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83.幼子の成長

 長い長い螺旋階段を上がり、廊下に出ると廊下は何処までも続き、それに沿うように扉がいくつも並んでいた。

 それは結界の影響であり、しかし一歩進むだけで先ほどまで自分たちがいた場所からは離れた場所に立っていた。


「下よりも露骨だな」


「階段から一気に離れたなー。これ歩くごとにあっちこっち飛びそうだな」


「空間を歪める、というのは言葉にするとその程度だが……なるほど、こういうものなのか」


「一歩ですよ? たった一歩でこれですよ? 絶対に主様から離れられないじゃないですか!!」


「あ、あああアッシュさん!? これやっぱりこうやって引っ付いてなかったら大変なことになったのではないでしょうか!?」


「まぁ、最悪一歩目でバラバラだったかもな。でも普通こんなことするものなのか?」


 こうしてぴったりと張り付いていないとはぐれる可能性がある。

 シルヴィアとアルトリウスはこの結界の中を平然と歩けるように何らかの術があったのであれば問題はないのだろう。だがもしなければ今の自分たちのように全員で引っ付いて歩かなければならない。

 アッシュはそう考えて何か異常事態でも起きているのではないか、と考えた。勿論、確証などはなく、何となくそう思った。という程度なのだが。


「それだけ厳重に、ってことなのかも。ってことで片付けるか、もしくは何か問題でもあったんじゃねぇの? 結界魔法ってのは何処か問題があると色々とおかしくなるんだよな?」


「そう、ですね。今回のように幾つかの結界魔法が施されているのでしたらどれか一つに問題があって、それが他の結界に干渉した結果として。ということが考えられます」


「なるほどな。まぁ、何にしてもまずはアルトリウスでも探すか」


「アルトリウスさんですか?」


「あぁ、シルヴィアとは離れてるみたいだから近い方から探して事情だけ説明しておこうかと思ってな」


 アッシュはわざわざ事情を説明する必要もないか、と思っていたが魔族が出てきてもしかするとシルヴィアを狙う可能性もある。と考えて念の為に話をしておくことにした。

 だからこそ一度合流しなければ、とアッシュはアルトリウスとシルヴィアを探すことにしていた。

 とはいえ、事情を説明した後は傍にいるつもりはなく、二人でどうにかしてくれ。と言葉は悪いが放り出す予定だったりする。


「事情か。俺のことも伝えるのか」


「いや、カルナのことは説明しても面倒なだけだからそのつもりはない。まぁ……カルナが何か厄介事を起こすっていうならそれなりの手は打つからあの二人に話す必要もない。って考えもあるんだけどな」


「当然そうなるよな。面倒な相手だと思うけど俺とアッシュが一緒なら余裕だろ!」


 協力し合っている。という状況だというのに平然と敵対することを口にするアッシュとルキにシャロとクロエは驚いた様子で二人を見た。


「そうか。ではそうなった場合、俺はアッシュを打ち倒し帝国に連れ帰るとしよう」


 だがそんなアッシュたちなど気にせずカルナは爆弾を放り投げた。


「は?」


「あぁん!?」


「え?」


「えぇ!?」


 アッシュは何を言ってるんだこいつ。というようにカルナを見る。

 ルキはカルナが口にしたことが実現し得ないとしても、その内容に怒りを覚えていた。

 シャロはカルナが帝国に連れ帰る。と言ったことからカルナが帝国の人間だということを理解し、驚いていた。

 そして最後にクロエは非常に残念なことに連れ帰る。と言う言葉を聞いてその後どうなるのか、という妄想の世界へとフルダイブしていた。本当に残念極まりない。


「赤チビィ……!!!!」


 ギリィッ……! と歯を食いしばり、カルナを睨みつけるルキ。このままではルキがカルナに危害を加えることになるだろうな。とアッシュは小さくため息を零した。


「ルキ、落ち着け」


「これが落ち着いていられるか!! アッシュを連れ去ろうなんてふざけんなよ!!」


「連れ去るのではない。連れ帰る、と言っている」


「俺からしたら同じだっての!!」


 ルキがカルナに噛みつくが、カルナは淡々とそれを受け流すばかりだった。

 これはどうするべきだろうか、とアッシュが考えていると腕に抱き着いているシャロがその力を強めた。アッシュはどうかしたのか、とシャロを見た。

 するとシャロは不安そうにアッシュを見上げてこう言った。


「あの……カルナさんは、帝国の方なのですか……?」


「あぁ、カルナは帝国の、それも軍部の割と上の方の人間だろうな」


「ぐ、軍部の……!? そ、それって大丈夫なのですか? だって、帝国の軍人の方が王国にいるというのは、その、非常に危ないと言うか、何かあるのではないかと邪推してしまうというか……」


 帝国軍の、それも割と上の人間だと言われてシャロは少しばかり青褪めながらそう返した。

 だがその声にを聞いたアッシュは、シャロがカルナが何かしようとしているというのは考えたくない、という考えているのではないか、と感じた。


「何かするつもりだったけど魔族のせいでそれが出来ない。って状況だろうな」


「つ、つまり……聖都を覆う結界や魔族に関して片付けば、今度はカルナさんが……」


「その可能性は充分にあるな。まぁ、もしそうなったとしても俺とルキでどうにかするから安心してくれ」


「安心出来ませんよ……それに、カルナさんとはあまり言葉を交わしていないとはいえ、こうして一緒に行動をして、ほんの少しくらいは仲良くなったような気がしていたので、敵同士になるというのは、その……何だか寂しいような気がして……」


 シャロにとっては不安もあった。だがそれ以上にまるで家族のように生活をしている、家族に対する好きという感情だと思っている感情を抱いているアッシュと何だかんだで自分のこと面倒を見てくれるちょっと意地悪な兄のようなルキが、多少なりと仲良くなれたと思っているカルナと戦う。そのことが寂しく、また悲しくもあった。

