5:9『ノクス』
~本名:偽名~
アレクシア・バートリ:Joker
キリサメ・カイト:Gloomy
イアン・アルフォード:Knight
クレア・レイヴィンズ:Virgin
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売春宿での一波乱を乗り越えた翌日の昼。私たちはメルに召集を掛けられ、ジュリエットの実験室まで足を運んでいた。
「クスクスッ、テクニシャンのお二人じゃねぇか。避妊はしてきたんだろうな?」
「……」
「する必要はなかった」
からかうように声を掛けてきたメル。私は黙っているクレアの代わりに言葉を返す。
「んだよ、男が出したのは外か」
「正確には私が外に出した」
「あ? まさか、あんた二刀流じゃあ──」
「クソ女共! くだらねぇ話で盛り上がってんじゃねぇぞ!」
メルが私の答えに眉をひそめれば、ジュリエットが苛立ちを隠せず怒声を上げる。寝不足気味なのか、目元には濃い隈が浮かんでいた。
「朝からご機嫌だなァジュリエット。発声練習でもしたのか?」
「私は寝てねぇんだよッ! お前のせいでなァッ!!」
「喧騒は後にしろ。まずは用件を話せ」
今にも始まりそうな二人の取っ組み合いを静止させ、私たちを集めたワケを尋ねる。ジュリエットは気に食わない顔ながらも手前の実験室の机を指差した。
「用件も何も……私がお前らの武器を発明してやったんだよ……!」
「武器?」
「クスクスッ、魔女の馬小屋を潰すためにはそれなりのもんがいるだろ。あたしが超特急でジュリエットに作らせたのさァ」
「作ったじゃねぇ! 発明した、だッ!」
私たちが手前の机まで歩み寄れば、その上には黒色を基調としたリボルバー銃、銀色の刀身が目立つナイフが人数分、奥には銀製のケースが一つだけ置かれている。
「えっと、それって大変だったんじゃ……?」
「気にすんなァ色男。ジュリエットちゃんは武器発明すんのを半年前からサボってやがったんだ。マイナスがゼロに帰ってきただけだぜ」
「チッ、お前には分かんねぇだろうがな? 私のような発明家にとってモチベーションが命なんだよッ! あんま発明家をなめんなクソ女ッ!!」
「……二度も言わせるな。喧騒は後にしろ」
ジュリエットは片手で頭を掻きむしりながら「あー!」と叫び、まずは刀身が銀色のナイフを手に取る。そして私たちも持つように顎で促された。
(……変わったナイフだな)
ナイフの刀身は三十センチ程、持ち手を含めれば四十五センチ程だろうか。色は黒を基調とされており、銀色の刀身は綺麗に磨かれている。重さは見た目に反しては軽い方。よく観察してみると持ち手や刀身に『Juliet』と金色の色で刻まれていた。
「おーおー、けっこーイカすじゃねぇか」
「見た目だけじゃねぇよ。実戦の機能も万全だ」
ジュリエットは机の引き出しから銀色の刀身が入ったケースを取り出す。
「命かけた殺し合いに刃を研ぐ時間なんてねぇ。だから殺し合いの最中にもすぐに刀身を変えられるように発明した──」
持ち手の親指の部分にある小さなレバーを引くと簡単に刀身が外れ、ジュリエットはケースに入った別の刀身を掴む。
「──こんな風にな」
刃と逆側の部分を掴みながら、持ち手に少しだけ押し込むとカチャッという金属音を立てた。ジュリエットが軽く振り回すが、外れる様子はない。
「おぉすげぇ! 簡単に外れるな!」
「うん! これなら戦っている時でも大丈夫かも!」
イアンとクレアがそんな声を上げると、満更でもないジュリエットの顔から苛立ちが少しだけ消え失せる。
「ちなみにこいつの名前はNox。由来は"夜"だぜ」
「ん? 何で夜なんだ?」
「私が"夜更かし"しながら発明したからに決まってんだろッ!?」
「そ、そういうことか。案外、テキトーなんだな……」
キリサメが苦笑しているとジュリエットはノクスを机に置き、黒色のリボルバーらしき銃を手に取った。
「銃はリボルバー式とは少し違うな」
銃身が細い特徴を持つリボルバー銃、長さは二十センチ程。重さはスマートフォンとやら四台分。ノクスと同様に『Juliet』と刻まれている。この銃は銃身を囲うような構造をしており、シャーロットが開発したディスラプターαと呼ばれる銃にやや似ていた。
「聞いて驚けよ。この銃はダブルアクションだ」
「……ダブルアクションだと?」
「シングルアクションはハンマーを触らないといけねぇが、このダブルアクションだったら──」
ジュリエットがそう言いかけた途端、実験室に響き渡る銃声。何事かと振り返ってみれば、メルが壁に向かって発砲をしていた。
「指一本で殺れるってことだぜ、ジョーカー様よォ」
「おいクソ女ッ!! ここで試し撃ちするんじゃねぇッ!!」
