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ЯeinCarnation  作者: 小桜 丸
4章:シメナ海峡

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4:25『ロストベア』◎

 無事に迷現の狭間を脱出できたことで右後ろに立っていたキリサメはその場に尻餅をつく。不安を煽るような地響きはもう聞こえない。どうやら危機的状況を何とか切り抜けられたらしい。

 

「はいはい、わくわくするような大冒険でしたねぇ!」

「こんなだりぃことになるなら、もう船に乗るのはこりごりだ……」


 興奮を抑えきれないナタリアと甲板の上で仰向けに倒れるクリス。私は顔を押さえていた左手を下ろすと、仮面と共に控えていた女の頭部が消滅した。


(……左手で仮面を押さえる必要があるのか)


 試しに右手で顔の右半分を押さえるが仮面は現れない。どうやらこの力を発動したり維持するには『左手で顔の左半分を押さえる』必要があるようだ。私は懐に仕舞っておいた黒色の眼帯を左目に付ける。


「おい見てみろよ! あの霧も洞窟も、ぜーんぶ消えちまったぞ!」


 後方にあるはずの迷現の狭間、周囲を覆っていた迷宮の霧。それらは跡形もなく消えてしまった。海岸線に映るのは出発地点のロザリアと目的地であるロストベアの大陸のみだ。


「……そういや、キツネのねーちゃんはどこに──」

「私はここですよ」


 辺りを見渡していたジョンに答えたのは、帆柱の頂上でロストベアの大陸を一望するティア・トレヴァー。


「お前さん、いつの間にこの船へ……?」

「この船が迷現の狭間を抜けたときに飛び乗りました」

「おやおや、おかしいですねぇ? 飛び乗るとしてもそれなりに距離があると思うんですが──」

「それよりも」


 ナタリアの言葉を遮りながらティアは甲板の上まで飛び降りてくると、私とキリサメの側まで近づいてきた。


「アレクシア・バートリ、キリサメ・カイト。あの鞄は貴方たちのものですか?」

「あっ、俺とアレクシアの鞄……!」


 ティアが視線を向けたのは帆柱の隣に置かれた手提げ鞄。私とキリサメがロストベアへ赴くために持ってきた荷物だ。


「海に落ちていたので拾っておきました」

「あ、ありがとうございます……」

「ではロストベアまで向かいましょう。ジョン、到着までに必要な時間は?」

「いい風が吹き始めてる! ざっと一時間ぐらいでロストベアに到着するぜ!」


 ジョニーは返答すると帆の向きを変えるためのロープを船内の保管庫まで取りに行く。ティアはその後ろ姿を見つめると、私たちの方へ振り向いた。


「……各自、到着まで自由行動にしましょう」


 ティアはスキュラを倒した私たちへ「よくやった」の一言すらもない。迷現の狭間を軽い出来事で済ましている。まるで乗り越えて当然かのような振る舞い方。


「……お前さん、俺たちに謝罪の言葉もないのか?」

「謝罪ですか?」

「こんなことになったのはお前さんが強引に出航させたからだ。それに俺たちはあの怪物を相手にしたせいで死にかけた。賞賛の言葉も謝罪の言葉もないんじゃ、納得いかないぞ」


 不信感を抱いたクリスが長々と言及すると、ティアは立ち止まったまま私たちを一瞥する。


「……そうですね、謝罪しておきましょうか」 

「そりゃあそうだろ。俺たちをこんなだりぃことに巻き込んで──」

「謝罪します。私が"貴方たちに期待し過ぎた"と」

「……何だって?」


 その言葉にクリスは表情を険しくさせる。ティアは冷めた視線を私たち一人一人に送りながらゆっくりとこう吐き捨てた。


「聞こえませんでしたか? では言い方を変えましょう。私は"期待外れ"と述べたのです」

「……お前さん、その発言の意味を分かってるのか?」

「ええ、貴方たちは私の想像以上に"無能"でしたから。生き残ったのはジョンと貴方たちのみ。他の船員を誰一人として助けられなかった。リンカーネーションとして恥ずべき状況下で、貴方たちは何故慢心しているのですか? 命を懸けて弱き人間を守り通せない貴方たちに、何故私が賞賛すると思って──」

「だりぃことをそれ以上口走るな……!」

 

