88.太陽神の力
アルトリウスとシルヴィアはゴーレムとの戦いに集中し、ファルシュはイスタトアと二人の守りを固めることに専念しているようだった。
そんな四人は放っておいても問題ないとアッシュは判断してカルナに槍の穂先を向けられ、ゴーレムの影に隠れているシュヴァーハを見た。
「で、あれはどうするんだ?」
「俺が全てを薙ぎ払おう」
「任せて良いならカルナに任せるか。代わりに俺たちは結界の要でも壊すか」
「そうするかぁ」
シュヴァーハとゴーレムを前にして三人は何処か呑気に言葉を交わしていた。
それがシュヴァーハの神経を逆撫でした。だがそれよりも相変わらず心臓に氷の杭を打ち込まれているような背筋が凍る感覚が付き纏っていた。
だからこそ怒声を挙げることもなく、ただただ三人のことを睨みつけることしか出来なかった。
「まぁ、俺はシャロとクロエを守ってるから存分にやってくれ」
「おう! 任せろ!」
「了解した」
そう言うと同時にルキとカルナの二人は地面を蹴った。
ルキは一足飛びでシュヴァーハたちのその奥。イシュタリアの石像にまで迫る。
またカルナはシュヴァーハを守るゴーレムたちへと肉薄し、その槍の一振りでゴーレム複数体を一度に薙ぎ払った。
その一撃はゴーレムの中にある核を両断し、物言わぬ岩石へと変えてしまった。
「なっ……ゴーレムを一撃で……!?」
その事実にシュヴァーハは想定外だと驚きの声を上げた。
「呆けている暇があるのか」
カルナはそれだけでは止まらず、続けざまに槍を振るう。
シュヴァーハはそれを躱すべく飛び退くがその軌跡を炎が奔り、どうにか躱したシュヴァーハを焼く。
「ぐぅ……! 何なのですか、この炎は!!」
その炎は先ほどカルナが放ったものとは違い、シュヴァーハの皮膚を焦がすだけではなく、その奥。肉と骨を焦がすものだった。
ほんの一瞬だけ触れたと思った炎によって片腕を失い、シュヴァーハの表情には色濃く焦りの色が浮かんだ。
「腕を失った。だというのに、随分と余裕があるようだな」
「腕など私にとっては些事! ですが……何なのですか、貴方は! 魔族である私の腕を燃やし尽くすなど、尋常ではありません!!」
「当然だ。この炎は太陽の炎。人も、魔族も、神でさえ耐えることなど出来まい」
「太陽の炎などと、随分と大きく出ましたねぇ……!!」
太陽の炎。その言葉を聞いてシュヴァーハははったりだと判断し、そう返した。
だがカルナの言葉に偽りはなく、カルナに与えられた太陽神の加護によってその炎を再現することが出来るようになっている。とはいえアッシュに与えられたものと同じで当然のように負荷は存在する。
しかしアッシュとは違い、その使用頻度は高く、アッシュがイシュタリアの加護を使う際に比べて負荷は非常に少ないものとなっている。
「この言葉を偽りだと断ずるか。そうか、ならば精々耐えて見せるが良い。出来る道理などないだろうがな」
カルナは淡々とそう言いながらシュヴァーハを追い、地面を蹴り、槍を振るう。
「舐めないでいただきたいものですね……!!」
既に炭と化していた腕を一瞬で再生させると、シュヴァーハはカルナに向けて手を翳した。
そして障壁を展開して槍を受け止めると共に、カルナへと魔力の奔流を放った。アルトリウスたちに向けて放ったものと同じだった。
「甘い!!」
だがカルナが気合を込めて槍を持つ手に力を込めると槍は障壁を斬り裂き、炎が燃え盛るとシュヴァーハの魔力の奔流を呑み込み、そのままシュヴァーハを斬り捨てた。
「ぐぁ……!」
そしてそのまま炎はシュヴァーハを焼き尽くし、消し炭へと変えていく。
