5:3『ジュリエット』
~本名:偽名~
アレクシア・バートリ:Joker
キリサメ・カイト:Gloomy
イアン・アルフォード:Knight
クレア・レイヴィンズ:Virgin
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メルに案内されたのは廃れた教会。
十字架の形状をした装飾はすべて真っ二つへし折られている。"罰当たり"という言葉が相応しい教会だった。
「ほぉら、ここがお望みのクルースニク協会だぜ」
「これ、教会と協会をかけてるのか?」
「おいおい色男。この街でつまんねぇシャレは聖書の次に流行らねぇぜ」
内部の礼拝堂の長椅子には埃が全体に被り、祭壇後方のステンドグラスは跡形もなく砕け散っている。もはや教会の皮を被っただけの廃墟だ。
「おー、Juliet。そこにあんたのロメオは落ちてないぜ?」
メルが声を掛けたのは祭壇の傍で屈んでいる金髪の子供。ジュリエットと呼び掛ければ、露骨に嫌そうな顔をしてメルを睨みつける。
「黙れクソ女。脳天ぶち抜かれたいのか?」
「そう興奮すんなクソガキ。お姉さんがあんたのロメオを拾ってきてやった」
「私は娼館のセールスを受けてない。特にお前のセールスはな」
「おしゃぶりじゃなくてお喋りだ、クソガキ」
メルと手慣れたやり取りを交わすと、ジュリエットは後方に控えていた私たちへ視線を移した。
「そんでそいつらは? お前のボーイフレンドとガールフレンドか?」
「バーカ、まだ一夜も過ごしてねぇよ」
ジュリエットの容姿から推察するに年齢はまだ十代前半の少女。手入れのされていない長い金髪に、緑色のレンズが付いたゴーグルを着けている。顔からするに間違いなく性別は女。だが十代前半とは思えないほど口が悪い。
「こいつらはこのクソみてぇな街へ来たばかりの新鮮な鴨。どういうワケか、クルースニク協会をご所望だったんで連れてきてやったんだ」
「へぇー、クルースニク協会に用がねぇ……?」
「この騎士様気取りがKnight。陰気くせぇのがGloomy。穢れてねぇ女がVirgin。んで、最後にJoker様だ」
「もぉ! その名前で呼ぶのはやめて!」
私たちを疑わしく思っているようでじーっと細目で睨んでくるジュリエット。メルはその様子を眺めながら、近くの長椅子へ勢いよく座り、両脚を開いて葉巻を口に咥える。
「お前ら、ここに何の用だ?」
「あー、俺たちは……この街で暮らしていくためには、ここへ顔を出した方がいいって聞いて──」
「はっ? それはあり得ない」
キリサメがどうにか理由をこじつけたが、ジュリエットは話を最後まで聞かずに即否定した。
「むしろここへ顔を出すのは命知らずだぜ。なんたってここにはヴィクトリア婆がいるからな」
「……ヴィクトリア?」
「あぁ、あんたらに言い忘れていたよ。Victoria・Wilkie。こいつァ、クルースニク協会を創設したクソババアだ」
「顔を出すべきではない理由は?」
メルは人差し指と中指に挟んだ葉巻を口から離すと、教会の天井を見上げながら煙を吐く。ジュリエットは煙たがるように片手で鼻をつまむと、私と視線を合わせた。
「クルースニクのクソ共はグローリアの犬共みたいに忠実じゃない。誰からも支配を受けねぇし、気に食わないヤツがいれば馬鹿力で叩き潰す」
「その気に食わねぇヤツ筆頭がヴィクトリアのクソババアだ。あのクソババアは支配者としてこの街ででけぇ顔をしてる。街の連中は馬糞みてぇに嫌ってるぜ」
「なるほど、下手に関わると私たちも巻き添えを食らうということか」
「クスクスッ、それがちげぇんだなァ名探偵様」
小馬鹿にするようにやれやれという素振りを見せるメル。私は眉を顰めるとジュリエットは話をこう続けた。
「ヴィクトリア婆はな──"一度も負けたことがない"んだよ」
「どういう意味だ?」
「クルースニク協会を設立されてから、支配が気に食わない獅子共はヴィクトリア婆を殺そうとした。けどその獅子共は全員、今頃あの世で悔いてるぜ」
あの世で悔いている。