 アッシュやルキにとって昨日まで話をしていた誰かが敵になる。そんなことは日常茶飯事であり、そうなったのであればそれ相応に対処するのが常だった。

 だがシャロはそうではなく、アッシュとルキにはない感性と優しさ、そして幼い少女の世界の汚さを知らない甘さがそこにあった。

 それに気づいたアッシュはそうした優しさを持つシャロを慈しむように、そしてその甘さにいずれは人の汚さを知って傷ついてしまうのだろうな。と少しだけ悲しそうな、そんな思いを抱きながらこう言った。


「……シャロは優しいな」


 その表情は本当に僅かだが曇っていた。だがそれはアッシュのことを良く知り、また良く見ていなければわからない程のものだった。


「や、優しくはないと思います……」


 優しい、と言われて少し照れたようにシャロはそう返し、すぐに今度はアッシュを心配するようこう言った。


「そ、それよりも……主様は大丈夫ですか? その、何だか表情があまり優れないような気が……」


「……そう見えるか?」


「はい……いつもの主様より、本当に少しだけですけど……」


 アッシュの言葉にそう言葉を返してから、シャロは大丈夫ですか? というようにアッシュを見た。

 そんなシャロの様子にアッシュは、本当に良く見ているな、と感心すると同時に、自分のそうした変化で心配をかけてしまったことが申し訳なく思えていた。


「悪いな、心配をかけた。ちょっとだけ心配なことがあったからどうしてもな」


「心配なこと、ですか?」


「まぁ、シャロは気にしないでくれ。それよりも……」


「気にしないで、というのでしたら気にしないようにします。でも……何か悩みがあるなら相談してくださいね? 私ではあまり力になれないとしても、誰かに相談するだけでもきっと気分が軽くなると思います!」


 ふんすっ! ときっと良いことを言えたはず! と何処か得意げなシャロに苦笑を漏らし、アッシュは先ほどとは違う優しい微笑みを僅かに浮かべてからこう言った。


「そうだな。何かあったら相談させてもらうさ」


 そんなシャロの様子に、初めて会った時、そして一緒に住むようになったばかりの頃から精神的に成長しているような気がしたアッシュは、子供の成長は早いな、とまるで久しぶりに親戚の子供にあった大人のような感想を抱いていた。

 そしてそれと同時に、その成長をこうして目にすることがどうしてか嬉しいような、不思議な気持ちだった。


「はい! 約束ですからね!」


 シャロはそう言って、何か悩みがあるならば相談する、とアッシュと約束を交わしたことが嬉しかったようで、アッシュを見上げるシャロの表情は柔らかかった。

 そんな風にアッシュとシャロの二人が和やかな雰囲気になっている間にもルキとカルナの間の雰囲気は悪くなる一方、というよりもルキの我慢も本当に限界が来ているようで今にもカルナに襲いかかりそうになっていた。


「まぁ、それはそれとして……ルキ、カルナを叩き潰すのはまた今度だ」


「主様!? 叩き潰すことは確定なのですか!?」


「カルナは敵だからな」


「おう! 赤チビは俺にとっても敵だからな!! 絶対にぶっ潰す!!」


「なるほど、強者との戦いということになるのか。それはどうにも滾るってくるな」


「カルナさんはカルナさんで乗り気だなんて……!!」


 完全に自分とはかけ離れた考え方をしている三人にシャロは頭を抱えたくなった。

 だがそうしたとしても事態が好転するわけもなく、ここは自分がどうにかしなければいけないのではないか、と考えた。


「で、赤チビは放っておくとして。さっさと優男のところに行こうぜ」


「そうだな……っていうか、そろそろ結界がうざったいからそっちに手を付けるのも悪くないか」


「結界に手を付ける? 何をするつもりだ?」


「俺たちが結界の影響を気にせずに目的地に向かえるように結界の一部を変えるだけだ」


「え? 主様はそういったことも出来るのですか!?」


 自分がどうにか、と考えたシャロだったがアッシュたちは先ほどまでのことなどなかったかのようにいつも通りの調子で言葉を交わしていた。

 その変わり身の早さに戸惑いながらも、それ以上に結界に干渉する気になっているアッシュへと驚き、そう訊ねた。


「あぁ、俺にも色々とあるからな」


 色々、というのはイシュタリアの加護や祝福のことであり、アッシュはそれについて詳しく話そうとはしない。それはイシュタリアの加護などの話をすると面倒な相手が寄ってくる可能性があり、またアッシュが気づかないうちにイシュタリアが思い付きで加護や祝福を片手間に押し付けたりするからだ。

 はっきりと言ってしまうとアッシュは自身にどれだけの加護や祝福が押し付けられているのか把握していない。いや、出来ないというのが正しいのかもしれない。

 それでも知識の瞳の加護によってある程度は把握しているのでアッシュは問題はない、と判断していた。


「何にしても……少し手を加えてみるか」


 そう言ってアッシュは知識の瞳の加護と、魔法に関する事柄に関して非常に強力な、魔の支配者という名前の通り魔法を支配することが出来る祝福の力を使い、結界への干渉を開始した。

 そんなアッシュを見て、ルキは折角だからと待ち時間をアッシュの匂いを堪能するために使うことにし、シャロはただただ感心するばかりだった。

 またカルナはアッシュに与えられている加護や祝福の数の多さは自分が想定していた以上であり、敵とした場合の脅威がどれほどの物なのかと内心で僅かに戦慄していた。

 そして最後にクロエはずっと妄想の世界に旅立っていてアッシュたちの言葉は届いていないようだった。

精神的に成長するのも、子供は早いよね、と。

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