5:19『謎』
~本名:偽名~
アレクシア・バートリ:Joker
キリサメ・カイト:Gloomy
イアン・アルフォード:Knight
クレア・レイヴィンズ:Virgin
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「はぁ、俺一人でどうすりゃいいんだよ」
俺はイアンにメルの後を追うように頼まれ、王の間まで続く階段を駆け上がっていた。メルは余程足が速いのか、階段の先を見上げてみても背中すら見えてこない。
(……このピラミッド、ミネルヴァさんすら存在を知らなかったんなら誰が作ったんだ? 不知火兄弟と魔女の奇術じゃ……流石に無理だよな)
信者に作らせたわけでもないし、奇術でどうにかなる規模でもない。けど自己暗示で何にでもなれる剣次郎が『最強の魔法使い』になって、この空間を作り出した……とかならあり得る。
「でも待てよ。最初に会った時もさっき会った時も、剣次郎は黒の騎士になってただろ? 自己暗示する対象が変わってるのに、この空間が残ったままになるわけ──あれ、メル?」
推察を兼ねた独り言をブツブツと呟きながら階段を駆け上がっていると、壁に背を付けたメルが視界に映った。俺は速度を落とし、息を整えつつメルの側まで近づく。
「あ? おい色男、何でここにいんだァ?」
「お前を追いかけろって……ナイトに言われたんだよ」
「あぁそうかい。騎士様は大変お節介焼きなことで」
俺から話を聞いたメルは「ウザったらしい」とでも言いたげな顔で、何度も足元の小石を蹴飛ばした。多分だけどメルはイライラしてる。
「メル、ナイトたちと合流しよう。独りで突っ込むのは危険だ」
「バーカ、突っ込みたくても突っ込めねぇんだよ。その先を覗いてみなァ」
メルは王の間まで続く通路を見るよう顎で促す。何があるんだろうと少しだけ通路を覗いてみれば、俺たちを通らせないようにと、壁画が描かれた壁が塞がっていた。
「この壁画って……」
「クスクスッ、その壁画はイカれ共が崇めるワンダーランドさ。あたしらにとっちゃあ、見飽きた光景だがなァ」
近くで壁画を観察してみる。桜の木に囲まれた道路、誰もが知るテレビ局のビル、アートで溢れかえる美術館。どれも俺たちの世界にあるものばかりが描かれていた。
「──『Enigmaを解明せよ』?」
「そいつァ先に進むための鍵だ。身体は子供で頭脳は大人の名探偵様がいなきゃあ、一つの真実も教えちゃあくれねぇってこったァ」
壁画の中央にたった一文だけ刻まれた文字。俺はその文字に手を触れ、壁画全体を大きく見渡す。
「メル、Enigmaって"暗号"って意味だよな?」
「あ? んであたしに聞くんだよ」
「い、いや、知ってるかなって……」
俺が意味の確認を兼ねてメルに尋ねると、怠そうに天井を見上げてしばらく口を閉ざした。
「……あたしの記憶がイカレてなけりゃあ、Enigmaはおべんちゃらが大得意な国が愛用する"暗号機"のことだ。広い意味で定義すんなら"謎"」
「じゃあやっぱり『謎を解明せよ』って書いてあるんだよな……」
何かしらの謎を解き明かせ。ヒントは多分だけどこの壁画。道を切り開くためには、壁画の意味を読み取らないといけないのかも。
「んー、なんか分かることとかあったりしないか?」
「あたしにはさっぱりだ。この壁画の世界に身体は大人、頭脳は子供のクソ共が住んでる世界つっのは分かるけどな」
「そ、そっか。あんま俺たちの世界を悪く言うなよ」
ただ何となく、この壁画に描かれたものはどこかで見たことがある。俺たちの世界でよく見る光景とかじゃなくて、観光地のような特定の場所を示す壁画。
「桜の木に囲まれた道路。これどっかで見たことあるんだよなぁ……」
「おーおー、思い出したぜ。あのマークは『最近クイズ番組と美容番組ばっか放送してクソつまらねぇ』テレビ局──」
「おいやめとけって! テレビ局だって時代に合わせたものを放送しないといけないから大変……あれ、待てよ?」
ある事に気が付き、俺はもう一度壁画大きく見渡した。桜の木に囲まれた道路、誰もが知るテレビ局のビル、アートで溢れかえる美術館。俺はふと友達と遊びに出掛けた日を思い出す。
「メルってさ、どこ住みだった?」
「おいおい色男ォ。ナンパなら後にしな」
