SideStory:ティア・トレヴァー
※この物語は四ノ戒ティア・トレヴァー視点のものです。
彼女はティア・トレヴァー。十戒では四ノ戒、T機関では主導者として務める有力者であり、十六歳にしてアーネット家の管轄下であるリンカーネーションの制度に改革をもたらした人物。
「お願いします……! どうか解雇だけは……!!」
しかし裏では『嫌われ者の狐女』や『嫌われ者のティア・トレヴァー』という蔑称で呼ばれていた。そう呼ばれるのは彼女が冷酷無惨かつ薄情であるため。
「一ヶ月前。私は無能な貴方にたった一度の機会を与えました。T機関へ貢献できる派遣任務をいくつか選ばせ、名誉を挽回させる機会を」
「は、はい……だ、だから俺は必死に努力して──」
「努力して。貴方は今、努力して……と言ったのですか?」
「は、はい……い、言いました……」
派遣任務の報告書を投げ捨てるようにして机に置くと、T機関に所属する男性の顔を椅子に座りながら狐の面越しに見上げる。
「それは『機会を貰うまで努力していなかった』……ということですか?」
「ち、違います! 俺はいつも努力を……!」
「努力をするのは当たり前のことです。つまり貴方の中では努力をするのは当然ではなかった。この考え方を持たない人材は大して成果も出せない無能ばかりです」
「で、でも俺は派遣任務を器用にこなしました! それこそティアさんの期待に応えて──」
必死に訴えかける男性を黙らせるように彼女は椅子から立ちあがる。そしてゆっくりと男性の横へと歩み寄り、狐の面越しに冷めた眼差しを送った。
「いいえ、"期待外れ"でした」
「……えっ?」
「食屍鬼の始末、遭難した民間人の救助、商人の護衛。これらの派遣任務を与えた結果、貴方はどれも被害なしでこなすことは出来ませんでした」
「そ、それは……」
「私が千載一遇の好機会を与えてもこの有様。貴方のような無能な人材はT機関に必要ありません」
彼女は男性の制服の胸元に飾られた銅の十字架を引き千切ると、
「おめでとうございます。今この瞬間から貴方は無所属です」
T機関から解雇された男性は絶望した顔で膝から崩れ落ちた。彼女はそんな男性に見向きもせず、部屋から出て行こうとする。
「ど、どうして……俺は努力をしたのに……」
「報われない努力はありますが無駄となる努力はありません。ですが今回は──貴方の努力は報われませんでした」
そう吐き捨てると部屋を後にした、嫌われ者のティア・トレヴァー。彼女が嫌われる由縁は冷酷無惨かつ薄情な性格で、多くの人間を無所属へ追いやり、絶望の底へ叩き落してきたから。
(……やはり、機関全体の水準が落ちていますね)
十六歳にして起こした改革は『無所属の者への支給金をゼロ』にし『アカデミーの試験に十八歳未満』という年齢制限を設けるというものだ。この改革には反発が多く、彼女が嫌われ者と呼ばれる由縁にも関係する。
「……ティア?」
「フローラにジーノ……。珍しい組み合わせですが、こんな場所で一体何を?」
ティアがT機関本部から表へ顔を出せば、信仰心ヘメラの石像が建てられた噴水の前で、五ノ戒フローラ・アベルと七ノ戒ジーノ・パーキンスが会話をしていた。フローラはすぐさま彼女に気が付くと視線を送る。
「僕はフローラさんから妹さんのことについて相談を受けていただけだよ」
「妹ですか」
「はい、私はお姉ちゃんとして妹に寄り添えていないようで……あぁ身近な妹のことも理解してあげられないなんて、私はやっぱり駄目なお姉ちゃんなんで──ごぼぼッ」
「ちょっ、何でそんなことをしてるの……!?」
噴水の囲いへ両手を突き、水辺へ頭を突っ込むフローラ。予想だにしていない行動を起こされたジーノは慌ててフローラの両肩に手を置いて引き上げる。
「人の心を読める貴方ですらフローラの行動は読めないんですね」
「……うん、フローラさんはソニアさんみたいに個性的だと思うよ」
「あぁ、個性的な私はやっぱりお姉ちゃん失格──ごぼぼぼッ」
「ううん、失格じゃないって! 個性的って素敵なことだと思うからまずは顔を上げよっか!」
