4:11『招集』
ガタゴトと揺れる馬車。手紙で召集された私とキリサメは馬車の中で清籟の音を耳にしながらアルケミスへと向かっていた。
「……何を見ている?」
「ん? ほら、これを見てたんだ」
向かいの席でスマホの画面をしみじみと眺めるキリサメ。そんな男が私へ見せてきたのは昨晩撮ったシーラたちとの家族写真だった。
「延々と鑑賞するものでもないだろう」
「それはそうなんだけど、本当の家族のことを思い出してさ……」
「お前が住んでいた世界の家族か?」
「そうそう。これが俺の母さんで、これが妹」
キリサメはスマホを何度かスライドし、再度私へその画面を見せてくる。そこに映し出されていたのは苦笑のキリサメ、苦労人らしき母親、不愛想な妹の三人。
「これが家族か。写真だけだと他人のような関係性にしか見えん」
「そりゃあそんなに家族仲は良くなかったからな。母親にはいつも苦労ばかりかけてるし、妹は成績優秀だからこんな俺にはすげぇ冷たかったし……」
「父親は?」
「んー、まだどこかで生きてんのかな?」
「……どういう意味だ?」
馬車の外を眺めていたキリサメは、懐かしむようにぽつりぽつりと自身の父親についてこう語り始める。
「俺の親父はさ、母親と俺たちを置いて逃げたんだよ」
「逃げた?」
「まだ高校生になったばかりの時かな。急に親父が家に帰ってこなくなって、連絡も取れなくなって……気が付いたら俺たちは三人だけになってた」
「父親が逃亡した理由に心当たりはないのか?」
「それがなーんにもないんだ。そん時の家族仲は悪かったわけでもないし、借金とかしていたわけでもないしさ」
キリサメはふと外の景色から私へと視線を移す。
「アレクシアはどうして俺の親父が逃げたと思う?」
「なぜ私に聞く?」
「いや、アレクシアならどう考えるのか気になってさ」
その視線には微小ながら"期待"が込められているように感じた。私は期待されていることに嫌気が差し、左手で額を押さえる。
「知らん世界に住んでいる知らん人間のことを推察できると思うか?」
「……ごめん、それもそうだよな」
スマホの画面を曇った表情で見つめ、何やら思い詰めているキリサメ。私は脚を組み直し、十字架の道に転がっている燐灰石へ視線を向けた。
「お前はその世界に帰りたいんだな」
「……え?」
「今のお前はそんな顔をしている。"願わくばあの世界に帰りたい"という顔をな」
「い、いや、そんなこと、考えてなんか……」
「正直に話せ」
誤魔化そうとするキリサメを問い詰めるとスマホを隣の席に置いて、私から目を背けながら頷いた。
「派遣任務の時にアレクシアが言っただろ? 俺は優しすぎるって、それはお前の住んでいた世界がそうだったからか……って」
「あぁ言ったな」
「そん時さ、俺にはこの世界が合わないんだって思った。どうにか適応しようとしても何もかもが全然ちげぇし」
「……合わないか」
「異世界転生者の生き残りが少ないのは多分そういうことなんだろ。この世界の常識が俺たち側にとって非常識で……表裏一体の関係なんだ」
この世界とキリサメが住んでいる世界がここまで乖離した原因は"吸血鬼の存在"だ。人類の天敵となる吸血鬼が存在することで、文明の発展に遅れが出ているのだろう。
「アレクシア」
「何だ?」
「俺さ、元の世界に帰る方法を見つけることにしたよ」
「元の世界に帰るだと?」
「ずっと考えてたんだ。俺が住んでいた世界の肉体が、どうしてこっちの世界にいるのかって」
「……何が言いたい?」
キリサメはスマホを手に取り、指先で何かを書き込む。
「アレクシアは転生者だよな?」
「あぁ」
「転生する度に肉体は全然違ったんだろ?」
「そうだな。共通する個所もあるが、性別や身体つきはほぼ違う」
「じゃあさ、やっぱり異世界転生者っておかしいと思うんだ」
画面に書かれていたのは"異世界転生者"と"転生者"という文字。その下には特徴が箇条書きで記されている。
