80.よりにもよってのこの二人
この状況をどうにか打開しなければ。そう思い、どうすれば結界の中を歩きながら目的の大広間に辿り着けるのか考えるアルトリウスだったが答えは出ないまま時間だけが過ぎていく。
イスタトアはそんなアルトリウスを見て自分も何か手はないかと考えるがそう簡単に答えが出てくるわけもなかった。
「ベトリューガさんに案内を頼む。ということは可能でしょうか?」
「ベトリューガ様、ですか? それは……難しいかと思います……」
「どうしてですか?」
「ベトリューガ様はお忙しい方ですから、一所に留まる。ということがあまりないのです」
自分を案内してくれたベトリューガに協力してもらうことで解決するのではないか、と考えたアルトリウスだったがそれはイスタトアによって否定されることとなった。
イスタトア曰く、ベトリューガは忙しい、とのことだったが本人はしがない神父と言っていたのにそんなに忙しいものなのだろうか。アルトリウスはそう疑問を抱いていた。
だが自身よりもイスタトアの方がベトリューガについて色々と事情を知っているはずなので、イスタトアが無理だと言うのであれば無理なのだろう。と半ば無理に自分を納得させた。
「なら、別の手を考えなければ……イスタトア様は誰か案内を頼めそうな方をご存じありませんか?」
「その、申し訳ありませんが心当たりはあっても今は厳しいかと……」
イスタトアに心当たりがあったとしても、事情を説明して協力してもらう。ということは難しい。
イスタトアのような聖女となって数年と経っていない人間が、イスタトアよりも長く聖女としての責務を全うし続けているファルシュが怪しい。と言ったところで信じる者はおらず、寧ろそんなことを言ったイスタトアを咎めるだろう。
だからこそ厳しいと言ってイスタトアは悲しそうな、それでいて苦い表情を浮かべていた。
「そうですか……」
「アルトリウス様に心当たりは……いえ、あるわけがありませんよね……」
自分ではどうにもならないなら、アルトリウスに心当たりがあればそちらに。そう考えて口にしたイスタトアだったがすぐにアルトリウスに心当たりがあるわけがない。と言葉を続けた。
「……どうにかしないといけないのに……!」
「と、とにかく考えましょう! きっと何か手があるはずですから!」
現状、自分たちでは何も出来ないことがわかりアルトリウスは焦りを見せた。
それならばどうにか手を考えなければ! とイスタトアは口にしていたが、果たして本当に何か手を思いつくものなのか。
それは定かではなく、必死に何か手はないかと考える二人だったがこのままでは無為に時間が流れていくことを理解していた二人は焦燥感に苛まれていた。
▽
時は少し戻り、シルヴィアがファルシュと共に大広間に向かっている頃。またアルトリウスがファルシュの部屋に辿り着いた頃。
アッシュはクロエを連れて大聖堂へとやって来ていた。
これは大聖堂にある結界の要を破壊するためではなく、未だに大聖堂でクロエが戻って来るのを待っている、クロエの両親を名乗る二人と話をするためだった。
アッシュにしてみればとっくに姿を消しているだろう。と考えていたがルキたちに話を聞くと大聖堂で二人組が何かひそひそと話をしているのを見た。とのことだった。
クロエが逃げたことで今後はどう動くのか、またはどうにかクロエを引き込もう。ということを考えているのだろうな、とアッシュはあたりを付けていた。
「さて……サクッと話をつけないとな」
「……えっと、本当に大丈夫なのでしょうか?」
「何とかなるだろ」
「そんな楽観的な……」
不安そうなクロエとは違ってアッシュはあっけらかんと言葉を返した。するとクロエは少しだけ呆れたようにそう言って、仕方ないなぁ、とでも言うように小さく笑っていた。
そんなクロエを見てアッシュは良く見なければわからない程度に口元を僅かに緩ませ、それから大聖堂に並ぶ椅子に座って何かを話している二人へと視線を向けた。
