5:4『魔女の馬小屋』
~本名:偽名~
アレクシア・バートリ:Joker
キリサメ・カイト:Gloomy
イアン・アルフォード:Knight
クレア・レイヴィンズ:Virgin
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コイントスを利用した賭けに勝った私たちは、先頭を歩くジュリエットに教会の内部を案内されていた。案内を受けている理由は私が「寝床を貸せ」とジュリエットに命令したから。
「チッ! クソッ、クソッ……!!」
「あ、あのさジュリエット? 気に入らないのは分かるけど、壁を蹴りながら歩くのはどうかと……」
「るせぇッ! 私に声掛けてんじゃねぇぞ!」
「す、すんません!」
不機嫌極まるジュリエットはキリサメに鬼のような形相を向ける。少女らしからぬ顔に睨まれ、キリサメは反射的に謝った。
「お前やヴィクトリアとやら以外に、この教会に住んでいる者はいないのか?」
「はぁ? んなもんお前のミジンコみてぇな頭で考え──」
「賭けに負けたのはお前の方だろう」
「チッ……」
反抗しようとしたジュリエットにそう言及すれば、舌打ちをして渋々この教会について説明をする。
「この教会にいんのは私にヴィクトリア婆に……あのクソ女だけだ」
「へー、メルもここに住んでるのか」
「あぁクソ女がこの街に来たのは二年以上も前の話。詳しい事情は知らねぇが、ヴィクトリア婆がここに連れてきやがった」
クルースニク協会の拠点である廃れた教会に住むのは三人だけ。私たちはジュリエットの話を聞きながら歩いていると、突然その場に立ち止まり通路の奥をじっと見据える。
「どうした?」
「あそこの扉が開いてんだよ」
「……それが?」
「さっき話したばっかだろうが。私たち以外にいねぇのに、誰があそこの扉を開けんだ?」
開けっ放しにされている茶色の扉。木材が腐っているのかギシギシと不気味な音を立てている。
「も、もしかして……お、お化け……とか?」
「お、お化け……!?」
クレアがやや怯えながら声を上げると、ジュリエットは"お化け"という言葉に即反応し、こちらへ勢いよく振り向いた。
「怖いのか?」
「バ、バカ言ってんじゃねぇぞ!? 私がんなもんにビビるわけねぇ!」
「どうだか」
「な、なら見に行ってやるよッ! ビビり散らかしてるお前らは私の後に絶対ついてこい! ……絶対についてこいよ!?」
露骨すぎるほど怯えた反応を見せ、通路の奥までゆっくりと進む。クレアは平然としたイアンの隣で息を呑んでいるが、キリサメもイアンと同様に平然としていた。
「怖くないのか?」
「んー……シメナ海峡で本物の幽霊を見たからさ。あんまり怖くないんだよなぁ。正直、眷属とか吸血鬼の方が怖いと思うぜ」
「……変わったな」
「そりゃあ嫌でも変わるだろ」
派遣任務の時に幽霊やらを怖がっていたキリサメは至って冷静に私の隣を歩く。どうやら様々な経験をし、多少なりとも"慣れ"が染みついてきたらしい。
「お、おい、この部屋に誰がいやがんだ……!? すぐに出てこねぇと私がその顎をかち割るぞ……!」
声を張り上げながら部屋を覗き込むジュリエット。私もすぐ後ろで部屋の中を覗き込んでみる。
「何もないな」
室内は殺風景。
ベッドや椅子の一つすら置かれていない。壁紙は剥がれ落ち、天井には亀裂が入っている。外を眺める窓すらもない……何かを監禁するために作られた部屋のようだ。
「この部屋は使われていないのか?」
「し、知らねぇ! そもそもこの部屋は"開かずの間"だった! ヴィクトリア婆にも部屋には入んなって釘を刺されてたんだ!」
「開かずの間ってことは、ここに何か封じ込めて──」
「へ、変なこと言うんじゃねぇビビり女! その口に山羊共のクソをぶち込むぞッ!」
クレアが立てた憶測に声を荒げながら反応するジュリエット。キリサメはそんな二人を眺めて苦笑し、私とイアンはまったく動じずに部屋の中へ足を踏み入れる。
「んー、隠れられそうな場所もないよなぁー?」
「……いや、一ヵ所だけある」
「一ヵ所だけ? どこにあるんだよジョーカー?」
私はイアンに尋ねられると部屋を一瞥しながらその場で振り返り、開けっ放しにされていた扉の裏を見た。
「ばぁッ!」
「ふぎゃあぁあぁあぁーーっ!?!」
「きゃあぁあぁあぁーーっ!?」
扉の裏から私たちの前に飛び出してきたのはメル。ジュリエットとクレアはお互いに引っ付きながら悲鳴を上げた。