カルナは槍を手にしたまま油断なく消し炭へと変わったシュヴァーハを見据えていた。
そんなカルナたちの奥の方ではルキがイシュタリアへの石像へと蹴りを放ち、その一撃で結界の要ごと粉砕していた。
何も知らないファルシュとシルヴィア、イシュタリアの石像が結界の要だとは知らないアルトリウスとイスタトアがそれを見ていれば何かを言ったのかもしれない。
だが四人にそんな余裕はなく、またそのことに気付いている様子はなかった。
「よっしゃ! これで終わりだ!」
ルキの言葉が聞こえたアッシュの瞳には確かに結界の要が破壊されたことで結界の基点へと送られていた魔力が途絶えていることが視えていた。
そして今ならその基点を容易に破壊出来るはずだ。アッシュはシュヴァーハさえ片付いてしまえばさっさとそちらに向かおう。と考えていた。
「どうした、死んでなどいないはずだ。いつまでも寝ていないで立ち上がるべきだろう。それとも、死んだふり、というものか」
「……死んだふりなどと……忌々しいことに再生に時間がかかっていただけです。本当に、不愉快な方ですねぇ……!」
カルナが消し炭となったシュヴァーハに声をかけると、その消し炭は言葉を発し、立ち上がる。
本人の言葉通りに肉体が再生し、ぼろぼろと消し炭となっていたものが床へと落ちていく。
そして傷の一つもないシュヴァーハがそこに立っていた。
「消し炭にする程度では無意味、ということか。見事な再生能力だ」
「おや、怖気付いてしまいましたか? そうでしょう、殺したつもりでも殺しきることが出来ない。それは人間にとっては恐ろしいことでしょうからね」
シュヴァーハが得意げにそう言うとカルナは少しだけ首を傾げてこう返した。
「いや、人ではあり得ない再生能力に感心をしただけだが」
「……そうですか、何にせよどれほどの傷を負おうと私にとっては容易に再生出来ます。精々、私を倒せるように足掻いてみると良いでしょう」
カルナの言葉にシュヴァーハは内心で怒りを募らせながらも余裕を持ってそう口にした。
とはいえ、カルナに対してシュヴァーハの本能は警鐘を鳴らし続けていてどうにかこの場を脱しなければならない。そう考えていた。
「そうか。あぁ、そういえば……魔族には心臓とは別の核があったな」
本当に今思い出した。という風にそう零したカルナにシュヴァーハの心臓は一際大きく跳ねた。
魔族にとって重要なのはカルナが口にした魔核と呼ばれるものであり、心臓はある種のフェイクでしかない。心臓が潰されたとしても肉体の再生は出来る。だが魔核が破壊されてしまえば魔族は死んでしまう。
そのことをカルナが知っている。そして肉体の破壊では殺せないのであれば次は魔核を破壊される。そう悟ったシュヴァーハはあらん限りの魔力を込めた障壁を張り、それと同時に後方へと飛び、自身の眼前に魔法陣を展開するとそこから昏い魔力の奔流を放った。
それは今までの物とは違い、魔法陣を介することでより殺傷力と破壊力を増幅したものでありその魔力量からファルシュの障壁では防ぐことなど出来なかっただろう。
「ハァッ!!」
だがその攻撃がカルナに届くことはなかった。
裂帛の気合と共にカルナの眼前には炎が爆ぜ、昏い魔力の奔流を掻き消し、障壁を砕き、そしてシュヴァーハを焼き尽くした。
「ガ、アァァアァ……!!」
消し炭へと変貌する中でシュヴァーハは苦悶の声を漏らし、しかしどうにか魔核だけは守らなければならないと自身の肉体の中心。魔核の周囲へと小さな魔法陣を展開する。
それはカルナの炎を防ぐものではなく、その被害を逸らすための魔法陣だった。
シュヴァーハは自身ではカルナの炎を防ぐことは出来ないと判断し、それならばとその魔法陣を展開することを選んでいた。
