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7.神託

 アッシュとルキがキッチンで料理をしている頃。

 イシュタリアはシャロをソファへと座らせ、その隣に自身も腰を下ろして話をしていた。


「さて、シャロ。本当に随分と早かったわね。私の神託は将来そうするように、という内容だったはずなのだけれど」


「そ、それは、その……」


「あぁ、怒ってるわけじゃないわよ? ただ……どうしてなのか、それが気になっただけなの」


 イシュタリアに促されてソファに座ったシャロだったが、隣に座っているのが自身の信仰する女神ということもあって完全に恐縮しきっていた。

 そんな状態ではイシュタリアの質問に答えるどころではなかった。またその様子から怒られているせいで萎縮しているとイシュタリアは考え、苦笑を漏らしながらそう言った。


「えっと……わ、私は私の役目があるのであれば、それを果たしたいと思いました……」


「……そう。確かに、貴方のいた里では貴方にしか出来ないことというのはなかったわね」


「はい……ですが、イシュタリア様から神託を授かったのは私です!私だけです!私の役目なんです!!」


 訥々と理由を口にするシャロだったが、イシュタリアから神託を授かったことだけは強い口調で言った。

 自分にしか出来ないこと、自分に与えられた役目。それを果たしたいとシャロは思っていた。しかしイシュタリアにはそれが神託に執着しているように思えてならなかった。

 それがどういった感情、想いからなるものなのか、それはイシュタリアにはわからない。

 ただシャロのような子供がそうして自らの役目、というものに縋り付く様は気持ちの良いものではなかった。


「ええ、そうね。貴方に授けた神託は、貴方でなければならないものだわ。ただ……それに執着するのはやめなさい。私は私の神託によって誰かの人生を全て縛り付けるようなことはしたくないのよ」


 イシュタリアの神託というものはイシュタリアの信徒であれば全てを投げ出してでも必ず遂行しなければならないと思ってしまうものだ。

 それはシャロも同じなようで、シャロ個人の事情により少しだけ違った。それを何となく察しながらも言及せず、イシュタリアはそこだけは気を付けて欲しいと思いそう口にした。


「はい……その、気を付けます……」


 気を付ける。そう口にしたシャロはイシュタリアと目を合わせようとはせず、後ろ暗い何かがあるようだった。

 それがわかっていながらイシュタリアは何も言わない。自分が何を言ってもシャロには意味がないことを悟り、そうした問題は人間であるアッシュに任せた方が良い結果になると考えたからだ。

 この世界の人間と神では考え方に致命的なずれがある場合があり、そのせいで問題を解決するどころか余計に拗らせてしまう可能性がある。それを理解しているからこその選択だった。


「あぁ、それと。アッシュには私が説明しておくわ。シャロのその方が良いでしょ?」


「お願いしてもよろしいのですか?」


「えぇ、勿論よ。きっと貴方に関しても少しばかり話をしないといけないと思うけど……大丈夫よ、余計なことは言わないわ」


 余計なことは言わない。その意味を正しく理解したシャロは頭を下げた。


「ありがとうございます、イシュタリア様」


「良いのよ、これくらい。シャロに神託を授けたのは私だもの。これくらいはしておかないとね?」


 イシュタリアは美の女神にして慈愛の女神の名に恥じない、見る者の心を奪う美しくも儚い、まるで花が綻ぶような微笑みを浮かべてそう言った。

 それはシャロの心を穏やかな気持ちにし、これからアッシュやルキと共に生活をしなければならない状況に対しての不安を和らげるものだった。


「は、はい! ありがとうございます、イシュタリア様! 私、頑張りますね!!」


「無理はしないようにしなさい? あ、それと一応暫くは私もこの家でお世話になるから、これからよろしく頼むわね!」


 先ほどの微笑みを悪戯っ子のような微笑みへと変えてイシュタリアはそう言った。


「はい! って、え、あ、イシュタリア様のこの家で生活なさるのですか!?」


「そのつもりよ。大丈夫、アッシュならため息一つでわかってくれるもの!」


 それはアッシュに対する信頼というよりも、アッシュが諦めるとわかっているからこその言葉だった。

 シャロとしてはそれにどう反応して良いのかわからなかったが、アッシュはイシュタリアに振り回されているのだろうな、ということだけはわかった。

 それによって何となく実はアッシュは苦労人なのではないだろうか。というようなことを考えたシャロは先ほどまでの緊張などはなくなっていた。



 イシュタリアとシャロの話が終わる頃にアッシュとルキが昼食の準備を終えてダイニングへと運んでいた。

 運んだ、とは言ったがここはダイニングキッチンになっていてリビングと同じようにアッシュの前世のものを彷彿とさせる作りになっている。

 そこに料理を並べるアッシュと、こんがりと美味しそうに焼けたベーコンをほくほく顔で皿に乗せて運ぶルキ。

 そんな二人の下へとイシュタリアとシャロがやって来て、四人で昼食を取ることになったのだがイシュタリアは嬉しそうにベーコンの塊にかぶりつくルキに呆れるばかりだった。

 またシャロは昼食を作ったのがアッシュであること、それが美味しいこと、ルキの前にベーコンの塊が置かれたことに酷く戸惑っていた。


 そうしたシャロにとっては戸惑ってしまう昼食となったが、ルキとイシュタリアが大人しく食事をしたことでアッシュが思っていたよりもすんなりと食事を済ませることが出来た。

