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8.酷い誤解

 アッシュは大通りをルキと並んで歩いているがルキは不機嫌さを隠そうともしない様子でムスッとしているのを見てどうにかしなければならないと考えていた。

 こうなった状態のルキを放っておいても良いことがないとわかっているのと、すれ違う王都の住人たちがそんなルキの様子をちらりと見て関わりたくないのか少し距離を取ってすれ違っていて、妙な注目のされ方をされているからだ。

 アッシュとしては悪目立ちして注目を集めるというのはあまり良いことではないと思っている。


「ルキ」


「……んだよ」


「シャロのことは諦めろ。アレが絡んでる以上俺たちにはどうしようもないからな」


 流石に往来でイシュタリアの名前を出すことは出来ないのでアッシュはアレ、と呼んだ。

 だが事実としてイシュタリアは非常にアレな性格なので間違いではないはずだ、とアッシュは考えている。そしてそんなアッシュの考えを察したルキはアレというのが何のことなのか正確に把握していた。


「それはそうだろうけどさ……お世話役ってことは、アッシュの傍にいるってことだろ」


「あぁ、そうなるな」


 平然としているようでシャロが傍にいることになる。ということに対してアッシュとしては思うことがないわけではない。

 それでもイシュタリアは自分の考えを貫く、というかごり押すタイプなのでアッシュやルキが反対しても意味がない。それにシャロも乗り気なので本当にどうしようもない状況だった。

 またイシュタリアにはイシュタリアの考えがあり、それがどういった考えなのかわかっていないアッシュとルキの内心はあまり良い思いを抱いてはいなかった。だがそれでもイシュタリアという女神が相手になるとどうしようもない、という結論になってしまう。


「それが気に入らねぇんだよ!」


 突然大きな声でそう言ったルキに、驚いたような住人たちの視線が集まった。

 だが好奇の視線はすぐに逸らされる。多少のことであれば王都の住人は慣れてしまっているからそういう反応になってしまう。

 アッシュとしてはそうした無関心とも取れる反応の方が妙な注目を集めるよりはマシだと思っていた。だがそれと同時に変な慣れ方をしているのは果たしてそれで良いのだろうか。と疑問を抱いていた。


「今までアッシュと二人きりだったのにいきなり良く知らねぇ奴がそれに割って入るとか絶対に嫌だからな!!」


「ルキのことだからそんなことだろうと思ってたけど……今回ばかりは本当にアレのせいでどうにも出来ないだろ」


「わかってる!いくらアレな奴でも一度言い始めたらどうしようもないってくらいわかってるんだよ!!」


 吠えるようにしてそう言ったルキは非常に悔しそうで不服そうで、どうしようもないとわかってはいても納得は出来ないようだった。

 事実としてイシュタリアが関わっている以上は自分ではどうしようもないことだ、とルキはわかっていた。そう頭ではわかっていても感情という面では受け入れることが出来なかった。