「ちげぇーよ! 謎を解くのに必要なんだ!」
「あー……あたしは産まれも育ちも東京だったぜェ」
俺は「やっぱり」と一人で桜の木の壁画を見つめた。友達と遊びに出掛けたのは東京。遊び歩いていた時に、どこかでこの壁画の景色を目にしている。
「メル、この壁画って東京のどっかを表してるんじゃないか?」
「……見覚えがあるっちゃあ、あるかもしれねェ」
「俺も友達と東京観光したときに、この桜をどっか見たんだけど思い出せなくてさ。東京に住んでたメルなら分かるかなって」
メルはぼーっとしながら壁画を眺め、何かを思い出した様子で目を細めた。
「あぁこいつァ──六本木だ」
「六本木?」
「あんたがどこかしらで見たつった桜は、"さくら坂公園"のもんだ。そうだろ、色男ォ?」
「そうだ、思い出した! さくら坂公園だよ! 友達と写真も撮った!」
俺はモヤモヤがスッキリした気分に思わず声を上げるが、メルは六本木だと気が付くと不機嫌な顔で壁画を睨みつける。
「……っ! 壁が動いて……!」
壁画が示す場所を言霊にすれば、塞いでいた壁が壁画ごと動き出し、前方に新たな通路が現れた。俺がその場で立ち尽くしていると、メルは通路を真っ直ぐ進んでいく。
「ちッ、んだよまた謎解きかァ?」
少しだけ通路を歩けば、再び壁画と『Enigmaを解明せよ』という一文が立ち塞がる。メルは舌打ちをして、周囲にある壁画を見渡した。
「えーっと、今度は何だ? 教祖みたいな人に、信者に、最後の女の子は……?」
天から照らす光に包まれた教祖を囲むように崇める信者。教祖の隣で同様に祈りを捧げる女の子。俺はその壁画を一瞬、魔女の馬小屋かと考えてもみたが、
「んー、この場所って俺たちの世界だよな? 車も走ってるし、ビルも建ってるし、交差点もあるし……」
スクランブル交差点、道路を走る車、連なってそびえ立つビル。俺たちの世界に魔女の馬小屋は存在しない。多分別の教団だろうな。
「……」
「メル?」
「壁画は"魔女の馬小屋"を示してんだろ。その壁を退かしなァ」
考える素振りも見せず、言い放ったメルの一言。即座に壁画が動き出し、あっという間に先への道を開く。謎を解き明かしたというのに、メルはより一層苛立っているようだ。
「メル、どうして分かったんだ?」
「……」
俺の問いには何も答えず、開けた道を突き進む。あの女の子は誰なのか、俺たちの世界に魔女の馬小屋が存在したのか。その謎は解けていない。モヤモヤとした霧が胸の中を漂う。
「次は、何だこれ? スクランブル交差点で逃げ惑う人に、ビルで火事でも起きてるのか?」
次なる壁画には炎上した人間がスクランブル交差点で駆け回り、周囲のビルが火災に見舞われている。良い気分で見れるものじゃない。
「ん? よく見たらさっきの壁画にいた教祖や信者もいるし、あの女の子も……」
逃げ惑う人を装って、着火剤を握りしめる者たちが何人かいる。ビルの屋上では高笑いする教祖と、泣いている女の子。この火災は教団の仕業かもしれない。
「スクランブル交差点で、放火事件? 子供の頃にそんなニュースをテレビで見たような……。確かこの放火事件の名前は──」
「渋谷スクランブル放火事件……ッ」
メルが強調するように言い放つと壁画が動き出す。歯軋りしながらも突き進むその顔は、込み上げる怒りを堪えているように見えた。
「ま、待てってメル! 道はいくつか開けたんだし、ジョーカーたちが追い付くのをこのまま待とう──うおっ!?」
単独行動をさせないようメルを引き止めた瞬間、俺の額にパニッシャーの銃口を突き付け、リボルバーの弾倉を一度だけ回転させた。
「色男、あたしはなァ? "ホットスポット"が破裂しちまいそうになるぐらい、今さいっこうにイラついてんだよ。一度破裂しちまったが最後、テメェのお頭にデッケェ穴を開けちまう」
「ご、ごめん……」
「あの世で念仏唱えたくなけりゃあ、黙ってついてくるか、指咥えてここで待ってるか。どっちか好きな方を選びなァ」
メルは警告を兼ねて俺にそう吐き捨てる。邪魔をすれば殺す、訴えかけてきたその目は本気だった。俺はスマホを何度かタップして文章を打ち込み、地面に置くと、メルの後を追いかける。
『メルは多分、心の中で何かを抱えてる』
(……イアンはああ言ったけど、メルは何を抱えてるんだ?)
