5:21『vs スフィンクスA』
~本名:偽名~
アレクシア・バートリ:Joker
キリサメ・カイト:Gloomy
イアン・アルフォード:Knight
クレア・レイヴィンズ:Virgin
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スフィンクスの周囲で転々と文の内容を変化させる蛍光色の文字。如何にして文字に質量を持たせているのか。如何にして浮いているのかは不明だが、
(……考えるだけ無駄か)
今までの経験上、深く考えたところで答えは出ない。私は右手に黒曜石の剣を、左手に青銅の剣を構えながら、こちらを睨みつけるスフィンクスへ向かっていく。
「ほう、オレのEnigmaに己で近づくか」
「あぁ貴様の舌を斬り落とすためにな」
自身を防衛するように指示を出したようで、四方八方から突進を仕掛けてくる蛍光色の文字。私は背後から迫ってきた文字に飛び乗り、二本の剣を深々と突き刺す。
(中身は獣か……?)
獣のように暴れ回る文字はまるで自我を持つかのよう。私は突き刺した剣で文字の進行方向を制御し、そのままスフィンクスの顔まで突進させた。
「"奇怪千万"」
「……!」
しかしスフィンクスがそう呟くと、私が乗っていた文字はあっという間に消え失せる。宙に放り出された私へ、一斉に突進してくる蛍光色の文字。
「退け」
私は接近させまいと降下中に二本の剣を振り回し、次々と文字を斬り捨てた。蛍光色の文字は塵となり、スフィンクスの身体へ吸収されていく。
(……順路があるのか)
斬り捨てた分の塵が吸収された後、その分だけ身体から蛍光色の文字が噴出される。どうやら物理的に消したところで、無駄な労力に終わるらしい。
(……? あの文字だけ群れていない?)
集団に加わらず、ただ一つだけ単独で飛んでいる文字。私が視線を向けるとすぐさま距離を取り始めた。私は妙な行動に小首を傾げる。
「ジョーカー、俺たちも手を貸すぜ!」
「……不安な手だ」
「大丈夫! こう見えても吸血鬼の一匹や二匹、倒したことあるんだから!」
しかし今は消耗戦を避け、どのように対処するかを考えるべきだ。そう判断した私は一度策を練るために大きく後退する。その両隣に並んできたのはイアンとクレア。
「……あの文字は何度でも復活する。相手にするだけ無駄だ」
「直接あいつを叩くのはどうだ?」
「接近する前にあの文字が阻むだろうな」
スフィンクスが呟いた『奇怪千万』という一言がどうも引っ掛かる。あの言葉によって消えた分は塵とならず、その場で一瞬にして消えた。更に蘇ってもいない。
「じゃあ私とイアンが道を切り開く。ジョーカーはあの怪物まで突っ走って」
「手軽い策が通じると思うか?」
「ジョーカーなら上手くやってくれるだろ。いつもみたいにさ」
「……ならお前たちも上手くやることだ」
私たちはその場から駆け出し、スフィンクスの元まで接近を試みる。想像していた通り、あらゆる方面から蛍光色の文字が突進してくるが、
「俺たちが相手だ!」
クレアとイアンが前方に立ち、突進してくる文字をノクスですべて斬り捨てた。私はスフィンクスの元まで駆け抜ける道筋を見出し、
「行って、ジョーカー!」
「分かっている」
文字を踏み台にしながら真上まで移動すると、青銅の剣を真下にあるスフィンクスの顔まで全力で投擲した。
「Enigmaの海に、刃は通らない」
周囲から蛍光色の文字を呼び寄せ、青銅の剣を弾き返すスフィンクス。私は左目の眼帯を外し、左手を他所へ飛んでいく青銅の剣に向ける。
「──Fractal」
即座に発動する血涙の力。蒼い蔓を左手から伸ばし、青銅の剣の持ち手へ巻き付け、そのまま鞭を扱う要領で群がる文字を跡形もなく斬り刻んだ。
「Enigmaを屠るその力、オレは知って──」
「そうか」
「ぐッぬぅうぅッ!?」
遠心力でスフィンクスの獅子の身体に青銅の剣を突き刺す。更に追い討ちをかけるため、宙で蔓を手繰り寄せ、
「貴様の身の内など知らん」
「ぐうぉおぉッ!!」
