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ЯeinCarnation  作者: 小桜 丸
4章:シメナ海峡

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4:13『シメナ』

 ディスラプターαをお披露目した一週間後の朝七時。制服姿の私とキリサメはティアに言われた通り、アルケミスの停車場で待機していた。


「アレクシア、ちゃんと私服は持ってきたよな?」

「私の心配をする前に我が身の心配をしたらどうだ」

「大丈夫だって! 俺はバッチし持ってきたぜ!」


 三日前。ティアに急遽『スパイとして行動するための私服を持っていく』ように指示を出されたため、手提げの鞄には私服が畳んで入れてある。私は辺りを見渡していたキリサメを横目で眺めた。


「まさかだとは思うが……"あの服"を持ってきたのか?」

「あの服って?」

「私と初めて会った時に着ていた服のことだ」

「あー……」


 紳士服のようでどこか違う奇妙な衣服。キリサメ曰く『アカデミーのような場所での正装』だと聞いていたが、この世界ではその正装も異端者扱いされる。


「何を考えている? あの衣服は目立つだろう」

「そのさ、色々と事情があって……」

「お前はキツネの女に一体何を吹き込まれ──」


 問い詰めようとした瞬間、私たちの前で停車する一台の馬車。


「おやおやぁ、アレクシア・バートリさんにカイト・ハルサメさんじゃないですかぁ! 今日はいい天気ですねぇ!」

「ナ、ナタリア!? お、おはよう……」


 馬車の窓から顔を出したのは元気が有り余るナタリア。この女の隣にはクリス・オリヴァーが眠たそうな顔でこちらを見ている。


「おはようございます。時間通りに集まりましたね」

「馬はお前が操縦するんだな」

「これぐらいは心得ていますので。さぁ早く乗ってください」


 馬を操る御者(ぎょしゃ)はティア・トレヴァー。私たちは馬車へ乗り込むとクリスが「おはようさん」と挨拶してきた。


「おっすクリス! 眠そうだけど大丈夫か?」

「ああ、昨日帰還したばかりなんだ。そんで今日もまた任務だ、だりぃ……」

「そうですかぁ? 私はこの護衛任務でいつ野郎どもを殺せるか楽しみですけどねぇ!」

「……この女がおかしいのか、それともお前が虚弱なのか」

「どう考えてもこいつがおかしいだけだ……」


 そわそわとしているナタリアに苦笑するクリス。私は膝の上に置いた鞄を両手で抱え、向かい側で中腰になるナタリアへ、


「お前はいつ帰還した?」


 派遣任務からいつ帰還したのかを尋ねれば何食わぬ顔でこう答えた。


「一時間前に帰ってきましたよぉ」

「……一時間前だと?」

「はい、派遣任務で頭の悪い野郎共をこうやってボコボコにしてきました! ですがあまり強くなかったので、今度はもっと強いのと戦いたいですねぇ!」

「お前さん、体力バケモンだな……」

 

 宙で殴る素振りを見せるナタリア。一時間前ということは派遣任務を終えてから、休息を取るどころか眠ってもいないのだろう。


「馬車で暴れるのは止めてください」

「す、すいません!」


 ナタリアのせいで馬車が揺れ、ティアが不機嫌な声を上げる。キリサメが代わりに謝りながら落ち着つくようハンドサインを送ると、ナタリアは首を傾げて何かを閃く。


「私と力比べがしたいんですねぇ! いいですよ、やりましょうかぁ!」

「ちょっ……!?」


 そして手の平を合わせる格好でキリサメの両手をガッチリ掴んだ。余程の馬鹿力なのかキリサメは抵抗もままならず、両手の甲を馬車内の壁に勢いよく衝突させる。


「……ここで降ろしますよ?」

「すいません! ほんっとすいません!!」

「おや、力比べしないんですかぁ?」

「お前さんが賑やかすぎて仮眠も取れそうにないな……」


 ナタリアの暴走が収まることなく、二時間程度で"シメナ"と呼ばれる海沿いの町に辿り着く。ティアは街中の停車場で馬車を止めると「降りてください」と私たちへ声を掛けた。


「シメナではロストベアとロザリアで貿易を行っています。大陸同士の関係を築き上げている唯一無二の町です」


 馬車から降りて海辺を見渡してみれば、何隻もの船がゆらゆらと海上で揺れながら出航を待ちわびている。船上では筋肉質の男たちが貿易に必要な積み荷を運んでいた。


「馬車に積んである武器を装備してください」

「何だ。もう渡すのか」

「渡さない理由はありません」


 馬車の後ろには『ルクスα・ディスラプターα・銅の杭が入ったホルスター』が積まれている。私たちはそれぞれの武器を手に取ると装備した。


(ディスラプターαのホルスターは腰に付けるのか)