シングルは親指で撃鉄を起こし、人差し指で引き金を引くことで弾丸が撃ち出される。対してダブルアクションとやらは撃鉄を起こす手間を省き、引き金を引くだけで撃てるようだ。
「……? 弾の代わりに杭を込めるのか?」
メルが狙い撃ちした壁に突き刺さるのは銀の杭。弾倉の六つの穴にも本来の大きさの半分程度の杭が込められていた。
「そのとーりだ! 人間は当然として、クソみてぇな吸血鬼共もこの銃さえありゃあ殺れるってことだぜ!」
「なるほどな。杭自体を弾丸にしたか」
「クスクスッ、考えもみなァ。吸血鬼に近づいて杭を打ち込むなんざァ、命知らずか夢見心地の素人だけだぜェ」
吸血鬼共へ接近をし、直接杭を心臓へ打ち込む行為には相応の実力が必要になる。しかしこの銃を使用すれば、近距離でなくとも吸血鬼共を灰にすることが可能だ。
「名前はPunisher。その杭をクソ共に突き刺して、"痛めつけて"やれるだろ? お前らのような鴨でも"処刑人"気分になれる」
「弾倉の交換は通常のものと同じか」
「あぁ? なんか文句でもあるのかよ?」
「ノクスとやらに比べて、扱いに手間取る構造をしていると思っただけだ」
「んだと?! だったらとっておきを見せてやるよッ!」
ジュリエットはパニッシャーを机に置くと、今度は奥に置いてあった銀色のケースを開いて、円型のボールらしきものを見せつけてきた。
「これがとっておきか?」
「あぁ! こいつがとっておきだ!」
「質素な形をしているが?」
「ふんっ、アホなお前にこいつがどれだけ恐ろしいのか教えてやる!」
そう言いながらメルへ空いている手を差し出すジュリエット。メルはしばらく考える素振りを見せると「あー」と声を上げ、差し出された手をバチンッと叩く。
「いてっ!?」
「グッジョブ」
「このクソ女ッ! 私はお前にハイタッチを求めてんじゃねぇ!! あの動画を見せてやれって言ってんだよ!」
「クスクスッ、そうはしゃぐなよジュリエット。ちょっとした冗談さ」
メルがスカートのポケットから出したものはスマートフォン。目を丸くするキリサメを他所に、画面を何度か指で叩くとこちらへ見せてきた。
『おいクソ女! 撮れてんだろうな?!』
『バッチリさァジュリエット。あんたのだらしない顔まで撮れてるぜェ』
『あぁ?! これをお前にぶつけてやってもいいんだぞ?!』
二人はこの場にいるはず……だが、画面の向こうからジュリエットの姿とメルの声が聞こえてくる。私は写真の上位機能だと理解したが、イアンとクレアは不思議そうに画面を眺めていた。
『いいか!? 三、二、一でここに投げるぞ!?』
『わーってるって。さっさと投げちまいなァ』
二人がいる場所は小さな湖。ジュリエットは左手に握りしめた円型のボールを投げる構えを取り、ゆっくりと助走をつけ、
『三、二、一……うりゃあッ!!』
『おー、メジャーリーガーも仰天の左肩だぜェ』
一気に駆け抜けて円形のボールを湖へ投擲した。小さな波紋を立てて沈んでいくボールに対し、ジュリエットは必死になってこちらに向かって走ってくる。その最中、
『ふぎゃぁあぁッ!?!』
「……爆破しただと?」
爆発音と共に湖から水飛沫が上がった。画面が小刻みに揺れ、その衝撃がこちら側にも伝わってくる。ジュリエットは前のめりに転んでいた。
『クスクスッ、や、やるじゃねぇかジュリエットー。魔球じゃなくて爆球だぜー。プークスクスッ……この動画、アップロードできりゃあバズるぜきっと』
必死に笑いを堪えようとするメルの声と土塗れのジュリエットの姿。動画とやらはそこで停止され、私たちの目の前にいるメルもまた笑いを堪えていた。
「おい、何を笑ってやがるんだぁクソ女ぁ……?」
「おいおい、あたしは盛大に爆ぜた湖を笑ってんだぜ。爆ぜた湖に吹き飛んだあんたを笑ってるんじゃ……クスクスッ」
「やっぱり笑ってんじゃねぇかクソ女がッ!!」
ジュリエットは屈辱と怒りに満ちた表情でメルを睨みつけ、私へ円型のボールを手渡してくる。色は派手な黄色にジュリエットらしき影絵。手の平に収まるサイズの割にはずっしりとした重みがある。
「こいつはSnapBomb、持ち運べる小型の爆弾みてぇなものだ。爆発範囲は五メートルから十五メートル。ピンを抜いて投げるだけで、気に食わないクソ共を全部ぶっ飛ばせる」
「まー手榴弾ってことさァ。あたしらの世界で例えるならの話だがよ」
「あのさメル、この影絵は誰が描いたんだ?」
「クスクスッ、デザインをしたのはあたしだぜ。お気に召したのかァ?」
「あぁ、うん、まぁ……ちょっと気になったことがあって」
何とも言えない表情でスナップボムを見つめるキリサメ。私はその横顔を横目で一瞬だけ視認し、ジュリエットへスナップボムを返した。
