5:11『人殺し』
~本名:偽名~
アレクシア・バートリ:Joker
キリサメ・カイト:Gloomy
イアン・アルフォード:Knight
クレア・レイヴィンズ:Virgin
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クルースニクを抜けた東の方角にある森の中。
私たちはジュリエットが発明した武器を装備して、奥地にあるとされる魔女の馬小屋の拠点まで向かっていた。
「こーんな森の中でひっそりとしてるなんざァ。とんだチキン野郎ばっかだぜェ」
「まぁ目立つところには拠点なんて作らないだろ」
「クスクスッ、あぁなるほど。ビビってるワケが分かっちまったよ」
キリサメが銀のコンパスで東の方角を確認しながら先頭を歩く。その背後でメルはニヤニヤとした笑みでキリサメに肩を組んだ。
「鬣犬共もこわいこわーい魔女も、あのクソババアを恐れてんだ」
「それってヴィクトリアのことか?」
「その通りだァ色男。今の愉快なお友達だけじゃあ、クソババアには勝ち目がねぇと踏んでおべんちゃらしてんだろうぜェ」
(……後を付けられているな)
私は両隣で歩いているイアンとクレアへ交互に視線を送ると、二人も気が付いているようでこちらに「どうするのか」と指示を求めてきた。
「空を見てみなァ。お天道様もあたしらを歓迎してるぜェ」
「メル、距離が近いんだけど……」
「照れんなよォ色男。あたしらの"ラブアンドピース"を見せつけてやろうぜ」
(この女も気づいているのか)
そう茶化しながらこちらへ視線を向けてきたメル。どうやらこの女も後を付けられていると勘付いている。それでも敢えて無視をしているのは何か策があるからだろう。
(……人数が増えている)
魔女の馬小屋の拠点があるとされる奥地まで進めば進むほど、私たちの周囲に何者かの気配が増えていく。吸血鬼や食屍鬼が漂わせる血の臭いや腐敗臭はしない。恐らくは魔女の馬と呼ばれる信者。
「おいおい、あたしと森ん中でピクニックしてんだァ。森のくまさんでも歌って楽しく行こうぜ色男ォ」
「何でそんなの歌わないといけな──」
「ある日~、森の中~♪ クマさんに~、出会った~♪」
「メル、いくら何でも緊張感無さすぎるだろ」
陽気に童謡を歌い始めたメルはキリサメの肩に左腕を回しつつ、右手にパニッシャーを握りしめた。
「花咲く森の道~♪ クマさんに~、出会った~♪」
「はぁ……」
「クマさんの言うことにゃ、お嬢さん、お逃げなさい~♪」
鬱陶しそうに銀のコンパスを見つめるキリサメ。メルは陽気に歌いながらパニッシャーの引き金に指を掛ける。私たちは意図を汲み取り、同様にノクスの持ち手に指先を触れた。
「スタコラ、サッサッサッのサ~♪ スタコラ、サッサッサッのサ~♪」
「んー、そろそろ一時間ぐらい歩くし……何か見えてきてもおかしくないと思うんだけどなぁ」
「ところが~、クマさんが~♪ 後から~、ついてくる~♪」
瞬間、歌の途中でメルがパニッシャーの銃口を後方へ向け発砲する。
「メル、急に何をして……」
「クスクスッ、どっちがクマさんでどっちがお嬢さんだろうなァ──鬣犬共よォ?」
ぞろぞろと集団で姿を見せるのは無表情の男や女たち。瞳孔を開いた眼球に統一された紫色のローブ。その手には刃物や鈍器などが握られている。
「……」
「おーおー、こりゃあ完全に"ココ"がイッてんぜェ」
メルは自分の頭を人差し指でトントンと叩き、信者たちへニタニタと笑みを浮かべた。確かにこの信者共からは私たちに殺意しか感じさせない。