黒曜石の剣をスフィクスの後頭部へ叩きつけるように振り下ろした。感覚として人間の頭蓋骨だが、想像より数倍も固い。真っ二つにすることは今の装備では不可能だろう。
「……? 貴様、不死身か?」
確かに剣は後頭部の骨の内部まで斬り込みを入れている。顔や眼球にも傷を与えた。しかしスフィンクスは僅かな出血すらしていない。
「愚者よ。不思議だろう、奇妙だろう、不気味だろう。そうそれこそがEnigmaだ」
「下らんな」
「Enigmaは不死であり、消滅させることはできない。哀れな血涙の力をもってしてもな」
「そうか。なら試してみるとしよう」
スフィンクスの言動の中に余裕さを垣間見た私は、胴体に突き刺した青銅の剣を左手で、黒曜石の剣を右手で握りしめ、
「──Inferno」
「ぐぬぉおおぉおぉッ!!?」
蒼色の獄炎でスフィンクスを炎上させる。囲っていた蛍光色の文字は瞬く間に塵となるが、それらはスフィンクスの肉体へ吸収され、消された分だけ蘇っていく。
(叫び声を上げてはいるが……通用しているとは思えんな)
悲痛な叫びに見合った手応えがない。まるで音が鳴る楽器を叩いているかのよう。私は「ならば」と後頭部から黒曜石の剣を引き抜き、青銅の剣の隣に突き刺すと、二本の剣で獅子の胴体を引き裂くことにした。
「ぐッおおぉおぉ……ッ!!」
肉を斬り裂こうが血は飛び散らず、私の目に映るのは文字と同じ蛍光色の肉壁。そのまま生物を動かす源である心臓の位置まで、二本の剣で斬り裂いていく。
「この先に貴様の心臓が──」
心臓が鼓動を打ち鳴らすはずの位置。私は二本の剣で強引にこじ開け、そこに待ち受けていた光景を目の当たりにし、思わず言葉を止めてしまう。
「──空洞だと?」
虚しく広がる空洞。心臓らしきものは見当たらず、そこにはただ無数の空っぽが広がっていた。奇妙か、奇怪か、不可思議か、それとも──"謎"と言えばいいのか。
「その空白こそがEnigmaだ」
「……何が言いたい?」
「生きとし生ける者に必要な心臓。オレにはその心臓がない。愚者の貴様にとってオレは──Enigmaとなる存在だ」
スフィンクスの言葉と共に突如襲い掛かる立ち眩み。私はその場に片膝をついて、二本の剣を手離してしまった。
「何だ、これはっ……」
脳内で何かが暴れ回る。頭痛とは比べ物にならないほどの痛みに、私は右手で額を押さえ込んだ。Enigmaという言葉が流し込まれたのか。
「ジョーカー!」
「くっ、文字が邪魔で近づけない……!」
頭蓋骨を叩きまわる鈍痛。左脳と右脳を削られる鋭い痛み。精神に干渉する類の力を持っているのか。私は思考がままならない状態で、スフィンクスに突き刺さる青銅の剣へ左手を伸ばそうとした。
「──ッ!!」
瞬間、スッと痛みが引いたと同時に、私の頭部を突き抜けながら何かが飛び出す。胴体の上で仰向けに倒れ、飛び出したナニカに目を凝らしてみれば、
「文字、だと……?」
あの蛍光色の文字。独りで浮かび上がっていくと、群れを見つけた鳥のように他の文字と合流する。左手で頭部を触れてみるが、外傷は見当たらない。
「さぁ愚者よ、『Enigmaを解明せよ』」
呆然と天井を眺めていた私へスフィンクスがそう命令を下した。私の視界の中央に現れた番号。その番号は『666』という三桁の数字。
(……このままだと"詰み"か)
秒数が減っていく光景に第六感が警鐘を鳴らす。私はその場にすぐ立ち上がると、スフィンクスの胴体に突き刺さっていた二本の剣を引き抜き、後頭部へ斬り込みを入れた。
「この数字は何だ? 答えろ」
「それも貴様にとってまた"Enigma"となる」
「……話が通じんな」
数字がゼロとなった瞬間、何が起きるのか予想もつかない。だがどうせ死へと直結する呪いだろう。私はスフィンクスの相手をしている場合ではないと判断し、イアンとクレアが交戦する位置よりも大きく後退した。
「ジョーカー、大丈夫か!?」
「……妙な呪いを掛けられた」
「呪い? 呪いってどんな……?」