 ホルスターに入っているのは一丁だけかと思い込んでいたが実際は二丁。後ろ腰に装着し、左右の手で一丁ずつ引き抜けるように作られている。


「……お前さん、二刀流を使うのか」

「はい! お前たちも腕が二本あるのにどうして剣を二本持たないんですかぁ?」

「それが個性だ」

「なるほどなるほど! 殺し方にも個性があるってことなんですねぇ!」

「到着して早々に物騒な話すんなよ……」


 左右の腰に二本のルクスαを装備しているナタリア。私がいい加減な返答をすれば妙な解釈をして納得する。キリサメは杭のホルスターを付けながら私たちのやり取りに苦笑していた。


「私たちが乗る船は?」

「まだ決まっていません」

「えっ、決まっていないんですか?」


 ティアに連れられ町中を歩けば町の人間がざわざわと騒ぎ立て、私たちへ注目を向けている。集まる視線に含まれているのは『ついに来たか』という妙な期待ばかり。


「出航予定は明日なので」

「今日じゃないのか」

「ナタリア・レインズ、クリス・オリヴァーの帰還が遅れた場合を想定し、出航日を一日ずらしました」

「そりゃあいい。今日はゆっくり休めるってわけだな」


 そんな会話を交わしていると船着き場へ辿り着く。ティアはその場に立ち止まり、誰かを探すように辺りを見渡した。

 

「おう、やっと来たかいキツネのねーちゃん! だいぶ遅刻してんぜ?」

「いいえ、時刻通りです」


 近づいてきたのは声量のある黒ひげを生やした男。黒色の三角帽子を被り、いかにも海の上で生きてきたような風貌をしている。


「おっ、この嬢ちゃんたちを船に乗せてくのか?」

「はい、私を含めて乗船するのは五人です」

「誰だこいつは?」

「彼はジョニー・フィッツロイ。私たちリンカーネーションの任務に関連する船旅を数十年前から担ってくれている船長です」

「この暑苦しい男が船長なのか?」

「ガハハッ! こりゃあ生意気なお客さんだこった!」


 ジョニーは豪快な笑い声を上げると私の髪をわしゃわしゃとかき乱した。気色が悪いとすぐに手を払いのける。


「触るな」

「すまねぇすまねぇ! 嬢ちゃんが娘に似ていたもんでついクセでやっちまったよ!」


 裏表のない清々しい顔と豪快な笑い声。その発言に悪気も偽りもないが……まだ出会ったばかりの男に触られるのは気に食わない。


「それよりも"ジョン"。明日の出航について改めて確認したい点があります」

「待った! それについては俺から先に言わせてほしいことがあるぜ、キツネのねーちゃん」

「どうぞ」

「実はトラブルが起きちまってな。申し訳ねぇんだが明日の出航はちっと難しくなったんだ。出航日を明後日に引き伸ばしてもらえたりしねぇか?」

「どのようなトラブルが?」


 ティアにそう問われ、ジョニーは困り顔を見せながら町中を指差す。

   

「どうやらこの町に"吸血鬼"が紛れ込んでるみてぇなんだ」

「吸血鬼が、ですか? その根拠は?」

「真夜中に奇妙なことが起こるらしいぜ。町を出歩いていた時に呻き声を聞こえたり、屋根が知らねぇうちに血塗れになっていたり。とにかく町の連中は吸血鬼が紛れ込んでいると怯えてばかりでな」

「その話と出航に何の関係もないだろう」


 私が否定をするとジョニーは「そうでもねぇんだなそれが」と三角帽子を被り直し、右手の親指で後方にある自身の船を指し示した。


「町の連中は俺たちの船に吸血鬼が乗り込んでロストベアからやってきた、とか言い出してなぁ。また船を出したら俺たちが更に白い目で見られちまう」

「積み荷へ紛れ込んだ可能性は?」

「馬鹿言っちゃいけねぇ! 俺たちにも船乗りとしてのプライドと責務ってもんがある! 積み荷のチェックを怠ったことは一度もないぜ!」

「つまり町の人間の勝手な被害妄想ということか」


 ロストベアは吸血鬼とクルースニク協会というならず者が集まる大陸。普通に考えれば大陸同士の繋がりを持つジョニーたちが疑われてもおかしくはない。 

 

「出航延期は町の人間との信頼関係が理由ですか? 私たちは観光をしたいわけではありません。この町で待機可能な時間があるわけでも──」

「落ち着きなキツネのねーちゃん。こんだけのトラブルだったら出航の約束は破らねぇ。無理やりにでも出航してやる。俺が出航を引き延ばしたいのはもう一つの深刻なトラブルのせいだ」


 ティアが「これだけでは不十分な理由だ」と出航を強制させようと試みることに気が付き、ジョニーは言葉を遮りながらもう一つのトラブルとやらをこう語った。


「明日は"異界の霧"が出ちまう」

「……異界の霧?」

「俺も詳しいこたぁ知らねぇが、異界の霧が出る日に船を出すとぜってぇに"遭難"しちまうらしい。未だに異界の霧が出る日に出航した船は一隻たりとも帰ってねぇ」

「遭難? 大陸と大陸の距離は然程ありません。霧が晴れた後、船の捜索はしましたか?」

「あたりめぇだ。だがな、船の残骸すら見当たらねぇんだ。異界の霧の真相を確かめに行った俺のダチも一年以上も帰ってこねぇしよ」


 ティアとクリスは平常心で話を聞き、ナタリアはジョニーにすら身体を向けず、浜辺の方向を見て飛び跳ねていたが、


「……」

(心当たりがあるようだな)


