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ЯeinCarnation  作者: 小桜 丸
4章:シメナ海峡

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117/366

4:21『vs スキュラA』

 迷現の狭間。

 いくつもの通路が連なった洞窟内をキリサメ・カイトは全力で駆け抜けていた。いや、正確には逃げていると言った方が正しいのだろう。


「はぁっ……はぁっ……」

 

 息を荒げ岩壁に手を付き、キリサメは膝から崩れ落ちる。周囲には誰もいない。その場で真っ青な顔をするのは"彼一人"だけだった。アレクシアも、クリスも、ナタリアも、ジョニーも──その場に姿はない。


「どうすりゃ、いいんだよ……」


 彼は四つん這いになりながら両手を握りしめる。残されたのは彼一人、与えられたものは絶望という感情。


「俺の知ってる設定と──全然違う」


 この惨状を招いた原因、彼はそれを思い返す。



────────────────────



「……来るぞ!」


 一時間前の記憶。六つの女の頭部が迫りくる最中でキリサメが声を上げれば、クリスはすべての眼球を弾丸で撃ち抜いて、アレクシアとナタリアへ視線を送る。


「殺意に溢れているな」

「ではでは、私たちもあの野郎をぶっ殺してもいいってことですねぇ!」


 ナタリアは二本のルクスαで向かってくる女の頭部を手当たり次第に滅多切りにし、アレクシアは剣に蒼色の獄炎を纏わせ、頭部へ飛び移りながらスキュラ本体へと斬りかかる。


「ザセ、ナイ……ッ」

「っ……」


 が、近づかせないように女の頭部が海上から飛び出すと頭突きを放ち、アレクシアは甲板を突き破りながら背を打ち付けた。


「お前さん、大丈夫か?」

「あぁ」


 アレクシアは甲板の上まで復帰するとクリスの隣へ立ち、三つの女の頭部と死闘を繰り広げているナタリアの様子を窺う。


「肉体の再生が異様に早い。あの顔だけを相手にしても埒が明かん」

「何か策でもあるか?」


 クリスに策を問われ、アレクシアはスキュラについて詳しいであろうキリサメへ視線を送った。


「聞いてくれ! スキュラは人間と真逆の位置に心臓がある! そこを狙えば生命力を一番削れるはずだ!」

「心臓か」

「あぁ! だからナタリアにこの船を守ってもらって、アレクシアはスキュラ本体を攻撃する作戦で行こう! クリスはアレクシアの援護をしてくれ!」


 アレクシアはキリサメの指示を耳にするとルクスαを握り直しながら、船から女の頭部へと飛び移る体勢に入る。


「なるほどな、支援のご要望は?」

「私の前に女の顔が飛び出したら眼球を潰せ。そのまま突っ切る」


 クリスが頷くとアレクシアは再びルクスαに蒼色の獄炎を纏わせ、女の頭部に飛び乗り、スキュラまで続く触手の上を駆け抜けていく。


「ザセ、ナッ──」

「させねぇよ」

「キャアァアァアァアァア!?」


 海上から飛び出し、頭突きを放とうとした女の頭部。クリスは二つの眼球に向けて数発の弾丸を撃ち込んで怯ませた。


「未来永劫、この世に生まれることなく──」


 そしてアレクシアは怯んだ頭部を飛び越えると、スキュラの右半身へ剣の矛先を向け、


「――永久(とわ)に眠れ」


 弱点である心臓へと蒼色の獄炎を纏合わせたルクスαを深々と突き立てた。


「よし! これでスキュラの生命力を削れ──」

「あぁ、この煮えたぎるような熱さ……」

「……何をしている?」


 だがスキュラはものともせず、むしろアレクシアを両腕で胸元まで抱き寄せた。アレクシアは眉間にしわを寄せ、突き刺したルクスαでスキュラの上半身を抉るように動かす。


「怖がらなくてもいいの。アナタはもっと美しくなれるわ」

「私に美学を押し付けるな」


 露骨に嫌な表情を浮かべれば、共鳴するように蒼色の獄炎がスキュラを激しく包み込むが、スキュラの肉体には痛覚がないのか、涼し気な顔でアレクシアを抱き寄せるだけ。 


「さぁアナタも美しくなりましょう──」

「貴様……ッ」


 危機を察知したアレクシアは空いている手でディスラプターαを引き抜き、スキュラの顎に銃口を密着をさせ、蒼色の獄炎を纏わせた弾丸で弾倉の全弾を撃ち尽くす。しかしスキュラには全く効いていない。