 流暢に酷評を続けるティアに対して、頭に血が上ったクリスは左拳を震わせながら、早足で詰め寄れば、


「……っ!」


 ティアは向かってくるクリスを帆柱に左手で押さえつけ、


「クリス……!」


 ホルスターから煙水晶で作られた茶色の杭を右手で引き抜き、クリスの顔の横へと突き刺した。


「貴方たちの実の姉であるエレナ・オリヴァーやソニア・レインズ。あの二人なら船員たちを守り通していました」

「ちッ、"姉さん"の話は無しだろうが……!」

「名家の血筋を継いでいるとはいえ、この程度の事態を乗り越えるのに苦戦するのでは先が思いやられますね」


 ティアはそう言ってクリスを突き放し、煙水晶の杭をホルスターへしまうと、私とキリサメの方へ視線を向けてきた。


「生命力を削り切ったのは自分たちだと考えているようですが……。貴方たちはスキュラを何度殺しましたか?」

「……私たちはスキュラの心臓を三度潰したな」

「たった三回ですか? では私が生命力の八割は削っていたようですね」

「八割……!? カリブディスだけでそんな削れるはずが……!」

「百八十二回。私がカリブディスの息の根を止めた回数です」

 

 あり得ないと否定するキリサメへ威圧を掛けながら歩み寄る。私は横目でティアの狐の面を見上げ、腰に携えている剣を観察した。


(……折れているな)


 持ち手がやや傾いている点から、カリブディスとの戦いで刀身が折れたと推察する。この女が本当に八割削ったのかは置いといて、私たちよりも生命力を削っているのは事実なのだろう。


「息の根を止めた方法を教えろ」

「……何故それを知る必要が?」

「私はこの男から『スキュラは心臓が弱点だ』と聞いた。だがお前はカリブディスの弱点を伝えられていない。それを知る前に一人でカリブディスの元まで向かったはずだ」

「……」  

「お前はカリブディスの弱点を事前に知っていたのか? それとも"加護"とやらでねじ伏せたのか?」


 私はそう問い詰めるのだがティアは何も答えない。先ほどのように流暢に反論しないのは、追及されたくない個所を突かれたからだ。


「貴方は本当に──」

「何だ?」

「……何でもありません。とにかく貴方たちは自身の不甲斐なさを反省してください。私はしばらく船員室で身体を休めます」


 何かを言いかけたティアはその場から逃げ出すようにして、甲板から船員室まで階段を降りていく。キリサメはティアが甲板から消えたのを確認すると、帆柱にもたれ掛かるクリスの元まで急いで駆け寄った。


「大丈夫かクリス……!?」

「あぁ、少し熱くなった。俺も疲れてるみたいだ」

「私はまだまだ元気ですけどねぇ!」


 犬のように甲板を駆け回るナタリアに、キリサメとクリスは苦笑する。私は羽織ったコートの下で腕を組んでその光景を眺めながら、

 

「聞き忘れていた。お前が探していた人物は誰だ?」


 キリサメが脱出する際に探していた「キャプテン・ダッチマン」という人物について尋ねる。


「あ、そうだった! クリスとナタリアは知ってるよな?」

「知ってるって……何を?」

「ほら、クリスたちと合流したときにいただろ? 白髭を生やしたキャプテン・ダッチマンがさ!」


 共感を求めるために意気揚々と話を進めるキリサメ。クリスとナタリアはお互いに首を傾げつつも顔を見合わせた。


「お前さん、何を言ってるんだ?」

「えっ?」

「俺たちと合流したとき、お前さんは一人だったぞ?」

「はいはい、私はクリス・オリヴァーさんとハルサメ・カイトさんしか見てませんよぉ?」

「いやいや待てよ! 作戦を決行する前も戦っているときも、俺の側にずっといたんだぞ!? アレクシアだって呑み込まれる寸前に、キャプテン・ダッチマンを陸まで投げ飛ばしたんだろ!?」