「詳細は知らん。だがこのまま放置すると厄介なことになるだろう。私はこの呪いを解くためにしばらく離脱する。今は時間を稼ぐだけでいい」
イアンとクレアは私に頷くとノクスを構え、寄ってくる文字を斬り捨てる。現在の数字は『600』だ。既に一分が経過している。私は二人に前線を保持を任せ、メルの身を案じるキリサメの元まで駆け寄った。
「おい」
「ジョーカー、どうしたんだ……って、お前その目は!?」
「……目がどうした?」
「両方の目に、数字が入ってるんだよ!」
視界に映っている、というのは瞳孔自体に数字が埋め込まれているらしい。私は右目を軽く押さえながら、キリサメに詰め寄る。
「あのスフィンクスとやらに呪いを掛けられた。この呪いを解呪する方法を教えろ」
「呪い? そんなものスフィンクスにはなかったはず……?」
過去の記憶を引っ張り出そうとするキリサメ。やや険しい表情を浮かべていたが、何かを思い出したのか、一瞬だけ真顔になる。
「待てよ、まさか! なぁ、その数字ってさ……減ってたりしないよな……!?」
「徐々に減っている。残り五百秒で──」
「まじかよッ!? ジョーカー、今すぐEnigmaを解き明かすんだ!」
やはり心当たりがあるようで私の話を聞き終える前に、キリサメが焦燥感に駆られた様子でこちらの両肩を掴んだ。
「……解明するだと?」
「手短に説明するからよく聞いてくれ! そのカウントが出る前に、謎だと感じたものがあっただろ?」
「あぁ、スフィンクスに心臓が無かったことに対してな」
「その後、お前の頭からあの文字が飛び出してきたはずだ! 俺が知っている力の名前とは違うけど、多分あいつがぶつぶつ言っていたEnigmaって力が原因だと思う! それを早く解き明かさないと──」
全てを言い切れなかったキリサメは一呼吸置くと、深刻な顔で私と視線を合わせ、
「──脳が腐り落ちて、呪い殺される」
「……この呪いを解くには?」
「頭から飛び出したEnigmaを解明しないとダメだ。叩くとか斬るとかじゃなくて、文字に触れながら"謎を言葉で解明"すれば、呪いと一緒にEnigmaも消えるはず……」
ふと思い出したのは、文字に飛び乗って突進を仕掛けたあの時。スフィンクスは"奇怪千万"という一言で、私が乗っていた文字をかき消した。あれが『謎を解明した』ということになるのだろう。
「『スフィンクスに心臓が無かった』ことがお前から出たEnigmaだったよな?」
「あぁ、心臓のある位置までこじ開けたがそこには空洞だけ。本の中でスフィンクスの心臓は存在したのか?」
「あったはず、だけど……。無いってことはストーカー卿が事前にスフィンクスを改良してるんじゃないか? 例えば、スキュラみたいに隠しているとか」
弱点である自身の心臓を別の場所へ隠す。以前、死闘を繰り広げたスキュラはそのような対策を取っていた。しかしスフィンクスが心臓を隠していたとすれば、大きく異なる点が生じる。
「あの"イカ女"は心臓がなくとも青色の血を流していた。だがあのスフィンクスとやらは……血抜きされた肉で作られたのか、微塵も血を流さない」
「血を流さない……?」
「痛みに悶える叫びも不自然だ。どうも演技をしているようにしか思えん」
「尚更心臓を取り除いた……としか考えられないよな。でも取り除いたとして、スキュラとそこまで違うのは、やっぱり何か変わったところとか──」
考え込んでいるキリサメを置いて、私は宙に浮かんでいる無数の文字を見上げた。
「……今は『心臓を隠している』という答えを一度試すべきか」
残された時間は『350』という秒数。時が過ぎれば脳が腐るという話は真実のようで、脳が妙な熱を帯びてきている。私はその場から駆け出すと、宙で飛び交っている文字を一つずつ視認した。
「埒が明かんな」
文字の数があまりにも多すぎるが、しらみ潰しに確認するしかない。私は蒼い蔓を文字に巻き付けると、その勢いで天井まで飛び上がり、更に増殖させた蒼色の蔓で一気に複数の文字を捕獲する。
『吸血鬼の肉体が再生する原理を解明せよ』
「これは違う」