「でもなぁ! いきなりあのチビが割って入って来るとかあり得ねぇだろ!!」


「はぁ……そういうのは俺が諫めてもどうしようもないだろうな……」


 適当に諫めたり、我慢するように、と言ったところで意味がない。

 というよりも下手に我慢させるとそのうち鬱憤が爆発する可能性がある。はっきり言って問題を先延ばしにするだけのそれはあまり良い手段とは言えなかった。

 だからこそアッシュは別の手段でその鬱憤を少しでも晴らさせてやろう。と考えて口を開いた。


「あー……そうだな、そこはルキに我慢してもらわないといけないんだけど……」


「グルルルル……!」


「唸るな唸るな。代わりってわけじゃないけど、我慢出来るならご褒美ってことで多少の要望には応えるつもりだ」


 暫く肉料理をメインにしてくれとか、普段買うよりも高い肉にしてくれとか、宵隠しの狐では俺が代金を持つとか。それくらいの要望には応えるつもりでアッシュはそう言った。

 だがその言葉を聞いたルキは目を見開いたかと思うとアッシュが思っていた以上にその言葉に食いついた。


「どれくらいだ!? どれくらいまでならその要望ってのは許されるんだ!?」


「どれくらいまでって……それはルキの良心に委ねるしかないかな、とか思うぞ」


 あまりいき過ぎた要望であれば当然却下ということになるのでここはルキの良心と、それからどれくらいなら許されるか見極める駆け引きの出番だとアッシュは考えていた。

 ご褒美のようなものと、ルキの気を逸らす手段としてこういった提案をしたアッシュだったが我ながら悪くない考えだ、などと内心で自画自賛していた。

 だがそれはアッシュが想定していた要望とは違うことを口にしたルキによって本当に意味のないものになった。


「そ、それなら……今日から一緒に寝ても良いよな! な!!」


「……え?」


「だって折角家では二人っきりで邪魔な奴がいなかったのにあのチビが傍にいるようになるなら、夜くらい一緒に寝ても良いだろ!?」


 必死に自身の言い分は正当なものだ、とでも言いたげにそう語るルキに対してその理屈はおかしい。とアッシュは思った。

 ただルキが言うように、ルキがもっと幼い頃にアッシュとは一緒に寝ていた。

 それは貧民街(スラム)で子供が眠りにつくというのには不安を覚えずにはいられない状況であり、それを少しでも和らげたいと考えたアッシュがこれでルキが少しでも不安に思わないようになるなら。と考えての行動だった。

 その行動は確かに効果を発揮し、アッシュを抱き枕にしてぎゅっと抱き着くようにして眠るルキからは不安そうな様子はなくなっていた。


 その頃のことを思い出しながらアッシュは当時のルキはまだ幼く力も大して強くなかったので気にならなかったが、今のルキに同じことをされると寝るどころではなくなってしまう。と内心で冷や汗を流していた。

 狼人(ウェアウルフ)であるルキがあの頃と同じように自分を抱き枕にでもしたらどうなるのか。考えるまでもなく骨が軋み内臓が酷く圧迫されて眠るどころではなくなってしまう。

 そう思ってそれは無理だと断るためにアッシュが口を開こうとすると、それよりも早くルキが言葉を続けた。


「昔は一緒に寝てたしそれくらい問題ないだろ!? それともアッシュは小さかった俺とは寝るけど大きくなったら寝ないって言うのかよ!! 小さい子供じゃないとダメなのかよ!!!」


 その瞬間、周囲を行き交う住人たちの視線がアッシュに集まり、周囲の雰囲気がざわついたものへと変わった。


「ルキ!?」


「確かに小さい頃の俺は抱きやすかったかもしれないけど!」


「抱きやすいとか狙って言ってんのか!?」


「小さい頃の方が可愛かったと思うけど!!」


「わざとだよなぁ!?」


「でも! 今の俺だってアッシュからしてみれば小さいはずだからまだ普通に抱けるはずだ!!」


「言い方ぁ!!!」


 わざとだ、とアッシュは言いながらもルキは普段が普段なのでもしかしたら素で言っているだけなのかもしれないと思っていた。

 だがそんなことよりも問題は言い方のせいで普段であれば無関心に通り過ぎる住人たちが足を止め、遠巻きにアッシュとルキを見ながらひそひそと何か話をしていた。

 完全にアッシュのことを小さな男の子に手を出すような変態だと話をしているのがアッシュにはわかった。事実無根である。そう事実無根なのである。


「だから良いだろ! 昔みたいにアッシュと寝たいんだよ!!」


「あぁクソ! わかった! わかったからとりあえず黙ってくれ!!」


 あれやこれやと考えるよりもまずはルキを黙らせることを優先すべきだとアッシュは思い、そう口にしたのだがそれは悪手だった。


「よっしゃ! なら今日からよろしくな!!」


 先ほどまで必死にアッシュを説得しようとしていたはずのルキは、そう口にすると同時に嬉しそうに笑って尻尾を左右に揺らし始めた。

 アッシュは一瞬だけその切り替えの早さに言葉が詰まったがすぐに気を取り直して、というよりも感情に任せて吠えた。


「やっぱりわざとか!!!」


「こうでもしねぇとアッシュは絶対に頷かないってわかってるからな!」


 そう言ったルキは悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべていて、それを見ては怒ることが出来なくなってしまった。