「クスクスッ、何だよあんたら。天使の登場にご満悦だったのかい?」
「はぁ、お前かよ。こんなところで何してんだ?」
メルは悪戯心に溢れた笑みを浮かべる。イアンは下らない悪戯をしたメルに対し呆れ、大きな溜息をつく。
「あのクソババアが留守にしてんなら、この開かずの間をちっと調べてやろうと思っただけだぜ」
「こ、このクソ女がぁッ!! ガキみてぇなことしてんじゃねぇぞぉッ!?」
「おーおージュリエットちゃん、小便漏らしちゃいまちたかー? お姉さんがオムツを変えてあげまちゅねー?」
「カチンと来たぜッ! ここで殺してやるよクソ女が……ッ!」
お互いに取っ組み合いを始めるジュリエットとメル。クレアはお化けの正体に安堵し、胸を撫で下ろす。
「お前たちの下らん喧嘩に付き合うつもりはない。さっさと部屋まで案内しろ」
「ほら、ご主人様のご命令だぜジュリエットちゃんー」
「チッ! 覚えてろよクソ女……!」
ジュリエットは舌打ちをするとメルに背を向けて部屋を後にした。イアンも同様に部屋を出ていくが、私はふと脳裏にとある疑問が過りメルに歩み寄る。
「おい」
「あー、あたしと同室をご希望か? 甘いねェ、そう簡単にあたしと一夜は過ごせないんだぜ、ジョーカー様よォ」
「私の質問に答えろ。この部屋は最初から何もなかったのか?」
「あぁもぬけの殻だったさ。酔い潰れた後の懐みてぇにな」
ニヤニヤとしながら冗談を述べたメルとじっと見つめ合う。この街に汚染されているせいでその瞳は死んでいるが、私はこの女が嘘をついているとすぐに勘付いた。
「……そうか」
しかし今は追及するべきではない。
そう判断し、私はメルを置いて部屋を後にする。
「ほらよ、ここがお前らの寝床だ。好きに使いやがれ」
その後、ジュリエットに案内されたのは五つの扉の前。木製の扉が左右に二つ、通路の奥に一つ備え付けられていた。
「奥の部屋はあのクソ女が使ってる。お前らはそれ以外の部屋だ」
「よっし、じゃあグルーミーと俺は右側の部屋を使わせてもらうよ」
「うん。それじゃあ私とジョーカーは左側の部屋を使うね」
右手前にイアン、右奥にキリサメ。左手前はクレア、左奥は私という部屋割りに決まると、各々寝床となる部屋を覗くことにする。
(……貧相な部屋だな)
部屋には薄汚れたベッドと埃の被った棚だけが置かれていた。手入れや掃除が施されないこの部屋は、幼少期に過ごした孤児院を彷彿とさせる。
「それでも、寝床があるだけマシか」
備え付けられた小さな窓からクルースニクの荒れた街並みを眺め、無意識のうちにそんな独り言を呟いていれば、ジュリエットが「おい」と扉の前に姿を見せた。
「何だ?」
「朝昼晩の食い物は出さねぇぞ。寝床は貸してやるが、お前らは部外者の鴨だ。くれてやるエサなんて微塵もねぇぜ」
「なら私たちをクルースニク協会の傘下に加えろ」
「……は? お前、何を言ってやがる?」
私の発言を聞いたジュリエットは呆気にとられる。
ティア・トレヴァーから『情報を得るためにはクルースニク協会の一員となることが最善策』と伝えられていた。ならば衣食住や情報を確保するためにも、今は傘下に入ることを第一の目標とするべきだろう。
「ヴィクトリアとやらがこの街で最大の権力者と聞いた。つまりその傘下に入れば、この街で暮らす上で周囲の獅子共も下手に手を出せない」
「お前はアホか? このクルースニク協会を取り締まってんのはヴィクトリア婆だ。入りてぇんなら私じゃなくて、ヴィクトリア婆に認めてもらうしかねぇぞ」
「認めてもらう手段はないのか?」
「ねぇよ。そもそもクルースニク協会には私とあのクソ女しかいねぇんだ。入会の申し出をしてきたクソ共が、ここで何百人とくたばってんのが分かんねぇのか?」
クルースニク協会へ入ろうとした者たちは、ヴィクトリアとやらが皆殺しにした。よく考えてもみればヴィクトリアからすると、この街に自身の命を狙う者たちが多く存在するため、寝首を掻かれないためには妥当な判断と言える。
「なら考えろ」
「あぁ!? んで私が考えないと……!」
「何度も言わせるな。お前は私との賭けに負けている」
「チッ、はいはい分かりましたよー! 考えりゃあいいんだろ考えりゃ!」
私が述べた事実に苛立ちを隠せないジュリエットは、腕を組みながら人差し指を一定間隔で小刻みに動かす。そして一分ほどの沈黙の末、ジュリエットは何かを思いついたのか、動かしていた人差し指を止めた。
