コンサバトリーのお話は聞いていません
「どうして、あの子に嘘を教えましたの?」
胸元からスマホを取り出して、何処かに連絡しようとしていた闇己は、黒髪の美少女に振り返った。
「貴方仰ったわ。何度も。」
「……聴こえてましたか」
当たり前ですわ。
ひっそりと美少女は呟く。
瑠璃はテーブルに腰を預け、中央のトレイに残っている苺を1粒取った。肩から、さら、と髪が流れ落ちる。
「心話、のおつもりだったのでしょう?舐めないで頂きたいわ。」
北を。
瑠璃が苺を咥える。
真っ赤な唇が濡れて光る苺に触れる。
憂いのある長い睫毛。
その若々しい色香は17歳ならではか。
「黒金の地獄耳、ですか。」
「天耳通くらいに言って頂きたいわ。」
「菩薩ですか。北は仏教徒でしたか?」
「一族が信じるのは、闇妃だけよ」
闇己は、携帯を仕舞い、面白そうに微かに目を細める。
「微かな物音も感知する能力。北が得意とするところですが、まいりましたね。声は出してはないつもりでしたが。」
「黒金家でもわたくしは特異。周波数さえ掴めば受け取れるわ…貴方も、まさか心話が可能とは恐れ入るわね。」
「彼女は姪ですからね。」
血縁なればこそ、届くのだと言いたいらしい。
ふん。
じろりと瑠璃は端正な男の顔を見上げる。
「お認めになるのね。あの子に嘘を吹き込んだ事」
右だと。
右の石だと闇己は指示を出していた。
幾度も。
「それが何か?」
面白そうに闇己が答える。
「私は、自分が確信した事を何とか蜜葉さんにお伝えしようと願っただけの事ですよ。…まんまと外れましたけどね。」
白々しい。
「貴方程の人が、ルビの目くらましを見抜けなかったとは思えないけど。」
「私の何をご存知だと?…ただの西の惣領ごときが、南のシビュラ候補の異能に叶うはずがありませんよ。」
ご謙遜。
まあ、良いでしょう。
真実をわたくしに言う筈もない。
「―あの子、<石>をまだ持ってないのでしょ?」
瑠璃は胸元のラピスラズリをそっと触る。
「ええ。だからこそ、一族は確証がないのでしょう。東のシビュラとは。」
「<石>を持たずに、千里眼を発揮した、と。やるわね。」
「……。」
闇己は腕のパティックフィリップをちら、と見て、これで終わりです、と、仕草で伝える。
ふん。
瑠璃はスカートをつい、とつまんで、挨拶を返す。
「北はあの子を招待しても?」
「…お手柔らかに。」
今度こそ携帯を取り出して、後ろを向いた闇己の背中を見遣りながら、瑠璃は呟いた。
守る?
どの口が。
闇己。
あんたは何を狙ってるのかしら。
「お嬢様!そんな事なさってはいけません!」
「いいです!動かないと、ブタになっちゃいます!」
美味しい昼食を平らげて、食器を洗い出したら、メイドさんがあせあせしてやってきた。
「蜜葉様は、大切な巫女様です!」
それと家事とは関係ないと思う蜜葉は、テキパキゆすいだ皿を立て、シンクの水気を拭き取り出した。
「お嬢様〜〜!」
キュキュっと磨いて、スポンジを絞って、終了〜〜。
「私の領域を侵さないで下さい。」
「―?」
少し自分より背の低いメイドさんは、涙目になりながら、スポンジを私から取り上げた。
「蜜葉お嬢様の身の回りを整えるのが私が東から仰せ使った任務です!やっと貴女がいらっしゃって、ようやく私の仕事が始まったのです。ですから。」
「邪魔、してますか。」
「しています。…お叱りを受けるのは、私です。」
誰から。
どんな。
色々聞きたい事が、そう言えば、あるよね。
「そっか。人の大事な収入源を取り上げちゃうか。」
「はあ?」
手を拭き拭き、私は尋ねる。
「ね、お名前は」
「あ、あ、はい。波瑠です。」
「じゃあ、波瑠さん。」
エプロンを取って、蜜葉は言う。
「食後のお茶を2人で呑みましょう!そして、私の話し相手になってね!」