 ただシャロは隣で食事をしているイシュタリアのことが色々と気になって仕方がないことと、四人で食卓を囲む状況に緊張しているようで食事を楽しむ余裕はないようだった。

 何にしてもそうして食事を終えて今は四人でテーブルを囲み、食後ということもあって一息つくこととなっていた。


「それで、シャロにはどういう話をしたんだ?」


「特に難しい話はしてないわよ」


 誰も何も喋ろうとしない状況を打ち破るようにアッシュが疑問を口にした。

 それを受けたイシュタリアはそう言ってからアッシュが用意した紅茶を一口含み、コクリと喉を鳴らして嚥下すると言葉を続けた。


「元々シャロには少し前に神託を授けてたのよね。その内容はアッシュを主として身の回りの世話をするように、っていうものだったんだけど……いやぁ、まさかこんなに早く来るとは思わなかったわ!」


「は?」


 イシュタリアの言葉の意味が理解出来ず、アッシュはそんな間の抜けた返事しか返せなかった。

 今こいつは何を言ったのか。そう思いながらアッシュはイシュタリアを見た。


「だから、アッシュのお世話役となるように、ってこの子に神託を授けたの」


「理由は?」


「面白そうだったから!」


「夕食抜きな」


「というのは冗談で! 本っ当に冗談で!!」


 一体何を考えてシャロを自分のお世話役にしたのか。そう思ってアッシュが問えばイシュタリアは何故かドヤ顔で即答した。

 その非常にふざけた答えを聞いたアッシュがイシュタリアは夕食を抜きにしてやろうと思い、それを口にするとイシュタリアは必死に先ほどの答えを否定し始めた。

 だがイシュタリアの性格を理解しているアッシュにとってはその否定の言葉は信じられるものではなかった。


「へぇ……なら本当のところは?」


「あー……こ、この子にちょっとした事情があって外の世界を見せてみようかなぁ、って思ったのよ!! でも一人で世界を旅させるのもどうかと思って、それならいっそのこと私が信頼できるアッシュに任せてみようかな、って、そういうことよ!!」


「どういうことだよ」


「だから、そういうことなのよ!! ね!?」


 イシュタリアは必死ではあるが、どう考えても今思いついた言い訳。というようにしかアッシュには聞こえなかった。

 ただ完全にただの言い訳を並べているだけではない。ということもアッシュにはわかっていた。だからこそ胡乱そうにではなく、呆れたようにどういうことなのか、と口にしていたのだが。