ルキの言うようにひそひそと言葉を交わしていて、それは突如飛び出していった自分たちの子供を心配しているような様子ではなかった。
「……あぁ、良く知ってる顔だ。王都の貴族とか、スラムの人間がよくあんな顔してたな」
それはつまり、他人を利用しようとしている人間の顔だ。という意味の言葉だった。
クロエはそれを理解して、やっぱりそうだったんだ。と僅かに表情が暗くなっていた。だがすぐに気を取り直したように頭を振って、それからアッシュを見た。
「アッシュさんに、お任せしても良いのですよね?」
「あぁ、とはいえ……手荒になるかもしれないけど、そこは気にしないでくれよ」
「いえ、そこは手荒なことにならないようにしてくださいよ……」
そんな言葉を交わしてからアッシュは普段と変わらない足取りでその二人の傍まで歩み寄ると、二人が顔を上げるよりも早くこう言った。
「どうも、少し話があるんだけど良いか」
「え、あ、はぁ……構いませんが……」
「あぁ、ありがとう。それじゃ早速で悪いんだけど……クロエについて話しておかないといけないことがあるんだ」
クロエの名前を出した瞬間。二人の目つきが僅かに変わった。
本当に僅かだったそれをアッシュは見逃さず、内心では随分と簡単に引っかかったな。と思っていた。
「クロエが……私たちの娘がどうかしましたか?」
「あぁ、聖女候補のクロエがどうにも教会や大聖堂、修道院から妙な魔力を感じるって言ってるんだ。それがどうにも気になるってことで知り合いの俺に話を持って来たんだ」
「貴方はクロエの知り合いだったのですか?」
「あぁ、クロエを聖都まで護衛してきて、そのこともあって俺を頼って来たんだろうな」
「なるほど。と、なるともしやあれは……」
「あれってのがクロエが飛び出したことなら、ここにその妙な魔力を感じるものがあってどうしたら良いのかわからなくて飛び出して、俺のところに来たんだ」
「なるほど、なるほど……」
アッシュがクロエの知り合いだ、ということで二人は多少なりと驚いた様子だったが、話を聞くうちにそういうものなのか、とある程度は納得している様子だった。
とはいえそれと同時にクロエと親しいのか、と警戒しているようでもあった。
これはクロエを利用しようと考えている以上、その邪魔になる可能性のある人間が目の前にいるのだから当然といえば当然だろう。
「まぁ、クロエにどんな事情があるのかわからないけど、この問題が解決するまでは他のことに気を割くことは出来ないそうだ。候補とはいえ、聖女の名を冠する以上は放っておけないだろ?」
それらしいような、それらしくないような。だが教会の人間としてはそのように言われてはそうなのだと納得せざるを得なかった。
そのせいで二人は何処となく苦い表情を浮かべながらアッシュを見ていた。
「ってことで、協力してもらえるよな。聖女の名を冠する者じゃなくても、イシュタリアの信徒としては見過ごせないって思うのが普通だよな?」
アッシュはそれがわかっているからこその言葉を選び、そして更に断れないようにと言葉を重ねる。
その姿はこうした手合いとのやり取りに慣れているようで、それでいてなかなかに悪辣なやり方だった。
だがこれはあくまでもイシュタリアの信徒だからこそ出来たことであり、まだまだ優しいというか、手ぬるいやり方だったりする。
「そういうことでしたら、わかりました。私たちに協力できることがあるのであれば、協力します」
「はい、それがクロエのために、そして何よりも教会のためになるのでしたら、是非協力させてください」
「あぁ、ありがとう。いや、もしこれで断られたらどうしようかと思ってたんだ。そうだろ、クロエ?」
アッシュがクロエの名を口にして振り返ると、その名前に反応して二人はバッと振り返ってアッシュの後ろを見た。
その反応にクロエは気まずそうに目を逸らしてからスススッとアッシュの背に隠れるようにして二人の視線から逃れた。