「お前とはちょっと違うけど、俺も一応転生者としてこの世界に転生してきた。なのにまったく同じ肉体なんだ。髪型も声も体格も何もかもがさ。圭太もまったく同じだったし……これっておかしいだろ?」
「確かに妙だな」
「俺がこのスマートフォンを持っているっていうのもおかしい。シャーロットの話では俺以外の異世界転生者も全員このスマホを持っていたって言ってたし。転生者なのに前世の道具を持っているなんて、これじゃあまるで──」
「転生してきたわけではなく、異世界にそのまま連れて来られた……と?」
キリサメは肯定するように頷いた。この男にしては随分と鋭い考察だが、転生に関して疑問点がいくつか残っている。
「だがお前は『神棚に置かれた餅を喉に詰まらせて死んだ』と言っていただろう」
「んー、そこだけはよく分からなくてさ。前世を思い返してみれば、自分が死んだ確証があんまりないっていうか……」
「なら仮にこの世界に連れて来られたとしてだ。一体どこの誰がお前たちを連れてきた?」
「あー、どこかの神様……とか?」
「神だと?」
気に入らない言葉を耳にし、私は眉間にしわを寄せた。
「別の世界からこの世界に連れてくることができるのは……やっぱ神様ぐらいしかいないだろ?」
「……」
「……だ、だからさ! もし転生じゃなくて連れて来られたのなら、元の世界に帰る方法もあるのかなって!」
露骨に不機嫌な表情を浮かべている私に気が付いたキリサメが、話の軌道を違う方向へと変える。
「お前はこの世界でその方法を見つけると?」
「そうそう! 帰る方法をこの世界で見つけられたら、迷い込んだ異世界転生者も助けることができるだろ?」
「……そうかもしれんな」
「というわけで、俺は元の世界に帰る方法を探すことにするよ。今まで何となく生きてきたけど、これからはそれを目標にして頑張ってみる。……いいよな、アレクシア?」
「お前の人生だ。お前の好きにすればいい」
丁度のタイミングで馬車が停車し私たちはアルケミスへ降り立つと、アカデミーの方角へ歩き出す。派遣任務の期間ということもあり、アカデミー内の生徒の数は少ない。
「ん、なんか騒がしくないか?」
研究室前に到着すると扉の向こうがガヤガヤと騒がしかった。賑やかな研究室にノック音は聞こえないと考え、私はノックせずに扉を勢いよく開く。
「……何をしている?」
「おやおや、アレクシア・バートリさんじゃないですかぁ!」
研究室内では何かの部品を振り回すナタリア・レインズと、それを止めようとするシャーロット。そして部屋の隅にはどこかで見た覚えのある男の生徒が立っていた。
「こらぁ、ナタリア君ッ! その部品は貴重な代物なのだよ! さっさと置きたま──」
「どうしてここへ来たんですかぁ?」
「にゅわっ!?」
ナタリアが部品からパッと手を離したため、シャーロットが滑り込んでそれを何とかキャッチする。
「この研究室に召集された」
「あ、そうなんですか! 実は私も呼ばれたんですよぉ!」
ドタバタと私に駆け寄ってくると、隣に立っているキリサメへ視線を移した。
「おやおやぁ? もしかしてあなたは本試験の時の……」
「あれ? 意外に俺のこと知ってる感じ──」
「カイト・"ハルサメ"さんですねぇ!」
「ちげぇーよ! カイト・"キリサメ"な!?」
訂正されたナタリアは頭部を何度も手の平で勢いよく叩きながら「おかしいですねぇ」と首を傾げる。
「私、こう見えても記憶力はいい方です。本試験の時にアレクシア・バートリさんからきちんと名前を聞いたはずですねぇ」
「……アレクシア」
「あぁ私が教えたな」
「何で変な名前教えてんだよ!?」
「この女の記憶力を試すためだ」
キリサメが更に文句を言おうとすれば、ナタリアはお構いなしに鼻先が付く距離まで自分の顔をキリサメへ近づけた。
「あなたはカイト・ハルサメさんですよねぇ?」
「い、いや俺はカイト・キリサメ──」