 自分でもわかっていることだが、昔から面倒を見てきた分どうしてもルキには甘いところがある。

 あまり良くないのではないか、と思うことはあってもこれはどうしようもないのかもしれない。


「それはそうだけど! ルキのせいで絶対にショタコンだって思われたんだぞ!?」


「大丈夫だって! 周りが何て言おうとアッシュって基本的に気にしないだろ?」


「それはそうだけど!! 世間体ってのは最低限気にするだろ!!」


「だから大丈夫だってば! 例えアッシュがショタコンだとしても他の奴じゃなくて俺を見るのは別に構わないからな!」


「そういう話じゃないだろうが!!」


 この辺りはまだアッシュとルキの家に近く、所謂ご近所さんもこの場にいる可能性がある。

 それなのにショタコンだと思われた、となれば流石にアッシュと言えど気にしてしまう。いや、それよりもアッシュはルキの言葉が頭に入っていないようで、その意味に気づいていない。

 ルキはアッシュにそういう目で見られても構わないどころか、その結果としてアッシュが自分のことだけを見てくれるようになるならむしろ歓迎する、くらいのことを考えていた。

 ただアッシュはそんなルキの考えに全く気付いていないので端的に言ってその言葉を流すこととなった。

 果たして流して良かったのか、寧ろ流した方が良かったのか。それは誰にもわからない。


「んー……まぁ、良いか。それよりも早く行こうぜ!」


 自分の言葉に対して特に反応を示さなかったことを不満に思いながらもルキは今後は一緒に寝る、という自らの欲望が叶うのでとりあえずは良しとして、そう口にしてアッシュの手を取った。

 というよりもアッシュの手取り、指を絡めるようにしてしっかりと手を握ってからぐいぐいと引っ張り始めた。


「チビとアレのせいでイライラしてたけど、今日は最高の日だよな!」


 そう言ったルキは満面の笑みを浮かべ、上機嫌に尻尾を左右に揺らしていた。


「はぁ……俺にとってはくっそ面倒なことになったけどな……」


 ため息と共に零れた言葉に対してルキは特に何も言い返さず、アッシュの手を引いたまま鼻歌交じりに冒険者ギルドへと進んでいく。

 力なく手を引かれるままに歩くアッシュの背中にはグサグサと視線が突き刺さっているがアッシュは考えるのも面倒なので気にしないことにした。というか気にしたくないようだった。

 何もなかった。そう、今さっきのことは何もなかったのだから気にする必要は微塵もない。そんな現実逃避をしながら歩くがそれでもアッシュは頭が痛くなってきていた。

 うん、本当に、もう何も考えずに冒険者ギルドに向かって、報告を済ませて休みたい。休もう。休む。とう考えながらアッシュはルキに手を引かれ、冒険者ギルドへと向かった。



 アッシュとルキは冒険者ギルドに到着すると真っ直ぐにフィオナの下へと向かった。報告をするならばその依頼を受けた際に担当した職員に報告をするのが一番話が早いからだ。

 フィオナは丁度手が空いているようで、これなら報告もすんなり終わりそうだな。思いながらアッシュがカウンターに近づけば、カウンターの隣には朝見た冒険者が朝と同じ体勢で倒れていた。

