5:7『鶴の仕事』
~本名:偽名~
アレクシア・バートリ:Joker
キリサメ・カイト:Gloomy
イアン・アルフォード:Knight
クレア・レイヴィンズ:Virgin
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「おいメル、まだ情報を集めるのかよ?」
「バーカ。まだイカれ共がどこにいんのか聞いてねぇだろうが」
メルはイアンを鼻で嘲笑えば、桃色の照明に照らされた建物の前で足を止める。整えられた外壁や外回りからするにその辺の廃墟とは違う。しかしどうにも良い印象を抱けないのは、
「ここって……」
「クスクスッ、売春宿だぜ」
「ば、売春……!?」
売り出しているものが常識の範疇を超えているから。その返答を聞いたクレアは、メルと売春宿を交互に見る。
「最後に紹介するお友達はGrusって女だ。呼び名は鶴。柔らけぇ身体でどんな体位でもノープロブレム。どんだけの男をイカせてきたんだろーなァ?」
「そ、そんな人と会うのかよ……?」
「そう興奮すんなよ男共。ルスの姉御は現役引退しちまった。そっからはァ、売春宿の経営者かつ責任者。腰を振らせるためにビッチ共の教育してやがる」
苦笑するイアンを放って、売春宿へ入っていくメル。私も後に続いて中へ入ろうとしたが、キリサメたちはその場で足を止めていた。
「何をしている?」
「いや、なんかさ……は、入りづらいなって……」
「う、うん。あんまり、そういうのは、ね……?」
「そうか」
後ろめたさを抱えた三人を置いて私は中へ入ると、メルは受付らしき場所で街に似つかない高価な衣服を纏った女性と話をしていた。恐らくは売春宿の経営者であるグルスだろう。
「かったりぃーこと言うなよルスの姉御。あたしらの仲だろ? ちっと魔女の馬小屋についてお喋りさせてくれよ」
「あらあら、ここはおしゃぶりしてもらう場所よ。穴の使い方が違うわ。それとも……またここで働いていく?」
「嫌なこった。金を払いでもすりゃあ、何でもしていいと勘違いするクソ共が多いんでね」
「この街の男は"抜け作"が多いのよ。ローブ坊やみたいに賢い男は数少ない……あら、そこのあなたは?」
グルスが入り口の前で傍観していた私に気が付く。全身をくまなく観察され、まるで品定めされているかのような気分。
「あら、あらあらあらっ! イイ子を連れてきたじゃないメル! 私がその子を引き取ってあげましょうか?」
「金になりそうな女を見つけりゃあ、コロッと目つきが変わるなルスの姉御。相変わらずであたしは安心したぜ」
受付の机上まで歩み寄りグルスの顔を見上げる。手入れのされた派手な長い金髪。顔をよく見せるための薄い化粧。一つ一つの動作に自然と色気を持たせ、そこに立っているだけで男を誘えるような女だ。
「情報は聞けたのか?」
「ルスの姉御はおしゃぶりにしか興味がないんだとよ」
「ならここに用はない。時間の無駄だ」
「あら、私は心当たりがないなんて言ってないわ」
売春宿から出て行こうとする私を引き止めるようにグルスがそう述べる。
「何も知らないのだろう?」
「そうねぇ。私は知らないわ」
「……何が言いたい?」
グルスは私に近づくと両肩に手を乗せ、リップが塗られた艶めかしい唇を近づけてきた。強めの香水をつけているのか、フローラルのキツイ匂いが鼻の奥まで侵入してくる。
「最近、うちに新しい常連様が増えたのよ」
「常連?」
「お相手した子の話だと、魔女の馬小屋の信者らしいわ。しつこく入信を勧められたみたい。教団の本部がどこにあるのかを知っていたりして、ね……」
「私にそいつの相手をしろと?」
「そう。だから私と取引しない?」
グルスは右手の人差し指を私の胸元から下腹部までくすぐるようになぞった。そして左手を私の顎に添える。
「取引だと?」
「見たところ、あなたは処女でしょう?」
「……あぁ」
「信者さんは"処女の子"を指名したがってるの。けどこんな廃れた街で処女なんて希少。だからあなたが一晩相手をしてあげれば……きっと大量の金貨を支払ってくれるし、知りたい情報も簡単に話してくれるわ」
