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ЯeinCarnation  作者: 小桜 丸
5章:クルースニク協会

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135/366

5:8『魔女の馬』

~本名:偽名~

アレクシア・バートリ:Joker(ジョーカー)

キリサメ・カイト:Gloomy(グルーミー)

イアン・アルフォード:Knight(ナイト)

クレア・レイヴィンズ:Virgin(バージン)


────────────────────


 私たちはグルスの誘導されるがまま階段を登り、二階のとある一室へと入るよう促される。


「それじゃあ呼んでくるわね。ベッドの傍で待ってなさい」


 紫に塗色された毛皮のカーペット。桃色の光によって照らされるのはダブルベッド。材質にこだわられた棚へ視線を向ければ、ガラス越しにワインや酒瓶が並べられ、その隣の小棚には手錠やらロープという拘束器具まで置かれていた。 


(……あの娘がここに電球とやらを提供しているのか?)


 桃色の光源はジュリエットの実験室で見かけた電球。廃れた酒場や情報屋のプローブの屋内には電球らしきものは存在しない。つまり裏で何かしらの取引でもしたのだろう。


「……落ち着け」

「だ、だって! こんな恥ずかしい恰好で、しかも変な気分になるし……!」


 部屋を観察している最中、クレアは自身の手で身体を覆いながらそわそわとしていた。そんな様子を眺め、私は呆れて溜息をつく。


「ねぇジョーカー、覚えてる?」

「何を?」

「孤児院でも、同じようなことがあったでしょ」

「……あったな」


 孤児院で銅の階級二人に強姦されそうになった過去。片方は名を聞くまでもなく食屍鬼に喰い殺され、もう片方はスコット・フェルトンという臆病な男だった。 


「そういえば、伝言があった」

「伝言って、誰からの?」

「お前を襲った臆病な男からだ。"あの時は悪かった"……と」


 私からスコットからの伝言を聞いたクレアは曇った表情でゆっくりと俯く。


「……謝って、許されることじゃないよ。あの時は本当に怖かった。ずっと、ずっと、忘れたくても忘れられない。だから、私はあの人を許せない」

「そうか」


 幼少期に刻まれた悲惨な記憶は一生残り続ける。だからこそクレアはハッキリと私の前でそう断言した。


「あの男はプロポーズに成功し、愛を誓った女と共にサウスアガペーで暮らしている」

「そっか、どうして──何でもない」


 曇らせていた表情に浮かぶのは嫌悪感。クレアは口に出そうとした言葉を詰まらせ、再び呑み込んだ。


「何故あんな酷いことをした男が幸せに暮らしているのか。お前はそう言いたいのだろう?」

「……」

「なら報復でもしてやればいい。それで済む話だ」

「そんなこと……私に、できないよ……」

「だろうな、お前がそんな覚悟を持ち合わせているとは思え──」


 廊下から部屋へと近づく足音。私は言葉を止め、扉へと視線を移す。


「信者が来る。愛想よく振る舞え」

「う、うん! 頑張ってみるね……!」

 

 ゆっくりと開いた扉の先。そこに立っていたのは小太りした丸顔の男。歳は四十過ぎと見て取れる。質の良い服装からして、魔女の馬小屋でそれなりの地位を確保しているのだろう。


「うひひっ、新鮮な女の子が二人も……!」

「ひっ……!?」


 ドスンドスンと右脚と左脚を交互に動かし、私たちの側まで近づいてくると、豚のようにこちらの匂いを嗅ぎ始める。下品な行為にクレアが短い悲鳴を上げた。


「すぅ~、はぁ~……! 青髪の"チミ"は気品のある匂い、ポニテの"チミ"はあまーいお花の香りがするねっ! うひひっ、それじゃあ早速──」

「待て」

 