 私は首を左右に振って否定するとキリサメがこの船に乗ってから、大切そうに握りしめていた"懐中時計"と"コンパス"を顎で指し示す。 


「私が陸まで投げ飛ばしたのはお前が持っているその"懐中時計"と"コンパス"だ」

「そ、そんなはず……じゃあブラインド・ワークスマンは? アレクシアも古い船の船長室で会っただろ?」

「……ブラインド・ワークスマンなんて人物は知らん。それに私は古い船でその懐中時計とコンパスを見つけただけだ。お前は一体何の話をしている?」

「う、嘘だろ……? ならカリブディスが襲ってきたときは? 迷現の狭間に向かうことができたのは?」


 焦燥感に駆られながらも両肩へ掴みかかるキリサメ。私は落ち着かせるようにキリサメの胸元を押し退けた。


「カリブディスは懐中時計とコンパスを回収した後に姿を見せただろう。迷現の狭間に辿り着いたのはお前の成果だ」

「お、俺の成果……?」

「お前は『一時間経過するごとに向かうべき東の方角が切り替わっていること』に気が付いた。だから私たちはお前の指示通りに動いて辿り着いた……違うか?」

「な、何だよ、それ……」


 キリサメは両肩から手を離して後退りをすると、右手で額を押さえながら帆柱へと背を付ける。 


「俺も気になってたことがある。お前さん、時々独り言を呟いてただろ? あれは自問自答をしていたのか?」

「独り言、自問自答? いや、俺は確かにキャプテン・ダッチマンと話をして──」

「さっきも言ったがそんな人物は知らん。私の知る限りだとお前は一人だった」


 懐中時計とコンパスを見つめているキリサメ。私は情けない面を浮かべているこの男の隣に立つ。


「そっか。じゃあキャプテン・ダッチマンはもうとっくの昔に……」

「……」

「でも俺が歩んできた船旅は何だったんだ? 幻だったのか? それとも俺はどこかで入れ替わって──げふっ!?!」


 私はぶつぶつと呟いているキリサメの胸元を力を込めた左拳で叩いた。


「今は考えるだけ無駄だろう」

「……」

「私たちはスキュラを倒して生還したが、この場所に立てるのはお前だけだ。つまりここにいるお前はお前以外の何者でもない。変に考えすぎるな」

「アレクシア、心配してくれてるのか?」

「……私は事実を述べただけだ」


 私はただそれだけ伝えると背を向ける。キリサメは懐中時計を胸元まで近づけ、小声で「ありがとうございました」と誰かに感謝の言葉を述べた。


「あっ、そうでした! アレクシア・バートリさんに聞きたいことがありました!」

「何だ?」

「はいはい、お前は──吸血鬼ですよねぇ?」


 顔を目前まで迫らせるナタリア。その視線に込められている殺意と闘争心と疑心。血涙の力や肉体を再生させた姿を既に見られているため嘘は通じない。私は溜息をつきながら、すべての事情を説明することにした。


「……正確には半分吸血鬼だ」

「はいはい、半分吸血鬼なんですかぁ!」

「お前さん、それはどういう……?」

「えっと、まぁ、アレクシアとか俺には色々事情があってさ……」

 

 私とキリサメの出生や経緯を二人へ伝える。ナタリアはいつもの調子で「なるほどなるほどぉ」と納得していたが、クリスは神妙な面持ちで黙って話に耳を傾けていた。


「はぁ、俺とナタリアはとんでもない奴らを護衛してたってわけか。どうりで妙にだりぃ任務だなと……」

「はははっ、黙っててごめん……」

「いや、お前さんたちの事情を知って色々とすっきりしたよ」


 クリスが大きな溜息をつけば、ナタリアは"何故溜息をついたのか"と疑問を抱き首を傾げる。キリサメは「そんでさ」と話をこう続けた。


「頼みがあるんだけど……。俺とアレクシアの事情は、他の人には黙っといて貰えると助かるなーって」

「あぁ勿論だ。お前さんたちには助けられたからな。二人のことを黙っておく」

「ほんとか!? ありがとなクリス!」

「……お前はどうなんだ?」

 

 クリスは黙っておくと答えを返したため、今度は私がナタリアへそう問いかける。この女は何を考えているか分からない。私はナタリアがこの話を素直に受け入れるとは思っていなかったのだが、


「はいはい、私はいいですよぉ?」

「えっ……?」

 

 特に迷う素振りもせずにすんなりと頷いた。キリサメも手間取る相手だと覚悟していたらしく、そんな簡素な返答で呆気にとられる。


「い、いいのかナタリア?」

「はい! 私は元々知ってたので今更バラしませんよぉ!」

「そうだったのか! 元々知ってた……えっ? 今、何て言ったんだ?」

「元々知ってたので今更バラしませんよぉと言いましたねぇ」

 

 ナタリアのその一言にキリサメが唖然とした。


「し、知ってたって、何を……?」

「アレクシア・バートリさんが吸血鬼だってことですよぉ」

「……どこで気が付いた?」

「本試験で会った時からですねぇ。私、吸血鬼を前にすると変に"ムカムカ"するんです。アレクシア・バートリさんは会うたびに"ムカムカ"するので、吸血鬼だとすぐに分かりましたよぉ」


