5:6『指導』
~本名:偽名~
アレクシア・バートリ:Joker
キリサメ・カイト:Gloomy
イアン・アルフォード:Knight
クレア・レイヴィンズ:Virgin
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ジュリエットの実験室で電気石を見せられた後、私たちはメルに連れられ夕暮れの街中を歩いていた。山羊と呼ばれる者たちの姿は見えず、集団で行動する狼共がよく目に入る。
「メル、今からどこに行くんだ?」
「あたしの伝手に話を聞きに行くだけだ」
「お前の伝手って、不安しか……」
「クスクスッ、心配なさんな騎士様ァ。そいつら集めてテーマパーク開けるぐらいには個性的なお友達ばっかだからよ」
目的は魔女の馬小屋についての情報収集。メルは数人ほどの伝手があると私たちに伝え、薄暗い裏路地へと入っていく。
「最初に紹介するお友達はFurcaって男だ。呼び名は蠍。殺しの道具をガールフレンド扱いしてる変わりもんだぜ」
「道具を……ガールフレンド……?」
「要はあたしらのような女じゃあ、イケねぇってことさ」
「おい、個性的って例えで済む話じゃないだろそれ……!」
クレアが首を傾げ、イアンは伝手に対する不安に思わず声を上げる。この街にまともな人間はいない。私はそもそも期待すらしていないため、三人のやり取りを耳にしながら黙々と歩く。
「よぉ"ルカ"の旦那」
「……メルか」
辿り着いたのは裏路地にある廃れた小屋。メルが小屋の中へ顔を覗かせれば、ナイフを研いでいる灰色髪の男が椅子に座っていた。衣服には血痕が染みつき、右頬は糸で縫われた痕がある。
「な、なんかさ……もうヤバくね?」
キリサメが頬を引き攣る理由は、小屋の内壁が刃物や暗器などで埋め尽くされていたから。更にそのどれもが丁寧に手入れされている。
「こーんな収集クセがあるならよォ。剣術の一つでもお勉強してみたらどうだ?」
「俺は型にはまった剣術に魅力の一つも感じねぇ。だからこの街で生きてんだ」
「あーそうかい。……おっ、旦那のガールフレンド、二本か三本ぐらい増えてんじゃねぇか──」
そんな私たちを他所にメルは厚かましい態度を取りながら、小屋へと足を踏み入れた……その瞬間、
「……おいおいメルの旦那ァ。ガールフレンドの躾がなってないぜ?」
メルに向かって二本のナイフが高速で飛んできた。ナイフは黒髪を掠り、小屋の壁へと突き刺さる。
「てめぇは数え方を学び直せ。二人と、三人だ。殺すぞ」
「はいはい、二人と、三人でしたねー。旦那のガールフレンドにはきちんと謝っておくぜ。ソーリーシャープガール?」
側の壁に突き刺さった二本のナイフへ誠意のない謝罪をし、椅子に座ったフルカの元まで怖気づかずに歩み寄った。
「俺に何の用だ?」
「ルカの旦那に聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと?」
「頭のイッてるカルト教団ついてだ」
「あぁ……魔女の馬小屋かよ」
フルカは研いでいたナイフを木の机に置くと、刃のように鋭い視線でメルを見上げる。私たちは小屋の外でその様子を傍観していた。
「てめぇ、何をするつもりだ」
「クスクスッ、聞いて驚くなよ。あたしとこいつらで、魔女の馬小屋を地獄の閻魔様に会わせてやんだ」
「……どこの馬の骨だ、その鴨共は?」
「この街の新入りさ。あたしが身体の隅々まで教育してやってる」
メルが私たちのことを簡単に紹介をすれば、フルカは鋭い視線をこちらへと移す。キリサメ、イアン、クレア、そして最後に私へ視線を向けた。
「情報料はいくらだ?」
「冗談キツいぜ、ルカの旦那。旦那にとってもあのカルト教団は目障りな連中のはずだ。あたしらはそんなクソ共を消そうとしてる。むしろあたしらが金を受け取る立場だろ?」
「……メル、てめぇ俺に殺してほしいのか?」
「おいおい、あたしは情報だけで勘弁してやるって言ってんだぜ? 死ぬか生きるかの話はしてねぇぞ」
フルカの視線に殺気が込められてもメルは一切退かない。むしろ前のめりになってフルカと睨み合いを始めていた。
「……俺が知ってんのは、噂程度の話だけだ」
「十分だぜ。グラス一杯の酒でも酔えりゃあそれでいい」