 汗で汚れた短く太い指先を伸ばしてきたが、私は手首を掴んで静止させ、小太りした男の目前まで顔を近づける。


「先に出すものがあるだろう?」

「い、いいねチミっ! ワチのことを、豚でも見るかのようなその蔑んだ目っ! 最高にゾクゾクするっ!」


 信者である男は懐から皮の袋を取り出し、中から金貨を五枚ほどダブルベッドへ投げ捨てた。皮の袋から聞こえる金貨の擦れ合う音からするに、まだまだ有り余っている。


「……これだけか?」

「うひっ、まだまだあるけど……チミたちがワチのことを興奮させてくれたら奮発しちゃうかなっ!」

「なるほどな。なら今夜はすべて搾り取ってやる──」


 私が一瞬だけクレアへ視線を送ればすぐに意図を汲み取り、小棚にある手錠とロープやらの拘束器具をベッドへ置く。私は空いている手で手錠を掴むと、男の顔の前でちらつかせ、


「──私が貴様の手綱を握ってな」

「う、うひぃっ!!」


 小太りした男の耳元でそう囁き、息を吹きかけた。興奮しているようでビクンッと身体を震わせる。


「さぁ服を脱いで両手を差し出せ。そのみっともない脂肪と欲望を私に見せてみろ」

「はぁはぁっ……わ、分かりましたっ!」


 着ている衣服を脱ぎ捨て、下着一枚の姿になった男。理性が欲望に支配されているのか、皮の袋すらも放り投げる。そして差し出してきた男の両手に手錠をかけ、私はベッドへ足を組んで腰を下ろした。

 

「私の前で跪け。額を床に付けろ」

「うひっ! チ、チミは何をしてくれ──うひぃッ!?」


 額を床に付けた瞬間、私は右脚で後頭部を勢いよく踏みつける。


「勘違いをしているようだな。私と貴様は客と身売りの関係じゃない。ご主人様とペットの主従関係だろう?」

「うひっ、うひぃ……っ!」

「ほらどうした? 自分の口で繰り返し言ってみろ。『私はあなた様のペットです』と」

「わ、私は、うひひぃっ! あなた様の、忠実な、ペットですぅ!」


 ぐりぐりと右の足裏で後頭部を踏みつければ、息を荒げながら興奮した様子で身体をビクビクと痙攣させる。


「よく言えたな。お前にご褒美をやる。顔を上げろ」


 再び足を組むと、私は顔を上げた小太りの男の前に右足の甲を差し出した。


「最初のご褒美だ。好きなだけ舐めていいぞ」

「う、うひぃっ! あ、ありがとうございましゅぅッ!!」


 男は舌なめずりをするとソックスを履いた右足の甲や指先の間まで丁寧に舐め回す。豚のように鼻息を荒げる姿は滑稽だ。


(今のうちに金貨の入った袋を回収させるべきか)


 履いていたソックスがネチョネチョとした唾液に塗れ、不快な気分になりながらもクレアへ視線を送り、金貨が大量に入った皮の袋を回収させた。


「さて、貴様のような豚に次のご褒美をやってもいいが……どうしたものか……」 

「ご、ご主人様……っ! わ、ワチにもっとご褒美をっ!」

「あぁそういえば、情報屋の男が魔女の馬小屋についての情報を高く買い取ると言っていたな。特に──魔女の馬小屋がどこを拠点にしているか、という情報をな」

「そ、それは、わ、ワチにも、分からな……」

「残念だ。次はもっと──」


 私はベッドから立ち上がると小太りな男の前で、自ら短いランジェリーの裾をたくし上げ、


「──イイ褒美だったのに」

「う、うひぃっ!! し、知ってるっ! ご主人様、わ、ワチは知っていますぅ!」

  

 履いている下着を間近で見せつけた。匂いを嗅ごうとしているのか、鼻で精一杯に空気を吸い込もうとしている。 


「ほう、それはどこだ?」

「うひっ、うひっ! この街を東に抜けた先にある森の奥地ですぅっ!」

「嘘はついていないだろうな豚?」

「つ、ついておりません……っ! わ、ワチは、ご主人様に忠実な、何卒忠実なペットですからっ!」


 クレアと視線を交わし、私は小太りな男に右脚に履いていたソックスと着ていた黒のランジェリーを脱いで、下着姿となった。そんな私の姿を見て、小太りな男は「うひうひっ」と鼻息を荒げている。