「私、記憶力はいい方なんですよぉ。覚え間違いは一度たりともないんですねぇ」
「だ、だから、あ、あの──」
「なのでカイト・ハルサメさんでいいですかぁ?」
「……は、はい」
ナタリアの底知れぬ圧力にキリサメは『カイト・ハルサメ』という名前を受け入れてしまう。
「ではではぁ、よろしくお願いしますねカイト・ハルサメさん!」
「ヨ、ヨロシクー!」
キリサメの右手を両手で包み込むようにして握り、ブンブンと激しく上下に揺らした。そんなナタリアにキリサメは苦笑いしながらカタコトで返答する。
「次は俺に自己紹介させてくれ」
今まで傍観していた男の生徒がこちらへ近づいてくると、握手を交わすためまずは私に手を差し伸べる。
「Cクラスのクリス・オリヴァーだ。よろしくな、アレクシアとカイト」
クリス・オリヴァー。
名家であるオリヴァー家の血を継ぐ人間。瞬間、私の脳裏にオリヴァー家の始祖と対面した記憶が蘇る。
『すみませんすみません、私に独りで戦わせてください……"愚か者"に手を貸してもらうほど私は落ちぶれていないんです……』
『自信だけは大したものだな"根暗女"』
『すみませんすみません、私があなたよりも優秀で……』
『お前が私よりも優秀なのは敵への命乞いだろう』
オリヴァー家の始祖は口癖のように謝罪をし続ける気弱な女。暗い性格をしているため私は"根暗女"と呼んでいた。
「……私たちのことを知っているような口ぶりだな」
「お前さんはそこそこ有名人じゃないか。このアカデミーで総合成績トップだろ。それにこうやって握手しないのも噂通りだ」
握手を返さずにいるとクリスは手を引っ込めて「予想通り」だと微笑した。
「あれ、じゃあ何で俺のことも知って……」
「覚えてないか? 実習訓練の対人戦」
キリサメはクリスにそう言われ、実習訓練での記憶を探っていると突然「あぁ!」と大声を上げた。
「そっか、お前は確か俺の対戦相手だった……!」
「思い出してくれたか? 初戦で対戦相手になった俺だよ」
私はこの男に見覚えがあったワケに納得をする。よく思い返してみれば、この男がキリサメを銃のみで圧倒していたため、オリヴァー家の人間ではないかと推察していた。
「いやぁ、お前の射撃すごかったよ! 俺なんか全然近づけなくてさ! 改めてよろしくなクリス!」
キリサメがクリスと握手を交わしていれば、部品を抱えていたシャーロットが「ゴホンッ」とわざとらしく咳ばらいをする。
「自己紹介は済んだかね? そろそろ本題へ入りたいのだが」
「構わん」
「ふむ、それでは私に付いてきてくれたまえ」
その言葉を聞いたシャーロットは研究室から私たちを訓練場へと連れて行く。
「随分と遅かったですね」
「すまなかったねティア君。友情の発芽の為に時間を割いていたのだよ」
「語呂を良くしても遅刻は遅刻です」
辿り着いた訓練場。そこではティア・トレヴァーがポツンと独りで待ちわびているようだった。あの女の近くには武装を置くための台が設置されている。
「私たちを召集したワケを話せ」
「口の利き方について言及したいところですが、今は私に時間がありません。単刀直入に召集理由を説明します」
ティアは台に置かれた四枚の用紙を私たちへ配布しながらこう説明をした。
「あなたたちにとある命令が与えられました」
「命令?」
「命令内容はそれぞれ違います。まずナタリア・レインズ、クリス・オリヴァー。あなたたち二名への命令は『アレクシア・バートリ、キリサメ・カイトの護衛』です」
「護衛? 生徒の俺たちに護衛をさせるのか?」
「私は護衛役としてソニアとエレナを希望しました。ですがあの二人は現在ロストベアで別の任務を遂行中です。帰還要請をしたとしても出航予定日に間に合いません」
クリスが疑念を抱くことを予測していたのか、ティアはスラスラと裏の事情を説明する。そんなクリスを他所にナタリアは貰った紙をグルグルと振り回していた。
「襲ってきたら私が殺してもいいんですかぁ?」