ほんの数秒ほどでフルカがメルに押し負け、渋々魔女の馬小屋について口を開く。
「蠍共の中に、金目当てで信者を殺した連中がいる。だが信者を殺した蠍共は、全員死んだ」
「ほー、信者共にぶっ殺されたのか」
「……こっからがイカれ話になる」
フルカは衣服の懐から一枚の布切れを取り出し、木の机へと乗せた。その布切れは焦げたような跡が付いている。
「死因は"ショック死"だ。どいつの死体も全身が焦げている状態で、その辺に放置されてやがった」
「クスクスッ、過激なマジックショーでも見せられたのか?」
「……耳にした噂では"神雷による罰を受けた"と」
「馬鹿げてんなァおい。クソみてぇな"野郎"が一発バシンッとでけぇ雷落としたってことかよ」
神雷による罰を受けた。
死因も死体の状態も雷に打たれたとしか考えられない。魔女の馬小屋という教団が手を下したとなれば、非常に奇妙な話。
「……俺が知ってんのはそれだけだ」
「サンキュー、ルカの旦那ァ。切れ味抜群のガールフレンドと喧嘩すんなよ」
メルは去り際にそう吐き捨て、小屋の扉を閉める。
「クスクスッ、やっぱルカの旦那は話の切れ味だけは微妙だったな」
私たちが次に連れて行かれた場所は表通りのとある雑貨屋。中に入れば破壊された家具が隅々に並べられ、鷲の剝製が正面の机に置かれていた。
「次に紹介するお友達はProbってヤツだ。呼び名は鷲。この街で一攫千金したクソガキ──」
「どこの誰が、いつ頃、どこで、何をもって、なぜ、どんな考えで……僕のことをクソガキと呼んでいるのか教えてくれるかい?」
「あたしが、たった今、この場で、あんたの性格から、青臭さを感じて、煽るためにクソガキって呼んだんだぜ青二才」
店主として顔を見せたのは私たちと同年代らしき好青年。この街に住んでいるとは思えないほど清潔な衣服に整えられた紺色の髪。ボロボロの家内に立っているだけで異様に目立つ。
「その汚い言葉遣いは相変わらずだねメル。今日はそこの鴨たちと情報でも買いに来たの?」
「あぁそうさ。ちっとあんたの情報が必要でな」
爽やかな笑顔を向けられキリサメたちは動揺していたが、私は冷めた表情をプローブへ返していた。
「クスクスッ、その鴨にはツバを付けられねぇぜ」
「……そんなことしないさ」
プローブという青年の愛想は上っ面だけ。生き残るためならば、のし上がるためならば、人を陥れて殺すことを躊躇しない。獅子のように力ではなく、知恵でここまで地位を確立させた類だろう。
「それで、今日はどんな情報が欲しいんだい?」
「カルト教団だ。名前は魔女の馬小屋。このクルースニクでホットな話題だぜ」
「魔女の馬小屋、なるほど……。メル、君はあの教団を潰そうとしてるんだよね?」
「あ? ローブ、またどっかのクソ共からあたしの情報を買いやがったな?」
私たちの目的を知っているかのような口ぶり。メルは嫌悪感に溢れた顔でプローブを睨みつけた。
「違う違う。売られた情報がたまたま君の情報だっただけさ」
「おいおい遠回しすぎるぜ青二才。あたしとお近づきになりたきゃあ、金と酒を貢ぐこった」
「あはは、そういう思い込みは少し甚だしいね……」
プローブは若干苛立ちながらもそう言葉を返すと、一冊の手記を近くの引き出しから取り出す。
「魔女の馬小屋の情報は色々と取り揃えてるよ。教祖についてや信者について。後は確証もない噂話までね。……今日はどの情報をご所望で?」
「知ってること全部に決まってんだろ」
「……それなりに値が張るけど、払えるだけのモノは用意してあるの?」
「いーや、あたしが用意してあるのは"脅迫の材料"だけだ」
メルは机に乗せた右手で身体の重心を支えながら、プローブの顔を覗き込んだ。金貨ではなく脅迫の材料。この街が無法地帯かつ自由だからこそ、通用する手段。
「情報屋を脅せる材料なんてどこにもないと思うけど?」
「ほぉ、んならあんたが『ロザリアまで石油を密輸させた』って情報は脅しにならないってことか」
「……!」
プローブの顔つきが険しいものへ一変する。メルへ向けられた視線には「なぜその情報を知っている」という疑心が込められていた。
「知ってるぜ。密輸先は何年か前にこの街から逃げ出したあんたの実の妹だ」