「暗い暗い──海の底で」

「チッ……」


 このまま海中へ引きずり込むため上半身のみが海上へと沈もうとした瞬間、アレクシアは血涙の力であるフラクタルを発動し、岩壁に蔓を何重にも巻き付けて、スキュラの束縛から何とか抜け出す。


「なるほどなるほどぉ、とても辛そうですねぇ? 代わりに私があの野郎の相手をしましょうかぁ?」

「お前には務まらん」 


 アレクシアは甲板の上へ着地をするとキリサメへ一瞬だけ視線を送り、スキュラ本体を睨みつけた。


「……あの女の弱点は心臓だと言ったな?」

「あ、あぁ……そのはず、だけど……」

「だが私は確実にこの剣を心臓へ突き刺した。それでもあの女は微動だにしない。もう一度聞くが、狙うべき箇所は心臓で正しいのか?」


 そう問いかけられ項垂れるキリサメ。アレクシアはしばらくキリサメの返答を待機すると、スキュラに向かって走り出す。


「お前さん! 一体どうするつもりだ!?」

「あの女の欠陥を探す」

「あいつに近づけば、また海の中に引きずり込まれるぞ!」

「近づかなければあの女を殺せん」


 巨大な女の頭部に飛び乗り、本体のスキュラと交戦を始めるアレクシア。クリスは「だりぃな」と舌打ちしながら二丁拳銃を構え、頭部の眼球へと連射していく。

 

「カイト、あの怪物は心臓以外にも弱点はないのか? お前さんなら何か知っているはず──」

「知らない」

「……カイト?」


 キリサメはクリスの呼びかけに呆然とした表情でそう返答する。


「俺の知っているスキュラの触手には人の顔じゃなくて、犬の顔が付いていて……弱点も本体の心臓で……何もかもが違うんだ……」

「カイト……」


 思い描いていたスキュラと異なる容姿と性質。今までの眷属は設定通りに対処すれば倒すことができた。しかしスキュラには設定通りには通用しない。その事実がキリサメの思考を停止させる。


「おやおやぁ? このクソ野郎の数が減りましたねぇ?」

「数が減った……?」

「はいはい、船の下に何匹が潜り込んで──」


 瞬間、ジョニー船の底を突き破りながら甲板へ女の頭部が飛び出してきた。


「いぎゃぁあぁあぁあッ!?!」

「だすけてくれぇええぇッ!!」

「ぐっ、このままじゃあ船が沈んじまうぜ……!」


 女の頭部は船員の胴体を噛み千切ったり、海中や洞窟の壁に放り投げて大型のシーアネモネに捕食をさせる。船の底からは海水が流れ込み、船体は大きく傾いていく。


「まずいな、海に落ちても壁に張り付いても餌になる。どうやってこの状況を乗り切れば……」

「なるほどなるほどぉ! ではでは、あの陸まで泳ぐというのはどうでしょうか?」


 ナタリアが飛び出してきた女の頭部を斬り刻み、右手に持ったルクスαの矛先をスキュラの後方にある洞窟内の陸へ向ける。


「嬢ちゃん、無茶言うな! あんなとこまでバケモンの上を泳ぎきれるわけねぇ!」

「やってもないのに決めつけるのは早いですよぉ」

「確かにお前さんならあの陸まで泳げる。だがな、俺たちはお前さんみたいに体力があるわけじゃな──」


 ジョニーとクリスがナタリアと口論していれば、蒼色の獄炎を纏った弾丸が船に目掛けて数発撃ち込まれ、瞬く間に炎上を始めた。キリサメたちはすぐにアレクシアの方向へ視線を向けると、


「アレクシア!」

「しまった、お前さん……!」 


 アレクシアは女の頭部に右半身を咥えられ、左手に握りしめたディスラプターαの銃口を船へと向けていた。女の頭部の咬合力(こうごうりょく)は凄まじく、アレクシアは肉体を僅かに痙攣させる。