「二人の身が危険だと判断した場合、襲撃者の生死は問いません」
「そうですかぁ! ではどんどん襲い掛かってきてもらいたいですねぇ!」
歓喜の声を上げているナタリアを放って、ティアは次に私たちへの命令内容について説明を始める。
「そしてアレクシア・バートリ、キリサメ・カイト。あなたたち二名への命令は『ロストベアのクルースニク協会へスパイとしても潜り込み、吸血鬼の情報を盗む』という内容です」
「……ロストベアか」
グローリアが設立されたこの大陸がロザリア。吸血鬼が支配する大陸をロストベアと呼ぶ。片目を暴発事件で失い、医務室で引きこもることになったあの時期に本で学んだ。
「クルースニク協会とは何だ?」
だがクルースニク協会と呼ばれる名称は初めて耳にする。何百冊と本を読んできたが、そのような名称は記載されていた覚えは一切ない。
「クルースニク協会は私たちリンカーネーションのように、吸血鬼と敵対する組織です」
「ならスパイとして送り込む必要はないはずだろう。情報を譲ってもらえばいい」
「そう簡単に譲ってもらえると思いますか?」
「まさか関係が劣悪だとでも?」
「ええ、"劣悪"という言葉より"崩壊寸前"という言葉の方が相応しいぐらいです」
そこまで関係が最悪な状態へと陥っている理由をティアは淡々と説明を始めた。
「私たちリンカーネーションは『吸血鬼を粛正すること』を目的としていますが、クルースニク協会の人間は『自由に生きること』を目的としています。彼らのポリシーとなる言葉は『栄光を捨てよ』」
「……栄光を捨てよ、か」
「『神などは所詮偶像に過ぎない、頼れるものは人間の力のみだ』と私たちとは真逆の組織です。毎年毎年、機関に所属できなかった者たちが何百人とこのグローリアからクルースニク協会へ流れていきます。その為、リンカーネーションとクルースニク協会は常に崩壊寸前の関係を築いているのです」
つまりこのグローリアでどうしようもないほどに堕落した者たちが、次なる境地を目指すためにクルースニク協会へ所属する。そんな負の連鎖が続いているらしい。
「グローリアとの大きな相違点は人間の欲望を束縛する法が存在しないこと。こう言えば分かりますよね?」
「無法地帯ということか」
「ええ、無法地帯です。吸血鬼よりも人間が恐ろしい組織。人殺し、薬物、売春、強姦……あらゆる犯罪の温床です」
「そんなとこに俺とアレクシアを行かせるつもりなんすか!?」
「私も最初は反対しました。ですがヘレンには何か考えがあるようです」
私にはその考えをすぐに察した。あの皇女は『私が吸血鬼共の情報を欲している』のを利用しようと考えたのだろう。自分にも私にもメリットがあると判断したのだ。
「アレクシア・バートリ、キリサメ・カイト……これがあなたたちの命令内容です。詳しい話は出航日にまた説明します」
納得いかないキリサメと肯定も否定もしない私。命令を断らない……というよりも断れない。そもそも断らせるつもりなど微塵もないようだった。
「ティアくん、伝達は終わったかね?」
「大体は」
「ふむ、それでは私の番といこうかね」
シャーロットは台に置かれた一丁の銃を手に取り、私たちの前へと持ってくる。
「……?」
ディスラプター零式のようなリボルバーではない銃。黒色に塗装され、形状は四角に近いものだった。
「何だそれは? 俺でもそのタイプは見たことがないぞ」
「そこで見ていたまえ」
シャーロットはグリップに弾丸が装填された"入れ物"を詰め込んだ。そして手動の操作を無しでカカシに向かって何十発も発砲すれば、スライドした部分から薬莢が排出される。
「まさかその銃、全部自動で……?」
「そうだとも。この銃はディスラプター零式から進化を遂げた──」
カカシに全弾命中させたシャーロットはその場で振り返り、
「──Disruptor αだ」
ディスラプターαを自慢げに私たちへ見せつけた。




