SideStory:霧雨海斗B◎
※これはシメナ海峡を渡る前のお話です。
召集命令を受けた三日後。俺は部屋でシャーロットから受け取ったスマートフォンを眺めながらベッドで横になっていた。
「……何で充電が切れないんだろ?」
シャーロットからはスマートフォンを渡されただけで、充電器らしきものは渡されていない。俺はてっきり充電が切れる度に研究室へ顔を出す必要があるのだろうと思い込んでいたが、全然充電が切れる様子がない。
「もしかして噂の永久機関ってやつなのか……? でも俺たちの世界ではそんなものは存在しないって学者に証明されてたような──」
「おい」
「うおっ!? 何だよ急に!?」
そんなことを考えていると急に部屋の扉が開いたため反射的に飛び起きた。そこに立っていたのは私服姿のアレクシア。
「何を驚いている? 気が向いたら顔を出すと言っただろう」
「そ、それはそうだけど。ていうか、鍵が閉めてあんのに何で入って来れ……まさかお前、フラクタルを使ったのか?」
「……どうだろうな」
細い蔓を隙間から忍ばせ、部屋の鍵を開けることぐらい簡単だ。アレクシアは平然としているが、多分俺の読みは当たってる。
「まぁいいけどさ。せめてノックぐらいしてくれよ?」
「……」
アレクシアは注意されると俺に背中を向けて扉を二度ノックした。
「……これでいいか?」
「ノックをするのは入る前な?! いいか、絶対にノックしろよ!?」
「何故だ?」
「え? それは、そのー……」
俺にだって一人の時間は欲しい。それこそ見られたくない時だってある。一番見られたくないのは"欲"を発散している時だ。向こうの世界でもこの世界でも、溜まるものは溜まってしまう。
「……お前がこの部屋で性欲を発散していようが私は気にしない」
「ちがッ、お前何言ってんだよ!? そういうのじゃなくて、俺にもプライバシーの一つぐらいあるって言いたいんだ──」
「何を焦っている? 私が気が付いていないとでも思ったのか?」
「気が付いていないって……何の話だよ?」
アレクシアはベッドの近くまで歩み寄ると枕元をじっと見つめる。
「その位置だろう」
「は?」
「お前が性欲を発散する定位置は──」
「だーっ!! ほんっとにデリカシーがないなお前は!?」
俺はその先を言わせまいと大声で叫ぶ。隣の部屋に住む生徒から「うるさい」と苦情を言われたらアレクシアのせいだ。俺のせいじゃない。
「デリカシーがないというよりお前が気にしすぎなだけだ。それともまだ私のことを女として見ているのか?」
「当たり前だろ! 容姿はどこからどう見ても女の子だからさぁ……!」
「……私への気遣いは必要ない。性欲を発散したければ私が本を読んでいる隣でしてくれてもいい」
「そんな馬鹿なことできるかっつーの!」
アレクシアは男や女の人生を両方歩んできたせいか、異性への意識が微塵も感じられない。根本から男性っぽい……というわけでもなく身嗜みは女性。男性と女性の長所をそれぞれ合理的に組み合わせたような性別だ。
「お前……」
「ん、何だよ?」
「今日は威勢がいいのは何故だ?」
「お前のせいだよ!」
無表情でベッドに腰を下ろし足を組むアレクシア。そして何かを求めるようにこちらへ右手を差し出してきた。
「読ませろ」
「あ、あぁ、分かったけどさ。ちょっと待ってくれ」
俺はスマホのアプリを起動し、事前に見せようと思っていた異世界モノの電子書籍を探す。その間にアレクシアは足を組み直すと欠伸をしていた。
「もしかして寝不足か?」
「……とある女が『派遣任務の為に荷造りを手伝ってほしい』と私に泣きついてきたせいで、深夜の三時まで床に就けなかった」
「へぇー、迷惑なやつもいるんだな」
「頭の中に庭園を築き上げた……チーズパンをよく口にする女だ」
「アリスかよ……!」
そういやアレクシアの隣の部屋がアリスで、そのまた隣の部屋がアビゲイルだった。あのド天然のアリスが隣部屋なのは流石に同情してしまう。
「……あった! この異世界モノとかどうだ?」
「何だこの"青色のゲル状"は?」
「それは"スライム"っていう魔物でさ。この異世界モノはそのスライムっていう魔物に故郷を襲われた主人公が冒険する物語」
「……スライム?」