その決断はまさに英断と言えることだった。もしただの障壁であったならばシュヴァーハの魔核は焼き尽くされていただろう。
またも肉体を消し炭とされ、しかし魔核だけは守り抜くことが出来たシュヴァーハはそのことに安堵していた。
そしてあれは魔核ごと焼き尽くすつもりで放った炎だと判断し、きっとカルナは油断する。そう考えた。
であるならばこれは好機だ。どうにかこの機会を逃さず、この場から逃げ出さなくては。
だが逃げ出したとしても必ずこのカルナという人間はいずれ殺す。魔族としての誇りを軽々と踏みにじったカルナだけは絶対に許しておけなかったからだ。
しかし。しかし、だ。その思惑は叶うことはなかった。
「あぁ、そうだ。アッシュが見ているのであれば、少しばかり格好つけるというのも悪くはないな」
そう言ってカルナは槍を持つ手を後方へと引き絞る。
「裁きは日輪の輝きにて」
そして、その槍を真っ直ぐにシュヴァーハへと放った。
それは燦然と輝く一条の光となりシュヴァーハを貫いた。
「……ァ、ァァ……」
シュヴァーハの喉から僅かに漏れる声。それは声と言うよりも音が漏れただけのようでもあった。
だがそれはカルナの放った槍がシュヴァーハの魔核を貫くと同時に起こった太陽の如き光を放つ爆発による轟音によって誰の耳に届くこともなかった。
シルヴィアとアルトリウスは突然の爆発の余波によって部屋の隅まで吹き飛ばされ、ファルシュとイスタトアは障壁を張っていたことでその場で耐えることが出来ていた。
ルキに関して言えば爆風など何処吹く風といった様子でその惨状を眺め、シャロとクロエはアッシュが片手間の障壁を張ることでその余波さえ受けることはなかった。
「太陽神の力の一端。それを受けて、生きてなどいられまい」
カルナはそれを見ながらそう言い、手元に炎が舞ったと思えば先ほど投げたはずの槍が握られていた。
そして爆発の余波が収まるとそこには何も残ってはいなかった。
カルナの放った裁きは日輪の輝きにてによって魔核を砕かれ、消し炭となった肉体は消し飛ばされてしまったからだ。
シュヴァーハの死亡を確認したカルナはくるりと振り返るとアッシュに向けてこう言った。
「もしこれをルキが行った場合、アッシュは褒めるだろうな」
「ん、まぁ……ルキが褒めてくれって来るからな。それは褒めるだろ」
「そうか。であるならば……」
そこで言葉を切ったカルナはトコトコとアッシュの前まで来ると口を開いた。
「アッシュ、褒めてはもらえないだろうか」
「……何でだ?」
「アッシュに褒められたいと思ったからだ。そうだな、頭を撫で、良くやった。そう一言口にするだけで構わない」
「たったそれだけだ。みたいに言ってるけど随分と要求してくるな……」
「ダメか」
アッシュが気乗りしていないことを悟るとカルナはアッシュとの距離を詰め、後一歩、いや半歩ほど詰めれば密着する。という距離まで迫る。
そしてアッシュをじっと見上げて再度こう言った。
「ダメか?」
ついでにコテンッ、と小首を傾げる仕草をつけて、だ。
カルナはルキとは違うタイプの美少年であり、アッシュがそういう趣味であったなら一撃で陥落していたかもしれない。
「はぁ……引く気はないのか」
「ない。さぁ、アッシュ」
「……あー、うん、良くやったよ、カルナ。お疲れ」
何処となく投げやりにそう言ってアッシュはカルナの頭を撫でた。
燃えるようなその赤い髪を適当にくしゃくしゃと撫でるアッシュに、カルナはいつもの無表情を僅かに崩し、口元に本当に小さな笑みを浮かべてご満悦の様子だった。
魔族さん、お疲れ様!