「そうか……そうか」


「そうなのよ! いやー、アッシュが理解してくれて良かったわ!さっすが私が信頼できる相手として名前を挙げた人間よね!! ひゅーひゅー! かっこいいー!」


 そんなアッシュなので言い訳のような答えに理解を示していたのにここで余計なことを言ってしまうのがこの残念な女神(イシュタリア)である。

 アッシュはその余計な言葉を聞いてからふわりと微笑みを浮かべ、こう言った。


「ルキ、裁定任せた」


「有罪! 晩飯抜き! 肉は俺の!!」


 微笑みを浮かべたアッシュに応えるように満面の笑みを浮かべてルキはそう言い切った。


「そういうわけでイシュタリアの夕食はなしだな。いや、俺が判断したんじゃなくて第三者の判断だからな。仕方ないよな」


「ふっざけんじゃないわよ!!!」


「ふざけてねぇよ!! 大真面目だわ!!! 肉は俺のだ!!!」


 本人たちはふざけてはいないが、傍から見れば充分にふざけたやり取りをした後でまた額を突き合わせて睨み合う形になったルキとイシュタリアは一旦置いておくとして。

 イシュタリアのふざけた神託についてアッシュはシャロと話をすることにした。


「シャロ、少し話がしたいんだけど大丈夫か? イシュタリアが実はアレな感じだったって知って信仰を投げ出したくなってないか?」


「あ、いえ……神託を授けていただいた時と比べて全く違う姿に困惑はしました。でも、イシュタリア様はイシュタリア様だったので……」


 シャロはルキと額を突き合わせているイシュタリアをチラッと見てから困惑したと言い、すぐにアッシュへと視線を戻して言葉を続けた。

 それを聞いてアッシュは意外そうにしながら言葉を返した。


「へぇ……ってことは女神らしい姿も一応は見せてくれたのか」


「はい! 最初は信じられなくなりそうでしたけど、あれはまさに私たちが信仰し続ける女神様としてのイシュタリア様でした!!」


 女神として相応しい姿を見せたイシュタリアを思い出してシャロは興奮したようにそう言った。

 ただアッシュにとってはイシュタリアの本当の姿というのを理解しているので、そのらしい姿を見たとしても何をやっているのだか。という程度にしか思えなかっただろう。


「ですからイシュタリア様の神託に従い、私はアッシュさんを主としてお世話役の任を全うします!」


「しなくて良いぞ。どうせイシュタリアのろくでもない思い付きだからな」


 神託を授かった以上はアッシュが何を言っても意味がない。と頭では理解しつつもアッシュはそう言った。


「いえ! きっとイシュタリア様のことですから崇高なお考えあってのことのはずです!」


「ないんだよなぁ……あー、そんなことよりも何か自分がやりたいこととかやれば良いんじゃないか? 例えば……王都は友好国の料理や特産品とかが流れて来るから、そういうのを探してみるのも良いんじゃないか?」


 シャロはそう言って胸の前でぐっと拳を握った。

 そんなシャロを見てアッシュは随分と気合が入っているな、と思いながらも適当に王都を見て回れば良いんじゃないか、ということを口にした。

 だがそうして口にすると同時にアッシュにはそういえば、と後回しにしていた疑問が浮かんできた。


「いや、それよりも……シャロ、保護者は何処だ? 両親と一緒に、ってことなのか、エルフの冒険者たちと一緒なのか知らないけど、どう動くか話をしておいた方が良いんじゃないのか?」


「あ、そ、それは……そう、ですけど……」


「……まぁ、その辺りはちゃんとしておけよ」


「はい……」


 アッシュの言葉を聞いてシャロは視線を彷徨わせながら答えにならない言葉を零した。

 それを聞きながら、あんなことを言ったがシャロはきっと一人なのだろうな、とアッシュは考えていた。

 そうでもなければ揺らぎの森に子供が一人で入り込み、更に言えばあれだけ自分たちを警戒していたのに一人でのこのこ自分たちについて来るはずもない。と続けて考えながらアッシュはもう一度シャロを見る。

 またシャロのような子供が一人で、というのには何か事情があるのだとも思っていた。だがそれを詮索するほどの仲ではなく、また現状では対して興味もないのでアッシュは何も聞かなかった。


「さて、それじゃ……ルキ、そろそろイシュタリアのことは放っておけ」


「ぐぅ……! アッシュが言うなら、アッシュが言うなら、本当に仕方なく今回は退いてやる……!!」


 非常に不服そうに、それでもアッシュの言葉だからとルキは渋々引き下がろうとした。

 ただこういう場合には毎度のことながらイシュタリアが余計なことを言ってしまうのが常だ。


「あーら! アッシュの言葉を口実に逃げてるだけじゃないかしらねー? まぁ? 私は最っ高に最強の女神だから? 貴方みたいなわんこが勝てる存在じゃないからそれも仕方ないことよね!」