「ねぇどうするの?」
「んなもん決まってんだろ。ここでまとめて殺るだけさ」
「待てって! 殺さなくても気絶させればいいだろ?」
メルはノクスを構えるクレアにそう返答した。しかしイアンは殺すのではなく気絶をさせようと反対の意見を述べる。
「いや、気絶は避けた方がいい」
「何でだよジョーカー?」
「売春宿で相手をした信者の男は別の"ナニカ"に豹変した。豹変するきっかけは"気絶"。"アレ"を数体相手にするのは避けるべきだろう」
「そんなことが……?」
「うん、ジョーカーの話はほんとだよ。私もこの目で見たもん」
イアンは険しい顔でジリジリと詰め寄ってくる信者を見据えた。メルは私たちの会話を耳にすると「んなら」と左手にノクス、右手にパニッシャーを構え、
「このクソ共を死体に変えてやるだけだぜェ」
「ひぃあッ!?!」
「そうだな」
「うぐぉあッ!?」
その場から颯爽と駆け出し、ノクスを信者の女の喉を斬り捨てた。私もノクスを逆手持ちに切り替え、最も近い信者の男の腹部を二度突き刺す。
「声は上げるのか」
「クスクスッ、こりゃあ観客席も大盛り上がり間違いなしだ」
私とメルは襲い掛かる信者たちに慈悲など与えず、次々と殺していく。周囲は返り血に塗れ、手には肉塊を抉るような感覚が伝わる。
「おいおい、何してんだァ? ナイト様よォ? 人は守るものだから殺せねぇってかァ?」
「当たり前、だろッ……!」
「クスクスッ、あぁそうかい。バージン様も処女を捨てられねぇなら人は殺せないってわけだ」
「うるさい……っ!」
私とメルが殺し回ってるのに対し、イアンとクレアは防戦一方だった。人間を殺す決意ができず、その表情には迷いが見える。
(あの男は……)
キリサメは何をしているのか。
私は周囲の信者を瞬く間に殺し尽くし視線をキリサメへ向けてみると、ノクスを構えるだけで自分から動こうとしなかった。
「……お前も躊躇しているようだな」
「そ、そりゃあさ、俺たちの世界では人を殺すことなんて犯罪で……」
「バーカ、こっちの世界じゃあその"情け"が大罪だ」
仰向けに倒れた信者の男の胸元をノクスで何度も突き刺しトドメを刺すメル。この女は殺戮を楽しみながらニタニタと笑っているようだ。
「……!」
私がキリサメと視線を交わしている最中、背後の草陰に隠れていた信者の二人が飛び出す。迫りくる鈍器と刃物。私はノクスでそれらを弾き返そうとしたが、
「うおぉおぉおぉッ!!」
「させないッ!!」
クレアとイアンが二人の信者へそれぞれノクスを深々と突き刺す。二人の頬に返り血が付着し、信者たちはバタンッと地面にひれ伏した。
「──」
「うっ……あ、あぁっ……」
静寂の中、握りしめていたノクスを手放す二人。イアンは呆然とその場に倒れた信者を、クレアは真っ青な顔で白目を剥いた信者を見つめる。
「おーおー、やればできるじゃねぇかァ。あたしは感心したぜェ」
立ち尽くす二人の肩を叩いたメル。私は周囲の様子を窺いながら、木の陰に身を潜める信者の生き残りを見つけた。
「これで立派な"人殺し"だな──お二人さん」
メルもその生き残りに気が付いたようで、辺りを呑気に歩き回ると見せかけ、木の裏から信者を引きずり出す。
「おやァお嬢さん、もう三限目だぜェ? 遅延証明書はお持ちですかァ?」
「ひ、ひぃッ……!!」
「おーっと、逃がすわけねぇだろォ」
持っていた斧が地面に転がると、すぐさま逃げようとする女の信者。メルはノクスの刃を首元に突き付け、その顔を覗き込んだ。
