『……あの男は何を考えている』


 もはや言葉も出ない。私はキリサメのスマホをパーカーとやらのポケットにしまう。急いで王の間へ向かうべきだ、とイアンとクレアに視線を送ったその時、


『あ"ッあ"ぁあ"ぁあ"ぁあ"ぁあ"ぁーーッ!!』

『おい、今の声って……もしかしなくてもメルの声だよな!?』

『う、うん。なんか、とっても嫌な予感がする』


 メルの叫び声が王の間の方角から聞こえた。死を間際にした抗いの叫びではなく──心を潰されるような叫びに近い。


『……走るぞ』


 その後、王の間まで駆け付けてみればそこには"謎の焼死体"とメル、蛍光色の文字に捕まったキリサメ、そして部屋の中央で仁王立ちするスフィンクスがいた。これらが王の間に辿り着くまでの出来事。


「へぇ、そうだったのか! 味方になった氷璃がいてくれるなら、ミネルヴァさんも大丈夫だよな!」

「だろ? ヒョウリはすげー力を持ってるし、あの人のことも守ってくれるぜ!」


 イアンから一連の流れを聞いたキリサメ。緊張感のない会話に耳を傾けつつも、私は通路の奥を見据え、


「待て」


 その場に立ち止まった。蛍光色の光に照らされた通路の壁、天井、足元。あらゆる箇所をよく観察する。


「ん、どうしたんだよ?」

「……」

「ジョーカー、周りに何かあるの?」


 イアンとクレアの問いには何も答えない。私は通路の隅にある石を黙って拾い上げ、三歩先の床をじっと見つめた。


煉瓦(レンガ)の繋ぎ目が不自然だ」

「繋ぎ目って何だよ?」

「……妙に隙間が空いている」


 今まで歩いてきた床、天井、壁は隙間が生まれないように煉瓦で敷き詰められている。だが三歩先の床や天井やらは、煉瓦同士の隙間が露骨に空いていた。


「たまたまじゃね? 作り込みがテキトーだった、とかだろ」

「仮にその推察が正しいとして……少し進むと丁寧な作りに戻っているのは何故だ? この場所だけ雑に仕上げる意味はないだろう」

「確かに……ちょっとおかしいよね」


 考えられるのはただ一つ。私は答え合わせをするために石を三歩先の床へと投げた。そして石が弧を描くような軌道で床へと触れた瞬間、


「きゃッ?!」

「……やはりか」

「マ、マジかよ……」


 煉瓦の隙間から無数の針が飛び出す。クレアは驚きのあまり声を上げ、イアンたちは息を呑んでその光景を眺めていた。


「なぁどうすんだよ? これじゃあ先に進めないぞ」

「それを今考えている」


 針の罠は使い切りではないらしい。その証拠にゆっくりと煉瓦の隙間へと戻っていく。私はどうしたものか、と頭を悩ませつつパニッシャーを二発床に撃ち込み、安全圏と罠の境目を見て分かるようにした。


「じゃあさ、針が出ている間に抜けるのは?」

「通れる隙間はなかっただろう」

「んー……乗り越えていくとかはどうだ?」

「針は丈夫な鉄で作られている。おまけに針の外側には鉄の(トゲ)が付いていた。強引に通ろうとすれば衣服に張り付き──"詰み"だ」


 キリサメの提案をすべて却下し、落ちていた石をもう一度だけ放り投げる。投擲した石がコツンッと壁に接触すると、煉瓦の隙間から鉄の針が再び飛び出してきた。


「……床、壁、天井に触れた時のみ罠は起動する。触れないように飛び越えるしかない」

「と、飛び越えるって……"走り幅跳び"するってことか?」

「……? 何を言いたいのかは知らんが、飛び越えるのはこの距離だぞ」


 安全圏まで四メートル。飛び越えるだけであれば容易い距離のはずが、キリサメは内心焦っている様子だった。


「いやいや! この距離を一発で上手く飛ぶなんて無理だ──」

「よいしょっ!」

「えいっ!」

「うっそだろ!? そんな軽々飛べんのかよ!?」


 イアンとクレアが難なく向こう側へと飛び移ると、キリサメが驚きのあまり大声を上げる。私はこの男を他所に一言も喋らないメルへ歩み寄った。


「お前の番だ」

「……あいあいさ」

 

