大福と眼福と。うん良い韻踏んでますね。
サンルームに茶器を運んでもらう。
このサンルーム、12畳はあるかしら。片屋根の硝子越しに、遠くビルが林立している所を見ると、最上階である事に間違いはない。
という事はー。
「波瑠さん」
「何でしょう」
「え、と、二ードゥスだっけ?ここは何処にあるの?」
「外界の、ですか?S区です。」
「外界?」
「はい。」
波瑠さんは、慣れた手つきで緑茶を九谷に注ぐ。
「紅茶よりこちらの方が、さっぱりいたしますよね。」
うん。日頃番茶しか飲まないから、やっぱり日本茶が落ち着くわー。
「ね、波瑠さんは、やっぱり東の人なの?」
「はい。私の家は山里にあります。」
お茶を飲み飲み、私は波瑠さんから東についてレクチャーを受ける事にした。
曰く。
東の一族は、その名の通り、本州東に散る家々の総称だそうだ。本家の倉家は、何処にあるかは明かされておらず、東の者のみがたどり着ける場所にあるとの事。
この現代に?
Googl〇マップで検索出来る時代に?
「はい。本家は一族の力で秘匿されております。都合上、外界と接している箇所は複数ありますが。」
そこまで隠すのは?
「闇の一族の存在は、外界から知られてはならないのです。時の権力者は必ずその地を探しました。4つに一族が割れたのは、安全策からと言われています。
そして、東西南北それぞれが、異能を研ぎ血を繋ぎ、闇妃を崇めると共に全力で闇妃を護りました。また、闇妃によって一族は結界を張り、脈々と連なっております。」
異能。
さっきの紅宝みたいなやつかな。
「それぞれの一族は、得意とする異能がございます。東は、超視覚を高めて参りました。……お嬢様。」
「はい?」
「……長くなりますので、大福とおかわりのお茶をお持ちします!」
異能とやらは、大福に負けるのね。そうなのね。
サンルームは五月にしては、柔らかい陽光に包まれている。
暑くもなく寒くもない。そして、何故か何故か、
そよっと微風があるのだ。
ハンギングツリーが微かに揺れている。不規則に。
密閉されたビルの室内で。
見渡しても空調の無さそうな、このサンルームに。
……もう何があっても驚かないけどね。
超絶美人。金持ち叔父さん。高層ビルの空中庭園。茂る植物と途絶える根元。命を狙う輩。
魔術を使う少女。
…あれ?
そう言えば、闇己さん、私の頭に呼びかけたよね。
「空耳も、異能?」
「聴覚ですか?」
波瑠さんは、そそくさとお盆を置いて、エプロンを取った。
「超聴覚は、北の十八番ですね。ちなみに、西は嗅覚、南は触覚です。」
目、鼻、耳、皮膚。ね。
ふうん。
「お嬢様。群林〇の豆大福です。」
おお!美味しそう!
「お茶はやや渋めにいたしました。私も頂いても?」
当たり前じゃん。
お茶会お茶会。
「そうですね…まずは、私の事からお伝えしましょう。」
波瑠さんは、二口で大福を召し上がると、ずっ、と渋茶を啜って、茶碗を両手に包んだ。
私は、東の一族の、青央家の者です。私が幼い頃に東の本家である倉様に、西の方が嫁がれました。
その頃の闇妃―クイン様は、外界にはお姿を見せることなく半世紀以上が経っておりました。その間、巫女召喚もなく、2つの大戦による混乱はその為ではないかと言う方もおいででした。
それでも闇の本家は、脈々と繋がらなくてはなりません。
西の方が東の本家に嫁がれた事で、次の闇家惣領は、筆頭四家の中でも清一様であろうと目されておりました。
それが、貴女のお父上です。
奥方様様…昴様は、西の惣領様のご長女でした。西と東の濃い血が混ざる事で、そのお子様は、長くお見えされない闇妃をお目覚めさせるシビュラであろうと期待が集まったのです。
「で、産まれてみたら、私で、能無しだったと」
「その様な……お生まれになった蜜葉様は、奥方様様によく似たお姫様だったと一堂祝ったそうです。確かに異能の証しは、お持ちでなかったと一族は落胆致しました。」
何だか落第生だと言われた気分。
「その後、ひっそりと清一様と昴様は家を出られたと。その時はまだ一族は、何処でお過ごしになろうと闇家惣領の宣託があれば呼び戻そうと考えておりました。」
「でも、見つからなかった。」
「はい。その容貌も気配も変えておいでだったのでしょう。異能者の中でも清一様は当代切ってのお力をお持ちでしたから。」
あの平板な顔は、お直ししたって事?それから母は……
あれ?
思い出せない。
何で?15まで育てて貰った母の顔が、霧のようにぼやけた記憶しかない。
「私は未だ幼くて。ただ、血の濃さが仇になったと。……程なく、倉の姫様が、闇家惣領、どころか闇妃宣託を受けられました。」
え、闇妃って、選ばれるものなの?
闇家惣領は、四族から選ばれるってのは分かったけど。
「はい。
大人達は大混乱だったそうです。長らく表に現れなかったクインが、実は東に生まれ変わっていたとは。」
生まれかわり?
「闇妃が永年という時を経る存在ですが、下界では憑座となる生身が必要です。それが、現在のクインだと分かったのです。」
あー。
つまり、闇妃ってのは実体がなくって、生身で存在するには、誰かに憑依する。そういう事かな?
長年出没しなかったのは、
ぴったりな器になる女性がいなかったから?
「東はそれはもう大騒ぎでした。これで東は安泰。四家も、日本も、と。ただ、姫様にはシビュラ宣託が下ろされておりません。次は巫女の出現。四家は、それぞれの一族から、巫女たる娘を求めたのです。」
「波瑠さんも?」
「いいえー。私は!
私は青央家ならではの能力しかございません」
それはどんな?
そんな好奇心が顔に出ていたのだろう。
「うふふ。蜜葉様、お手を」
差し出された手のひらに、おずおずと手を重ねる、と
うわあ!わあ!
フワッと風が変わって、
ざぁっっっ……
「!!」
サンルームは
一面の菜の花が広がる野原となり
そこに、桜の花が
風と共に、舞う
舞う
黄色の絨毯に、空一面の
桜色が
ざわっ
さわ さわ さわ
青空の高くから
花びらが ……
色彩の只中に、私と波瑠さんが立っていて―
思わず目が眩んだ私が、手を離すと
さらさらさら……
景色がゆっくりと床に散って、
元のサンルームに、私は座っていた。
「超視覚と共に、東が得意とする幻視です。私のは、接触した方にしか見せられませんけど。」
「………は、あ〜っ……」
私はゾクゾクする興奮と、余りに美しい風景の残像からの恍惚に、息を忘れていた事を思い出した。
す、ごい。
ルビの苺なんか目じゃないやん!
「蜜葉お嬢様には、今の幻視を現実に、この東の宮に下ろしていただきますよ。―それが、巫女候補のお力なのですから。」
イケメンを出すまでは!出すまでは!
華がなくって申し訳ないですが、話が進めばきっと出るはず美男子が!