5:16『奇術』
~本名:偽名~
アレクシア・バートリ:Joker
キリサメ・カイト:Gloomy
イアン・アルフォード:Knight
クレア・レイヴィンズ:Virgin
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「何で、だよっ……!? 異世界転生者が、何でこんなことっ……!?」
キリサメは雷に打たれた身体を何とか動かし、異世界転生者として正体を現した魔女の手駒を睨みつける。
「ふははっ、お前も異世界転生者なら分かんだろ?」
「はっ? 何が……」
「それが異世界転生者の特権なんだよ」
「特権っ……?」
魔女の針は整えられていない黒髪を揺らしながら、誇らしげにそう答えると、隣に立っていた魔女の壺と肩を組んだ。
「俺ら"不知火兄弟"は異世界転生者として選ばれた。この意味が分かるか? ん?」
「分かんねぇよっ……!」
「だったら教えてやる。異世界転生者として選ばれた意味はな? この異世界で"好き放題に暴れてもいい"ってことだ。人殺しだろうが、盗みだろうが、何をしてもいいんだよ!」
キリサメに向かって叫ぶのは魔女の針──"シラヌイ"という名を持つ兄。どうやら兄弟で異世界転生者としてこの世界へ転生してきたらしい。
「……馬鹿の一つ覚えに過ぎんな」
「ははっ、じゃあ教えてくれよ負け犬ちゃん? 俺らに何でこーんなすげぇ力が与えられたのかを!」
私がほくそ笑むと魔女の針は再び両手に青銅の剣と黒曜石の剣を出現させ、その場で軽く振り回した。
「……その力は加護か、それとも災禍か?」
「加護でも災禍でもねぇーよ! この力は俺ら異世界転生者にだけ与えられた力──奇術だ!」
「奇術だと?」
力の名称を奇術と答えた魔女の針。私たちが表情を険しくすれば、魔女が玉座に座りつつ嘲笑うかのようにこう語る。
「お主らは知らぬじゃろう。異世界転生者に"奇怪な術"と書き……奇術と呼ばれる力が与えられていることをの」
「俺たち異世界転生者に、そんな力がっ……?」
「くかかッ、実に愚かな異世界転生者じゃ。自分の力に気が付かぬとは」
手元に白色の雷をバチバチッと走らせる魔女。名家に与えられる加護でもなく、原罪が持つ災禍でもない。異世界転生者のみが扱える奇術という名の力。
(……この時代はどうなっている?)
これで果たして何度目か。
私は未知との遭遇に嫌気が差し、思わず舌打ちをする。
「クスクスッ、なるほどなァ。ってことは、あんたらもそのクソみてぇな力を持ってるんだろォ? 不知火ゴミムシ兄弟様ァ?」
「馬鹿にするんじゃねぇ! 俺の名前は不知火剣史郎で、自慢の弟は不知火氷璃だッ!!」
「ちったぁ落ち着きなァ。"チャンバラごっこ"と"マジックショー"でイキがれるのはガキの内だけだぜェ?」
「ははっ、何もしらねーんだな? 俺たちの奇術は"異世界最強"だってことを!」
今まで黙り込んでいたメルは急に喋り出したかと思えば、苦しむ様子も見せずにシラヌイ兄弟を挑発し始めた。ニタニタとした笑みを浮かべていることから、何か策があるのだと汲み取る。
「俺、剣次郎様の奇術はなぁ!? "自己暗示"をすればなんにでもなれるんだよ! 異世界で無双する最強の主人公にも、俺が憧れていた"二刀流使い"にもなぁ!」
(……なるほどな。どうりで奇妙な剣術というわけだ)
「氷璃は触れた物を何でも喰らい尽くす"暴食の手"だ! 消えてるんじゃなくて、全部何もかも喰らい尽くしてんだよ! どうだ恐ろしいだろ!?」
ケンジロウは自慢げに自分とその弟の奇術を説明する。メルがシラヌイ兄弟を挑発した狙いは情報収集の為だ。案の定、口の軽いケンジロウが引っ掛かり、長々と喋り尽くす。
「おーおー、そりゃあご立派な奇術なことで」
メルは返答しながらポケットに右手を突っ込むと、私に一瞬だけ視線を送ってきた。この女は考えていた策をこれから実行しようとしているらしい。
「んじゃあ、あたしから賞賛のお言葉をくれてやるぜェ」
「は? 賞賛の言葉だぁ?」
ポケットから取り出したのは二つのスナップボム。一つずつピンを抜くと女王の間の中央へ投擲し、
「とっととくたばんなァ──テンプレ共」
「なっ、逃げッ──」
メルが右手の親指を下に向けたと同時に、女王の間は大爆発を起こす。煉瓦の床が崩落し、私たちは諸共下へ下へと落下していく。