「……」
「半年前に疎遠だった妹から手紙が来たんだろ。"よく燃える石油を送ってほしい"ってな。だからあんたは妹の為に不正なルートで"ガソリン"を密輸させた」
「ガソリン……?」
キリサメは心当たりがあるのか、腕を組んで何かを考え始める。そしてすぐに思い出し、私へチラチラと視線を送ってきた。
「いっつッ……!?」
だがこの場でそのような素振りを見せれば、当然だが怪しまれてしまう。私は隣に立っていたキリサメの脇腹に右拳を打ち込んで大人しくさせる。
「青二才様よォ。あんた、クソババアのところからガソリンを拝借しただろ? もしもあたしが口を滑らしゃあ、あんたの首が飛ぶ日は遠くない」
「……」
「おいおい、そう硬くなんなよ。あたしの口にあんたが滑り止めを塗ればいいだけの話だぜ?」
プローブの顔を覗き込みながら、メルは自分の唇を人差し指でなぞった。この女の脅迫は通じているようで、プローブは不服ながらも閉ざしていた口を開き、手記に記載してあった情報を語り始める。
「……まずは確証のある情報から。教団の教祖は"魔女"と呼ばれている女性。信者は魔女の馬──」
「ローブ……そんな味のねぇ情報じゃあ、あたしの口が滑るぜ」
「ならこの情報はどうだい? 魔女の馬小屋が信仰神として崇めている存在は"再生の神"。呼称は"シェセプ・アンク"」
何枚かページをペラペラと捲り、プローブは続けてこう説明をした。
「救済の真言は『信じて仰げば、異境より迎えが来たる』だ。だから信者は空を見上げてこう呟く。『信じて仰げば、すなわち信仰なり』と」
「おーおー、とんでもねぇイカれ集団だな」
「そしてこうも伝えられている。シェセプ・アンクを信仰する者たちは"彼方の知識"を与えられると」
「彼方の知識だって? んだよそりゃあ?」
彼方の知識。あやふやな名称にメルが懐疑するとプローブは「分からない」と左右に首を振る。
「後はそうだね……。確証のない噂になるけど、教祖の魔女には恐ろしい手駒がいるらしいよ」
「あー? 恐ろしい手駒だァ?」
「僕が聞いた手駒は二種類。一つはすべてを呑み込む"魔女の壺"。もう一つはあらゆる者を死へ至らしめる"魔女の針"だ」
「クスクスッ、冗談キツいぜ青二才。んな話を誰が信じんだァ?」
「前提として確証のない噂だって言ったはずだよ。僕だってそんな噂を信じていない。けど情報をすべて求めてたのは君の方だ」
小馬鹿にするメルへ溜息をついたプローブは私たちへ背を向け、背後にある棚の開き戸を漁り始めた。
「メル、僕から出せる情報はそれだけだ」
「おいおい青二才。こんなシケた情報じゃあ、及第点にも届かねぇぜ?」
「知ってるさ。だからこれで点数を稼がせてもらうよ」
メルへ手渡したのは絹袋。その中身にはパンやチーズなどと言った食糧が詰め込まれている。
「おーおー、大盤振る舞いじゃねぇか」
「それは君のじゃない。そこにいる鴨たちのだ」
プローブはキッパリとメルを切り捨てると私たちへ視線を向けた。
「君たち、食糧が必要になったら僕のところに来るといい」
「えっ、いいんですか?」
そう尋ねるクレアに黙って頷くプローブ。メルは気に食わない面持ちでプローブへ詰め寄った。
「んでこの鴨共にやるんだよ?」
「先行投資みたいなものさ」
「ローブ、知ってるか? この街で無茶なベットは身を滅ぼすってな」
「僕はポーカーの役揃えをしているだけだよ」
「クスクスッ、あぁそうかい」
納得するようにメルは絹袋を私に投げ渡すと、店の外へと出ていく。
「あぁそうだ青二才」
「何だい?」
「滑り止めはたまに塗り直した方がいいぜ」
その間際に自身の口元を指差しながらニヤッとした笑みを浮かべ、そのまま店から姿を消した。キリサメたちも軽く会釈をして、店を後にする。
「メルには気を付けた方がいいよ」
「……どういう意味だ?」
最後尾の私に向けて声を掛けてきたプローブ。私はその場に立ち止まると、振り返らずにそう問いかける。
「彼女はこのクルースニクで異常な存在だから」
「……異常か」
「きっと君なら分かっていると思うけど」
「どうだろうな」
勘付いているのだろう。そう言いたげな言葉に対して、私は曖昧な返答をし、プローブの店から出て行った。