「約束だ、次の褒美をやる。ベッドの上で仰向けになれ」

「う、うひぃっ!」


 誘導されるがままにベッドの上で仰向けに寝転がる小太りな男。私は男の上で馬乗りになって、着ていたランジェリーで男に目隠しをする。


「何も見えないだろう?」

「は、はひっ! な、なにも見えませんご主人様っ!」

「この感触が何か分かるか?」


 私は覆い被さるようにして男の耳元で囁きつつ、手錠をかけられた男の手を自身の胸元へ押し当てた。


「うひっ! こ、この、も、もっちりとした感触は、ご主人様のっ!」

「そうだ。今から貴様のような豚がこの私と一つになる。光栄に思え」

「あ、ありがたきっ……ありがたき、褒美ですぅっ!」

「あぁだがその前に──」

「ふごごっ!?」

「──餌をやらんとな」


 私は脱いだ黒のソックスを右手で丸め、小太りな男の口へ強引に突っ込んだ。男は呼吸ができず、ベッドの上で暴れ始める。


「ふごッ、うごッ、うごごぉッ!?!」

「よく噛んで食べろ。喉に詰まらせるぞ」


 吐き出させまいと片手で口元を押さえながらも、右脚の膝に体重を乗せて男の首元を締め付けた。 

   

「喜べ。生死の手綱(・・・・・)も握ってやる」


 私はトドメを刺すために右脚の力を込め、更にキツく締め上げようとしたのだが、


「殺しちゃ駄目ッ!」

「……っ」

 

 クレアが横から私を思い切り突き飛ばしたため、トドメを刺せなかった。しかし小太りな男はピクリとも動かない。どうやら気絶しているようだ。


「何をする?」

「ジョーカー、情報はもう聞けたんだからこの人を殺す必要は……!」

「私たちの目的は魔女の馬小屋を壊滅させることだ。この男もいずれ敵対する。厄介な芽は先に詰んでおくのが定跡だろう」

「だけど、この人は吸血鬼じゃない! 人間なのに、殺すなんて……」


 私はベッドから起き上がると気絶している男へ視線を移す。


「グローリアでは人を殺せば罰せられるが、この街では人を殺そうが罰せられない。この男をここで始末して、何の問題がある?」

「そうだけど、でも……」

「お前の倫理観など何の役にも立たん。今この場で必要なものは環境への"適応力"と、環境を最大限に利用するための"記銘力(きめいりょく)"だけだ」

「違う! 私たちが今こうしてここにいるのは、人を殺すためなんかじゃ──」


 クレアがそう否定をしようとした瞬間、ベッドの上で気絶していた小太りな男がガバッと身体を起こす。

 

「目を、覚ましたの……?」

「数分で目を覚ますとは思えん」

 

 硬直している小太りな男。私は嫌な予感がし、ベッドから降りようとした……。


「……!」


 が、小太りな男は人間とは思えない速度で私の両手首を掴むと、ベッドの上へ凄まじい力で押し倒す。


「貴様、一体何を……」


 目隠しをしていた黒のランジェリーがゆっくりと剥がれ落ち、その顔を目の当たりにした私は言葉を失った。


「気絶、しているのか?」


 白目を剥き、苦しみに支配された顔。口に詰め込んだヨダレ塗れのソックスが、私の胸元にボトッと落ちれば、小太りな男は気絶したまま唇をブルブルと震わせる。


「"シェセプ・アンク"」

「……? 何が──」


 喉の奥から絞り出した一言を耳にした私が、気絶した状態の小太りな男へそう聞き返した瞬間、


「はい、あれはアメリカ合衆国の動力飛行機の発明者でした。世界初の飛行機パイロットの兄弟です。世界最先端のグライダーパイロット、まぁ自転車屋をしながら兄弟で研究を続け、千九百三年に世界初の有人動力飛行に成功しております。ただし、ここで世界初というのは、グスターヴ・ホワイトヘッドによる千九百一年八月の初飛行が世界初」

「……!」

「更にロサンゼルスでは精神疾患を発症に狂い咲きと言えるほどの美しい紅い花を咲かせ、更にそこへ駆けつけた補導員もインプリンティングにより紅い花を狂い咲き」


 すぐ目の前まで顔を近づけて、理解の及ばない単語を呟き始めた。何とも言えない臭いをしたヨダレが私の顔に飛び散る。

 