 事実としてこのようにイシュタリアが本当に余計なことを口にした。

 それによって渋々引き下がろうとしていたルキがイシュタリアへと噛みつくこととなった。


「あぁ!? 誰がクソ女神から逃げてるし、わんこだって!! 俺は狼だ!!」


「貴方のことよ! いつもいつもアッシュについて回って、アッシュの言うことは素直に聞いて! まるでアッシュの飼い犬か何かみたいよね!!」


 イシュタリアはルキを挑発するために犬扱いし、それにルキが反論する。

 そこまでは良いのだが、ルキをまるでアッシュの飼い犬のようだ、と言う言葉を口にした瞬間にルキの纏う空気が変わった。


「んだよ! わんこってのはそういうことか! それなら良いぞ! っていうかクソ女神にしては良いこと言うじゃねぇか!!」


 手の平を返すように上機嫌になったルキだった。自分からアッシュの犬になら喜んでなる。と明言しているからそういった反応はわからなくもない。

 ただそういうのは人前では口にするべきではないし、もし人前で口にした場合はどういう目で見られるのか、と考えるとアッシュにとっては非常に頭の痛い話だった。


「え、あ……えぇ……?」


「おい、そこで正気? みたいな目を俺に向けるな。ついでに言えばルキは本気で言ってるぞ」


「あー……まぁ、確かにこの子ならそういう反応をしてもおかしくはない、かもしれないわね……」


 若干引きながらそう言ったイシュタリアとは反対に非常に上機嫌なルキ。それを見ながら何処となく疲れたようなアッシュという何とも微妙な状況になっていた。

 だがそんな状況になってしまったが話を切り上げるには今が好機だ、とアッシュは考えた。


「あー……とりあえず、くだらない話は終わりにして。これから俺とルキは冒険者ギルドで依頼が完了したって報告しないといけないからイシュタリアとシャロは好きにしろ」


「おー、そういえば報告してなかったな。一応ゴブリンのことも報告はする、ってことで良いよな?」


「あぁ、後は冒険者ギルドがどうにかするだろうからな」


 ゴブリンが突如として湧いた、というのはどう考えても異常事態だ。

 ならばそれを報告して対処してもらう。というのが最善策と言えるはずだ。

 アッシュはそう考え、ルキもすぐにその考えに行きついたようでゴブリンについての報告もすることを提案した。


「あら、それなら私は部屋で休ませてもらおうかしら? アッシュが集めてた本は読んでも良いのよね?まぁ、色々あり過ぎて何よ読むのか、って時点で悩みそうだけど」


「良いぞ。それならアナスンって作家が書いた人魚の話が書かれてる本とかお勧めかもな」


「へぇ……アッシュがそんなこと言うなんて珍しいわね。わかったわ、それを貸してもらうわね」


 アッシュが口にした人魚の話が書かれた本というのは、アッシュが過去にふらりと入った書店で見つけた本のことだ。

 その内容はアッシュにとって馴染みのある内容だったのでついつい購入してしまったものであり、あれであればきっとイシュタリアも気に入るはずだ。とアッシュは考えてイシュタリアへと勧めた。


「主様主様。私も本を読ませていただいても良いですか?」


「良いけど……って、主様って何だよ」


 するとイシュタリアだけではなくシャロも本という言葉に反応を示した。それに対してアッシュはそれくらいは構わないか、と考えて言葉を返した。

 だがすぐに唐突な主様呼びにどういうことなのか、とシャロに問えばシャロはは胸を張って得意げに口を開いた。


「主様は主様です! これからはお世話役として頑張らせていただきますね!」


 その言葉からわかるように本気でアッシュのお世話役になるつもりでいるようだった。

 それに若干頭を痛めながらアッシュは諸悪の根源であるイシュタリアへと視線を向ける。

 またその際にアッシュは険しい表情を浮かべてシャロを見ているルキを視界の端に捉えたが変に刺激するべきではないと考えて反応は示さなかった。


「……イシュタリア?」


「大丈夫よ、この子の両親だって私の神託が理由だってことはわかってるはずだから変に騒がないし、アッシュにそういう趣味がないから安全だものね」


 アッシュに非難するような目を向けられたイシュタリアはしれっとそう言い返した。


「それに本当に私にだって考えがあるのよ? 嘘じゃないわよ?」


「嘘くさいんだよな……はぁ……まぁ、お前が言い出したら聞かないのはわかってるから今回は諦めてやるけど、あんまりこういうことばかり繰り返すようなら怒るからな」


「わかってるわよ。今回だけね、今回だけ」


 ため息を零してから今回だけだからな。とアッシュが言うとイシュタリアはウィンクをしてからそう返した。

 絶対にわかってない。とアッシュは思いながら次の問題は、とルキを見る。

 ルキはアッシュに対して非常に独占欲が強いのでシャロがお世話役となり傍にいる。ということを快く思ってはいなかった。だからこそルキは先ほどまでの上機嫌さなど彼方へ吹き飛ばし、険しい表情でシャロを見ていたのだ。


「ルキ、行くぞ」


「……おう」


 そんなルキが落ち着くまでのんびりしていても仕方がないので、アッシュはルキがイシュタリアやシャロに噛みつく前に家を出ることにした。

 それにこのままこの場で留まったとしてもルキが落ち着くことはないこともアッシュは理解している。

 またルキもそんなアッシュの考えを察して大人しくアッシュについて行くことにした。


「もう行くのね。それじゃ、いってらっしゃい」


「いってらっしゃいませ。あ、片付けは私がしておきますね!」


 シャロが片付けをする。とは言ったが何が何処にあるのか、ということをシャロは知らない。

 それについてどうした物かとアッシュは考えてからイシュタリアを見た。


「あー……イシュタリア」


「はいはい。何処に収めるのかシャロにはわからないはずだから今回だけは手伝うわよ」


「あぁ、頼んだぞ」


 名前を呼ぶだけで意図を察したイシュタリアに後は任せることにして、アッシュは冒険者ギルドに辿り着く前にルキを落ち着かせなければならないと考えていた。

最高位の女神からの神託とか受けた信徒なので疑問に思うこともないようです。

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