5:5『電気石』
~本名:偽名~
アレクシア・バートリ:Joker
キリサメ・カイト:Gloomy
イアン・アルフォード:Knight
クレア・レイヴィンズ:Virgin
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「チッ! クッソ、クッソッ!! 何でこんな鴨共に私の発明品を見せないと……! それにあのクソ女、用事があるとか言って逃げやがって……!」
メルとの取っ組み合いがひと段落した後、私たちはイライラを抑えきれないジュリエットに地下室まで案内されていた。
「何でジュリエットが不機嫌になってるんだ……?」
「どうせメルの仕業だろ? あいつ、人をイラつかせるのが得意だからな」
キリサメとイアンがそんな会話を交わしていれば、私の視界に地下へと続く階段が映る。ジュリエットは「あのクソ女覚えてろ」と不機嫌な様子を露にし、階段を足早に下っていく。
「へぇー! 地下なのにこんな明るいなんて不思議ー!」
(……何だこの光は?)
クレアは感動しているが私は疑問を抱いていた。地下の通路を照らしている光はランタンの炎ではない。見たこともない"奇妙な光"。炎とは違う、黄色と橙色の中間色に近い光をしていた。
「待てよ。これって、まさか……」
「おい、鴨が鳩みてぇな顔してんじゃねぇぞ! さっさと中に入りやがれ!」
キリサメはその光に心当たりがあるのかそんな独り言を呟くと、目的地まで到着したようで、ジュリエットが鉄製の両扉を乱暴に開く。
「この部屋は何だ?」
「見りゃ分かんだろ。ここは私専用の"ラボラトリー"だ」
ラボラトリー、つまりは実験室。室内には鉄製の机がいくつも置かれ、その上には小さな部品などがばら撒かれている。部屋の隅には低音を鳴らし、ガタガタと振動する機械。そして部屋を照らすのはあの"奇妙な光"。
「ラボラトリーって……ジュリエットは何か作ってんのか?」
「作ってるじゃねぇ! 発明してるって言え!」
「……どっちもあんま変わんなくね?」
「変わんだよアホがッ! 私は猿公が手を叩くおもちゃ作ってるわけじゃねぇ! その辺のアホ共が想像もつかねぇ偉大な発明をしてんだ!」
イアンに詰め寄ったジュリエットはグチグチと文句を述べる。私は最も近い鉄製の机に歩み寄り、丸い部品を手に取った。
「おい、勝手に触ってんじゃねぇぞッ!?」
「この部品は何だ?」
「あぁ!? お前みたいな鴨には一生理解ができねぇ代物で──」
「"電球"、だろ?」
私を煽るように声を荒げていたジュリエットは、キリサメが呟いたその一言に口を閉ざした。ジュリエットの顔は「どうして知っている?」と驚きに満ちている。
「"電球"だと?」
「ほら、あの光をよく見てみろよ。同じ部品が付いてるだろ? あれは電気っていうエネルギーを使って明るくしてるんだ」
「電気? それは静電気のことか?」
「静電気……んー、あながち間違いじゃないのか?」
実験室を明るく照らす光。よく目を凝らしてみれば、私が手に持っている丸い部品と同じものが光源となっていた。ジュリエットは片手で頭を掻きながら、キリサメの顔を見上げる。
「おい、どうして鴨が私の発明品を知ってんだよ?」
「あー……何て説明すればいいのか──」
「それはこの男が異世界転生者だからだ」
返答に困惑しているキリサメの代わりに私がそう返答した。するとジュリエットは「そういうことかよ」と納得をし、気に食わない様子でキリサメへ手を差し出す。
「だったらアレを見せろ」
「アレって?」
「どーせお前も持ってんだろうが。"スマートフォン"ってヤツを」
「……!」
ジュリエットは異世界転生者について何か知っている。キリサメはすぐに悟り、隠し持つスマートフォンを手渡した。
「型が新しいってことは……。お前、この世界に来たばかりの鴨だな?」
「そこまで分かるのか……!?」
「んなもんガキでも分かるぜ」
ジュリエットは渡されたスマホの裏表を数秒だけ観察しすぐにキリサメへ返す。スマホに触れるのは初見ではない。その証拠に持ち方が私よりも手慣れていた。
「アレク……じゃなくてジョーカー。異世界転生者って何のことなんだ?」
「それにカイトくんが持っているその板って……?」
イアンとクレアが話を理解できず、私へそう問いかけてくる。変に素性を伝えればジュリエットに怪しまれてしまう。どうしたものかと黙っていれば、
「異世界転生者ってのはあたしやその色男のことさァ。もう一つの世界からやってきたスーパーヒーロー」