 メルは小さな声でそう呟くと助走をつけて罠を飛び越える。前々から思っていたが、この女は身体能力が高い。無法地帯で暮らしてきたからか。それともヴィクトリアという人物に鍛えられたのか。


「今度はお前の番だ。先に行け」

「あー……いや、俺は最後でいいよ……」

「……世話の焼ける男だ」

「ちょっ、急に何をして……!?」


 それに比べてこの男は身体能力が低い。私は溜息をつくとキリサメを右脇に(かつ)いで、力強く地を蹴った。


「私はお前の御守り役じゃない」

「すんません、自分でも男としてどうなのかと思う限りで──」


 情けないと暗い顔を浮かべるキリサメ。罠を飛び越えている最中、制服の懐から銀の懐中時計が滑り落ちていく。


「やばッ……!?!」


 真っ直ぐ落下していく銀の懐中時計。気が付いたキリサメは手を伸ばし、顔を強張らせた。私は右回りで軽く身体を捻ると、


「どこまでも世話の焼ける男だ」

「うおぉおぉッ?!!」


 お荷物なキリサメを先に安全圏まで投げ飛ばす。そして銀の懐中時計を床に触れさせないよう、蒼い蔓を伸ばそうとしたが、


「……間に合わないか」


 回収は間に合わないと判断し、左手に握りしめていた青銅の剣を、安全圏の床まで投擲する。


「いってて……腰を打った……っ」

「まったく、お前といると雲行きばかりが怪しくなる」


 床に突き刺さった青銅の剣。私は事前に巻き付けていた蔓を手繰り寄せ、靴底を地面に擦らせながら着地をした。転がっていたキリサメは腰を押さえ、上半身を起こす。


「二人とも大丈夫……!?」

「あ、ありがとうクレア……」


 差し伸べられたクレアの手を握り、キリサメは立ち上がる。そんな二人を他所に私は起動した罠を見てみると、


「……? あの時計はどこにある?」


 銀の懐中時計は床に落ちていなかった。壁や天井を観察するが、それらしきものは見当たらない。

 

「あー、それは多分ここに入って……あった!」

「お、おい! さっき落としただろ!? 何でカイトが持ってるんだ!?」 


 キリサメが制服の懐から取り出したのは、先ほどから探していた銀の懐中時計。イアンは収まっていく罠の針と、キリサメを交互に見ながら目を白黒させた。


「それがさ、俺にもよく分かんなくて」

「……どういうことだ?」

「なんかさ、この時計は俺のところに必ず戻ってくるんだよ。前もクルースニクで落としたのに……気が付いたら俺の制服に入っててさ」

「へー、すっげぇ時計だなぁー!」


 シメナ海峡を彷徨う幽霊船。銀の懐中時計は私とキリサメが調査した船長室で、手に入れたもの。どうやら奇妙な特性を持っているらしい。イアンとクレアは懐中時計を物珍しそうに覗き込む。