壁画の謎を解く度にメルの感情が揺らいでいた。イアンが俺に言った通り、明らかに何かを抱えているのが分かる。だからメルを独りにしてはおけない。
「よし、次の謎を解こうぜ……って、どうしたんだ?」
空気を良くしようと空元気で振る舞い、メルに声を掛けたが壁画を見つめたまま、その場で呆然とする。俺も首を傾げながら、壁画へ視線を移してみると、
「これって、誰かの思い出だよな……? もしかして魔女の?」
母親と娘が幸せそうに暮らす壁画。食卓を二人で囲む微笑ましい光景、絵本を読み聞かせされる女の子、さくら坂公園で手を繋いで散歩する親子の姿。そして最後に──母親が雷に打たれる悲惨な光景。
「……魔女に焦点が当てられてるから、魔女の名前を答えないといけないのか? でもそんなの分かるわけ──」
「──神崎七瀬」
「えっ?」
メルの一言を合図にゆっくりと壁が動き出す。これが最後の壁画なのか、先へ進むための通路の奥には、一回り大きな両扉が待ち構えていた。
「メル、どうして名前を知って……」
「もう分かんだろ色男。お目当ての魔女が──あたしの母親だってことぐらい」
「母親!? ま、待ってくれ、何でメルの母親がこの世界に……」
「鈍い、鈍すぎるぜ色男。んなもん決まってんだろ」
メルはそう言いながら俺に背を向ける。母親がどうしてこの世界にいるのか。少しだけ考え、俺はハッとした。
「まさか、母親と異世界転生してきたのか……?」
「……ご名答」
「そうか、思い出した。『魔女の馬小屋』って教団名に聞き覚えがあったのは、テレビのニュースで見たからだ」
記憶を頼りにニュースの内容を思い出し、俺はメルへ話をこう続ける。
「俺がまだ中学生だった頃に起きた"渋谷スクランブル放火事件"。死者数は百名以上。何人かの容疑者が捕まった時に『魔女の馬小屋による裁きだ』ってずっと供述してた。そこで教団が関与してると睨んだ警察が、教祖について捜査したけど──」
「……」
「──教祖は娘と共に一家心中した。死因は風呂場での"感電死"」
事件の捜査はおよそ二年という長い期間。月日が流れれば流れるほど、人の記憶から薄れていく。一家心中をしたというニュースを見た時、俺でも『そんなことあったな』程度で聞き流していた。
「教祖の名は神崎七瀬。娘の名前は報道されてなかったけど……メルが、その娘さんなんだよな」
メルは葉巻を取り出すとライターで火を点け、壁画を見上げながら吸い込んだ煙を溜息と共に吐く。
「……んじゃあこの話は知ってるか色男ォ? 神崎七瀬が最初はイカれ野郎じゃなかったって」
「最初は? それってどういう……」
「あたしを産む前から、神崎七瀬は吐き気がするほどの善人だった。クソ男に捕まって、逃げられたってのに……苦しい思いをしながらあたしを産んで、クソな友人の保証人として借金の肩代わりするぐらいにはな」
一服しつつ葉巻に付いた火種へ視線を移すメル。俺は親子で食卓を囲む壁画を見つめていた。
「電気止められた冬の日にはァ、二人で布団被ってリスみてぇに温め合った。クスクスッ、笑っちまうぐらいボンビー生活だろ?」
「……」
「けど、あぁ、そうだな……あの時代は金こそ無かったがクソほど幸せだったぜ。……んでこっからだ。こっからイカれ人生の幕開けだ」
メルは吸えるはずの葉巻を地面に落とし、右脚で火種ごと踏み潰す。
「ありゃあ雷雨の日だった。あたしを庇おうとした神崎七瀬はな、雷に打たれちまったんだよ。私の目の前で、一発デケェのをドカンとな」
「雷に?」