「あたしらに付きまとう鬣犬様になァ? 聞きたいことが山ほどあんだよ」
「ま、待って! わ、私は、アイツらとは違うの!」
「あ? 何が違うってんだ? 気味のわりぃローブに、ご立派な斧まで持ってんじゃねぇか。どんちゃん騒げるハロウィンの季節はとっくに終わってるぜ」
「ち、違うの! 私はアイツらに気が付かれないよう、仕方なく……!」
私は必死に弁解している信者の女を見下ろす。他の信者共のように瞳孔は開いていない。まだ人間味が残っている。
「おー? どうしたんだァジョーカー様よォ?」
「この女には言葉が通じる。魔女の馬小屋についての情報を吐かせるぞ」
メルは私の言葉を鼻で笑うと「あいよ」とノクスを信者の女から遠ざけた。すんなりと言うことを聞いたメルに違和感を覚えつつも、私は目を細めながらその場にしゃがみ込み、
「妙な行動を起こせば腕の関節を壊す。今は私の質問だけに答えろ」
「わ、分かったわ! 何でも答える!」
「なぜ私たちがここに来ることを知っていた? あの人数は見張りというわけでもないだろう」
辺りを警戒し、信者の女へそう尋ねた。
「め、命令されたから……」
「誰に?」
「魔女に『不届き者たちへ血と罰を与えよ』って」
「魔女は俺たちのことを知ってるのか……?」
首を傾げるキリサメ。私はメルと視線を交わし、とある仮説が脳裏に浮かんだ
「私たちの情報を魔女へ売った人物がいる」
「クスクスッ、そうとしか考えられねぇなァ」
私たちがこの日にこの場所へ訪れること。それを知っている者が魔女の馬小屋に情報を横流しにした。メルは私の仮説に賛同すると東の方角を眺める。
「立て。お前が魔女の馬小屋の拠点まで案内しろ」
「い、嫌よ! もうあの村に戻りたくな──」
「んなら、遅延も事故も無しの快速特急に乗りなァ。あぁ言い忘れていたが行き先ははあの世だぜェ」
「ひぃッ!?! わ、分かったわ!」
断ろうとする信者の女へパニッシャーの銃口を突き付ける。そんなメルに脅されたことですぐに立ち上がり、私たちから距離を取った。
「んで、あんたのお名前は?」
「Minerva……Minerva Cruzよ」
「おーおー、いかにも慈悲深そうなお名前だぜェ」
Minerva Cruz。メルはその名前をからかうとミネルヴァの背後に立ち、魔女の馬小屋の拠点まで案内をさせる。
「お二人さん、ピクニックの再開だ。鼻歌でも歌ってついてきなァ」
「……」
「おーおー、そんなしけたツラは人殺しには似合わねぇぜェ?」
「メル、お前はいちいち余計なこと言うなよ!」
心を抉るような冗談にキリサメは怒りを露にすると、一言も喋れないイアンとクレアに歩み寄ろうとする。しかし私はキリサメを手で静止した。
「放っておけ」
「で、でもさ……」
「人殺しを赦す慈悲など人殺しを育てるのと変わらん。後悔させなければ、背負わせなければ……あの二人は真っ当な人生を歩むことができない。今は罪悪感に浸らせるべきだ」
イアンとクレアに「仕方が無かった」などと声を掛けることは逆効果だ。真っ直ぐな性格だからこそ、間違っていたと自覚させた方がいいだろう。
「そうは言ってるけどさ。お前はそれでも殺すんだよな?」
「私は状況に応じて最善の行動を選ぶ。先ほどの状況なら殺すことが最善だったように」
「そ、そっか。まぁ、でも、俺はあんまりそういう姿は見たくないなーって……」
「お前の意見など知らん」
言葉を刻みながらキリサメがそんな想いを伝えてくる。私は言葉を返すとメルたちと共に、信者共の死体が転がるこの場を後にした。