「カイトくんはこの時計をどこで手に入れたの?」

「あー……ロストベアまでの船旅、かな?」

「んじゃあ、海の上に浮かんでたのか? それとも海賊のお宝でも見つけた、とか!」

「鑑賞会は後にしろ。今は先に進んで──」


 呑気に談笑している三人に苦言を呈した途端、私たちの周囲が小刻みに揺れる。キリサメたちも妙な振動に気が付いたようで、辺りを不安げに見渡していた。


「この揺れ、何だ?」

「知らん」

「地震かな?」

「知らん」


 微かに聞こえた地響き。発生源は王の間、私たちが歩いてきた道の方角。地響きというより、何かが転がってくるような音に近い。


「走れ」

「えっ?」

「何かが来る」


 着実にこちらへ音が接近している。私は床に突き刺さっていた青銅の剣を引き抜き、先に進むよう指示を出し、最後尾で走りながら後方の様子を窺った。


「……実は、ずっと思ってたことがあってさ」

「何だ?」

「さっきみたいな針の罠って、俺たちの世界では"よくあるパターン"だったんだ。感知式で起動する罠、とか」

「……それが?」


 何か心当たりがあるようでキリサメは速度を落として私の隣に並び、後方を険しい顔で見つめる。


「スフィンクスは頭が良いだろ。だから俺たちが想像もつかない罠を考えるだろうなって思ってたんだけど、もし"よくあるパターン"で次に罠を仕掛けるなら……」

「アレが何か分かるのか?」

「えーっと……多分、"でかい大玉"が転がってくる」

「大玉?」


 よくあるパターン。つまりキリサメの住んでいた世界では針のような罠が実在した。そしてそのパターンを踏まえるのならば"大玉"が転がってくるらしい。


「いやでもさ、流石によくあるパターンで来ないと思う」

「そうか」

「何かこう、変化球で来るはずだ。槍を飛ばしながら壁が迫ってきたりとか、俺たちを確実に殺そうとする罠が──」

「あれが変化球とやらか?」


 薄っすらと見えてきた地響きの正体は──スフィンクスの顔が彫られた球形の大岩。狭い通路をとてつもない速度で転がってくる。 


「って、ど定番の奴じゃねぇかぁああぁあッ!?」

「全力で走れ。潰されるぞ」


 このままでは確実に追い付かれる。私は叫んでいるキリサメの背中を押し、どうにか破壊できないかと一考した。


「……鉄の針をものともしないか」


 だが起動した鉄の針が大岩に触れた瞬間、跡形もなく粉々にされてしまう。恐らくは転がる速度が異常なのではなく、大岩自体が頑丈に作られている。つまり容易く破壊するのは不可能に近い。


「ジョーカー! この先は行き止まりだ!」

「……なら」


 前方から聞こえたイアンの声。前を向けば立ちはだかるのは壁。私は身体の向きを即座に変えると、大岩と対峙するために逆走をし、


「──Masquerade(マスカレイド)


 左手で顔の左半分を押さえて蒼色の仮面を装着する。そして発動した血涙の力で女の頭部を背後に何体も出現させ、転がってくる大岩に衝突させた。


「……止められるか?」


 どれだけ女の頭部を衝突させ合っても、大岩は減速を知らない。私の身体や女の頭部はジリジリと押し込まれ、力で差を付けられている状態。スフィンクスの顔が彫られている時点で怪しかったが、やはりただの大岩ではない。


「そうだ! ジョーカー、その大岩に文字が書かれてないか見てくれ!」

「文字だと?」

Enigma(エニグマ)だ! スフィンクスがその岩に力を与えているはず……!」


 Enigma(エニグマ)が関係する。私は大岩をよく観察してみるとキリサメの発言通り、大岩から僅かに蛍光色の光が漏れていた。


(……文字が書かれている、か)


 大岩は尋常ではない速度で自転している。文字を読み解けと言われたところで、そもそも刻まれた文字を発見すること自体が手厳しい。


「スマホだ、俺のスマホでその岩を撮影しろ!」

「撮影?」 

「ジュリエットの実験室で見たあの機能を使うんだ! カメラを起動した後、"ビデオ"って部分を押して撮影できる! 撮影するのは十秒でいい!」


 私が苦戦しているのを汲み取ったようで、キリサメは私にスマホを使用するよう指示を出してきた。言われるがままに右手でスマホを取り出すと、ビデオ機能とやらを使って大岩全体を十秒ほど撮影し、


