5:15『トリックスター』
~本名:偽名~
アレクシア・バートリ:Joker
キリサメ・カイト:Gloomy
イアン・アルフォード:Knight
クレア・レイヴィンズ:Virgin
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私たちはピラミッドの内部へ足を踏み入れ、下へと進む一本道の階段を降りていた。変わらず電球の灯りやらが一定間隔で通路を照らしている。
「上と下に続く階段があるわね」
「んー、どっちに進むんだ?」
「んなもん言わなくて決まってんぜェ色男ォ。教祖を気取る魔女様はなァ、でけぇ顔して上で待ってんのが定跡だぜェ」
ある程度で階段を降りていくと、一つは頂上へ向かう階段、もう一つはそのまま地下へ続く階段で別れ道が現れる。メルが述べたように魔女は頂上にいる可能性が高い。私たちは上に続く階段を登り始める。
「ミネルヴァさん、このピラミッドって信者たちが作ったんですか?」
「そんなわけないでしょ。私たちはこんな場所があることすら知らなかったんだから」
このピラミッドは通常よりも二回りほど大規模な作りをしている。石の切り出しや加工、そしてそれらを運んで積み上げるのに、最低でも二千人と二十年は必要になるだろう。現段階の信者の数では不可能。
「なぜ信者が作ったと推測した?」
「ピラミッドってさ、偉い王様のお墓なんだろ? それも奴隷とかに作らせるイメージがあるから、魔女が信者に作らせたのかなって」
「……正確には作らせたわけではない。対価を条件に手を貸していただけだ。奴隷ではなく農民がな」
「えっ、そうなのか?」
こちらへ顔を向けるキリサメに私は周囲を窺いながらも淡々とこう説明をした。
「季節の移り変わりや気候によって、作物を育てられない時期が度々ある。威厳を持つ王はピラミッドを作るという労働の対価として、農民たちに食糧やワインを与えていた」
「へぇ、優しい王様もいるんだな」
「あくまでも私の知る史実に過ぎん。お前の言うように奴隷に作らせていた、という王もどこかにいたはずだ」
「ひゅー、世界史は花丸もらえるぜェジョーカー」
口笛を吹いて茶化すメル。反応するだけ無駄だと私は無視をすれば、クレアが登りの階段を見つめながら首を傾げる。
「ねぇねぇ、じゃあさっき下と上に続く階段があったのはどうして?」
「ピラミッドには地下の間、大回廊、女王の間、王の間という四つの部屋がある。あのまま階段を下れば地下の間に辿り着き、このまま階段を登り続ければ──大回廊だ」
そう言いながら階段を登り切ると広い空間、大回廊が私たちを出迎えた。眩暈がしそうなほどに高い天井を見上げると『吸血鬼共に追われる男の壁画』が真っ先に目に入る。
(……異境より迎えが来たる、か)
右へと少し視線をずらせば『追われていた男がスマホを与えられる』壁画。その更に隣には『変わった身なりをした何者かがその男に手を差し伸べる』壁画。最後には光と共に男は消え去ってしまった。
「おいおい、こーんな分厚い壁なんて用意してよォ。もしもーし、お荷物を届けに来てやったぜェ。本人確認が必要だからそのツラを見せやがれェ」
更に頂上へと続くであろう階段。その前には石の壁が進行を阻んでいた。メルが何度も壁を蹴るがビクともしない。
「祭壇や砂漠地帯のように何かしらの仕掛けがあるのだろう」
「クスクスッ、あーそうかい」
「お、おいメル!? お前何しようと……!」
メルがニタニタと笑みを浮かべながら取り出したのはスナップボム。キリサメが後退りをする中、私はピンを抜こうとするメルの手を強引に止めさせた。
「やめておけ」
「止めんなよジョーカー。あたしはビビッて鎖国した挙句、身内ノリで楽しんでるクソ共が嫌いなのさァ」
「何を言いたいのかは知らんが、それは愚策だ。もし爆破の衝撃でこのピラミッドが崩れたらどうする。それにまだ行く宛を失ったわけではない」
恐らく塞がれているのは"王の間"への道。私は階段の左方にある通路に視線を移し、メルへスナップボムを仕舞うよう促す。
「そうね、こっちの道を調べてみましょう。この壁を退かす方法が分かるかも」
私たちは"女王の間"へ続くであろう通路を進むことにした。道中はピラミッドの内部とは思えない程に空気が澄み、砂埃などは綺麗に掃除されている。魔女やらがここに住みついているのだろうか。
「おーおー、いかにも中ボスがいるって感じの部屋じゃねぇかァ」
魔女の馬小屋を象徴するシンボルが刻まれた布。女王が座るであろう玉座に、永遠に眠りをつくための石の棺。更に何百台ものスマートフォンとやらが石の土台に並べられていた。
「なぁ、あそこにいるのは……?」
そんな女王の間の中央に背を向け、立っているのは紫色のローブを纏った人物。注目を浴びながらも、黙ったままこちらへと振り返り、私たちを一人ずつ観察し始めた。
「信者の人、じゃないよね?」
「あぁ違うと思うぜ。あいつ、明らかにやばそうだろ」
クレアとイアンが警戒する最中、その人物は静かに私たちを観察し終えると、両手をローブから突き出し、
「下がれ」
どこからともなく青銅の剣と黒曜石の剣を両手に召喚し、こちらへと全速力で駆けてきた。私はキリサメたちを後退させるとノクスを右手で構え、迎撃するためにその場から走り出す。
「気を付けて! そいつは手駒の──"魔女の針"よ!」
魔女の針は妙な構えを取ると、右手に握られた黒曜石の剣で横斬りを仕掛けてきた。私はその場にしゃがみ込み、ノクスで脇腹を突き刺そうとしたが、
「……!」
左手に握られた青銅の剣がノクスの刃を受け止める。瞬きする間もなく青銅の剣でノクスを弾き返し、魔女の針はその場で回転しながら二本の剣でこちらに斬りかかってきた。
(二刀流だがレインズ家とは違う。私が今までに見たことのない剣術か)
二本の剣が私の首元へ届く前に、脇腹へ蹴りを打ち込んでその場へ怯ませる。追撃を与えようとしたが、魔女の針は予備動作無しで後方へ一回転しながら、こちらを蹴り上げてきた。寸前で回避したため、被っていたフードが取れる。
(あの体勢から蹴りを……? 魔女の針はトレヴァー家の人間か?)