 ただキリサメだけは思い詰めるような表情を浮かべ、異界の霧について真剣に耳を傾けていた。


「何故明日に異界の霧が出ることが?」

「ロストベアの大陸をここからよぉーく眺めてみな。こんな晴れ晴れしてんのにうっすら白い霧がかかってんだろ?」 


 ティアの問いにそう返答するジョニー。私たちは言われた通りにロストベアの方角を眺めてみる。目を細めて観察してみれば、確かに白い霧がうっすらとかかっているように見えた。何度か瞬きをするが、私の目が霞んでいるわけではない。


「船乗りの間じゃあ、あの霧は"別世界に繋がっている"噂でなぁ。そこから"異界の霧"って呼ばれるようになったわけだ」

「なるほど。それは重大ですね」

「だからよ、キツネのねーちゃん。長い付き合い(・・・・・・)の俺の頼みだと思って、明後日の出航にしてくれねーか?」


 手の平を合わせて頼み込んでくるジョニー。ティアはしばらく考える素振りを見せ、海岸から町の方へと視線を移す。


「出航日を変えるつもりはありません」

「なッ!? キツネのねーちゃん、そりゃあねぇぜ──」

「そのトラブルを私たちが解決すればいいだけの話です」


 変わらず明日の出航。身勝手な判断にジョニーが反対の声を上げれば、ティアは更に言葉を付け加えてジョニーの言葉を遮る。


「解決するったってよぉ? こんなトラブルどうやって……」

「まだ時間はあります。吸血鬼が紛れ込んでいる、というのなら私たちが明日までにその吸血鬼を始末すればいいだけです」

「そんな一日で解決できるものじゃ……」

「可能ですよ」


 ジョニーはキッパリとそう言い切るティアに狼狽え「どうしたものか」と左頬を掻いた。


「なら異界の霧はどうすんだ?」

「霧がかかっても船を出してください。霧が発生する"根源"を私たちで突き止めます」

「おいおい、キツネのねーちゃん! そりゃあ俺らも巻き込むってこと──」

「ジョン、長年の付き合い(・・・・・・・)だと思って聞いてくれませんか? 私は退くつもりはありません」


 二人は長年の付き合い……というのにジョニーがここまで狼狽えているのは、ティアが強情な姿を見せるのが珍しかったからだろうか。


「こうも頼まれちゃ仕方ねぇーな……」

「貴方が話の分かる方で良かったです」

「ただしだ、キツネのねーちゃん。俺も船長として退けねぇもんがある。出航するには条件を付けさせてもらうぜ」


 押し負けたと見せかけて逆にティアへと詰め寄っていくジョニー。近づけば近づくほどに十センチ以上もの身長差が露骨に表れていく。


「この町のトラブルを解決できなかったら出航は明後日……っていうのはどうだ?」

「なるほど。そう来ましたか」

「わりぃなキツネのねーちゃん。ここは俺も退けねぇ」


 ティアは有無言わずして右手をジョニーへ差し出した。


「分かりました。町のトラブルを解決できれば明日に出航、解決できなければ明後日に出航という条件を呑みます」

「ほんじゃあ決まりだ!」

「約束を破らないでくださいね」

「海の男に二言はねぇ! 約束は必ず果たしてやる!」


 ジョニーは差し出された右手を勢いよく握りしめる。私たちに意見を求めず独りでに話を進めたティア。私たちはこの女の後に続いて船着き場を離れ、


「勝手な口約束をしてくれたな」


 真っ先に口を開きティアへ不快な気分を言葉に込めてぶつけた。


「私とこの男をロストベアまで送り届けることが目的のはずだ。それを異界の霧とやらが立ち込める中で出航だと? 明後日でいいものを血迷ったのか?」

「それにお前さん……俺たちにも『トラブル解決』を手伝えと言わんよな?」


 私が文句をつらつらと述べていれば、クリスが便乗するようにティアへと言及する。ナタリアは浜辺を囲う柵に片足を乗せて海岸を眺め、キリサメは黙ったままティアを見つめていた。


「血迷ってはいません。明日に出航するのが正しい判断です。『吸血鬼の捜索』に関しては貴方たちに(・・・・・)動いてもらいます」

「待て、今『貴方たちに』と言ったな。まさか私たちに雑用を任せて、お前はのうのうと観光でもするつもりか?」

「観光はしませんが『吸血鬼の捜索』は貴方たちに一任するつもりです」

「お前さん、何で俺たちがそんなだりぃことを……」

 

 ティアはクリスの言葉を最後まで聞かず、立ち止まっている私たちを置いていくように町中に向かって歩き続ける。


「宿泊予定の宿屋は浜辺沿いにあります。解決出来たら宿屋へ帰還を。それではこの件は任せましたよ」

「おいお前さん、ちょっと待っ──」

 

 クリスはすぐさま呼び止めるがティアは後ろ姿を見せ、決して振り返ることはせず町中へと消えていった。 


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