『真白町にて植物状態となる病に掛かった者の名称を解明せよ』
「そんなものは知らん」
関係のないEnigmaを西側へ放り投げ、東側のEnigmaを捕獲し、ひたすら確認し続けたが、私が求めている文字は一向に見当たらない。
「……三分」
気が付けば残り秒数は『200』を切った。脳が煮えたぎるように熱を帯び、呼吸が乱れていく。視界も少しずつぼやけ始めた。
『心臓があるべき部位に空洞が広がる理由を解明せよ』
「……探したぞ」
やっとのことで捕獲した自身のEnigma。私は落下の勢いで地面に押さえつけてから、左手を触れ、
「答えは"弱点である心臓を別の場所に移動させた"からだろう」
ジタバタと暴れ回る文字に向けて解答した。すると文字が徐々に躍動を失くしていく。私は「合っていたのか」と視線を逸らすが、
「……止まらない、か」
再び文字が暴れ回る。加えて秒数の減少は止まらない。ついには『90』という二桁の数字まで減ってしまう。脳が腐りつつあるのか、酷い頭痛がし、吐き気すら催した。
「愚者よ、まだ生き長らえるか」
「……貴様よりも生きてやるつもりだ」
「カウントが半分を切れば、通常の人間は動けなくなる。だがしかし貴様は愚者でありながら活発に動き回った。不思議だ、奇怪だ、謎だ。オレの中で再び新たなEnigmaが増えたであろう」
遠のく意識の中でスフィンクスの煩わしい声を聞きながら、文字に覆い被さるように倒れ込む。疫病に浸食された時のように身体が重い。
「くそッ、ジョーカーを助けないと……! クレア、ここは俺が惹き付ける! お前はジョーカーのとこに行け!」
「うん、分かっ──」
「させるものか。愚かな人の子よ」
「きゃあッ……!?」
クレアが私に近づこうとするが、スフィンクスは黄金の雷を放ち、その場に足止めをした。私は朦朧とする意識の中で、思考を巡らせながら文字に目を通す。
『心臓があるべき部位に空洞が広がる理由を解明せよ』
「貴様には、そもそも心臓がないからだ……」
映し出されるのは『40』という数字。真っ赤な色で点滅を繰り返しながら、私を焦らせてきたが、私は冷静に何度も文字を黙読する。
『心臓があるべき部位に空洞が広がる理由を解明せよ』
(今までの誤った回答を踏まえるに……心臓は別の場所には移動していない。更に心臓はどこかに存在する、か)
得られたのはたったそれだけの情報。しかし私はスフィンクスが全く血を流さないという謎が、腐りかけた脳内で未だに引っ掛かっていた。
(……私の勘に賭けるしかないな)
暗転を繰り返す視界。咄嗟に思いついた解答。私は震える右手でパニッシャーを取り出しつつ、文字に左手を乗せる。
『心臓があるべき部位に空洞が広がる理由を解明せよ』
「最後の賭けだっ……このEnigmaの解答は──」
破裂しそうなほど激しく鼓動する心臓と腐り落ちそうな脳。私は死が迫りつつある肉体に鞭を打ち、
「──貴様が、スフィンクス本体じゃないからだ」
声を振り絞りながら最後の解答を述べると、数字が即停止した。脳を帯びていた熱も、荒い呼吸も、徐々に収まっていく。最後の秒数は──『3』という数字。
「ほぉEnigmaを解明したか、愚者よ。過酷な状況で解明するとは恐れ入った──」
「まだ、私の解答は終わっていない」
私はゆらゆらと不安定な状態で立ち上がり、右手に握っていたパニッシャーを飛び回っている蛍光色の文字へ向けた。
「貴様が私たちの注目を集めるための肉塊だとする。ならばスフィンクス本体はどこにいるのか。解答は単純だ。貴様の本体は──」
銃口を向けられようが飛び回る文字は気にしない。だが銃口を向けられたり、こちらが接近しようとすると、たった一文だけ逃げ回ろうとする文字があった。私はその文字を見つけると、引き金に指をかけ、
「──Enigma自身だろう」
移動先を予測し、銀の杭で逃げ回る文字を撃ち抜けば、
「うぬぁあぁあぁあぁあッ!!?」
今までのスフィンクスとは異なる人物の声が響き渡ると、黄緑色の光に周囲が包み込まれ、私たちの視界を塞いだ。