獅子はヴィクトリアに全員殺された。その話に耳を傾けながら、私は床にこびり付いた真新しい血痕を見つめる。
「……最近、一波乱あったようだな」
「さっすがは名探偵様だ。前に四人の獅子共が手を組んで、この教会でドンパチ騒ぎしやがってな。どんなもんか、ちっと覗いてみたが……」
メルは葉巻を教会の床に捨てると火種ごと踏み潰し、
「あのクソババア──死体の山ァ眺めて笑ってたぜ。勝利の女神が微笑むかのようにな」
私たちへニヤリと不敵な笑みを浮かべた。キリサメたちは私の隣で息を呑む。
「話を聞く限り、ヴィクトリア・ウィルキーとやらは老体だろう。数人で殺しにかかっても返り討ちに遭うのは実力不足なだけだ」
「クスクスッ……クソババアに殺されたヤツァ、あんたと同じことを言って死んでった。信用ならねぇんなら、試してみたらどうだい?」
そんな挑発染みたメルの発言にジュリエットは何かを理解したようで「そうかそうか」と納得するように頷いた。
「さてはクソ女。ヴィクトリア婆にその鴨共を殺させようとここまで連れてきたな?」
「えっ? 殺させようって……」
「おいおいジュリエット様よ。あたしは鴨にネギ持って歩かせただけだぜ」
「お前、まさか俺たちを嵌めようと……!」
声を上げるイアンに対して、知らないフリをしながら口笛を吹き始めたメル。私は二人を他所にジュリエットの元まで歩み寄り、周囲を見渡した。
「そのヴィクリアとやらはどこにいる?」
「出掛けた。今日は女狐との面会日だ。数日は帰ってこない」
女狐との面会日。
十中八九、女狐はティア・トレヴァーの事を指している。狐の面を付けているのは世界中探し回ってもあの女しかいないだろう。
「んだよ、かったりぃーな。クソババアは女狐とデートか」
「おい! やっぱり俺たちを嵌めようとしてただろ!」
「あ? 鴨にネギ持たせて何が悪いんだァ?」
「二人とも、喧嘩は止めて……!」
お互いに睨み合うイアンとメル。
クレアは喧嘩を収めようと二人を宥め、キリサメは私と同様にジュリエットの側まで近づいてきた。
「お前ら、運だけは良かったな。もし面会日じゃなかったら、ここに来た時点でヴィクトリア婆の殺戮ショーが始まってたぜ」
「……あのさ、ジュリエットだったっけ? 少し聞きたいことがあるんだけど──」
「情報が欲しかったら対価を払え。私はただ働きしない」
ジュリエットは不満げな顔でキリサメから視線を他所へ逸らす。
「この街の人間は良心で動かない。私の場合はギブ・アンド・テイクだ」
「なら賭けをしよう」
「賭け?」
私はポケットから金貨を一枚だけ取り出し、裏表をジュリエットに見せつけた。昼の女神ヘメラが刻まれた面を表。十字架が刻まれた面を裏だ。
「コイントス、裏か表を当てるだけの簡単なゲームだ」
「……賭けの内容は?」
「もし私が勝った時は、"情報を嘘偽りなく私たちに献上する"。逆にお前が勝った時は──このクルースニクを一糸纏わぬ姿で徘徊してやる」
「なっ、ジョーカー! お前なに言ってんだよ!?」
キリサメが私の発言に驚くと言い争いをしていたメルたちが言葉を止め、こちらへと注目する。
「ほぉ、それ本気で言ってんのかよ?」
「冗談は言わん」
「ははっ! お前、負けたら裸でスラム街を歩きまわる痴女だぜ? その辺で野蛮な男たちに強姦されて、誰のかも知らねぇ赤子をお腹に孕んで……地獄を見るかもしれないぜ?」
容姿に似つかない非情な言葉をスラスラと述べ、目を見開きながら私に詰め寄ってくるジュリエット。私を見上げるその瞳は荒んでいる。
「……そうか」
「あっ? 何がおかしい?」
ジュリエットの顔を見下ろし思わず鼻で笑う。
並べられた非情な言葉は脅迫の材料に過ぎない。だが私からすれば脅迫の材料ではなく、実際に経験した悲惨な過去となる。
「お前がどんな地獄を見てきたかは知らん。だが私はお前よりも──」
脳内を駆け巡る様々な記憶。私はしばし目を閉じてそれらを思い返すと、
「──地獄を見てきたつもりだ」
「……!」
目を見開いてジュリエットを見下す。
アレクシアとしての心を殺し、過去の私であるHybrisとしての一面を無意識に覗かせてしまった。