(……やむを得えん)
このまま地面に叩きつけられれば重傷では済まされない。だが身体を五体満足に動かせるはずもなく、私は落下する最中、左手で顔を左半分に手を付け、
「──マスカレイド」
血涙の力を発動し、仮面を付けた女の頭部を数体呼び出す。視界に映ったのはイアンとクレアのみ。私は二人を回収するのを確認し、仰向けに状態へと体勢を変える。
「……瓦礫が落ちてこないのは不幸中の幸いか」
一つの頭部を壁内へと突進させることで落下の勢いを和らげ、その場に背中から着地をした。背筋に伝わるのは軽い衝撃だけ。どうやら軽傷すらも免れたらしい。
「い、今の顔って……」
「俺たちのこと、助けてくれたよな?」
私が顔から左手を離せば、イアンとクレアを咥えていた女の頭部が消える。二人は自身を助けてくれた女の頭部に少し怯えながらも、
「もしかして、今のはジョーカーが……?」
「何言ってんだよ? 流石のジョーカーでもあんな力を使えるわけないだろ」
「でもね、さっきの顔って……どこかジョーカーに似てるような気がしたから」
「偶然に決まってる。きっとヘメラ様が俺たちのことを助けてくれ──」
「いいや、今のは私の力だ」
私は仰向けに倒れ、ぽっかりと穴の空いた天井を見上げつつそう呟いた。クレアとイアンはゆっくりと口を閉ざす。
「……私の肉体には吸血鬼共の血が流れている。今の力は母体の吸血鬼から継いだものだ」
「ジョ、ジョーカー……! そんな冗談話をするのはお前らしくないって!」
「そうだよ! そういう役はナイトだけで十分──」
「この瞳を見ても冗談だと思うか?」
信じようとしないイアンとクレア。私は左目を覆っていた黒の眼帯を外し、その瞳を二人に見せつける。
「なんで、目が赤いんだよ?」
「それにアカデミーの暴発事件で、左目はもう治らないって……」
「私には吸血鬼共の血が流れていると言っただろう」
血涙の力を使用することで紅に染まる瞳。力の覚醒と共に再生した左目。うつ伏せになりながらも変わりゆく二人の表情は、少しずつ現実を受け止めていくようだった。
「どうして、黙ってたんだよ?」
「その事実を知ったところで、私にもお前たちにも得はない」
イアンもクレアも両親を吸血鬼に殺され孤児となった被害者。『私は吸血鬼から産まれた』と打ち明けたところで、お互い面倒事に巻き込まれやすくなるだけ。
「「……ッ」」
イアンとクレアは痺れた身体を動かして四つん這いの状態で、仰向けに倒れる私の元まで近づいてきた。私は黙り込んだまま二人の姿を見つめていると、
「ジョーカー、ごめんな……」
「……何を謝っている?」
「だって『吸血鬼の血が流れている』なんて秘密……独りで抱えて生きるのって、すっごく辛いと思うから。私たちが、寄り添えなくて、ごめんね……」
「……お前たちは、何を言っている?」
私の右手をクレアが、左手をイアンがそれぞれ握り、自分を責め始めた。私はこの二人がワケの分からないことを言い出したため、呆然としてしまう。
「俺たちさ、ジョーカーにずっと支えられてばかりで……。さっきも今も、こうやって支えられて。ほんとはお前も辛い想いをしてんのに、力になれなかった」
「……辛い想い、か」
「ジョーカー、ごめんね。もっと、もっと信用されるぐらい強くなるから……ジョーカーが私たちを頼ることができるぐらい、強くなるから……」
私が『吸血鬼共から産まれた』という事実を重く受け止め、日々苦悩している。そして自分たちに打ち明けられなかったのは、頼れる相手として信用に値しなかったから。幼馴染として情けない……そう思い込んでいるのだろう。
「私はこの事実を独りで抱え込んでいたつもりはない。お前たちがどう思おうかは勝手だが、私の前で自分を責めるのだけは止せ」
「ジョーカーはそう言ってくれるけど……でも、どうしても、やっぱり、私は自分を責めちゃうよ」
「……お前たちは人が好過ぎる」
善人であればあるほど自責の念に囚われやすい。この二人が善人である証拠に、私が吸血鬼共の敵味方をハッキリとさせる前に、独りの幼馴染として心配してきた。他の名家の人間とは違う。
「でもなジョーカー。一人で抱え込むより、みんなで抱えた方が軽くなるんだよ。大きなモノだって、辛い事だってさ」
「……辛くはないと言っているだろう」