俺はアレクシアにスマホを渡して表紙を見せる。一番最初のページは『鎧を着た男が剣を握りしめた挿絵』と『呪文使いのヒロインが杖を掲げる挿絵』だ。この異世界モノはこの二人が主人公格として物語が進んでいく。
「まぁ読んでみれば分かると思うぜ。この異世界モノはスライムの性質とか特徴とか細かく作られているからさ」
そう促してみればアレクシアは淡々と読み始めた。物語の始まりは、新米の冒険者として呪文使いのヒロインが、新米の剣士や格闘家たちと共に『スライム狩り』へ向かうことがすべてのきっかけ。
「スライムとやらは弱いのか?」
「んー……ネタバレになるから言えないな」
「……ネタバレ?」
「先の展開を教えてしまう……みたいな意味だぜ」
スライムは一般的に雑魚モンスター的なポジション。だからこの世界でも新米の冒険者たちが腕試しに『スライム狩り』をしようとする。ゲームなら難なく倒すことができるが、この異世界モノはそういうわけにはいかない。
「……二人殺されたぞ」
「その異世界モノは雑魚として代名詞のスライムに殺されるんだよ。初めて読んだときはマジかって声が出たなぁ」
そう、新米の冒険者たちはスライムに殺されてしまう。冒険者に優しくない世界。俺はこの衝撃的な展開に心を打たれ、次巻も買おうと決意したぐらいだ。
「なるほど。この男がスライムを殺すのか」
「そうそう。その主人公がけっこー変わっててさ。冒険者として階級が上位なのに、受ける依頼はスライムに関するものばっか受けてるんだよ」
「それはスライムに執念を燃やしているからだろう」
「おっ、段々物語の趣旨を理解してきたな!」
絶望的な状況下で呪文使いのヒロインを助け出したのは男の主人公。スライムに強い執念と復讐心を抱き、自前の装備や豊富な知識でスライムたちをあっという間に片付けてしまう。
「ここから本編が始まるのか」
「あー……もし好みじゃなかったら他のでもいいけど……」
「いや、変える必要はない」
お気に召したのか、それとも本に好みなんてないのか。俺にそう即答したアレクシアはスマホをじっと見つめながら黙読を始める。
(こっから冒険が始まるんだよなぁ……)
スライムに対する復讐心と執念。その二つを原動にしていた主人公が、後に加わる異種族の三人と助け出したヒロインの呪文使い。この四人と共に冒険をし、原動自体が変わっていく。
(……眠いな)
ベッドの上で横になる。早起きしたせいで眠気に誘われ、俺は瞼を段々閉じていく。読み終わったらアレクシアが俺を強引に起こすだろう。スマホをスライドする音を耳にしながら深い眠りに落ちていく。
『思い出して、思い出して……』
(……誰だ、この声?)
『思い出して。あなたが何の為に生まれてきたのか』
脳内響く女性の声、アレクシアではない。かといって聞き覚えのある声でもない。でもどこか懐かしさを感じる声。俺は自然と女性の声へ耳を傾けた。
『あなたが何をすべきなのか。あなたが何を志すべきなのか』
(それは、どういう……?)
『あなたが導くべきは誰なのか。あなたが見てきたものは何だったのか』
(何を言ってるんだよ? 存在とか、導くとか……わけが分からない)
少しずつ声が遠のいていく。俺は言葉の意味を何一つ理解できない。
『あなたの命は──この世界の為にあるのです』
最後にそれだけ言い残すと女性の声はピタリと止んだ。
(今のは、何だったんだ……?)
奇妙な夢を見たせいで目が覚め、ゆっくりと瞼を開く。視界がぼやけてるせいで、目の前に青色の何かが映り込むがハッキリと見えない。
「……スライム?」
青色だからスライムのように見える。寝ぼけているせいでそんな言葉をぽつりと呟いてしまった。だが視界が良好になればなるほど、その青いスライムは人の顔へと変わり始めると、
「──は?」
アレクシアの寝顔がすぐ目前にあった。こちらを向いてスヤスヤと寝息を立てている。右手にはスマホが握られており、俺の世界で俗に言う"寝落ち"をしたらしい。俺はアレクシアと分かっていても、女の子の顔が目の前にあることで慌てて飛び起きる。
(アレクシアはあんなこと言ってたけど……どこからどう見ても普通の女の子なんだよな)
つい最近まで食屍鬼や吸血鬼を殺し回り、眷属と血みどろの死闘を繰り広げていた。口を開けば厳しい現実を突き付け、合理的な考えを述べる。そんなアレクシアでも歳相応の安らかな寝顔を見せてしまうらしい。
(アレクシアにとっての幸せって何だろ……?)