「それでいいのか?」

「あぁ、ばっちしだ!」


 キリサメへ投げ渡した。私が大岩を食い止めている間、キリサメは撮影した映像を確認する。


「カイト、その"すまほ"でどうすんだよ?」

「スマホは撮影した映像を一時停止できてさ! どれだけ早くても書かれている文字をちゃんと読めるんだ!」

(……やっと本調子か)

 

 後はキリサメに任せるしかない、と私は大岩に集中しその場で足腰に力を入れた。稼げても残り二分程だろうか。


「どこか、どこかにEnigma(エニグマ)が……これだ!」

「なんて書いてあるの?」

「えーっと、『神崎(カンザキ)七瀬(ナナセ)の死因を解明せよ』って? メル、これは……」 


 メルは俯いたまま何も答えない。キリサメは苦虫を噛み潰したような顔で私に向かってこう叫んだ。


「ジョーカー! 答えは"感電死による自殺"だ!」

「答えは"感電死による自殺"」


 伝えられたまま解答を与えたが、大岩の自転が停止することはない。私は首を傾げながらキリサメの方を向いた。


「……どういうことだ?」

「な、何でだよ? メルはそう言って……まさか違うのか?!」 

「くそッ、クレア! 俺たちもジョーカーの援護に!」

「うん! 後は頼んだよカイトくん!」


 キリサメが俯くメルへ詰め寄ると、クレアとイアンは私の身体を支えようとする。十中八九、メルに昔話でも聞かされたのだろう。ただあの女の性格上、重要な点を偽っていてもおかしくはない。

 

「こんなこと聞くのは外道だと思うけど……教えてくれメル! 神崎(カンザキ)七瀬(ナナセ)の死因は感電死だろ!?」

「……」

「メル、お願いだ! このままだとあの岩に潰されて──」

「んなら全員で潰されちまおうぜ」

「……は?」


 空笑いと共に顔を上げ、ノクスの矛先をキリサメに向けたメル。生きる気力すら失った瞳は、ただ死を心待ちにするかのよう。私は右手でパニッシャーを構え、銃口をメルに向ける。


「もう、いいじゃねぇか色男ォ。ここでくたばっちまえば、楽になれんだろ」

「何言ってんだよメル……?」

「なんか、あたしはもう疲れちまった。それに呼吸も上手くできねぇのさァ。このまま呼吸も必要ねぇ死人になっちまおうぜ」


 今のメルは死を迎え入れるのを躊躇わない。破滅志願者は周囲に被害を及ぼす。それを体現するようにノクスでキリサメへ斬りかかった。私は舌打ちをすると、引き金を引こうとしたが、

 

「ふざけんなよッ!!」

「かはッ──」  

 

 キリサメはノクスを器用に叩き落とし、渾身の右拳でメルの左頬を殴った。その一連の動作はキリサメが選んだ動術──アベル家の"波動"を利用したもの。


「死んで、死んで楽になるはずないだろッ!? 呼吸がしづらいのはお前が生きようとしないからだ! ほら、目いっぱいに呼吸してみろよッ!?」

「……」

「ちゃんと呼吸をしろよメル!! どうして死んでもいいなんて考えるんだッ!?」

「……呼吸する資格なんて、生きる資格なんてないのさ。二度も神崎七瀬に守れちまった、クソ共と変わらねぇあたしにはな」


 キリサメは尻餅をついたメルの胸倉を掴み上げると怒声をぶつけた。そんな荒々しい怒声に対して、メルは気力の無い言葉を返す。


「生きるしか、呼吸をするしかないんだよメルッ!!」

「……あ?」

「守られたってことは、託されたと同じなんだ……ッ!! お前は立派な母親に託されたんだよ! 想いを、願いを、幸せを! 託されたのに死のうと考えんのは、その人の命を捨てるのと変わらねぇだろッ!?」


 訴えかけるその顔には怒りと悲しみが宿っているように見えた。アカデミーの本試験、ドレイク家の派遣任務、シメナ海峡の船旅。キリサメもまた──託された側の顔をしている。