再び頭部を水辺へ沈めるフローラを引き上げようとするジーノ。二人の掛け合いに対して彼女は狐の面越しで小さな溜息をつく。
「ティアさんは大丈夫?」
「大丈夫とは?」
「妹さんとの関係だよ。サラ・トレヴァーさんはドレイク家の派遣任務で大変な目に遭ったでしょ? きちんと気に掛けてあげてるかなって」
ジーノにそう尋ねられた彼女はしばらく考える素振りを見せる。思い出したのはサラがアカデミーにて座学を受けた後、女子寮へ帰還するところに彼女が声を掛けた記憶。
『サラ、派遣任務は散々だったようですね』
『……何よ、心配でもしてくれるの?』
『いえ、トレヴァー家としてその程度の派遣任務を乗り越えられないのはどうかと。負傷してしまう生半可な実力で、貴方をT機関に迎え入れるつもりはありませんよ』
『は、はぁ!? そんな言い方しなくてもいいじゃない!? それにお姉ちゃんも眷属を相手にしたら怪我の一つぐらい絶対に負うわよ!!』
彼女は顔を上げるとジーノと視線を合わせ、肯定するようにゆっくりと頷く。
「……声は掛けました」
「んっと、気に掛けたかどうかを聞いたんだけど……?」
「私とサラの関係に問題はありません。貴方は私の心配よりもフローラの心配を」
「うん、そっか……それならいいんだ」
「では私は用事があるのでこれで。フローラのことは任せましたよ」
ジーノとフローラの二人を噴水前に残し、アカデミーの研究室へと足早に向かう。彼女はシメナ海峡を渡るために必要な生徒たちへ召集を掛けていたのだ。
「……ふむ、今日は天気が良い。町で散歩でもしていたのかね」
「シャーロット、研究室へ到着したのは約束時刻の五分前です。何か不満でも?」
「十分前には必ず集まるであろう君が五分前に来たのだよ。遅れた理由に少し興味が湧いてね」
「ジーノやフローラと偶然会って話をしただけですよ」
鉄の机に置かれたディスラプターα。彼女はそれを手に取りまじまじと弾倉や引き金を触って確かめた。
「どうかね? 零式から進化を遂げたディスラプターαは」
「……あまり良い進化だとは感じませんね」
「ほう、その心は?」
「零式よりも資源と予算を浪費するからです。すべての機関へ支給するとなれば本来の二倍……いえ、三倍の資源と予算が必要となります。全体の人件費を削るか、資源と予算を見直し、せめて二倍へと抑えるか。どちらかを考えなければなりません」
ディスラプターαを元の机に置くと今度は視線を研究室の隅へと向ける。そこに置かれていたのは銀の杭が入ったホルスターと銀の腕輪。開発が進められている武装なのか『試験中』という貼り紙がされていた。
「あれも新たな武装ですか?」
「そうだとも。まだ表に出せるほど進んではいないがね」
「剣でも銃でもないようですが……一体何を?」
「ふっふっふ、それはいずれ分かるとも。あの武装が完成したとき、リンカーネーションは偉大なる進化を遂げると約束しようじゃないか。それこそ君たちT機関にとっても喜ばしい武装が提供されて──どこに行くのだねティア君?!」
「一足先に訓練場へ向かいます。貴方は生徒たちを連れてきてください」
自信に満ち溢れたシャーロットをしばらく眺めた彼女は、最後まで話を聞くのを止め、ディスラプターαを握りしめて研究室を後にした。そして訓練場で一時間ほど待機し、彼女は召集命令を告げたアレクシアたちと出会う。
「そうだとも。この銃はディスラプター零式から進化を遂げた──Disruptor αだ」
任務の詳細を説明した後、シャーロットがディスラプターαを紹介する。食いついたのはクリス、アレクシア、ナタリアの三人。しかしキリサメだけは彼女の側まで歩み寄ってきた。
「私に何か?」
「聞きたいことがあります」
「手短に用件を」
「あの……ティアさんは、"異世界転生者"ですよね?」
「……何の話ですか?」
彼女はシャーロットを見つめながらキリサメへそう言葉を返す。すると彼は真剣な眼差しを一瞬だけ送り、ディスラプターαを試用しているアレクシアを見つめた。