俺はふとそんなことを考えた。アレクシアがよく口に出すのは『吸血鬼を死滅させるまで私は死なない』という言葉。その言葉の裏を汲み取れば吸血鬼を死滅させた後、アレクシアは死んでもいいと考えるのだろうか。
(死んで、転生して、吸血鬼を倒しても……また死んで、また転生して、また吸血鬼を倒して……それって本当はすげぇ辛いはずだよな)
アレクシアは人生を謳歌していない。いや、もしかしたらもう謳歌できないのか。本人が気づいていないだけで、それほどまでに心がおかしくなっているのかも。
「なぁアレクシア……お前にとっての幸せって何なんだ?」
「……」
「お前はさ、同じ人生を繰り返して……辛くないのか?」
「……」
随分と深い眠りについているようでアレクシアは何も答えなかった。ただスヤスヤと寝息を立てるのみ。
「まぁ、お前はいつも本心を隠し通すよな──」
「"──"」
「えっ?」
「……」
寝言なのか不意に呟いたアレクシアの一言。俺はその一言を耳にしたことで思考が停止してしまう。
「……私は寝ていたのか」
呆然としていた俺を他所に目を覚まし、すっと起き上がるアレクシア。俺の顔をいつもの無表情で見つめると細目になる。
「何だその顔は?」
「え? いや、別に何でもないけど……さっきから起きてたよな?」
「何を言っている? 今起きたばかりだろう」
「そ、そっか! おはようアレクシア!」
「……?」
アレクシアは俺の気が狂ったとでも思ったのか、こちらへ懐疑な視線を送る。さっきの不意に呟いた一言は本当に寝言だったらしい。
「そ、そういや、どうだったその異世界モノの本は?」
「……面白かったな」
「だろ? どこか気に入ったシーンとかあったか?」
「不死身とされる巨大なスライムに自らを炎上させて剣を突き刺す場面だ。自らの命を懸けてまで、スライムを始末しようとする執念を強く感じさせたな」
「あー、あそこか! 俺も好きだぜあのシーン!」
俺はアレクシアからスマホを受け取りながら共感する。主人公の執念を感じさせる戦闘シーン。アニメ版も大盛り上がりのシーンだった。
「俺がこの異世界モノを選んだのはさ、主人公がアレクシアに若干似ているからなんだ」
「……似ているだと?」
「アレクシアって吸血鬼に執念深いだろ? その主人公はスライムに執念深いし、どこか通ずるものを感じてさ。おまけに愛想がないところとか、普段のお前にそっくりじゃないか?」
「知らん」
「ほら、そういうとこ!」
愛想がない反応をすると俺は間髪入れずに声を上げる。アレクシアはそんな俺に対して呆れながら溜息をついた。
「……だが私はその男とは違う。吸血鬼に故郷を奪われたわけでも、家族を殺され復讐心を抱いているわけでもない」
床にある靴を履き直すとアレクシアはゆっくりとベッドから立ち上がる。俺はふと先ほど抱いた疑問を思い出し、意を決して尋ねることにした。
「なぁアレクシア」
「何だ?」
「いつも『吸血鬼共を死滅させるまで私は死なない』って言ってただろ? ていうことは……吸血鬼がこの世界から消えたら、死んでもいいって考えてるのか?」
俺から尋ねられたアレクシアは背を向けたまま部屋の天井を見上げる。答えようか答えないか。アレクシアの背中にはそんな迷いが見えた。
「もし私が"そうだ"と答えたら?」
「俺はさ、アレクシアに"幸せを見つけて生きてほしい"って言うよ」
「……私は人の言葉で意志を変えん」
俺にそう吐き捨て、部屋を出て行こうとするアレクシア。俺はその後ろ姿を見つめ、険しい表情を浮かべた。
「そんなつまらんことを何故聞いた?」
「ええっと、何となく?」
「おかしな男だ」
俺が誤魔化すように答えれば、アレクシアは部屋の扉に手を掛ける。
「……また気が向いたら顔を出す」
「あぁ、今度はちゃんとノックしてくれ──って、最後まで聞けよ……」
俺の忠告を聞き終える前にアレクシアは俺の部屋から去っていく。頬を引き攣りながらスマホをベッドの上へ置くと、先ほどまでアレクシアが寝ていた場所を見つめる。
(……俺の聞き間違いじゃなければ、アレクシアは寝言でこう言っていた──)
その場所に手を置いてみるが温もりは感じない。まるで誰もいなかったかのように、
(──"苦しい"って)
冷たさが、残るのみだった。
SideStory : Kaito Kirisame B_END