「魔女の馬小屋……」
「何だそれは?」
「一年前からちょこまかと活動してる頭のトチ狂ったカルト教団だ。あの"イカれ共"はワケのわかんねぇ神を勝手に崇めて、クルースニク協会へちょっかいを掛けやがる。だからヴィクトリア婆が鬱陶しがってんだよ」
魔女の馬小屋。狂った者たちが集まるカルト教団だと説明するジュリエットは眉をひそめ、私の顔を見上げてきた。
「何故クルースニク協会の邪魔を?」
「クルースニク協会が神を偶像扱いしてるからに決まってんだろ。イカれ共からすりゃあ、私たちもイカれ共になる」
「だろうな」
「それだけじゃねぇぜ。あのカルト教団はこの街のクソ共を教団に勧誘する。イカれ共を日に日に増やして勢力を拡大させてんだ。私の顔見知りも何人か消えちまった。いつかイカれ共が束になってここに攻め込んでくるに違いねぇ」
自由を掲げているクルースニク協会。神を崇めさせようとする魔女の馬小屋。敵対する二つの組織が衝突し合うのも時間の問題らしい。
「……私たちが魔女の馬小屋を代わりに壊滅させる。それがヴィクトリアとやらに認められる唯一の方法だと言いたいのか?」
「あぁそんぐらいしか思いつかねぇよ。だが魔女の馬小屋を潰すことができりゃあ、ヴィクトリア婆もお前らのことを認めてくれるだろうぜ」
滞在する期間は一ヶ月。
認めてもらうための努力を地道に積み重ねる時間はない。となれば魔女の馬小屋を壊滅させることが、期間内に情報を盗める唯一の手段だ。
「魔女の馬小屋について他に知っていることは?」
「他に知ってることは何もない」
「大して知らないのか」
「るせぇ! 話してやっただけでも感謝しやがれこのアホ! そもそも私が賭けに勝ってりゃあ、お前はその辺のクソ共に強姦され──」
「信者共は"魔女の馬"、教祖様はこわーいこわーい"魔女"って呼ばれてるらしいぜ」
私に声を荒げていたジュリエットを遮るように部屋へと顔を覗かせたのはメル。先ほどから盗み聞きをしていたのか、ニヤニヤとした笑みがより一層不気味だった。
「んでもって、魔女の馬は鬣犬の異名。だからあたしは鬣犬共って呼んでる」
「あぁクソ女? やけに詳しいじゃねぇか」
「クスクスッ、鉄くせぇ部屋に引きこもってるあんたとは違って、あたしはちっと探りを入れたんだ。この街のクソ共を鬣犬に変えるおべんちゃらがどんなもんか気になってなァ」
メルは知っている情報をペラペラと喋り続けながら私の顔を下から覗き込む。
「あんた、魔女の馬小屋を潰したいんだろ? あたしが手を貸してやろうか?」
「何が目的だ?」
「おいおいジョーカー様よォ。あんたと同じ目的に決まってんぜ。魔女の馬小屋を──この世から消し去るっていうな」
「嘘つくんじゃねぇよクソ女。どうせイカれ共から巻き上げた教団の金が目当てなんだろ?」
「クスクスッ、それは二の次だぜ」
囁きながら右腕を左肩まで回してくるメル。その表情は信用するに値しないもの。私は視線を逸らしながらしばし思考する。
「ジョーカー、悩むこたぁねぇだろ? あんたはクルースニク協会に入るため。あたしは目障りな鬣犬共が失せて、デカい金が入って、お互いにウィンウィンだ」
「……」
手を組むか否か。私が口を閉ざして黙り込んでいると、舌なめずりをしながら唇をこちらの耳元まで近づける。
「──異世界転生者」
「……!」
「あんたが側に置いてる色男。そうなんだろ?」
「お前は……」
「クスクスッ、あたしがご指導してやんぜぇ。この世界で異世界転生者としてどう生きていくかをな」
ジュリエットの耳に届かない小さな声で、確かに囁いた異世界転生者という名称。私が表情をやや険しくさせるとメルは耳元から顔を離す。
「……分かった。その誘いに乗る」
「さっすがはジョーカー様だ。話が分かる女だぜ」
私が了承すればメルは懐から葉巻を取り出して、ジュリエットに視線を向けた。
「契約成立……んじゃあジュリエット。この鴨共に例のアレを見せてやろうぜェ」
「はぁ!? 嫌に決まってんだろクソ女がッ!」
「と、申しておりますがジョーカー様ァ?」
期待の眼差しを送ってくるメルに私は溜息をつきながら、
「見せてもらおうか。例のアレとやらを」
「だとよジュリエットちゃ~ん? ご主人様には逆らえないでちゅね~」
「このッ、このッ……クソ女がぁあぁあぁーー!!」
そう要求すればメルとジュリエットの取っ組み合いが始まった。