痺れが収まったため二人の手を離すと、その場へ膝を付きながらゆっくりと立ち上がった。辺りには崩れ落ちた瓦礫と、人工的に作られた空洞が広がっている。
「それに今は状況を把握するべきだ」
「そうだね……。魔女を倒してからちゃんと話をしよっか」
冷めた空気と並べられた棺からするに恐らくは"地下の間"。周囲にキリサメとメルの姿が見当たらないため、少しだけ歩き回ることにした。
「歩けるか?」
「あぁ、なんとか歩けると思う」
「うん、私も。ちょっとだけ身体が動かしづらいけどね」
「なら移動するぞ」
視界に入ったのは地下の回廊へ続く薄暗い通路。私たちはその通路を歩いて、地下の回廊へと顔を出す。
「カイトやメルはどこにいんだろーな」
「吹き飛んじゃった……なんてことないよね?」
「爆破から最も近い距離にいたのは私だ。そんな心配よりも瓦礫に潰されていないことを祈れ」
迷宮のようにどこまでも続く地下通路を私たちは探索した。部屋を通り過ぎる度に中を覗き見してみるが、棺が敷き詰められていたり、ただの空洞が広がるばかり。
「なぁ、もしカイトたちを見つけてもさ。ここから出られるか怪しくね?」
「ちょっと、そういうこと言わないで──」
「静かにしろ。誰かがいる」
その場に立ち止まると二人を黙らせる。私の耳に届いたのは人の声。
「こっちだ」
声の方角を頼りに曲がりくねった地下回廊を歩く。近づけば近づくほど、その声の正体が聞き覚えのあるメルとキリサメの声だと発覚する。
「いや──さんを──ない!」
「──言って──ぜェ?」
「ここか」
そして辿り着いた部屋へ足を踏み入れると、
「ここに置いていけるわけないだろ!? 二人で力を合わせればどうにかなる……!」
「クスクスッ、よぉく考えなァ色男ォ? 助けたところでだ。こんなクソみてぇなところで怪我人を介抱するなんざァ、ただのヒーロー気取りのすることだぜェ?」
そこには瓦礫に足を挟まれ身動きの取れないミネルヴァと、見捨てるか見捨てないかで口論するキリサメとメル。
「カイト!」
「イアン、それに二人も……! 無事だったんだな!」
イアンが呼び掛ければ、私たちの無事を安堵したキリサメが胸を撫で下ろす。
「おーおー、丁度いいところに来たなァジョーカー。あんたのボーイフレンド、ちっと強情すぎるぜェ?」
メルはニタニタとした笑みで私の側まで歩み寄った。どうやら"見捨てる"という選択に私を引き入れようとしているらしい。
「わ、私のことはいいわ……。早く、行って……」
「そんなことできません! ミネルヴァさんはまだ死んだわけじゃないんです!」
「クスクスッ、んな状態は死んでんのと変わんねェ」
瓦礫に挟まれているのは右脚のみ。だが確実に骨は折れているうえ、歩ける状態でもない。
「助けたところでこの先にはヤツが待ってんだ。あたしらだけならともかく、怪我人はご愁傷様だぜェ」
「ヤツが待っているだと?」
「あんたが負けたあの"テンプレ二刀流使い"のことさァ。階段の前で"チルタイム"かましてやがる」
地下の間から女王の間へ戻るために通るべき広い部屋。しかしそこであのケンジロウという奇術を扱える男が待機しているらしい。魔女に待ち伏せるよう指示を出されたのだろう。
「正面から叩き潰せばいい」
「おいおい、あんなテンプレ野郎に勝てんのか?」
「方法はある」
私は魔女の針に対してとある策を思いつき、メルからキリサメへ視線を移す。
「お前はあの男が自己暗示の対象とする"二刀流の男"を知っているか?」
「あ、あぁ! 多分、有名な小説に出てくる"黒の騎士"だと思う!」
「黒の騎士?」
「とにかく"反応速度"っていうか"反射神経"がやばいんだ。弾丸なんて剣で難なく斬り落とせてさ。異世界じゃなくてゲームの世界の話だけど、女の子にもモテモテでザ・主人公って感じなんだよ」
弾丸を容易く斬り落とせたのも、奇妙な剣術とやらも、すべてはその"黒の騎士"の力。ならば黒の騎士を模倣する魔女の針を潰す方法はたった一つ。
「その本を持っているか?」
「待ってろ、確かこの辺に……あった!」
キリサメからスマホを受け取り、画面を見つめてみると、黒の騎士であろう男の主人公が、二本の剣を構える表紙が映し出されていた。
「十五分ですべて目を通す」
「えっ? そんな時間で全部読めるのか?」
「速読には自信がある」
私はスマホの画面をスライドし、十五分という限られた時間の中で読み進めることにした。




