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猟犬  作者: 次郎
32/45

31.追撃

この小説は、史実を基にした創作になります。


登場する人物、名称等も実在とはことなります。

 敵の退却を見て取った本願寺勢は、勝利を確信して追撃を始めた。

 野戦において、追撃戦ほど高い戦果を上げられるものはない。織田勢は未だ大軍であり、ここで徹底的に叩いておくことが、のちの戦の優位に繋がるのだ。

 門徒衆は、血と泥に塗れた死屍累々の平野を駆け抜けながら、遮二無二突撃を始めた。

 銃撃を終えた蛍は、しばらくしてようやく安堵の表情を見せた。


「これほどの猛烈な銃撃、初めて目にいたしました」


 折り重なる織田勢の亡骸を、複雑な気持ちで見つめる三郎は、無二にそう呟く。


「予想以上にうまくいきました。どうも、原田備中には手柄への焦りがあったのかもしれませんな」


 無二は、脆くも崩れた敵の動きにそう見当をつけながら、周りの鈴木党に今後の動きを指示する。

 信長の信賞必罰は、天下の知るところであった。その家中の出世競争は、苛烈であった。 

 それにしても、雑賀衆の銃撃は、三郎の想像を上回るものであった。

 何より驚いたのは、その無尽蔵の火薬であった。あれだけの長時間、あれだけの銃弾を撃ち込むには、相当の火薬、つまり硝石が必要になる。

 戦がこの一戦のみならまだしも、今後も続くことを考えれば、彼らは一戦にあれだけの火薬を使えるほどの硝石を、保有しているということであろう。

 三郎は、以前孫市や無二に、硝石の出どころを尋ねたことを思い出した。

 彼らが言うには、海外からの調達は難しくなっているという。そう考えると、残りは堺からということになるが……。


(確かあの時、天王寺屋と言っていたか)


 三郎は、顕如巡行の帰路に十ヶ郷の湊で出会った、天王寺屋の番頭を名乗る男の姿を思い出した。

 その男があの時運んでいた大きな積荷などは、もしかすると硝石だったのかもしれない。しかし、堺が信長の完全な支配下あるとすれば、随分と危険な賭けであろう。それともそれも、堺の商人の性なのだろうか?

 やがて雑賀衆も戦線に加わり、一方的な追撃戦が開始された。

 もっとも鈴木党の面々は後陣にいて、戦局を見守っている。追撃戦の主力は、門徒衆と他の雑賀衆であった。


「追撃は任せてよろしいのですか?」


 遠く響く銃声を聞きながら、三郎は誰となく尋ねる。  


「門徒衆には戦を経験させ、手柄を立てさせねばならん。今後のためにな」


 不意に背後から響いた野太い声に、三郎は身をすくめた。

 後ろを振り向くと案の定、孫市が不敵な笑みを浮かべて背後に立っていた。毎回、気配を消して背後に迫ることは、この男の趣味のようなものであるらしい。


「孫市殿……驚かせないで下さい」


「驚いたのは俺の方だ。苑也殿がこのような所におろうとはな」


「お頭、首尾は?」


 蛍が、我慢できない素振りで孫市の腕を掴む。


「原田備中は討ち取った。俺たちの勝ちだ」


 孫市の短い言葉に、雑賀衆の面々は湧き上がる。


「まことでございますか!」


 事も無げに言う孫市に、三郎は目を丸くした。孫市は、人差し指を額に当てる。


「原田備中のここに、鉛玉を撃ち込んだ。あれは油断ならん男だな。退却中でもよく兵を統率し、我慢強く戦っておった。しかし、一発の銃弾で戦況は変わる。総大将の原田は死に、副将の三好は這う這うの体で逃げたぞ。総大将と副将を失った敵勢は総崩れで散り散りになった。このまま天王寺砦まで追撃して包囲し、速攻して落とす。さて……信長は、どういう顔をするかな」


 孫市はそう言って、にやりと笑う。

 三郎は、改めて一発の銃弾の恐ろしさを感じた。

 あれだけの大軍の織田勢が、総大将原田備中を失った途端に、総崩れとなったのである。

 もし撃たれたのが、信長であったなら……織田家の勢力、そのものが衰退の危機に瀕するのではないだろうか。もしそうなれば、畿内は再び混沌とした状況になるだろう。

 三郎は、天下の趨勢が、あたかも孫市の一存で変わってしまうのではないかという錯覚さえ感じた。織田の家臣として、これはまさに脅威であった。


「孫市殿……ど、どう、撃たれたのですか? 流石に近寄っては撃てますまい。やはり、遠い間合いから?」


 焦りから早口になる三郎に、孫市は目を丸くする。


「落ち着け、苑也殿。俺はどの間合いでも、それにあった撃ち方ができる。今回も間合いに適した撃ち方で原田備中を撃った。それだけだ」


 孫市は三郎の様子を意に介さず、曖昧にそう答え、三郎の背中を叩いた。


「よし、追撃じゃ。もう門徒衆に遠慮はいらん。お前ら、好きに功を立てろ。一気に天王寺砦を落とせ!」


 銃を掲げた孫市が、大音声で呼ばわる。 

 その孫市を中心にして、再び沸き立つ人々の傍らで、三郎は呆然と立ち尽くしていた。

 その三郎の腰に、抱き付いてきた小さな影がある。そこには、笑顔で三郎の顔をのぞき込む小雀の姿があった。


「小雀!こんな危ない所へ、一体いつの間に?」


「えへへ、さっき!」


 驚く三郎に、小雀はより一層笑って見せる。


「孫市殿、小雀がこんな所に迷い込んで……」


 しかし三郎のその声は、追撃に移る雑賀衆の喧騒にかき消されて、孫市らに届かなかった。


(これが、雑賀衆の戦か)


 三郎は小雀を抱きしめながら、先程の凄まじい轟音を思い出した。

 その光景は、二度と忘れることはないだろう。

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