92.本当の再会
アッシュはファルシュとクロエの二人を眺めていた。
だがこのままでは何の話も進まないと考えて口を開いた。
「ファルシュ」
「……はい」
「覚悟は決まってるんだよな?」
「…………そう、ですね……ですが、どうしても二の足を踏んでしまう、と言いますか……」
そんな言葉を交わすアッシュとファルシュだったが、その意味を理解出来ないクロエは疑問符を浮かべながらアッシュとファルシュを交互に見ていた。
「……クロエさん、少しお尋ねしたいことがあります」
「は、はい、何でしょうか?」
だが意を決したようにファルシュが口を開くと、クロエはファルシュを見つめて言葉を返した。
「その……クロエさんは、ご両親のことを覚えていますか?」
「両親、ですか? いえ……私は全く覚えていません……」
「そうですか……では少し質問を変えて、ご自分を捨てたご両親のことを恨んでいますか?」
「……いえ、恨んではいません。両親にも何か事情があったのかもしれませんし、私を大切に育ててくださる方がいましたから」
そう言ったファルシュは小さく微笑みを浮かべていて、自身の両親に対する恨みなどはなく、それ以上に自分を育ててくれたあの村の人々に対する感謝が浮かんでいた。
そのことに気付いたファルシュは驚いたように目を見開き、こう言った。
「なるほど……クロエさんは、もうご両親のことは気にしていないのですね……」
「あ、いえ……気にしていないわけではありませんよ? ただ……私は充分に幸福です。だから恨む必要はないと、そう思っています」
何処か照れ臭そうに言って、それからアッシュへと視線を向ける。
そして頬を赤く染め、言葉を続けた。
「そ、それに……その、す、素敵な方とも、出会えましたから……!」
「素敵な方……?」
「はい。強くて、優しくて、格好良くて……その人のことを考えたり、姿を見たり、傍にいるとドキドキして……その方の傍にいられるだけで心が温かくなります。でもその方と出会えたのは、私が育った村にいたからです」
自身の胸を押さえて、幸せそうに語るクロエの表情は恋する乙女のそれであり、ファルシュはそんなクロエを呆然と見ていた。
そしてすぐに正気に戻ったようでクロエに語調を強めてこう言った。
「そ、その素敵な方、というのはどなたですか……!?」
「それは、その……」
何処となく狼狽えたようにも見えるファルシュがクロエに問い詰めると、クロエは真っ赤になりながらアッシュをちらちらと見ていた。
「おい、俺を見るな」
「み、見るなと言われても……」
「……つまり、アッシュさん、ということなのですね?」
「は、はい!」
「クロエさんはアッシュさんと恋仲になりたいと?」
「そ、それは……その……はい……」
どうしてファルシュにここまで追求されなければならないのだろうか。クロエはそう疑問に思いながらも、勢いに負けてそう答えていた。
それをアッシュは他人事のように眺めながら面倒臭そうにこう言った。
「ファルシュ、もうはっきり言えよ」
「アッシュさんは少し黙っていてください! これは一大事ですから!!」
「一大事だって言うならまず事情を全部説明してからにしろよ。妙に食いつくからクロエが戸惑ってるぞ」
アッシュの言うように勢いに押されていたクロエはどうしてファルシュはここまで食いついて来るのだろうか、と戸惑いながら疑問符を浮かべていた。
そのことに気付いてファルシュはビシリッと固まってしまった。
「あの……どうしてファルシュ様はこんなことに……?」
「少し考えてみれば何となく想像がつくと思うぞ」
「え、え……?」
クロエの疑問に対してアッシュがそう返すと、クロエは更に疑問符を浮かべるばかりだった。
「はぁ……ファルシュ、自分で説明しろ。そうじゃないと俺が説明することになるだろ」
ため息を零してアッシュが言えば、ファルシュはハッ! と現実に戻ってくるとアッシュを手で制しながら口を開いた。
「だ、大丈夫です! 私が、ちゃんと、説明しますから!」
「あぁ、そうしてくれ」
ファルシュは自信を落ち着けるために深呼吸を繰り返していた。
そんなファルシュを見てクロエはどうしたらいいのかとアッシュに視線を向けるが、アッシュは紅茶に口をつけて気づかないふりをしていた。
そして、ファルシュがどうにか落ち着いた頃に覚悟を決めたようにクロエを真っ直ぐに見つめ、口を開いた。
「その……クロエさん、落ち着いて聞いてください」
「は、はい……」
「クロエさんのご両親、というよりも、母親は、ですね……」
「母親は……?」
ファルシュは自分の両親について知っている。そのことに気付いたクロエは言葉を続けようとしないファルシュに固唾を飲む。
そして数秒ほど、しかし二人にとっては長い時間が過ぎた時、ファルシュが口を開いた。
「クロエさんの母親は、その……実は……!」
「じ、実は……!?」
良いからさっさと言えよ。アッシュはそう思いながら二人を見る。それから小さくため息を零し窓の外、空を見た。それは人が見ればまるで現実逃避のようだ、と思うだろう。
「実は……わ、私、なのです……」