「そいつは食い物じゃない」

「キャアァアァアァアァアーーッ!!」


 女の頭部を睨みつけたクリスは、アレクシアを解放するために頭部の眼球目掛けて発砲を繰り返す。撃ち出した弾丸は女の眼球にすべて命中したのだが、


「──ッ!」

「なっ……?!」


 痛みに悶えながらアレクシアを振り回すと、そのまま咥えていた彼女の右肩を噛み千切った。思わずアレクシアの表情も強張り、クリスは目を丸くしながら銃を下ろしてしまう。 


「フラ、クタル──ッ」


 アレクシアは海上へと落下していく最中、血涙の力を発動し、残された左腕から船まで蔓を伸ばす。


「おやおやぁ、この植物はぁ……?」

「お前さん、何をして……!?」


 そしてキリサメ、クリス、ナタリア、ジョニーの身体へ蔓を頑丈に巻き付けると、左手を強く振り払い、


「ぐっ……!?」

「うぉおぉおぉおぉッ!?!」

「なるほどなるほど、こんなに飛ばせるんですねぇ!」


 ナタリアが先ほど避難場所として示した洞窟内の陸まで投げ飛ばした。四人を船から避難させた後、アレクシアはもう一度船まで蔓を伸ばしたが、


「あぁダメよ。アナタはワタクシに必要な美しさなのだから」

「……っ!」


 下に大口を開いていた女の頭部に下半身を呑み込まれる。それでも未だに蔓を伸ばして船内で何かを探し続けていた。


「これでアナタも美しく在り続けられる。ワタクシと永遠に、ね」

「坊主、嬢ちゃんを助けてやらねぇと!」

「分かってる!」


 声を上げるジョニーに催促され、クリスは陸の上で二丁拳銃を構える。しかしいつまで経ってもクリスは発砲しない。


「何をやってんだ坊主!? 早く撃てッ!!」

「……撃てねぇ」

「何を言ってやがる!?」

「この状況で撃った結果、どうなったのかをさっき見ただろ! 今撃てば、今度はアレクシアの胴体が真っ二つになる!」


 引き金に触れた指先を震わせながら、歯軋りの音を立てるクリス。視線の先で少しずつ飲み込まれていくアレクシアは、沈みゆく船の中で探していた何かを見つけたのか、


「っ……!」

「アナタの美しさ──いただきます」


 もう一度左腕を振り払い、キリサメたちから離れた場所へ投げ飛ばす。それを最後にアレクシアは、女の頭部の喉の奥へと完全に呑み込まれてしまった。


「おやおやぁ? アレクシア・バートリさん、あの野郎に負けてしまいましたねぇ」


 ナタリアが覗き込むように女の頭部を見つめ、キリサメは口を開いたままその場で後退りを繰り返す。


「後はアナタたちだけど……アナタたちは美しくないわ。美しくないモノは美しくないモノに任せましょう」

「ギチッ、ギチギチッ……」

「ギチギチギチッ……」


 岩壁や海中に敷き詰められていた大型のシーアネモネが、キリサメたちに向かってズルズルと集団で近づいてくる。


「カイト、この状況はどうする?」

「……」

「カイト!」


 指示を出さないキリサメ。焦燥感に駆られたクリスは周囲を見渡し、後方に奥まで続く通路を見つけた。


「お前さんたち、あの通路から奥まで一旦退くぞ!」

「賛成だぜ! こんなとこでくたばるなんざお断りだ!」

「こっちだカイト!」

 

 通路まで向かうジョニーを追いかけるように、クリスがキリサメの手を引きながら走り出す。しかしナタリアはその場で二本の剣を構え直していた。


「お前さん、何をしている? こっちに来い!」

「嫌ですねぇ。私は逃げませんよぉ」

「流石のお前さんでもこの数を相手にするのは無理だ!」

「あ、勘違いしてもらうと困るので言っておきます。お前たちを逃がすため戦うわけじゃないですからねぇ」


 制服のコートを脱ぎ捨て、筋肉質な両腕を曝け出すナタリアは退避する通路に見向きもしない。ただ向かってくる大型のシーアネモネを見据える。


「私にとって勝負に"逃げる"という選択肢はないんですよぉ。あるのは勝つか負けるかの二択しかないんです。勝ったら生き延びて、負けたら死ぬ。それが勝負ですよねぇ?」

「お前さん……」

「なのでお前たちはお前たちでとっとと逃げればいいじゃないですかぁ。その通路の奥から"変な音"も聞こえてくるので、逃げられるかは分かりませんけどねぇ」

「分かった……勝てよ、レインズ」


 クリスは最後にそれだけを伝えるとキリサメを引き連れ、洞窟の奥まで駆ける。スキュラはその場に一人で残されたナタリアへ背を向け「フフッ」と嘲笑い、どこかへ去っていく。

 