実験室へ酒瓶を片手に持ったメルが姿を見せる。アルコールが身体に回っているのか、やや両頬が赤く染まっていた。
「はぁ? もう一つの世界って何だよ?」
「クスクスッ、そのまんまの意味だ。もう一つの世界はもう一つの世界。吸血鬼共が存在しない──クソッたれな世界のことだぜ」
「吸血鬼が、存在しない世界? そんなおとぎ話みたいなこと……」
「バカ言っちゃいけねぇ。あたしらからすりゃあ、こっちがワンダーランドさ。……なぁ色男?」
メルが寄りかかるようにしてキリサメへ肩を組めば、酒の臭いに顔をしかめながらも何度か頷く。イアンとクレアはお互いに顔を見合わせた。
「メル、やっぱりお前も俺と同じ……」
「クスクスッ、慌てんなよ色男。同じ白ウサギを追いかけたかはまだ分からねぇぜ」
私が酒場で気が付いたように、キリサメもメルを見た時から気が付いていたらしい。しかしイアンとクレアは未だに信じ切れないようで私へ視線を送ってくる。
「戯言じゃない」
「ほんとか……?」
「あぁ私はこの男と共に行動してきたからな。今まで異世界転生者に関連する事象を何度も目の当たりにしてきた」
「ジョーカーがふざけるはずがないし……多分、この話は本当なんだよね」
孤児院の時代から今の時代まで私は大して変わらない。この二人は昔のそんな私と共に過ごしてきたからか、嘘じゃないという主張をすんなりと信じてくれた。
「んでもってこの板はスマートフォン。あたしらの世界では必需品さ。お二人さんには分かんねぇだろうが、この板は"電気"って力で動いててなァ」
「電気というのは静電気の話か?」
「おいおい、それは違うぜジョーカー? ほら、電気ってのを教えてやんなジュリエット」
「チッ、私に命令すんなクソ女!」
文句を言いつつもジュリエットが持ってきたのは一つの鉱物と二本の金属器。私たちはジュリエットへ視線を注目させる。
「何だその石ころは?」
「こいつは"電気石"。加熱したり圧力を加えたりすると一端がプラスに、その反対の端がマイナスになって帯電する鉱物。帯電っていうのは、お前がさっき口にした"静電気"にちけぇものだな」
透き通った透明色に赤色・青色・緑色などが混ざり込んだ鉱物。ジュリエットは私に電気石を手渡してきた。
「そんで電気ってのは、静電気や雷のような力を私たちが利用できる形の名称。こんな風にな」
「きゃっ!?」
ジュリエットが持っていた二本の金属器の先端を近づけると、バチバチと音を立て火花が散る。クレアは思わず小さな悲鳴を上げた。
「ふふん、すげぇだろ? 私がこの電気石を改良して電気を発明したんだぜ」
「クスクスッ、電気がクソ便利だって教えたのはあたしだけどな」
「るせぇぞクソ女! 生みの親は私だろうが!」
ジュリエットが発明したとされる電気。
以前に『スマートフォンの充電が切れた』とキリサメが述べていたが、この意味は蓄積されていた電気とやらが消費し切ったということだったらしい。
「あれ? 電気を発明したって、それとてつもないことを成し遂げてるんじゃ……」
「あぁそういうこった。ここにいるジュリエットちゃんは、あたしらの世界にいた偉人共の成果を一人で出したってことになるぜ」
「マ、マジかよ……!?」
「ふんっ、私の偉大さが分かったか鴨共!」
自信満々に胸を張るジュリエット。
私は持っていた電気石を興味津々に隣で見ていたクレアへ渡し、火花を散らした金属器へ視線を向けた。
「電気とやらをもう一度見せろ」
「そんなに見てぇのかー。仕方ねぇ鴨だぜほんと」
ジュリエットが先ほどと同じように二本の金属器の先端同士を近づければ、その間で電気とやらが走りながら火花が散る。
「それに触れたらどうなる?」
「は? んなもん感電するに決まってんだろ?」
「そうか」
触れれば感電する。
私はその返答を聞くと、間髪入れずに両手で一本ずつ金属器を握りしめた。
「……ッ!」
瞬間、全身を伝わるかのように激痛が走る。あらゆる個所の筋肉が硬直し、呼吸が止まった。金属器から手を離そうにも、身体が硬直しているせいで抗えない。
「おいアホッ! 何してやがんだッ!?」
ジュリエットが持っていた金属器の電源を落とすと全身から力が抜け、私はその場に片膝を付く。筋肉がピクピクと痙攣をし、痺れのような感覚が身体に染み渡った。
「痺れるな、これが雷か。確かに打たれれば死ぬだろうな」
「あ? イカレてんのかお前はッ!? こっちが巻き込まれたらたまったもんじゃねぇ! 自殺したきゃ他所でやりやがれッ!」