「イタリアのスモール・ワールド現象によって引き起こされた非人道的行為は多くの人間をシャイ・ドレーガー症候群としてテレビで放映されます。フランスではヤーキーズ・ドットソンの法則に関わる人間たちと、第十六項のアイザックス症候群と共に、ありあまる非現実的行為によりニュースとして報道されました。ウィンブルドン現象、エメットの法則、折りたたみナイフ現象、ガルバニー電流、ゲシュタルト崩壊、文字列傾斜錯視」

「貴様は何を言って……」

「杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー

ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ー」


 視界が傾くような感覚に陥ったことで第六感が危険を察知し、反射的に右脚の膝蹴りを小太りな男の鳩尾へ何度も打ち込んだ。


(この男、どこからこんな力が……)


 しかし狼狽(うろた)えなかった。いや、そもそもこの男は気絶しているため、どれだけ蹴りを入れたところで怯まない。それに男爵か子爵と同等の怪力を発揮している時点で、先ほどの男とは別人のナニカ(・・・)


「ジョーカー!」


 クレアは桶に入れた液体を小太りな男へとかける。液体の正体は致すため(・・・・)に利用するローション。怪力に掴まれていた手首の間が潤滑し、私は何とか拘束から抜け出した。


「助かった」

「気にしないで。でもこれからどうするの?」


 ブツブツと呟きながら両手を縛る手錠をガチャガチャと動かす。私はクレアの横に立ち、部屋全体を視線で確認する。


「向こうに大きめの窓があるだろう。あそこからあいつを突き落とす」

「つ、突き落とす!? ここは二階だけど大丈夫なの?!」

「打ち所が悪ければ死ぬだろうな」

「死ぬって……そんなことでき──」


 クレアがそう言いかければ、手錠の繋ぎ目が千切れる音が私たちの耳まで届く。小太りな男は白目を剥きながら、その怪力で鉄製の手錠を破壊していた。


「……お前の言う人間はあの手錠を一人で壊せると?」


 私が問いかければクレアは何とも言えない顔で項垂れる。


「翌日のニュースでドイツのレプトスピラ症は病原性レプトスピラ科スピロヘータが人獣共通感染症へ、修理技師の数名が酷いノイローゼを発症させました。それはそれは乖離性を生み精神の住居は消えております」


 急にこちらに向かって駆け出す小太りな男。相も変わらずブツブツと呟く単語などの意味は理解が及ばない。


(この声は誰の声だ?)


 ヨダレ塗れの口から発せられるのは男の声ではなく女の声。それも声帯から私の耳までに"機械的な障壁"を通じているかのような声。 


(いや、考えるのは後にするべきか)


 私は側に置いてあった椅子を右手で掴むと男の顔へ即座にぶつける。しかし僅かに身体が傾くだけで脚は止まらない。


「避けろ」

「……っ!」


 私は左側へ飛び退き、クレアは右側へ前転をして回避する。小太りな男は迷うことなく、私の方へ身体の向きを変えた。


「ジョーカー! 私、助けを呼んでくる!」

「無駄だ。そもそもこの無法地帯にお人好しは存在しな──」


 私とクレアがそんな会話を交わしていれば、小太りな男は傍にある本棚へ掴みかかり、勢いよく持ち上げると扉へと投擲する。そして部屋に伝わる衝撃音と振動と共に出口を塞いでしまった。


「どうして、急に出口を……」

「あの状態で私たちの言葉を理解できるのだろうな」


 気絶状態かつ痛覚で狼狽えもしないが、こちらの言葉は聞き取れる。矛盾だらけの存在、私は思わず眉間にしわを寄せた。


「逃げられなくなっちゃったよ?」

「尚更あの窓から突き落とすしかない」


 私に向かって掴みかかってくる小太りな男。落ちていたロープを手に取り、男の首に回すと、窓際まで勢いよく引き寄せる。


「はい、はいまぁ、次の、次のニュースすです。東京都武蔵野市(むさしのし)()(がしら)恩賜(おんし)公園で、では、子供たちと、動物たち、ち、がッ、ががッ」

「豚というより獅子だな」


 まるで吸血鬼と綱引きをしているように一進一退の攻防を繰り返す。こちらも決して手を抜いているわけではないが、血涙の力を使わない限りこの男を窓から落とせそうにない。


「おい二人ともッ!! すげぇ音がしたけど何があったんだよ?!」

「イアン……!」

「っ……んだよこれ!? 扉が塞がれてるのか!?」


 すると本棚に塞がれた扉の向こうから、イアンとキリサメの声が聞こえてきた。私たちが何かに巻き込まれているとすぐに察知し、二人は扉に何度も突進をして部屋の中へ入ろうと試みる。