「アナタは惜しいわね。その"余分な肉"がなければワタクシと美しく在り続けられたのに……勝ち目のない戦いを挑むなんて」

「ではでは、お前とは気が合いませんねぇ。私にとって勝利こそ美学なんですよぉ。……あ、それとですねぇ──」


 ナタリアは何かを思い出したように、二本の剣の刀身を十字合わせにすると足元まで一気に振り抜き、


「──負けることを考えて勝負を挑むバカがどこにいるんですかぁ?」


 そう尋ねると勢いよく駆け出す。クリスは後方で肉が斬り裂かれる音を耳にしながら、キリサメを連れて通路をひたすらに走り続けた。


「坊主、ここからは別れ道だ!」

「別れ道?」

 

 左右の別れ道でジョニーが立ち止まる。クリスは左右の通路を交互に見ながら、どちらに進むべきかを一考しようとしたが、


「ギチギチッ……」

「くそっ、だりぃな……」

 

 後ろから無数のシーアネモネが後を追いかけてきたため、クリスはキリサメの背中を押して右の通路へと進めば、


「坊主たち、先に行け!」


 ジョニーは別れ道の前に立ち、迫りくる無数のシーアネモネを睨みつける。


「俺があのバケモンたちを左の通路に誘導する! 坊主たちは早く右の通路を進むんだ!」

「お前さん、そんなことをしたら……!」

「俺たち全員が片方の道を進んで、行き止まりだったらどうするんだぁ? 誰かがバケモンたちを片方の通路へ引き付けるしかねぇだろ!」

「それは、そうかもしれんが……!」


 反論しようとするクリスを他所にジョニーは指笛を鳴らしながら、左の通路へと背を向けて後退していく。


「さっきはビビって逃げちまったが、海の男がこれ以上情けねぇ姿は見せられねぇ! ここは俺に任せてもらうぜ!」

「お前さん……」

「それによぉ、俺のような老年(ろうねん)がのうのうと生き延びて、まだ始まってもねぇ坊主たちの未来を奪うことなんざ……あっちゃならねぇだろうが!」


 すぐそこまで近づいているシーアネモネ。クリスは険しい表情でジョニーとシーアネモネを交互に視線を向け、


「いいから俺に構うなぁッ!! 早く行けぇえぇえぇッ!」

「ッ……お前さんに栄光あれ」


 ジョニーが張り上げる声と共にキリサメを引き連れ、右の通路へと走り出した。


「俺の可愛い子分たちをよくも喰ってくれたなぁ!? 今度は俺がてめぇらの相手してやるからこっちに来やがれバケモン共ぉッ!!」


 後方から聞こえてくるジョニーの大声。クリスはキリサメと共に右の通路を走り続ければ、小規模な空洞まで辿り着く。ある程度の距離を走ったようで、ジョニーの声はクリスたちの元まで届かなくなっていた。


「はぁはぁッ……も、もう、追ってこないのか……?」

「あぁ、ここまで走れば何とか落ち着け──」


 先頭を走っていたキリサメが足を止めると、クリスもその隣で立ち止まる。そしてお互いに息を整える時間を無意識に取ろうとした。

 

「ミヅ、ケタッ」

「そこを退()け、カイト……!」


 が、その隙を狙うかのように近くの岩壁を突き破りながら、女の頭部がキリサメに襲い掛かる。クリスはすぐにキリサメを押し退け、代わりに左肩を噛みつかれると、


「ぐはッ……!?!」

「クリスッ!」


 そのまま岩壁へ勢いよく放り投げられ、背中を打ち付けた。キリサメはすぐにクリスの側まで駆け寄ろうとしたが、


「来るなカイトッ!!」


 声を荒げながらもキリサメをその場に静止させ、苦痛に歪んだ顔で左手にだけ銃を握りしめる。


「シ、マヅ、スルッ……」

「ちッ、右腕は上がらないか……カイト、お前さんはそのまま先に進め!」

「なに言ってんだよ!? その頭はすぐに再生するし、クリスも逃げないと……!」


 漂う女の頭部へ銃口を向けながらクリスは逃げるように促した。しかしキリサメは一人で逃げることに躊躇し、クリスの言葉を否定する。

 