「病院に運ばれ一命は取り留めた……が、目を覚ませば『あの雷は神の怒りだ』とか『人間たちへ代わりに教えなければ』とか言い出しやがる。そっ、神崎七瀬はココがイカれちまったんだ」
頭を人差し指でトントンと叩くと、手に持っていたライターを懐に仕舞い、ぐしゃぐしゃになった葉巻を見下した。
「んでもって、カルト教団のイカれ教祖の出来上がり。神崎七瀬は信者共から金を巻き上げ、教団の規模をデカくしやがった。あたしは神の怒りを受けなかった"奇跡の子"として扱われるわけだ」
「……メルはさ、母親を止められなかったのか?」
「神崎七瀬はココがイカれちまってる。実の娘なんかより神様の方が信用できるんだとよ」
馬鹿らしいと鼻で笑ってみせたが、俺の目からはメルがやや肩を落としたように見えたため、相槌を打つことすらできなかった。
「教団の規模がデカくなりゃあ、教祖様も盲目になっちまう。そんで『神の怒りを知るべきだ』と企てたのが……」
「"渋谷スクランブル放火事件"、だよな」
「そういうこった。魔女の馬小屋が世間に認知されりゃあ、あたしも神崎七瀬も指名手配。教団の金で住処を転々とし、尻尾巻いて逃げてもみたが……逃げ切れずに一家心中さ」
メルは向かいの壁までゆったりと歩み寄り、右手を突きながら消沈したように俯く。
「……神崎七瀬は、最期にあたしへ何て言ったと思う?」
「えっ? あー、えっと……ごめん、俺には分からない……」
「『自分たちが神の怒りをすべて請け負おう』だとよ。あの野郎、クソほど善人な部分を出してきやがったんだ。ありゃあ今でも忘れられねェ」
壁に突いていた右手で拳を作ると、壁を思い切り一度だけ蹴った。ドスッと鈍い音が虚しく響き渡る。
「んでもってこの世界にあたしらは異世界転生してきた。神崎七瀬は懲りずにこの世界でも教団を作ろうとした結果、クソババアに捕まって監禁されたってわけだ」
「……クルースニク協会で"開かずの間"って呼ばれてた部屋は」
「神崎七瀬の監禁部屋さ。魔女の馬小屋ってカルト教団と、魔女って名の教祖が現れた時点であたしはすぐに勘付いた」
クソババア、クルースニク協会の創設者ヴィクトリア・ウィルキー。メルと神崎七瀬は転生をした後、その人に捕まったらしい。
「あのクソババアに言っても『開かずの間から出られるはずがない』と聞かねェ。だから出掛ける隙をついて、中を調べてみりゃあ……もぬけの殻だったってわけだ」
「じゃあさ、メルが魔女の馬小屋を潰そうとしてるのって……お金の為じゃなくて母親と会うために──」
「勘違いすんなァ色男ォ。あたしがイカれ共を潰そうとしてんのは金の為だ。家庭の事情なんざァクソ食らえだぜ」
そう吐き捨てたメルはその場で振り返り、哀愁帯びた表情で俺と視線を交わしてくる。
「だがよ色男、おかしいと思わねぇか。クソ共は善人をエサにして、善人は自分の命を削って生きてんのに……何でクソ共が楽して生きれんだろうな」
「それは……」
俺はメルになんて言葉を返せばいいのか分からず、開いていた口を閉ざして、黙り込んでしまった。
「……談笑タイムは終いだ。あたしは先に行くぜ」
王の間へ単独で進もうとするメル。俺は両頬を何度かバチンバチンッと自分で叩くと、メルの隣へ急いで駆け寄り、
「メル」
「あ? んだよ色男ォ?」
「メルの話を聞いて、何て言えばいいのか俺には分からないけど……。今はついていくよ。多分、それが正解だと思う」
「……あぁそうかい。勝手にしなァ」
自分なりの正解を伝えた。メルはニタッとした笑みを浮かべる。こうして俺たちは、魔女が待ち構えるであろう王の間へ進むことにした。