 それを見てルキが一瞬嫌そうな表情を浮かべたがすぐに気づかなかったフリをして目を逸らした。アッシュもそれに倣って気づいていないフリをした。


「あ、お疲れ様です! 報告、でよろしいですか?」


 そんなアッシュとルキに気づいたフィオナは笑顔で二人を迎えた。

 依頼を終えた冒険者を迎える場合は笑顔で迎えるべきだ。という信条を掲げているフィオナは冒険者を迎える際には必ず笑顔で迎えるようにしている。

 そういったところが他の冒険者たちから人気の高い要因の一つなのだろうな、と思いながらアッシュは言葉を返す。


「あぁ……とりあえずゴブリンの討伐は終わった。って言いたいんだけど……」


「……何か問題が?」


「揺らぎの森のゴブリンを討伐はした。けどその後すぐに湧いて出てきたんだ」


「湧いて……? 申し訳ありませんが詳しくお聞かせ願えますか?」


 ゴブリンが湧いて出てきた、という言葉を聞いたフィオナは真剣な表情へと変わり手元を整理してメモを取る準備をした。

 切り替えの早さと、聞いただけでは意味のわからないことをアッシュが口にしていたのにそれに対して一笑するよりも詳しく聞き出そうとする真面目さにアッシュは感心しながら答える。


「ますルキと二人で揺らぎの森にいたゴブリンを全部始末して合流した。それで少しすると急に俺たちの周りにゴブリンが湧いたんだ。ほら、ギルドカードでゴブリンの討伐数を確認すると数の増え方がおかしいからわかるはずだぞ」


 アッシュはそう言いながらギルドカードをフィオナに渡すと、それを受け取ったフィオナが手早く、それでいて念を入れて魔法陣を展開してゴブリンの討伐数を確認していた。


「あ、俺のも確認しといてくれよな」


 そんなフィオナについでとばかりにルキがギルドカードを渡すと、フィオナは小さく苦笑を漏らしながらそれを受け取り、同じように確認する。

 アッシュとルキで始末したゴブリンの数は五十近くにはなっているので何かがおかしいとは気づくだろう。


「……アッシュさんは討伐数四十一体増えて、ルキくんは十六体増えてますね。今までのアッシュさんの依頼の実績を考えればこのくらいは出来るのかもしれませんが……揺らぎの森にそれだけのゴブリンがいたとは考えにくいですし……」


 揺らぎの森は決して大きな森ではない。それなのに七十弱のゴブリンがいたとは考えにくく、フィオナは眉を顰めてそれが何を意味するのか考えていた。

 だがすぐにギルドカードをアッシュとルキに返しながら手元のメモに何やら書き込み、そして少しだけ考える素振りを見せてからフィオナは考えがまとまったのか一つ頷いた。


「わかりました。この件に関しては上に報告させていただきます。もしかすると後日詳しい話を聞くかもしれませんがその時はよろしくお願いします。あ、それから調査の依頼、ゴブリンが巣を作っている場合はその討伐の依頼などを出す可能性がありますから、もしよければそちらの方も協力をお願いしますね」


「勿論だ。ただ、報酬に色を付けてもらえると助かるんだけどな」


 それくらいならば断わる理由は特にないのともう一つの理由からアッシュは軽い調子でそう返した。

 少しばかり険しい表情を浮かべていたフィオナはその言葉に小さく噴き出してからくすりと笑った。


「残念ですけど、それは上次第なんですよねー。あ、一応伝えておきましょうか?」


 アッシュと同じくらい軽い調子でフィオナが冗談めかしてそう返した。

 フィオナにはアッシュが自身の張り詰めた緊張を解そうとしてそう口にしたのだと理解出来たので同じように返したのだ。

 そうしたフィオナに対してアッシュは軽く肩を竦めてこう言った。


「あぁ、そうしておいてくれ」


「えぇ、わかりました。次に今回の依頼の報酬をお渡ししますので少々お待ちください」


 クスクスと小さく笑ってからフィオナは一度カウンターの奥へと消えて行った。

 これでとりあえず報酬を受け取ったらさっさと家に帰ろう。とアッシュは次の行動を決めたところでふとある疑問が浮かんだ。

 夜になればシャロはどうするつもりなのだろうか。たぶん一人で行動しているはずなので宿に戻るのだとは思うが、あまり遅くに一人で出歩くべきではないし、場合によっては俺が送り届けることになるのかもしれない。アッシュはそうした自問自答のような、もしくは自己完結をさせた。

 またそれはそれで面倒だな、と思うも子供を一人で歩かせるよりはマシか。と思い直しながらアッシュはフィオナが戻って来るのを待つことにした。

ルキの狙い通りの展開に……!

もっとアッシュを振り回さないと……


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