「俺が与えられた任務はカイトの護衛だ! この洞窟から脱出できるかどうかは()いといて、お前さんはとにかく生き延びてくれ……!」

「もう護衛なんて関係ないだろ!? 俺は独りじゃ何もできなくて──」

「カイト、もう気にしなくてもいいんだ……!」

「……えっ?」


 クリスはそんなキリサメの言葉を遮るとそう優しく微笑んだ。キリサメはこんな状況で微笑まれ、呆気に取られてしまう。


「スキュラに関する事前情報に誤差があった件。これはお前さんの責任じゃない。想定外の問題が起きただけの話だろ」

「いや、違う……! 俺は、俺は……自分を、過信し過ぎて──」

「お前さんはよくやった。あの短い間でも司令塔として最善を尽くせていたと思う。だから今は生きることだけ考えるんだ」


 次々と岩壁を突き破りながら女の頭部が顔を出す。その表情はどれもがニタニタと気味の悪い笑みを浮かべていた。


「走れ、カイトッ……!!」

「……くっそぉ!」


 その呼び掛けを合図にキリサメは悔しさ交じりの怒声を上げ、通路の奥へと駆けていく。クリスはその後ろ姿を見つめながら「それでいいんだ」と軽く頷いた。


「ウヅク、シクナイッ……」

「ギタナッ、イッ……」


 そして少しだけ目を瞑りつつ深呼吸をすると、 


「お前さんたち──」


 目前まで迫っていた頭部の眼球へ銃口を向け、


「──(ガン)つけてんじゃねぇ」


 乾いた銃声を何度も響かせた。



────────────────────



 岩壁に背を付けて座り込んでいるキリサメ。どうしようもない絶望的な状況を切り抜けるため、拙い思考を張り巡らせるが何も思いつかない。


「俺は、俺は……何もできねぇのかよ……ッ!」


 無能な自分に対する怒りや情けなさ。そして悔しさ。それらが混ざり合い、言葉に表せない感情を発散するように、拳を何度も岩壁へ叩きつける。


「……」


 ふと手に触れるのはディスラプターα。キリサメは一丁だけ右手に持ち、じっと引き金の部分を見つめた。


(自分で、死ねるんだよな……)

 

 本来ならば避けるべき選択。しかしそれ以外の選択が何も見当たらない。キリサメは息を呑むと引き金に指を掛け、自身の頭に突き付ける。


(映画とか、アニメだったら……ここに突き付けてたっけ?)


 記憶を頼りに見よう見まねで銃口をそれらしき箇所へ密着させ、引き金に掛けた指先を震わせた。覚悟を決めれば決めるほど呼吸が荒くなり、心臓の鼓動が早まっていく。


(ゆっくりとカウントダウンをするんだ。三秒後に、この引き金を引こう)


 心の中で合図を決めれば、キリサメは目を瞑りながらカウントダウンを口に出すことにした。


「三……」


 最初に脳裏を過ぎるのは小学校を卒業するまでの思い出。校庭でドッジボールをしたり、友達とゲームで遊んだりする幼少期の記憶。


「二……」


 次に脳裏を過ぎるのは中学校を卒業するまでの思い出。母親と毎週のように喧嘩をした反抗期、情熱を注いでいた部活動、そしてアニメや漫画に浸かり始めた若き記憶。


「……?」


 最後に高校生活から異世界へやってくるまでの思い出が脳裏を過ぎると、制服のポケットから何かが転げ落ち、思わず目を開けてしまった。


「スマホ……」


 転げ落ちたのはスマートフォン。キリサメは銃を側に置くとスマートフォンを操作して、無意識のうちに写真が保存されたアルバムを開く。


「ははっ……こう見返してみれば、どうでもいいようなものばっかだな」


 今は亡き伊吹圭太と文化祭のメイド喫茶で撮影した写真。課金するほどハマっていたソーシャルゲームのスクリーンショット。癒しを求めて保存していた自分好みの美少女イラスト。キリサメはスマホを眺めながら思わず笑ってしまう。


「……シーラさん」


 そして一番下までスライドし目に入った写真は、つい最近撮ったシーラたちとの家族写真。シーラの幸せそうな笑顔、ウェンディの静かな微笑み、アレクシアの真顔、そして自分自身の焦った表情。


「くそっ……やっぱり、まだ、死にたく、ねぇよっ……」


 銃を手離し、涙の粒を頬に伝わせる。両肩を震わせながら嗚咽を漏らす。子供のように泣きじゃくる。今のキリサメにはそれしか、できない。


「──!」


 そんなキリサメの泣き声に反応する足音。奥まで続いている通路から微かに聞こえてくる。シーアネモネの移動音ではない。


「だ、誰だ……?」 


 ナタリアか、ジョニーか、クリスか、それともアレクシアか。誰にせよキリサメにとっては希望となる。息を呑みながら待機していると、暗闇からキリサメの元へ向かってきた人物は、


「命拾いしてたか、ガキんちょ」

「あなたは……」


 気が狂っていたはずの不気味な男──ブラインド・ワークスマンだった。

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