「異世界転生者だと思った根拠はその狐のお面や和服だけじゃないんです。俺の名前をカイト・キリサメじゃなくてキリサメ・カイトって呼んでるのも"日本"に住んでいたからで……」
「……」
「あのディスラプターαはオートマチック銃。俺たちの世界では主流だった銃の種類です。アレクシアたちは"初めて見た"からああいう反応をしたのに、ティアさんは俺と同じように大して反応しませんでした。反応しなかったのは俺と同じ世界に住んでいたからじゃないんですか?」
長々と異世界転生者として推察した根拠を述べるキリサメ。彼女はその隣で話を聞き終えると、狐の面をキリサメの方へゆっくりと向けた。
「異世界転生者。そう呼んでいる時点で貴方は無知です」
「無知って、どういう……?」
「貴方はこの世界について何も知らないということです。無知な者ほど異世界転生者という名称を使います」
「じゃあ、ティアさんは何て呼んでるんですか?」
キリサメの問いに対して彼女は何も答えず、狐の面を再びシャーロットの方へ向ける。対してキリサメは淡々と試し撃ちをしているアレクシアに視線を移す。
「……スパイとしてクルースニク協会へ潜入するという任務。本来であれば貴方は人員として選ばれていません」
「えっ、だったら何で……?」
「私が貴方を推薦したからです」
「推薦? 何で俺なんかを……?」
彼女は少しの間だけ脳内で言葉を探すように沈黙していたが、鳴り響いていたディスラプターαの銃声が止めば、キリサメにこう語る。
「貴方はロストベアへ訪れるべきだと判断したからです」
「……ロストベアに何があるんですか?」
「言えません。ですがロストベアへ訪れ、真実を知った時──貴方は己がどれだけ無知だったのかが分かりますよ」
彼女はそう語り終えると、話が終わったであろうシャーロットたちの元まで向かった。
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辿り着いた迷現の狭間。アレクシアたちがスキュラの元へ船を進ませ、彼女はカリブディスの元へ小舟を進ませていた。
「……広いですね」
吸い込まれるように小舟がゆっくりと前進すれば、その先に広がるのは巨大な空洞。彼女は辺りを見渡しつつも数メートル先の海上をじっと眺める。
(何か来る……)
海底から一度耳にしたことのある低音が鳴り響く。そして進行方向に巨大な渦潮が発生し、小舟は瞬く間に誘われ、渦潮の周囲をぐるぐると回り始めた。彼女は一切動じず、渦潮の発生源である中央の箇所を観察する。
「やはりこの渦潮は"カリブディス"が引き起こしていましたか」
中央には巨大な口を開きながら海上へ触手を漂わせるカリブディス。周囲の海水ごとティアを呑み込もうと渦潮の吸引力を更に向上させた。
「カリブディス……」
彼女は巨大な口のすぐ側まで小舟が引き寄せられても尚、何食わぬ顔で静かに観察を続ける。しかしカリブディスには思考する脳などはないため、そのまま巨大な口で小舟を粉々に破壊しながらティアを喰らった。
「"文章"や"挿絵"のおかげである程度の知識はありましたが……」
が、ティアは寸前で真上に飛び上がると天井の鍾乳石を右手で掴み、カリブディスに吞み込まれないよう回避する。
「グォオォオォオォオォ……ッ」
「"事実は小説よりも奇なり"という言葉通りですね」
真下で大口を開いていたカリブディスは吸い込んだ海水を吐き出しながら、大木のように太い触手をティアを取り囲むようにして天井へ何本か突き刺した。
(狙うべき箇所はあの口の周りについた赤い眼)
そしてそのまま天井を引き剥がし海へ叩き落そうとしたが、ティアは自らカリブディスの巨大な口へと自然落下を始める。
(数は五つのはずですが、九つもありますね)
「グッオォオォオォオォッ!!」
(向こう側もこちらの存在を認知している……ということですか)
カリブディスの赤い眼球は五つではなく、実際に付いている赤い眼球の数は九つ。ティアは一瞬だけ呼吸を止めてから、向かってくる一本の触手を半身で回避すると、流れるように触手の上へ着地をし、九十度の角度で真下へ走り出す。
