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猟犬  作者: 次郎
31/45

30.開戦

この小説は、史実を基にした創作になります。


登場する人物、名称等も実在とはことなります。

 三津寺砦の南部は、見通しの良い平野広がり、夜明けに街道から迫りくる織田勢の姿が、砦の物見櫓からもはっきりと確認できた。

 それに対して、北東部はうっそうとした木々が林となって広がり、南部からの視界を遮っている。孫市が伏兵を配しての奇襲を決断した背景には、この地の利を考えてのことでもあった。

 夜明け前に着陣し、すでに林の中に潜む石山本願寺の大軍は、固唾を飲んでその時を待っている。

 その林の前線に配置された雑賀衆の鉄砲隊は、すでにその手筈を整え、しわぶき一つ聞こえない。

 三郎もその一隊の中で、身を屈めて周囲の様子を伺う。

 その隣には蛍がいて、鉄砲を抱え込んだまま遠くを見つめている。三郎には、その華奢な体が少し震えているように見えた。


「苑也様……実は戦で鉄砲を撃つのは、初めてなのです」


 三郎の視線に気づいた蛍は、そう言って少し引きつった笑顔を見せた。


「もし私に何かあったら……苑也様のお力で私を極楽浄土へ導いてくださいね。もし地獄に落ちたら、化けて出ますからね」


 そう強がる蛍の声は、震えていた。


「心配するな、お前は死なねえ。俺が守るからな!」


 周囲に響いたその声の主は、すぐ近くにいた発中であった。隣の但中が、その頭を殴る。


「痛ってえ!」


「声がでかいんだよ、お前は」


 声を潜めてそう言う但中は、殴った方の拳をさする。

 そうして再び静寂に包まれた鈴木一党のもとに、岡太郎次郎がやって来た。 


「無二、こちらはいつでもいいぞ。手筈通り、先手はおぬしらでいい。頼んだぞ」


「承知いたしました。岡様、ご武運を」


「うむ、おぬしらもな」


 太郎次郎はそう言って無二の背中を叩き、足早に戻っていった。

 そんな太郎次郎を視線で見送った無二は、蛍に向き直る。


「……蛍、お前が一番槍だ。何、鉄砲でやるのだ。いつも通りやればいい。気負うなよ」


「はい」


 蛍は固い表情で短く返事をして、胸に抱えた火縄銃を強く抱きしめた。

 日が昇るにつれ、甲冑の擦れ合う音をさざ波のようにして、織田勢ははっきりとその姿を現し始めた。

 三津寺砦南部の平野に陣取った織田勢は、早々と攻城戦の準備を整え、開戦の号令を待っているようであった。

 その大軍は、平野に至る街道にも続き、時より馬のいななきが辺り一帯に響いていた。そのどこかのどかな風情は、織田勢の余裕を感じさせる。


「蛍、頃合いだ」


 さらに平野の織田勢が膨れ上がる気配を見て取った無二が、蛍に声をかける。

 無二や発中は、道々織田の物見を始末しながらここまで来ている。敵が物見が戻らないことを不審に思う前に、早々に仕掛ける必要があった。

 蛍は緊張した面持ちで立ち上がり、火の入った火縄銃を構える。

 風はわずかに、南から北に吹いている。わずかに残る霧は薄暗い林を覆い、火縄の煙を見えなくしていた。

 仏の加護は、やはり石山本願寺にあるようだった。

 蛍が息を吐いた瞬間、その手にした火縄銃が轟音を発した。

 その激しい衝撃を、蛍は半身で綺麗に受け流す。

 その轟音を合図に、凄まじい雑賀衆の一斉射撃が始まった。

 三郎は思わず、わずかに身を屈める。大気を激しく揺さぶる轟音の連続は、耳に平手を叩きつけられているかのようであった。あっという間に周辺に白煙が立ち込め、平野では恐慌状態に陥る織田勢の姿が見えた。

 蛍や但中たちは、撃つごとに後ろから準備のできた別の銃を受け取り、構え、撃つ。一列に並んだ雑賀衆は、そうやって絶え間ないつるべ撃ちを可能にしていた。


「これが、組撃ちでござる」


 轟音の中、無二が三郎に大声で叫ぶ。

 銃を撃つ者、火薬を詰める者、早合で弾を込める者、複数の火縄銃を絶え間なく運用するその方法は、完全に分業であり、まったく射撃が途切れることがない。号令を掛けることもなく、ただひたすらにつるべ撃ちで織田勢に撃ち込んでいく。

 恐慌状態の織田勢は、慌てて平野から逃れようと南の街道方向に殺到した。

 しかし、状況を飲み込めない後陣は後退もままならず、いたずらに損害を広げていた。次々と前衛の織田勢が、血まみれになりながら倒れる。

 やがて雑賀衆の銃撃がやむと、霧のような白煙に包まれた周囲は、一瞬の静寂に支配された。


 白煙に遮られた織田勢の姿は、所々見えなくなっていた。すぐさま怒声が飛び交い、態勢を整えようと躍起になっているのがわかる。

 石山本願寺勢は、間髪入れずに雑賀衆に変わって門徒衆が前線に立ち、大号令のもと、長槍隊が一列に並んで突撃を始めた。浮足立った織田勢は、遮二無二突撃してくる無数の槍に、逃げ惑うばかりであった。

 三郎の目の前で銃を構えていた蛍は、緊張した面持ちのまま、一度銃を下ろす。


「お見事でございますな」


 猛烈な勢いの銃撃に、三郎は呆然としてそう呟く。


「苑也様、まだまだこれからでございますぞ」


 無二はそう言って、雑賀衆に次の銃撃の準備を促した。蛍や但中らも簡易的に銃身を掃除しながら、次の射撃に備える。

 やがて本願寺勢に押されていた織田勢が、徐々に統制を取り戻し、槍隊を繰り出して押し返しつつあった。散発的な銃声も聞こえてきて、平野の状況も変わりつつある。

 それに対して本願寺勢は、無理な迎撃はせず、巧みに後退を始めた。

 この動きは、事前に決められていたものであり、門徒衆は綺麗に統率された動きを見せる。

 街道で詰まっていた織田勢は、無理やり窮屈に押し込まれていたためか、その押し寄せる波に引っ張られるように、再び平野に広がってきた。

 雑賀衆の潜む林を焼くためか、手に松明を持った足軽の姿も見える。圧縮からの膨張と反撃の機運で、織田勢は先程を超える大軍が平野に殺到した。


 その織田勢に、再び雑賀衆の銃弾が襲い掛かる。

 今度の銃撃は、一方向からではなかった。今まで沈黙していた正面の三津寺砦からも、激しい銃撃が浴びせられる。挟まれるような形で銃撃を受ける織田勢は、兵も馬も次々と倒れ、戦意を喪失しつつあった。

 とにかく銃撃に切れ目がない上に、弾が切れない。延々と続く銃撃に、三郎の耳も感覚を失いつつあった。

 これを続けられては、織田勢はたまらない。

 どれほどの時が経ったであろうか。

 進むも退くもままならず、長時間の銃撃にさらされた織田勢は、遂に崩れ始め、南の街道に向かって退却を始めた。

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