雷に打たれた人間は死ぬ。
そんな逸話を聞いたことはあるが、私は何百と歩んできた人生の中で一度も雷に打たれたことがない。なぜ死ぬのか。どのような痛みなのか。電気という存在が雷と酷似しているのなら、疑似体験をしてみたいと好奇心が湧いてしまった。
「おーおー、感電したのに意識があんのか。あんた、ナマズと仲良くできるぜ」
「大丈夫か、ジョーカー!」
「待ちな騎士様ァ」
身を案じたイアンが私に触れようとした瞬間、メルが左肩を掴んで引き止める。
「何だよメル!?」
「クスクスッ、まぁまぁ親指しゃぶりながらそこで見てな」
イアンとメルを他所にジュリエットが私へ差し出してきたのは、手の平サイズの六角柱に削られた細長い黒色の石。
「おい、これを握れ!」
「……」
床に置かれた鉱物を言われた通りに拾い上げる。私が手先に触れた瞬間、鉱物の色は黒から白へと色が変わる。鉱物の内側からは白い光を灯していた。
「色が戻るまで一ミリも動くんじゃねぇぞ!」
一分、二分と経過すれば白い光は消え失せ、色は黒色へと変わっていく。完全に元の色へと戻った頃には、身体の痺れは抜け切り、節々の痛みだけが残った。
「これは何だ?」
「そいつは絶縁石。触れた物体や人体に帯電する静電気やらを吸収して、中の絶縁体が勝手に打ち消してくれる石だぜ」
白色に輝いている状態は電気を吸収し、石の内部で打ち消している状態。恐らくは感電による事故を防ぐため、事前に用意してあったのだろう。
「なるほど、便利な石だ」
「るせぇ! さっさと返せッ!」
私がその場に立ち上がれば、握っていた絶縁石をジュリエットが奪い取り、こちらに呆れた表情を向ける。
「お前みたいなアホに使うのは初めてだッ!! 二度とすんなよイカれ野郎がッ!」
メルは不機嫌なジュリエットをクスクスと笑うと、イアンの左肩から手を離し、持っていた酒瓶に口を付ける。
「あのさ、ジュリエットたちが電気を発明したんだよな? じゃあ食べ物を保存できる冷蔵庫とか、そういう電気を利用した発明品もそのうち……?」
「当たり前だろうが。私を誰だと思ってやがる?」
「クスクスッ、調子がいいねぇジュリエット。あたしの御守りがないと発明のハの文字も喋れねぇのにさァ」
「あぁ!? んだとクソ女!?」
ジュリエットとメルが取っ組み合いを始める。その最中、私たち四人は自然と顔を合わせた。
「ねぇジュリエットって……少しだけあの人に似てる気がする」
「あぁ、似ているな」
クレアが述べた『あの人』が指すのはA機関のシャーロットのことだ。シャーロットは燐灰石と呼ばれる鉱物を改良し、ルクスαなどの武装を開発している。見た目や性格こそ違うものの、容姿から計れる年齢はほぼ同じだった。
「うーん、生き別れた兄妹とか……?」
「どうだろうな。あの娘から素性を聞かない限りは何とも言えん」
「んじゃあ、ジュリエットに聞いてみるか?」
「いや『んなこと教えるわけねぇだろ鴨共ッ!』ってキレるぞ多分……」
「どちらにせよ今の私たちには必要のない情報だ。気にしない方がいい」
メルと取っ組み合いをしているジュリエットを四人で見つめる。謎が多い子供だが、その素性を探るのは後回しにするべきだろう。私たちはそう決める。
「それとだ。クルースニク協会の傘下に入るための算段が付いた」
「おー、やっぱジョーカーはすげぇな!」
「ジョーカー、どうやってクルースニク協会に入るの?」
私はキリサメたちに魔女の馬小屋というカルト教団を潰す必要があると、その為にメルと手を組むことになったことを説明する。
「げっ、あいつと協力すんのか……!? ほんとに大丈夫なんだろうな?」
「一時的な協定に過ぎん。それに私はどんな人間であろうと信用していない。それはあの女も同じだ」
「私もあまり賛成したくないけど……。それしか方法がないなら仕方ないよイアン」
「はぁ、そうだな……」
イアンとクレアが渋々了承したが、キリサメは話を聞きながら首を傾げていた。その素振りは何かを思い出そうとしているもの。
「何か気になることでも?」
「いやさ、魔女の馬小屋って名前をどっかで聞いたことがあったような……あー、何でこういう時に思い出せないんだ!」
「そうか、もし思い出せたら私に教えろ……期待はしないが」
「少しは期待してくれよ……!」
悔しそうに頭を抱えるキリサメ。
私はこの男にそれだけ伝えると、メルとジュリエットの争いが終わるまで実験室を歩き回ることにした。