「し、し、ししししッ、新登場ッ!うま味とコクが喉を突き刺す、すすすッ、新鮮のど越し、び、ビールッ!」

(声が変わった?)


 先ほどまでの女性の声が渋い中年男性の声に変わった。その瞬間、


「……!」


 方向転換をし、窓際に立つ私に向かって突撃してくる。


「ジョーカー!」

「悪いが、貴様のような男は──」


 クレアが投げ渡してきたのは四つ足の木の椅子。私は背面と肘掛けの部分を両手で掴み、四つ足の部分を小太りな男へ向け、


「──出入り禁止だ」


 両脇と脂肪の付いた肉体を挟み込み、そのまま受け流すように窓から放り投げた。小太りな男は窓枠を掴もうとしたが、ローションの潤滑によって滑る。

 

「最後の、の、ニュースです。日本(・・)東京都港区にて深刻な不安定の一家心中を患い躁鬱な天気と本日は晴天の青い空の中で信じて仰げば信じて仰げば信じて仰げば──」

(日本……?)


 そして落下する最中、女性の声に変わり聞き覚えのある"日本"という名称を呟いた。私は少しだけ耳を傾けたが、


「きゃあぁあぁああぁッ!?!」 


 肉体と地面がぶつかり合う衝突音と下で男共を捕まえようとしている鶴の見習いの悲鳴。それらによってかき消されてしまう。


「この抜け作たち、後ろに下がってなさい」

「待てよ! 俺たちでも開けないのにお前がどうにかできるわけ──」


 騒ぎによって部屋の前まで駆け付けたグルス。どうやら扉を開こうとしているらしく、イアンが止めようとした。


「うおらぁッ!!」


 だが本棚は気合いの入った声と共に一メートル以上も動く。開いた扉の向こうには蹴りの動作をしたであろうグルスが立っていた。その両脇にはイアンとキリサメが口を開けてポカンとしている。


「あらあら、男の癖にこんな扉も開けないのね?」

「う、嘘だろ……」

「こう見えても私は元犬共(・・・)……って、過去の話はどうでもいいわ。この部屋で何があったのか説明してくれる?」


 私とクレアは二人で顔を見合わせグルスへ事情を説明した。その最中にイアンとキリサメは私たちから視線を逸らす。恰好のせいでそうせざるを得ないのだろう。


「その、ごめんなさい! 雇ってもらったのにこんな騒ぎを起こしちゃって……!」

「謝る必要はない」

「えっ?」

「この女の目的は金貨の袋だ。騒ぎを起こそうがあの男が死のうが、この無法地帯では関係ない。それにこの女は"教育している鶴たち"に傷がつかなかったことを安堵しているはずだ」


 グルスはクレアが手に持っていた金貨の袋を奪い取り「せいかーい」と金貨を一枚取り出すと実物かどうかを確認する。


「欲しい情報は手に入ったんでしょ?」

「あぁ」

「そっ、お互いに得をして良かったわね。ほら、もう帰ってもいいわよ。後片付け(・・・・)は私がしてあげるから」


 部屋を出ていこうとするグルス。去り際にふと思い出したかのように、


「二人とも、着替えた方がいいわよ。そこの抜け作二人があなたたちを見て興奮してるわ」

「──!」

「ふふっ、私がいないのをいいことにその部屋で始めちゃ(・・・・)ダメよ」


 と伝え、悪戯な笑みを浮かべながら廊下を歩いて行った。クレアは顔を真っ赤にしながら両手で身体を隠す。


「……見た?」

「「見てない!」」


 視線を逸らし大声で否定するイアンとキリサメ。私は溜息をつき、足早に更衣室へ向かうことにした。


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