「なぁ自分から捨てようとすんなよ! 俺たちの世界でもこの異世界でも、二つの世界でお前を守ろうとしてくれた──母親の想いをッ!!」

「……色男」

「息を吸えメル! 吸って、吐いて、この異世界を生きていくんだ!」


 メルはしばらく俯いたまま口を閉ざしていた。だがどこか吹っ切れたような様子で、あのニタニタとした笑みを浮かべる。


「あたしはなァ色男ォ。神崎七瀬を一度殺っちまってんだ」

「……は?」

「ニュースでは一家心中つったがなァ。蓋を開ければ真実はもっと真っ黒けだ」


 メルの笑みに似つかない言葉に唖然としているキリサメ。私は大岩を食い止めながら、その会話に耳を傾けた。


「……あたしにとっちゃあ、博打(ばくち)みてぇなもんだった。雷に打たれてイカれたんなら、感電させりゃあ元に戻るっていうな」

「そんなの、戻るわけ……」

「あぁ戻るわけねぇな。けどあたしは試した。何故だが分かるか、色男ォ?」


 キリサメは何も答えられずに視線を逸らす。メルは狼狽えるキリサメを静かに鼻で笑い、胸元に仕舞っていた葉巻をその場に投げ捨てた。


「それしか、道がなかったのさァ」

「道が、なかった?」

「一度でも捕まっちまえば、神崎七瀬の死刑判決は変えられねェ。んならあたしの手で殺っちまうべきだってな。あわよくば、最期に正常な神崎七瀬に会えるかもしれねぇだろ?」


 詳しい話は知らないが、メルは元の世界で母親に手を掛けたらしい。私はメルが普段通りの顔色に戻るのを確認すると、右手に構えたパニッシャーを下ろす。

 

「結果は大失敗。あたしも神崎七瀬も風呂場で事故って感電死。あんたの話で初めて知ったのさ。あたしらが一家心中したって言われてんのをな」

「……」

「これが真実だぜェジョーカー。"神崎七瀬は神崎紗知による他殺"だって解明しちまいなァ」

 

 メルは落としたノクスを拾い上げてから私へEnigma(エニグマ)の解答を伝えてきた。


「……"カンザキ・ナナセの死因はカンザキ・サチによる他殺"」 

 

 そしてありのまま解答を述べるとその場で自転を止め、蛍光色の光によって周囲が包み込まれる。私は左手を下ろし、血涙の力を解除した。


「愚かな人の子よ。Enigma(エニグマ)を解明し、オレの元まで辿り着くか」


 光が収まれば、あの通路とは違う場所。刻み込まれ文字が黄緑色に輝く壁や床に天井。宙には白の結晶がいくつも浮かぶ。スフィンクスの声は聞こえるが、姿は見当たらない。


「王の間から逃げ出した挙句、私たちを罠に嵌めようとする。貴様はただの小心者に過ぎんな」 

「ならば試してみようではないか。小心者と愚か者、どちらが賢いのかを」


 そんな声と共に白の結晶に黄金の雷が宿る。出口らしき場所も見当たらない。スフィンクスはこの部屋で、決着を付けようとしているのだろう。私は二本の剣を構えて迎撃しようとしたが、すぐ隣をメルが通り過ぎる。


「おーおー、スフィンクス様よォ。明日の天気を知ってるかァ?」

「愚かな人の子。その謎はオレにとってEnigma(エニグマ)にならない」

(……この感覚は)


 メルから感じ取れるのは魔女と同じ──奇妙な力。意気揚々と周囲を見渡しながら、スフィンクスに軽口を叩くと私の前に立つ。


「クスクスッ、知らねぇなら教えてやんぜェ。今日は青天(せいてん)だったが、明日の天気はァ──」


 右手に纏わせたのは"黒色の雷"。メルはその右手を左から右へと振り払えば、結晶を辿るように黒色の雷が走り、


「──真っ黒な"曇天(どんてん)"さァ」


 黄金の雷を打ち消しながら、白色の結晶を瞬く間に破壊した。

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