弱々しい小さな声でクロエの母親は自分である、とファルシュは口にした。
クロエはその言葉を聞いてすぐに意味を理解出来なかったようでぽかんと口を開けていたが、少しずつその答えの意味を理解すると酷く狼狽えている様子を見せた。
「え、えぇ!? ファルシュ様が、私の、母親……!?」
「はい……信じられないとは思います……ですが、事実なのです……」
ファルシュはクロエに自分が母親だと伝えることが出来たことに安堵し、それと同時にクロエはあのように言っていたが自分を捨てた母親を前にして何を思うのだろうか。と不安にもなっていた。
だがクロエは言葉の意味を理解しても、それを現実として受け止めることに時間がかかっているようでそれどころではなかった。
「え、あ、え、えぇーっと……ファルシュ様が私の母親?」
「は、はい……そうです」
「嘘……あ、いや! さっきも言いましたが恨むとか、そういうことはありませんよ!? でも、いきなりそんなことを言われてもいまいち信じられないというか……!」
「え、えぇ……そうですよね……いきなり言われても信じられるはずがありませんよね……」
戸惑い混乱しているクロエと、信じてもらえないことに少なからずショックを受けているファルシュ。
だがこのままでは話が進まないよな、と思ったアッシュは投げやりにこう言った。
「クロエ」
「は、はい?」
「ファルシュはクロエの母親だぞ」
「それは、今聞きました……」
「俺の瞳にはそう視えている。それでも信じられないか?」
その言葉は自分の言っていることが信じられないのか、という意味ではなくイシュタリアの加護の力を信じられないのか。という意味だった。
クロエはそのことをすぐに理解したようでぶんぶんと首を振り、言葉を返した。
「いえ! イシュタリア様より加護を授かっているアッシュさんの視えているものが信じられない、ということはありません!!」
「そうか……そうか。ならまともに向き合って、さっさと話を進めてくれ。そうしないと完全に俺は蚊帳の外で、ここにいる意味がないからな」
「あ、す、すいません!」
「それは……その、申し訳ありません……」
アッシュの言葉を聞いた二人は一瞬あっ……という顔をしたかと思うとすぐにアッシュへと謝罪の言葉を口にした。
それを見て気づいてなかった、というよりも気づく余裕はなかったか。と思いながらアッシュはため息を零した。
「はぁ……良い機会だからちゃんと話をしろ。良いな?」
「はい……わかりました、アッシュさん」
「わかりました。それと、ありがとうございます、アッシュ様」
「良い、気にするな」
ファルシュにとっては落ち着いて話をする機会が欲しいと思っていて、今回のことは渡りに船だった。
とはいえ冷静さを欠いてしまっていたので、それは叶うことなく無為に時間が過ぎ去っていくところだった。それをアッシュが軌道修正した。そのことに関してファルシュはお礼の言葉を口にしたのだ。
「……クロエさん、私が母親だということは信じがたく、また受け入れることは出来ないかもしれません。ですが、私は一言謝りたかったのです」
「ファルシュ様……」
「私は、あなたを捨ててしまいました。恨まれて当然です。憎まれて当然です。でも、それでも……あなたに直接謝りたかった……クロエ、本当に、ごめんなさい……!」
そう言ってファルシュはクロエに向けて深々と頭を下げた。
その声は非常に悲痛な想いが込められていて、心の底からクロエに謝罪の言葉を口にしていることがわかる。また、それと同じくらいにクロエと再会出来たことを嬉しく思っていることも。
だからなのか、クロエは先ほどのような戸惑いはなく、あぁ、この人が私の本当の母親なのですね。とすんなり納得することが出来た。
「いえ、私は恨んでいません。憎んでいません。私の想いは先ほど伝えた通りです」
とても穏やかな気持ちで、何処か温かさを感じられる声色でクロエは更に言葉を続けた。
「いえ、それだけではありません。こうして、私の母親であるファルシュ様と出会い、言葉を交わせる。そのことが私にとってはとても嬉しく思っています」
ふわりと微笑むクロエは本当に嬉しそうで、顔を上げたファルシュはそれに見惚れてしまった。
自身を捨てた母親に対して優しい言葉をかけ、ここまで温かく、綺麗に微笑むクロエのそれはファルシュが思っていたよりもずっと強く、芯のしっかりとした人間の姿だった。
「あぁ……本当に、優しくて、強くて……素敵な人間になったのですね……」
クロエの姿とその様子に感無量だと、その声が言外に伝えていた。
そしてファルシュはほろほろと涙を流し、それでいて、クロエのように誰もが見惚れるような綺麗な微笑みを浮かべていた。
その姿は何も知らない人間が見たとしてもきっと親子だと思えただろう。
「クロエ、私がこんなことを言うのはおかしなことなのかもしれません。ですが……あなたは、私の自慢の息子ですよ」
そう言ったファルシュの声も、微笑みも、纏う雰囲気も、その全てが幸せなのだという想いに溢れているようだった。
最後の最後にぽんとネタバレして逃げるスタイル。