純潔を対価にすればグルスは金貨を、私は情報を得られるという取引の内容。情報の為ならば返答は考えるまでもないはず……だが、
「……?」
「あら、どうしたの?」
奇妙なことに言葉が喉に詰まった。純潔を捨てる行為は幾度も経験してきたというのに、取引に乗ろうとした瞬間に思考が停止してしまったのだ。
「いや、気にするな。その取引には乗る」
「ふふっ、取引成立ね」
一度だけ深呼吸をし、了承の返事をする。グルスは嬉しそうに微笑むと、メルが待機している受付の机上まで戻った。
「おーおー、肝が備わってんなァジョーカー様よ」
「失わずに得られるものなど何もないだろう」
「あっそ。んじゃ、あたしは先に帰らせてもらうぜ。避妊はしとけよ、ジョーカー」
メルは私を数秒ほど見つめ店の外へと出ていく。その時のメルはニヤニヤとした笑みは浮かべず、固い顔をしているように見えた。
「さて、あなたのお相手が来る前に色々と教えてあげるわ。こっちに来なさい」
グルスに手招きをされた私は、売春宿の裏まで向かおうと歩き出したが、
「待って!」
売春宿の入り口からクレアが駆け込み、私の右腕を力強く掴んだ。
「……何の用だ?」
「駄目、駄目だよジョーカー! そんな、知らない人に、身体を売るなんて……!」
「お前には関係のないことだ」
クレアの手を振り払おうとするが本気で私を止めようとしているのか、微塵も引き剥がせない。
「離せ」
「絶対に離さない!」
「そうか」
口で何を言おうがこの女は納得しない。そう判断した私は、その場で振り返ると左腕でクレアの肩を掴み、関節技でその場に拘束しようとする。
「っ……!」
「なるほど」
しかしクレアは右脚へと身体の重心を変え、私の背後へと回り込むことで関節技による拘束を回避した。
「ジョーカー、私はもう──」
流れるような動作で私の左膝を靴底で押し込み、その場で膝を付かせるとこちらの背中に全体重をかけ、
「──あの頃の私じゃないから!」
私をうつ伏せの状態で床へ押さえ込んだ。制圧に長けた武術。アカデミー内で総合成績二位を取った生徒なだけある。
「おい……って何があったんだよ?」
「ジョーカーが、床に倒れて……」
後を追いかけてきた二人はその光景を目の当たりにして驚愕した。イアンは攻防があったことに、キリサメは私が拘束されていることに驚いているのだろう。
「そこの抜け作たち、入り口で騒ぐのはやめてくれる? その子は私と取引したの。もちろんオーケーは貰ったわ。だから抜け作たちが止める理由はないの」
「でも、そんなやり方……」
「やり方がどうであれ、教団の居場所を突き止められる機会に変わりないだろう。お前がそれでも私を止めるつもりなら──次は手加減しない」
私を押さえつけているクレアを横目で睨みつけると、苦渋に満ちた表情で歯を食いしばった。他に方法を思いつかず、時機に私から手を離す……そう予想していたが、
「だったら、私もジョーカーと一緒に行かせてください」
「な、なに言ってんだよ!?」
クレアは私に同伴すると言い出した。予想外の返答を聞き私は眉間にしわを寄せ、イアンはすぐさま声を上げる。
「ナイト、私はジョーカーを一人にできない。こうやって独りで何でもしようとするもん。誰かが止めてあげないと」
「……そこまで気に掛けるのは何故だ?」
「だってジョーカーは……」
クレアは拘束を解けばその場にゆっくりと立ち上がり、寂寥を感じさせる瞳で私を見つめ、
「同じ場所で、同じ境遇で育った──大切な幼馴染だから」
ぽつりと厚情を込めてそう呟いた。
「だから、放ってはおけない」
「……勝手にしろ」
「うん。私の勝手にするよ」
私とクレアが黙って視線を交わしていると、傍観していたグルスが私たちへ「まぁいいわ」と手招きをする。
「希少な処女が二人もいれば単純計算、二倍の額を支払ってくれるわ。あなたも一緒に来なさい」
「じゃあ、行ってくるね」
「あのさ二人とも、ほんとに大丈夫なのか?」
