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お家がなくなりました

更新は遅いと思います。

それでも良かったらお付き合いください。

「見つかった?」

振り返りもせず、深紅のドレスの貴婦人は背後に近づいた人物に問うた。


厚みのある絨毯は足音を消し、柔らかな照明は彼女のテーブルでドレスに光沢を与えて、人の影も作ってはいないにも関わらず。


「宜しくね。」

短い言葉は、確認でも依頼でもない。


命令。

後ろの男は振り向かない女性に一礼して踵を返した。



 ふふ。

 私のラールラ。




*********************






え。

うそ。

なんで。

ありえない。


蜜葉は、カタカタと震える身体を力の入らない腕で抱きながら立っていた。


「みっちゃん、あんた・・・何てことに」

隣のおばちゃんが、不憫そうに私の肩を抱きながら揺さぶる。

「わたしんとこは無事だったけど、あんた何でガソリンなんか」

「・・・し、しらな・・・そんな・・・」


ぶすぶすとまだ白い煙を立ち上らせながら、蜜葉の我が家だったものは、未だ熱を持っている。


深夜のバイトを終えた蜜葉が家だった場所に戻ったのは、明け方だった。



消防と警察と・・・あれやこれや情報が入り、詰問がなされ、結論として


灯油とガソリンを間違えた失火


という結論に至ったらしい。



らしい。

蜜葉は未だその結論を飲み込んではいないからだ。


(だって)


両親から残された小さな家には、灯油ストーブなんて、納戸にしまわれっぱなしで、ここ数年使っていない。蜜葉は火に弱い。だから台所はIHに変えたし、冷暖房はエアコンとコタツに頼っている。

しかし、残骸を調べた消防員は、確かに居間のストーブが出火元だと断言した。


全焼。


たまたま通りすがりの人物が、119してくれたおかげで、延焼は免れた。風が無かったことと、発見が早かったことが不幸中の幸いだった、そうだ。

渇いた空気の中、古い木造の我が家は、いとも簡単に燃え墜ちたそうだ。


「あんた、バイトで寝てないんだろお?おばちゃんとこでご飯食べて少し寝るかい?」

消防からも警察からも改めて署に伺う約束の後、班長のお宅と町会長のお宅に謝りに伺い、日が高くなった頃までつきあってくれた鈴木のおばちゃんが家に誘ってくれた。

「何てことだろね。ご両親があんなことになって、家も。……こんないい子が、運の無い」


カミサマってのは何考えてんだい~ そんなおばちゃんの言葉を耳に入れながらも、蜜葉は考えていた。


 (出してない。ストーブなんて。)


昨日は、居間のこたつで寝てしまった。エアコンを切って、こたつの電源を抜いて、身支度をすませてすぐに、大学へ向かった。

カギは?かけた。かけた、と思う。

日常の一連の行動なんか記憶には残らない。


(誰かが入って)


入って、納戸を開けて、ストーブを出して、ガソリンを入れて・・・

(ありえない)


それは放火だ。

蜜葉の脳裏に、ごう、と燃え上がる居間を背に、玄関から出て行く男の姿が浮かんだ。

馬鹿な。


でも。


「みっちゃんは、保険に入ってたかい?」

おばちゃんが目の前におにぎりの皿を置いて問いかけてきた。

はっとして蜜葉は、言葉を咀嚼する。

「保険・・・」

「ああ。火災保険。」

(わ)

ない。かも。

「父と母が亡くなっているので・・・」

あちゃあ、どうしようね、こうしちゃいられないね、みっちゃん私のつてで調べてあげるからあんたは少し休みな!どうせ起きたら関係のところ回るんだろうし一日長いんだからねっ!さあふとんふとん!


・・・おばちゃんは、優しい冗舌で、私を休ませた。


ぼふ

布団の中の私の身体から、煙の臭いが立ち上る。

(おばちゃん、ありが・・・)

まるでおにぎりに睡眠薬でも入っていたかのように、私は眠りに落ちた。


私は (くら)蜜葉(みつは)19才。

16才の時に、両親を事故で亡くした。相手も居ない自損事故。


父方も母方も、葬儀に呼べる親戚を知らなかった。

父の会社が葬儀を取り仕切ってくれて、相続についても上司の方が手を回して下さった。

しかし、遺産はほとんどなく、ぎりぎり蜜葉が成人するまでの学資と、中古の家が残った。


それからは、たった一人学校とバイトの自転車操業で乗り切ってきた。大学も国立に入り、高校より実入りのいいバイトを梯子してがむしゃらに生きている。深夜のバイトは実入りがいい。昨日も仮眠の後勤め上げてきたのだ。

とにかく2回生から始まる公務員対策講座の月謝を貯めなくては、と、おしゃれも知らず、女友達と青春を謳歌することもなく、無論恋愛もスルーして。


夢は公務員。

堅実な人生!


そんな女子大生が今、家すら失ってしまった。

お父さんお母さんの遺品も、自分の持ち物も、アルバムも、みんな・・・



「で、こちらが闇戸さん。」


起きて布団をたたんで階下におりたら、おばちゃんが男の人と向かい合っていた。


ちょうどあんたを起こしに行こうと思ってたんだよお、丁度良かった。闇戸さん、こちらが蜜葉ちゃんだよ、ねえほっそい身体でがんばってたのに不始末出しちゃって、不運な子なんだよ不憫だよねえ、ああ、みっちゃん、保険の事であちこち尋ねてたらこの弁護士さんがみっちゃんの火事を知って訪ねてきたってそこの保険屋さんでさあ~、ああ、そうだ、えっと名前は・・・


「どうもこんにちわ。災難でしたね、倉さん。弁護士をしております闇戸と申します。」

マシンガントークをやんわり待って、黒いスーツ姿の男性がにっこりと名刺を差し出してきた。


闇戸弁護士事務所 所長 闇戸 匡貴


「やみ・とー」「くらとと。お父様には生前懇意にしていただきました。」

にこにこと微笑む闇戸氏は、三十代後半くらいの上品なイケメンだ。きちんと正座しておばちゃんの出したお茶を両手で持って飲んでいる。

「父と?」




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