 レインズ家の第六感のようなものか。それともナタリアの体質か。どちらせによ、この女は本試験から私の正体に気が付いていた……にも関わらず、ごく普通に接してきたのは何故か。


「……まさか、アカデミーで私を泳がせていたのか?」

「はいはい、泳がせていましたねぇ!」

「泳がしたのは何故だ?」


 私が細目で見つめながら問い詰めると、ナタリアは傾げていた首を元に戻す。


「吸血鬼は"ムカムカ"するんですけど、アレクシア・バートリさんは"ムカッ"だけだったんですよぉ。こんな感覚は初めてなので、しばらく放置してみたんですねぇ」

「……ムカッ?」

「でもでも、半分吸血鬼だって聞いて納得しました! アレクシア・バートリさんだけ"ムカッ"としたのはそういうことだったんですねぇ! クリスさんと同じぐらいスッキリしましたよぉ!」

「そ、それなら良かったよ……」


 苦笑するキリサメ。どうやらナタリアは私の正体が何であろうと興味がないらしい。興味があるのは"強者の私"であり"吸血鬼の私"ではないようだ。

 

「ん? 嬢ちゃんたち、何かあったのか?」


 ジョニーは船内の階段から上がってくると、微妙な空気が取り巻いている私たちに眉をひそめた。私は変に勘付かれないように甲板を見渡しつつ、話題を変えるためにジョニーへこう尋ねる。


「気になっていたが……この船はどこで手に入れた?」

「あぁこれかぁ? あの洞窟で手に入ったんだぜ。坊主たちと別れた後、死に物狂いで走ってたら海の上にこいつが浮かんでてな。随分と古くせぇ船だけどよぉ、手入れをすればまだまだ現役みてぇなもんだ」


 迷現の狭間に浮かんでいたとされる古い船。それ以外の情報は何もないと言われ、私は甲板に置かれた樽の上へ腰を下ろす。


(……まともな船旅が出来そうだ)  


 進行先にうっすらと見えるロストベアの大陸。私は海岸線を眺めながらしばらく船旅を堪能することにした。 



────────────────────



 ロストベアの港。私たちはジョニーの船から降りると周囲を見渡しながら、ティアの後に続いた。


「じゃあな、キツネのねーちゃん。また用があったら声を掛けてくれよ」

「ジョン、貴方もどうか達者で」

「嬢ちゃんたちもひでぇ船旅に巻き込んじまって悪かったな! 今度は眠くなっちまうぐらい平和な船旅をしてやるからよ!」

「はい、ジョニーさん! 色々とありがとうございました!」


 私たちはジョニーと別れを告げ、ロストベアの港を後にする。ジョニーも今回の船旅でかなり疲弊しているのか、あの豪快な笑い声は聞いていない。 


「ここから少し歩けばクルースニクの街並みが見えてきます」


 私とキリサメはそれぞれ鞄に入った私服に着替えた状態。キリサメは学校生活とやらで着用していた制服、私は黒と白を基調とした長い袖のワンピース型の私服。 


「クリス・オリヴァー、ナタリア・レインズはあの宿屋へ」

「俺たちを宿屋に向かわせて何をさせるつもりだ?」

「怪我の治療です。既にA機関の治療班が待機しています」

(……既に手配されているのか)


 用意周到と言えばそこまでだが、治療班を宿屋で待機させているのはあまりにも出来過ぎている。私は疑念を抱きながらティアの背中を見つめた。


「ではでは、お前たちとの大冒険は楽しかったですよぉ! また会えるといいですねぇ!」

「カイトにアレクシア、これから大変だろうが……無理せず頑張ってくれ」

「おう、クリスとナタリアも色々とありがとな! 怪我を治してゆっくり休むようにな!」


 キリサメはクリスと握手を交わし、私はナタリアの肘打ちを手の平で受け止める。そして二人は手を振りながら宿屋に向かって歩いていった。


「……おい」


 キリサメが二人の後ろ姿を最後まで見送るのを他所に、私は今まで考えていたことを伝えるためにティアへ声を掛ける。


「……何ですか?」

「"あの皇女"と"あの娘"に一つずつ伝言がある」

「ヘレンとシャーロットに?」

「まずあの娘に『狭い通路でも交戦できる"短剣"を開発しろ』と伝えておけ」


 古井戸の底でシーアネモネと接敵した時、ルクスαの刀身が長いこともあり、思う存分に振るうことができなかったのだ。この経験を踏まえ、あの娘に短剣を開発させるべきだと考えていた。  

 