「お前に与えられた選択は二つ。賭けに乗るか、私から逃げるか」
「あぁ? 退かなくてもいいのか?」
「私は退かないが、怖いのなら逃げてもいい。お前はまだ幼いだろう。賭けに乗れとは言わん。それにこの街の良さは、敵わない相手を前にした時──尻尾を巻いて逃げることができる"自由"だろう?」
軽く煽ってやればプツンと堪忍袋の緒が切れる音が聞こえ、ジュリエットは私を睨みつけながら、
「逃げるかよ鴨が。その賭け、受けて立ってやる」
提案した賭けを承諾してきた。私は金貨の裏表をジュリエットにもう一度見せつけ、右手の親指に乗せる。
「どちらが鴨になるだろうな」
そして真上に向かって勢いよく弾き飛ばした。宙で何度も高速で回転する金貨へ、私は二秒ほど視線を注目させ、
「表か裏か、どちらを選ぶ?」
落下してくる金貨を右手の甲で受け止める。表か裏かは見えないように左手で覆っていた。
「私は表だ」
「だったら私は……裏を選ぶ」
ジュリエットが選んだのは裏の面。周囲が静けさに包まれる中、私はゆっくりと左手を動かして右手の甲に乗った金貨を見せる。
「──表」
「……ッ!」
金貨の面は女神ヘメラが刻まれた表面。ジュリエットは金貨を奪い取り、細工されていないかを必死に確認し始めた。
「イ、イカサマだろうが! 今度は私に金貨を弾かせろ!」
「構わん。だがもしまた私が勝てば……『私たちへ口以外に手も貸す』という条件を吞んでもらう」
「いいぜ、やってやる!」
今度はジュリエットが左親指で金貨を弾き、左手の甲で受け止める。私に見られないよう、右手で左の甲を力強く押さえていた。
「表か裏、どっちにする?」
「そうだな。今度は私が裏にする」
「じゃあ私が表だ……!」
ゆっくりではなく一気に。退けられた右手の下にあった金貨の面は、
「う、裏……?」
十字架が刻まれた裏面。
ジュリエットは目を丸くして私の顔を見上げた。
「まだ遊び足りないか?」
「……くっそぉッ!!」
見下しながらそう嘲笑うとジュリエットは、悔しさと屈辱に満ちた顔で金貨を地面に叩きつける。
「おーおー、ご愁傷様だぜジュリエット」
「うるせぇぞクソ女!」
「負けちゃいまちたねぇ、ジュリエットちゃんー。お姉ちゃんの母乳でも吸いまちゅかー?」
「うるせぇって言ってんのが聞こえないのかッ!?」
ジュリエットは座りながら煽り続けるメルの胸倉を掴み上げた。私はそんな二人を他所に落ちていた金貨を拾う。
「……ジョーカー、どうやって当てたんだよ? なんか細工でもしてあったのか?」
隣に立っていたキリサメが小声で問いかけてきたため、私は握りしめていた金貨をキリサメに裏表を見せた。
「何の細工もしていない」
「はっ? じゃあさ、お前は運だけで今の賭けに勝って……?」
「いいや、実力と経験で運を引き寄せた」
「ん? それってどういうことだ?」
先ほどと同じように金貨を右親指で弾き、右の手の甲へ乗せる。キリサメはその様子をボケっとした様子で眺めていた。
「三十一回」
「へっ?」
「金貨の回転数だ」
「まさかだとは思うけど……コインの回転数、調整できるのか?」
「あぁ」
何十回目の人生だっただろうか。十年、二十年、三十年と投獄されていた時、ひたすらに独りでコイントスをしていた。そして何千回、何億回と繰り返しているうちに気が付けば、回転数を調整できるようになったのだ。
「でも待てよ。それならジュリエットが金貨を弾いたとき、どうして裏だって分かったんだ?」
「勘だ」
「勘かよっ……!」
二回目のコイントスを外したところで痛手にはならなかった。次に私が金貨を弾いてもう一度当てれば、こちらが優勢なのは変わりようがない。
「クソッ、クソッ、クソォッ!!」
「落ち着きな、ジュリエットちゃん。あぁ間違えた──鴨にカモられたジュリエットちゃーん」
「何だってクソ女ぁ!? あぁやってやるよ、私は"カチンと来たぜ"ッ! 二度と喋れないようにその顎かち割ってやる! 今すぐ表出ろぉッ!」
悔しさと屈辱をメルへぶつけるジュリエット。その傍らでイアンとクレアが苦笑交じりにこちらを見つめ、助けを求めていた。