(九つの眼。どれかが生命力を最も蓄えた心臓を経由している。あの本ではその眼を潰し続け、カリブディスを殺していましたが……)
巨大な口まである程度接近すれば左手を鞘へと添え、最も近い距離の眼球へと標的を定めながら、
(設定通りに経由しているかが怪しいですね)
目にも止まらぬ速さで目前まで迫ると抜刀し、赤い眼球を真っ二つに斬り裂いた。しかしカリブディスは悲鳴も上げず、海底から低音を鳴り響かせるのみ。
(……外れですか)
ティアはカリブディスの巨大な口の上を何度も飛び移りながら、触手の薙ぎ払いを器用に回避しつつ、赤い眼球を次々と斬り裂いていく。
(最後の一つ。あれを潰しても効果がなければ、対策されているのでしょう)
残された最後の赤い眼球。ティアは近くの触手を強く蹴ると、その反動を利用して真っ直ぐ眼球の元まで向かう。上空から触手が振り下ろされるが、身体を小さく丸めて寸前でかわした。
「これで──どうですか?」
そして最後の眼球まで辿り着くと一度大きく斬り裂き、間髪入れずに刀身を深々と突き刺す。
「グオッ、グオォオォオォオォッ!!」
「……なるほど」
だがカリブディスは狼狽えない。それどころか鬱陶しい動きに苛立ったのか、海中へ頭部を徐々に沈ませ、
「やはりこの世界は一筋縄ではいかないことばかりですね」
巨大な空洞の水位を上昇させていく。ティアは海水に満たされてしまうであろう迫りくる天井をしばらく見上げ、顔に着けていた狐の面を外した。
「仕方ありません。本来であれば眷属相手に見せるのは不用意ですが……」
外した狐の面を懐に仕舞うと、ティアは自身の胸元に飾られた煙水晶の十字架を左手で握りしめる。
「眷属相手に通じるのか──試す価値はありますね」
周囲に吹き荒れる風。和服を纏った全身に灯る褐色の光。ティアは右手に握りしめた剣を鞘へ一度納めるとその場を大きく飛び上がり、
「"我が主ヘメラよ。我らは汝へ栄光を捧げ、汝より救いを授かりし者。我らが栄光を阻むは罪。我らへ汝の"加護"を与え給えば、我らが栄光なき罪人へ神撃を与え給おう"──」
宙を華麗に回転しながら落下する勢いで回し蹴りをカリブディスへ放ち、
「四ノ戒──閃ノ加護」
上昇していた水位と共にカリブディスの頭部を海の底まで沈めてしまった。空気中に伝わる衝撃波とカリブディスの巨体の震動によって、周囲の岩壁が崩れ落ち、海水が飛沫を上げる。
「グッオォオォオォオォオォ……ッ!!!」
ティアは追撃を加えるためにカリブディスの前頭部まで風を切りながら移動し、
「その眼が心臓へ経由していないのであれば──」
回転しながら遠心力で勢いをつけ、
「──直接心臓を潰せばいいだけです」
「グオォオォオォォオォ……ッ!?」
カリブディスの前頭部を右脚を蹴り上げると、頭部が天井を突き破りながら埋もれることで、海中に沈んでいた巨大な胴体が露になる。
「ググッオォオォオォォオッ!!」
「故郷には帰れませんよ」
大木のような触手を暴れさせたカリブディスは海中へ戻ろうと試みるが、ティアはそんな隙を与えることなく、何度も空中を移動しながら巨大な胴体を上へ上へと蹴り上げる。
「……さて、ここからが本番ですね」
頭部を天井に埋め込まれたことでジタバタと暴れ回ることしかできないカリブディス。ティアは目を細めながらじっくりと観察をし、妙に凹凸している部分に標的を定める。
「あの場所が心臓の位置……」
閃ノ加護。
ティアがヘメラより与えられた加護の名称。効果はティアの"脚力"を最大限まで強化するというもの。宙を自由に移動できるのも加護の力により"空気を蹴る"ことが可能なため。
「迷現の狭間を崩壊させる可能性もありますが……」
しかし加護とは本来であれば"神の力"。どんな人間であろうと神から与えられた力は持て余す。よってその力を上手く扱えなければ──
「その時はその時です」
──加護は常識を超えた破壊を招くことになる。