「大丈夫! ジョーカーは私が止めるし、危ないことがあったらジョーカーが助けてくれるから!」
不了見な思索に表情を曇らせたキリサメが声を掛けてきた。だがクレアはそんな不安を吹き飛ばすように明るい返答をする。
「さぁさぁ、男たちは出ていきなさい。それともお客様として利用するのかしら?」
「……グルーミー、あの二人なら大丈夫だ。今は信じようぜ」
「あ、あぁ、二人とも気を付けてな」
キリサメとイアンが店から出ていくと、私とクレアは店裏の更衣室まで案内をされた。更衣室には衣装、化粧道具、香水などが置かれ、壁には身嗜みを確認するための大きな鏡が貼り付けられている。
「まずはそうねぇ……色気が足りないわ。これに着替えなさい」
グルスが両手に持っているのは、スカート状の黒と白のランジェリーが一枚ずつ。裾や襟に付けられた繊細なレースやフリル。胸元に色のリボンをあしらう過剰な装飾が施されていた。
「こ、こんな薄い布切れを着るの……?」
「そんなものだろう」
「す、透けてるのに……?」
「見られて困るものはない」
黒色を私に、クレアへ白色のランジェリーを手渡す。私はすぐさま私服と黒のタイツを脱ぎ捨てたが、クレアは白のランジェリーを愕然と見つめるだけ。
「……今なら引き返せるぞ」
「ひ、引き返さない!」
私は慣れた手つきで細い紐に両肩を通し、太腿まで伸びる黒のソックスを履き、着替え終える。そのタイミングでやっとクレアも意を決し、着ている衣服を脱ぎ始めた。
「まずは一つだけ簡単な質問させてもらうわ」
「質問?」
「私たち女にとって最大の武器は何でしょうか?」
左脚に刻まれた転生者の紋章がソックスで隠されていることを確認しながら、そう問いかけてきたグルスへ視線を移す。
「えっと、可愛さ……とか?」
「不正解。可愛さなんて武器にならないもの」
「答えは"若さ"だろう」
「正解。あなたはやっぱり見込みがあるわね」
グルスは自身の目に狂いがなかったことに喜びつつも、中腰になって私とクレアの顔を交互に見てきた。
「十八の女はフットボール、二十二人の男がその子を追いかける。二十八の女はホッケー、八人の男がその子を追いかける。三十八の女はゴルフ、一人の男がその子を追いかけて──」
「四十八の女は"ジュ・ド・ポーム"。二人の男が女をお互いに押し付け合うからな」
「そう、そういうことよ。よく分かってるじゃない」
「え、えぇ……? どういうこと?」
「私たち女にとって若さが最大の武器だが……歳を積み重ねれば最大の武器は最大の欠点になり得るということだ」
動揺しているクレアにそう説明をすると、グルスは私たちの肩に両手を置いてくる。
「覚えておきなさい。今のあなたたちの顔は自然の贈り物だけど、五十の顔は歩んできた人生が反映されるわ。この街で暮らしていくつもりなら、その若さを武器に女としてどう生きていくかが大切よ」
「どう生きていくか……」
「考え込むな。この女は私たちを売春宿に引き込もうとしているだけだ」
「えっ、そうなの!?」
「あら、バレちゃった?」
悪女のような微笑みを浮かべているグルス。私は鏡で自身の姿を見つめていれば、二十を超えた自分の姿が一瞬だけ映り込んだ。
「そろそろ来店の時間ね。しっかりと金貨を徴収して、性欲が枯れるまで楽しませてくるのよ」
「相手は"受け"と"責め"、どちらを好む?」
「ふふっ、お相手は"受け側"を好むわ」
「なら好都合か」
「受けと、責め……?」
私は"受け"と"責め"の意味を理解できず、小首を傾げていたクレアの胸元へ手を触れる。私よりも発育がいい両胸の膨らみは、しっかりと形が整っていた。
「お前は見るからに"受け側"だろうな。相手とは相性が悪い」
「う、うん? そ、そうなのかな?」
「だが逆に私とは相性が良いはずだ」
「えっ!? 私とジョーカーって相性がいいの!?」
「……どこまでも真っ白な女だ」
相性が良いと言われ瞳を輝かせているクレア。私はそんな無知な女と共に、魔女の馬小屋の信者が来店する部屋へ案内をされた。