「まぁ、クロエはまだ気まずいみたいだからそっとしておくとして。二人には修道院を見て来て欲しいんだ。それでその奇妙な魔力を発している何かを見つけて欲しい」
「奇妙な魔力、と言われましても……その、私たちでわかるのでしょうか? 私たちの娘は聖女候補ということもあってわかるのかもしれませんが……」
私たちの娘、とクロエは自分の子供であると口にするのはアッシュへの牽制のようなものだろうか。例えそうだとしてもアッシュには意味のない物で、またアッシュはそれを内心鼻で笑って終わらせてしまうのだが。
「あぁ、確かにそうだな。それなら俺たちが修道院に入れるようにしてもらえないか? そうすればこっちで何とか出来るはずだ」
「はぁ……一応、教会の人間が付き添い短い時間であれば外部の人間でも足を踏み入れることは可能ですが……」
「そうか……そうか。それなら大丈夫だな。別にその魔力を探せば良いだけで時間は取らせないからよろしく頼む」
そう言ってからアッシュは二人に背を向けるとクロエを連れて大聖堂の外へと歩き始めた。
ここまでの様子を見れば何となくわかることだが、アッシュはこの二人としっかりと話をする気は一切なかった。
アッシュにとってはクロエを利用するつもりの人間。という程度の認識しかなく、今回は使えそうな人間なので使う。という程度の考えしかなかった。
またこうして他人を利用することに関してクロエは悪意からではない、ということがわかっているのでこういうことも必要なのですよね、とある程度は納得しているようだった。
その相手が自分の両親を名乗っている人間。ということに関しては思うこともあるのだが。
「あの、アッシュさん……」
クロエはアッシュにだけ聞こえるようにと声を落として名前を呼んだ。
「どうした?」
「その、結構一方的に話を進めていましたけれども、大丈夫なのでしょうか?」
この大丈夫なのか、というのは自分を利用しようとしていた二人に協力を頼んでも大丈夫なのか、という意味だ。
そうした意味をすぐに察したアッシュは頷いてからこう返す。
「あぁ、まずは事態の収拾が先だからな。それにあの二人の服は見たか?」
アッシュは慌てたように立ち上がり、自分たちの後を追う二人の来ていた修道服を思い浮かべながらクロエに問いかける。
「え? いえ……」
「あの二人は司教や司祭じゃない、一般的な信徒でしかない。あれは後ろ盾も何もない人間だ」
「あ……た、確かに言われてみれば……で、でも、後ろ盾がないから、どうというのですか?」
アッシュの言葉に二人の聞いてた修道服は一般的な物であり、司教や司祭、または助祭の着るようなものではないと気づいた。
だがその真意がわからずにどういう意味なのか、とアッシュに訊ねるとアッシュは前を見たまま口を開いた。
「多少なりと地位があるなら最悪の場合、教会内の派閥に関わることもあり得る。そうなるとどうにかクロエを聖女として引き入れて利用したい人間がまだいることになる上にもしかすると大司教や枢機卿が関わってくる可能性だってあった。けどあの二人を見る限りは違うみたいだな。たぶん、クロエを自分たちの子供だってことにして少しでも上に行ける足がかりが欲しかった。その辺りだろ」
「な、なるほど……そういうことでしたか……」
アッシュの言葉を聞いてクロエは納得しながらも感心したように感嘆の声を漏らしていた。
そんなクロエには何も言わないが、下手をするとそこまで上とは言わないが司教や司祭がそうするように、と指示を出している可能性も充分にある。だがそれを言ってもクロエが不安になるだけだ、とアッシュは今回は口を閉ざすことにした。
それに今は何よりも厄介な状況を解決するのが先決であり、それが片づけはクロエに害が及ばないように多少は尽力するつもりでいた。
使えるなら使う。とかわりとろくでもないけど、自覚はあるので。