「グッガォオォオォオォオォォォォーーッ!?!!」
力の加減をせずに蹴り上げれば、破裂するようにして血飛沫と肉塊が飛び散り、カリブディスの胴体は破裂してしまう。悲痛な鳴き声と衝撃音によって空気がビリビリと震えた。
「見つけました」
再生していくカリブディスの胴体。飛び散る肉塊を一つ一つ見て確かめる最中、ドクドクと鼓動を打ち鳴らす大きな心臓を見つけ、ティアは空気を蹴って、
「まずは一回目」
「グッギャォオォオォオォオォーーッ!?!」
抜刀して真っ二つに斬り捨てた。カリブディスは一段と大きな鳴き声を上げる。
「……後は流れ作業ですね」
その後、休む暇もなくカリブディスの胴体を蹴り上げ、心臓を斬り捨てを繰り返し続けた。十分、三十分、一時間……経過していく時間の最中で、ティアは疲弊する様子を見せない。
「流石に無理がありましたか」
殺した回数で表すならば丁度百回目。ティアが振るっていた煙水晶で飾られた剣の刀身が折れてしまう。それでも未だにカリブディスは再生を続けていた。
「足元が汚れますが……やむを得ません」
ただひたすらに蹴り上げ、蹴り飛ばし、心臓を蹴り潰す。カリブディスは抵抗することもできず、再生を続けるのみだった。
「グッォオォオ……ッ」
殺した回数、ついに百八十二回目へ到達した……その瞬間、カリブディスの肉体は再生せず、そのままドロドロの肉塊として溶け始める。
「……やっと息の根を止められましたか」
ティアは海上へと降り立ち、海の底へ沈んでいくカリブディスを見つめ、
「加護ありの戦いであれば私も前線を張れると思いましたが……やはりヘレンやソニアに比べれば私もまだ力不足ですね」
ため息交じりにそう呟けば、迷現の狭間は大きく揺らぎ始める。ティアは直感で崩壊するのだろうと察し、海上を蹴って一直線で出口へと向かう。
「……?」
崩壊するまで余裕がない。ティアは真っ直ぐ出口を見つめ、海上を全速力で駆け抜けていると視界の隅にとある光景が映り込む。
(あれは……)
銃を握りしめ頭部から血を流すキリサメ・カイト。四肢を千切られたナタリア・レインズ。下半身と上半身が切断されたクリス・オリヴァー。巨大な烏賊に取り込まれたアレクシア・バートリ。
「キャハハッ、ザーコ、ザーコッ! 脳みそミジンコ以下のくせに歯向かうからこうなるんだよぉー?」
(あの少女は一体……?)
そして白髪と橙色の髪が入り混じった髪色。骸骨のゴム止めで一つ結びにした長髪。両肩を曝け出した黒色のワンピース。少女がその光景を眺めていると、
「──ねぇ、助けなくてもいいの?」
ティアの方を振り向き、ニヤニヤとした笑みを向けた。
(……いえ、今はこの迷現の狭間を抜けることが先決。それにあの状態では助けたところで手遅れです)
少女の問いかけを無視しながら視線を逸らすと、そのまま出口へと駆け抜ける。迷現の狭間を抜けたティアを照らすのは太陽の光。
「向こう側の通路から船が出てきた……あれはジョンたちですね」
ティアの反対側で海上に漂うのは古い船。懐に仕舞っていた狐の面を取り出し顔に着けると、ティアは海上から飛び上がり帆柱へ静かに着地をし、加護を解いた。
「……そういや、キツネのねーちゃんはどこに──」
「私はここですよ」
彼女は船に乗っていたクリスたちといざこざを起こし、船員室のベッドへ一人で横になる。脳裏に浮かんだのは"あの少女"。
「私はこの目で彼らの死体を見たはずが、実際には生きていた……。ならばあの光景は幻だった……それともあの少女が私を誘おうと……?」
しかしあの少女と視線が合った瞬間、ティアは何か共通するものを感じ取っていた。他人ではない、どこか捨てきれない親近感。
「まさかとは思いますが……」
とある仮説が浮かび、ティアは表情を険しくさせていく。
「あの少女がトレヴァー家の始祖、いえ原罪の──リリアン・トレヴァー」
込み上げるのは復讐心と怒り。
彼女は顔に着けていた狐の面を強く握りしめた。
SideStory : Tear Trevor_END




