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71.作戦決定

 シルヴィアたちと別れてからクロエは非常にゆっくりとした足取りで大聖堂へと向かっていた。

 クロエはこれから自分の両親かもしれない人と出会うことになる。そのことを楽しみに期待する気持ちはある。だがそれ以上に本当に自分の両親なのだろうかという不安があった。

 ミザリーからもしかすると自分が聖女候補だから利用しようと両親を名乗っている可能性がある。そういう話は聞いていた。だからこそ不安になってしまう。

 人を信じることは美徳だとクロエは考えている。だがそれでも姉のように慕っているミザリーの言葉はクロエに重く圧し掛かっていた。

 だからこそクロエはすぐに大聖堂に辿り着かないように、ゆっくりと進んでいた。


 そして中庭に入るとクロエは足を止めた。

 中央には噴水があり、また花壇には色とりどりの花々が咲き誇り、ここは信徒たちにとって憩いの場となっているのだろうな、とクロエは考えた。

 また花壇の花々を見ているとクロエの心には若干の余裕が生まれていた。

 これから会う二人がどういう人間なのかわからない。でも、会ってみなければわからない。だから、会ってから考えよう。そんな風に前向きになったクロエが大聖堂の扉の前へと立った。


 クロエは大聖堂の中へと足を踏み入れる。教会のそれよりは少しばかり控えめとはいえ充分に豪奢な造りで、あぁ、やっぱりここも同じようになっているのですね、とクロエは内心で思いながら大聖堂の奥。イシュタリアの石像の前に二人の男女が立っていた。

 その二人は跪いて両手を組み、イシュタリアへと祈りを捧げているようだった。

 そんな二人を見て、この二人が自分の両親なのかもしれない。そう考えながらクロエはゆっくりと二人へと歩み寄る。

 静かにイシュタリアへの祈りを捧げる敬虔な信徒そのものといった姿。その姿に同じイシュタリアの信徒として共感すると共に少しだけ安心したようにクロエは口を開いた。


「あの、すいません」


 その声に二人はゆっくりと祈る姿勢を解き、立ち上がると振り返ってクロエを見た。


「えっと、クロエ・クローネと申します……その、お二人は、もしかして……」


 クロエが自分の名を口にすると男性は目を見開き、女性は口元を手で抑えた。

 そしてすぐに二人とも瞳に涙を湛え、こう言った。


「クロエ……本当に、クロエなのかい……?」


「あぁ……あぁ……! クロエ、クロエ……!! 私たちの、愛しい娘……!!」


 男性は心底嬉しそうに。女性は感極まったように。それぞれゆっくりとクロエへと歩み寄る。

 そんな二人を見てクロエは戸惑ったように、そして泣きそうな表情を浮かべていた。だがそれをすぐに振り払うように頭を振ってから言葉を返した。


「あの、お二人のお名前は……」


「あぁ、私の名前はクーゼルだよ。お父さん、と呼んで欲しいな」


「私の名前はクイント。お母さん、でも良いのよ」


「クーゼルさんと、クイントさん、ですね……」


 二人にお父さん、お母さんと呼んでくれ、ということを言われてもクロエは名前で二人を呼んだ。

 それはこうして顔を合わせたばかりですぐに呼べるほど打ち解けることが出来なくて、まだ緊張しているために名前で呼んでいる。そう解釈した二人は困ったようにクロエを見た。


「んー……流石にすぐにお父さんって呼んではくれないか……」


「仕方ないわ。でも、追々はそう呼んでくれるはずよ」


「そうだ、うん、きっとそうだね」


「えぇ、そうに違いないわ」


 和気藹々と言葉を交わす二人を見ながらクロエは小さく小さく息を吐いた。

 そして二人の顔を真っ直ぐに見据える。その表情はとても嬉しそうで愛娘との再会を心底喜んでいる。そんな姿なのだと、クロエには見えていた。

 それはクロエの中に生まれていた戸惑いと落胆をより大きくさせていく。そう、落胆を。


「聖都に辿り着いたのは今日かな? だとすると……疲れているんじゃないのかい?」


「そうね、旅をしてきたのであれば疲れていて当然だものね。落ち着いて話もしたいわ」


 楽しそうに言葉を重ねれば重ねるだけ、対照的にクロエは悲しそうに二人を見る。

 それからクロエは一歩、後退るようにして下がった。


「……クロエ?」


「あら、どうしたの?」


「……ごめんなさい、本当に、ごめんなさい……!!」


 そう言ってクロエはその場で身を翻すとまるで逃げるように走り始めた。


「あっ……クロエ!!」


「待って! クロエ!!」


 二人が声をかけるがクロエはそのまま大聖堂から出ると振り返ることなく駆け続ける。

 今のクロエの中にある感情は

 中庭を突き抜けて、教会の中を走り、信徒たちとすれ違いながら外へと飛び出した。

 そして、教会の外で立っていた誰かに思い切りぶつかり、後ろへと倒れそうになってしまった。


「大丈夫か?」


 だがそんな声と共に手を取られ、倒れることはなかった。



 アッシュたちは教会から少し離れた路地裏でこれからどう動くのか、という話し合いは難航していた。いや、意見自体はアッシュとルキ、カルナの三人で一致していた。つまり反対しているのはシャロだけだった。


「少し考え直した方が良いと思います!!」


「えー、手っ取り早くて良いと思うぞ?」


「俺とアッシュ、それにルキがいるのであれば問題はない。あるとすれば少しばかり目立つことだろうか」


「事情の説明とか必要かもしれないけど、その辺りは適当にシルヴィアにでも押し付けて俺たちは雲隠れすれば良いだろ。もしくは……」


 もしくは、と言いながらアッシュはカルナを見た。


「帝国の人間がいた、とか言いながら赤チビに厄介事を押し付ければ良い。だよな?」


「そういうことだ」


 しれっと最低なことを言っているアッシュとルキだったが、それを聞いたカルナは平然とした様子で言葉を返した。


「わかった。最悪の場合はそうしてくれて構わない]