「どーだお前ら、私の世界を変えるような発明品は? 電気石を素材にここまで立派なもんが発明できるんだぜ?」
「うん、凄いねジュリエット! 全部一人で作れるなんて……!」
「ふふんっ、そうだろ? ちなみにノクスとパニッシャーはまだ"零ノ型"だ! これからアップグレードするなら"壱ノ型"、"弐ノ型"って進化させる予定だぜ!」
「かっけぇなそれ! 次の壱ノ型ってどんな武器になる予定で──」
イアンとクレアに称えられ、ジュリエットは誇らしげにペラペラと発明品について語り始める。
「壱ノ型と、弐ノ型……?」
「クスクスッ、どうしたんだァ色男?」
「メル、もしかしてだけどさ。ジュリエットって……」
「先公に聞きたいことがありゃあ手を挙げる。そうだろ、ジョーカー様よォ?」
盛り上がるジュリエットたちを眺めながら何かに気が付いたキリサメ。メルはニヤニヤとした笑みを浮かべつつ、私へ視線を送ってきた。
「異質なものばかり。まるで"別の世界"から武器の知識を引用したかのようだ」
「ギ、ギクッ……!?」
「図星か」
私の言及に冷や汗をかくジュリエット。言い逃れをしようとわざとらしく他所を向いて、黙秘しようと試みる。
「ごめいとーう、百点満点だぜジョーカー。ジュリエットちゃんは私が持ってる"こいつ"から知恵を拝借しただけでしたー」
「ぜ、全部パクったわけじゃねぇ! ちょっと、そうちょーっとだけ参考にしただけだ!」
A機関のシャーロットが手掛けたディスラプターα。あの銃も解答だけをどこかで知り、その過程を補ったかのような作りをしていた。ジュリエットが発明したとされるこれらの武器も同じものを感じる。
「ジュリエット、壱ノ型とか弐ノ型とか……漫画から影響受けてたりしないか?」
「ギ、ギ、ギクゥッ?!!」
「漫画とやらの影響を受けているというのはどういうことだ?」
「俺たちの世界には『人間と鬼が戦う』作品があるんだけどさ。その作品の中で主人公たちが使う特殊な技の中に"壱ノ型"や"弐ノ型"があって……向こうでは世界的に有名な作品の一つだからそうなのかと」
再び図星を突かれたようでジュリエットは否定せずに黙秘を貫く。その話を聞いたメルはキリサメに身体を密着させると、僅かに好奇心を含ませた笑みを浮かべた。
「色男、あの漫画はそんなに有名になっちまったのか?」
「まぁな、アニメ化して人目に当たるようになってからずーっと急上昇中。あの漫画を知らないのは時代遅れって感じでさ。確か映画も公開されてたんだっけな」
「ほぉー、古参を気取る読者が増えそうなこった……そんで完結は?」
「とっくにしてるよ。全部ぶっ通しで読んだけど面白かった。あー、でも最後の方はもう地獄のように登場人物が死──」
「おい待ちやがれッ! 私は最後まで読めてねぇんだよ! 勝手に結末を話そうとすんじゃねぇぞアホ!」
ジュリエットは大声で遮りながらキリサメに詰め寄り、顔を上げて睨みつける。
「おーおー、儚いねェジュリエットちゃんよォ。まだ続きの"鬼退治"をどこかで読めると思ってんのか?」
「黙れクソ女! 他の奴のスマホに続きのデータが入ってる可能性もあるだろうがッ! 私は死ぬまでにあの漫画の続きを見つけるって心に──」
「あー、その、俺のスマホに完結まで入ってるけど読むか?」
キリサメの一言にメルとジュリエットの会話が途絶えた。そういえばこの男は読書家だ。そのような作品の類は電子書籍とやらでスマホに入っているのだろう。
「な、なんだって!? み、見せてみろ……!!」
「えーっと、確かこれだよな?」
「そう、それ、それだ! おわー、こいつらが今度は表紙になってんのかぁ! あぁ、この髪の長い男はどこかで出てきたような……? ちょっと待て、びゃーびゃーうるせぇ"黄色のへなちょこ"が表紙じゃねぇか!」
ジュリエットはいくつかの表紙が並べられた画面を見て、少女らしく瞳を輝かせる。私たちがしばらくその様子を眺めているとジュリエットは「はっ!?」と我に返った。
「と、とにかくだ! またその漫画を見せてもらうからな! 絶対だぞ?!」
「あぁ分かってるよ。見せるぐらいで渋らないって」
「クスクスッ、良かったなァジュリエットちゃん。これで鬼退治続行ってわけだ」
「あぁ!? 私のことをからかってんのかクソ女ッ!?」
刀身を容易く取り換えられるNox。弾丸の代わりに銀の杭を撃ち出すPunisher。小型の爆弾として使えるSnapBomb。私は賑やかな実験室の中、それらが並べられた机を見つめ、
(A機関の武装は"吸血鬼共"を想定して開発されているが……この武器はあくまでも"人間"を想定して発明されている、か)
眷属や吸血鬼共を相手にし太刀打ちできるのか、と一人懸念していた。