一定の距離を保ち、左手にパニッシャーを構えた。近接での交戦は予期せぬ事態が起こり得る可能性が高い。そう判断した私は、まず奇妙な剣術を観察しようと銃口を魔女の針へ向け、躊躇うことなく引き金を何度か引いた。
「……なるほどな」
が、魔女の針は撃ち出された銀の杭をすべて剣で斬り落とす。そのような荒業をこなせるのはただの人間ではなく、名家出身の人間にしかあり得ない。
「──ッ!」
すべて斬り落とした魔女の針は、二本の剣を手に私へ突進を放つ。右手の黒曜石の剣が一撃目、そして左手の青銅の剣を敢えて遅らせて二撃目を繰り出した。乱舞のような剣技に、私はやや後方へと飛び退いたが、
(……まだ続くのか?)
そのまま回転しつつこちらへと急接近し、再び乱舞のような剣技を放ってくる。私はノクスを構え、受け止めようとしたが、
「──破壊、しただと?」
黒曜石の剣で放つ一撃目でノクスの刀身のみを粉々に砕いてしまった。神業という領域の話ではない事象に動揺してしまったことで、二撃目の青銅の剣が私の首を斬り落とそうと寸前まで迫り、
「魔女の針よ、そこまでじゃ」
どこからか聞こえてきた女性の声によって、魔女の針の剣がピタリと静止する。そして玉座の裏から姿を現したのは、派手な装飾が施されたローブを纏う女性。目元は布で隠され、口元だけが垣間見える。
「よくここまで辿り着いたものじゃな。余の命を狙う愚かな者共と、シェセプ・アンク様への謀反人よ」
「魔女……!」
ミネルヴァの言葉にメルは目を細め、キリサメたちは息を呑んだ。私の首元へ青銅の剣を寸止めしていた魔女の針は、両手から剣を消し去り、魔女の元へ下がっていく。
「兄者、けっこー長引いてたね。もしかして苦戦したり?」
「おいおい苦戦なんてするわけねぇだろ。止めが入らなかったら、あいつはもう死んでるぜ」
もう一人姿を見せたのは魔女の針を兄者と慕う者。恐らくはもう片方の手駒である"魔女の壺"。私はその場に立ち上がり、ノクスの刀身を付け替える。
「愚かな者共よ、お主らはあの老い耄れの刺客じゃろう?」
「おーおー、ご理解が早くて助かるぜェ。んじゃあ、とっととくたっちまいなァ」
メルはパニッシャーを片手に構え、魔女に向けて銀の杭を撃ち出した。
「そんな道具でこのお方を殺せると思う?」
だが魔女の壺が手をかざすと、銀の杭は跡形もなく消滅してしまう。私は注目がメルの方へ集まるのを利用し、その場から駆け出そうとした。
「──ッ!」
瞬間、視界が真っ白に染まると私はうつ伏せに倒れ込んでしまう。身体を流れるのは白い雷。ジュリエットの実験室で味わった激痛と痙攣が脳裏に過ぎる。
「ジョーカー!」
「待ってろ! 今助けに──」
クレアとイアンが私を助けようとしたが、雷鳴と共にキリサメたちはその場にひれ伏してしまう。あの白い雷に打たれたらしい。
「安心するがよい。ちと手加減しておる」
「貴様、その力は一体……」
「ほぉ、余が手加減したとはいえ喋るのもままならないはずじゃが……お主は喋れるのか。丈夫な小娘じゃな」
感心するように、見下すように私を眺める魔女。この場を切り抜けるために立ち上がろうと身体を無理やり動かす。
「しかし余も運が良い。希少な異世界転生者が二人も余の前に現れるとはのう」
「ぐっ……ぐっそぉ……」
「折角じゃ。お主らには真実を教えてやろう。……二人とも、見せてやるのじゃ」
魔女がそう指示を出すと魔女の針と魔女の壺が紫色のローブを剥ぎ捨てる。キリサメはその姿を目にして、はっと息を呑んだ。そう、魔女の壺と魔女の針は──
「ま、さか……お前たちはっ……」
「あぁそうだよ。俺らはお前たちと同じ──異世界転生者だ」
──キリサメやメルと同じような制服を着た異世界転生者だった。