「カルナさんはそれで良いのですか!?」


「あぁ、何か問題が起これば真っ先に疑われるのは帝国の人間だろう。前回の件が報告されているのであれば、だが」


「必要なことだから報告はしたさ。隠した場合は後々どうしようもないような面倒事に巻き込まれることにうからな」


「そうか。そういうことであれば帝国の人間の仕業だ、と言われても納得するだろうな」


「っていうか、王都の次は聖都で何かあった。ってなれば帝国を疑うのは当然だろ」


 当たり前のことのように話を進める三人にシャロは戸惑うばかりだった。

 厄介事を誰か一人に押し付ける。そんな考えを何の躊躇いもなくした上にその押し付けられる人物もそれを受け入れている。


「まぁ、本当に魔族が関わってるならそれを解決した。ってことなら特にお咎めはないだろうから大丈夫だとは思うけどな」


「代わりに色々と面倒なことにはなるだろうけどな」


 だがそんなことを口にする二人を見てあぁ、冗談だったのか。とシャロは内心でほっと胸を撫で下ろしていた。尚、こんなことを言っているが実際には厄介事をカルナに押し付け、カルナはさっさと帝国に戻れば良いと考えているのでシャロが胸を撫で下ろすような状況ではなかった。

 だが誰もそれ以上のことは言わないのでシャロがそうだと気づくことはなかった。


「さて、とりあえずもう一回確認するけど魔族の拠点は教会。結界の基点も教会」


「結界の要も教会にある」


「全部教会かよ。もう教会を燃やすとかした方が手っ取り早い気がして来るんだけど」


「俺の炎なら教会のみを焼くことが出来るだろう」


「アッシュの炎だってそれくらい出来るっての! でもそれやるとたぶん壁女とか優男とかむっつり目隠れまで燃えるからアッシュはダメだって言うはずだぞ」


「ってことで教会内にある結界の要を破壊しよう。でもたぶん教会の中でも一般人立ち入り禁止の場所にあるよな。なら見つからないように不法侵入だ。って案が出てるけどシャロは反対してる、と」


「当然です!! 不法侵入なんて危ないことはダメですよ!! それに誰かに見つかったら大変なことになるんですよ!?」


 こんな具合に三人が手っ取り早く侵入しよう。と考えているのに対してそれは危険だ、とシャロが止めているのだ。だがシャロとしてもそれが手っ取り早いということはわかっていた。

 それでも三人を心配する気持ちからこうして反対する立場となっている。


「そうは言ってもな……あんまり時間をかけても嗅ぎ回ってる以上は目を付けられることになるからこういうのは先手押しに限るんだ」


「それは……主様がそう言うのでしたらそうなのかもしれませんけど……」


「心配すんなって! 俺とアッシュならこのくらいどうってことないっての!」


「心配するなと言われても心配しますよ! だって私は主様とルキさんがどれだけ強いのか知らないのですから!! この前の王都でのこともそうです!!」


 強さを知らない、という言葉を聞いてアッシュもルキもえ? というような表情を浮かべ、すぐにあ、そういえばそうだったなぁ。というようにお互いに顔を見合わせてアッシュは指先で頬を掻き、ルキは胸を張って自慢げにこう言った。


「そういうことなら、仕方ねぇか。でもな、アッシュも俺もこんな程度どうってことねぇんだよ」


「……本当ですか?」


「おう! それに俺個人としては色々とムカつくけどアッシュはアレのお気に入りだぞ?」


「アレ、というのは……あー……」


 ルキが誰のことを言っているのか察したシャロは何とも言えない微妙な表情で言葉を返した。

 確かに最高位の女神であるイシュタリアのお気に入り、となればどれだけの加護や祝福があるのだろうかと考える。それと同時に前回の王都での騒動の際にもイシュタリアはアッシュとルキのことを一切心配していなかった。

 そのことからアッシュとルキは自分が考えているよりも遥かに強い力を持っているのだと、シャロは理解することが出来た。


「……本当に、大丈夫なのですよね?」


 とはいえ心配なものは心配なので念を押すように大丈夫なのかと尋ねる。


「大丈夫だっての! な、アッシュ?」


「あぁ、本当に大丈夫だ。だからシャロ、俺たちを信じてくれるか?」


「む、むぅ……そういう言い方はずるいと思います……!」


「ずるい人間だからな、俺は」


「はぁ……もう、わかりました。主様とルキさんを信じます。でも、無茶はしないでくださいね?」


「勿論だ」


 アッシュがずるい言い方で訊ねるとシャロは頬を膨らませながら二人を信じると言った。

 それを聞いてアッシュは短く返しながらシャロの頭に手を乗せて軽く撫でる。

 するとシャロは仕方ないなぁ、とでも言うように小さく笑った。


「話は終わったな」


「あぁ、待たせたな。とりあえずまた教会だ」


「おう! さっさと終わらせて食い歩きしないとな!!」


「はいはい。目立たずに終わられば出来るだろうな」


「目立つな、というのならそれなりのやり方はある。とりあえず目撃者になりそうな人間を気絶させれば良い」


「流石にそれは力技すぎるだろ」


 そう言ってアッシュは小さくため息を零してシャロの頭から手を離し、裏路地から出て教会へと歩き始めた。

 ルキたちもそれに続いて裏路地を出る。またその際にシャロは本当に大したことはない、というような態度の三人を見て、本当に自分の心配は杞憂なのかもしれない。そう考えていた。

つまりはごり押しじゃないかぁ!

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