「次に皇女への伝言だ。『私がクルースニク協会の連中から吸血鬼共の情報を手に入れてやる。だから私に────する権限を与えろ』と」

「……正気ですか?」

「あぁ」


 私たちはスキュラの件にクルースニク協会へのスパイという面倒事を押し付けられた。この仕事量に対して私たちには報酬が何もない。現段階では対等とは到底言えないだろう。


「そのような要望が通るとでも?」

「ここまで私が受けた仕打ちと比べれば、安い望みだろう?」


 私はそう訴えかけるために皇女へ伝言として"とある望み"を提示することにした。ティアは狐の面越しに「分かりました」と不快そうに頷く。


「そんで、俺たちはこれからどうすればいいんですか?」

「貴方たち以外にもスパイとして潜り込ませる生徒が"二人"待機しています。今はその二人と合流しましょう」


 私とキリサメ以外にスパイとして送り込まれた二人の生徒がいる。名家ではなく一般家系の生徒。私は嫌な予感がし、ふとクリスたちが入っていった宿屋に視線を送る。


「……あの二人は」

「ん、どうしたんだアレクシア?」

 

 宿屋から出てきたのは、小麦色の髪の毛を後頭部で一つ結びにした活発そうな女。茶髪の前髪を上げている陽気な男。どちらも私服を着ている。


「あれ? もしかしてアレクシアじゃない?」

「おーっ、ほんとだ! おーい、アレクシアー!」

「あの二人は知り合いだったり?」

「……過去の話だ」

 

 その二人はこちらに気が付くと手を振りながらこちらへ駆けてきた。私は思わず溜息をつきながら海上へ視線を逸らす。


「来ましたね。貴方たちはあの二人と共に行動してもらいます」

「なんか、すげぇ元気な二人だな……」

(……イアン・アルフォードにクレア・レイヴィンズか)


 抜擢(ばってき)されていたのは孤児院で生活を共にした二人。よく考えてもみればクレアもイアンも一般家系だというのに、アカデミーの総合成績は二位と三位。スパイとして選ばれても不思議ではない。


「なぁアレクシア」

「……何だ?」

「スキュラが最期に俺のことを"トリックスター"って呼んだだろ?」

「あぁ」

「あれってさ、どういう意味だったのか考えてみたんだ」


 クレアとイアンの元まで歩いていくティア。キリサメと私はその後ろ姿を見つめながら淡々と会話をする。

 

「多分、この世界にとって"俺みたいな存在"をそのまま指してるんだろうなって」

「……この世界に破壊や混乱をもたらすか、それとも未知なる文化や未来を創り出すか。お前のような存在を"トリックスター"と呼んだのはそれが由縁だろうな」

「だからさ、眷属はきっとこの世界にとって"破壊や混乱のトリックスター"になるんだと思う。そんで俺とかは"未来を創るトリックスター"……みたいな?」

「……」

「すんません、冗談っす……」


 トリックスターという呼び名。確かにキリサメが何度か話をしていた"異世界転生者"と通ずるものがあるだろう。世界を救う英雄となるか、世界を崩壊させる破壊者となるか。


「……このロストベアにはお前と同じ世界に住んでいた人間がいるかもしれん」

「俺もそんな気がするんだ。もし会えたら異世界転生について、何か知ってることを教えてもらえればさ。元の世界に戻るための手がかりが見つかるかもしれないだろ?」

「……どうだろうな」 


 本を読むにあたってトリックスターとなる人物は一つの物語に一人で十分だ。しかし千年前と比べてみれば、私ですら理解が及ばないモノが多い。


「なんか気になることでもあるのか?」

「私が知る千年前と千年後のこの時代。あまりにも変わりすぎている」

「んー……そうなんだな」

「あぁ私ですら知らないこともあるぐらいだ。これは私の憶測に過ぎんが……吸血鬼共が優勢な時代になったのも、千年の間に未知の存在が増えたのも……」


 眷属、スマートフォン、四卿貴族、原罪。この時代に転生してきてからあらゆる未知の存在が波のように私へ押し寄せてくる。こうなってしまったのは空白の千年の間に、


「この世界の"異世界転生者(トリックスター)"が──増えすぎたからだろう」


 胸をざわめかせる不吉な予感。

 時刻を告げる鐘の音と共に潮風が私の髪をなびかせた。 



 4:Simena Strait _ END

 

前:クリス・オリヴァー、アレクシア・バートリ、ナタリア・レインズ

後:カイト・キリサメ、ティア・トレヴァー

挿絵(By みてみん)

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