58.らしくなく、らしいこと
あれから暫くかかってある意味で混沌とした状況から落ち着くことが出来たアッシュたちは今度こそ聖都へと向けて出立することとなっていた。
「さ、さて……それでは気を取り直しまして……クロエ、皆さんにあまり迷惑をかけないように、無茶をしないように、良いですね」
「はい、大丈夫です!」
「大丈夫ではない可能性があるから言っているのですが……シルヴィアさん、アルトリウスさん、アッシュさん、ルキさん、シャロさん。どうか、クロエのことをよろしくお願いします」
「うん、任せてよ!」
一人一人の名前を挙げるミザリーに対してシルヴィアが代表する形で言葉を返し、今度こそ、本当に今度こそ聖都へと向けて出立出来る状態となった。
「よし、それじゃ……出発だね!」
シルヴィアのその言葉によってまずはアッシュが村に背を向けて歩き始めた。その後にルキとシャロが続き、それからシルヴィアとアルトリウスが続いた。
そして最後にクロエが村に背を向けて五人の後を追った。だが振り返ってはすぐに前を向き、また振り返っては前を向く。という行動を繰り返していた。
シルヴィアとアルトリウスはこれからの旅路のことを話し合いながら歩いていてクロエの様子に気づいた様子はなかった。
だがそれ以外の三人はクロエの様子に気づいていた。その中でもシャロは一番クロエのことを気にしていた。
「あの、主様」
「クロエのことか?」
「あ、はい。先ほどから何度も振り返っているので……」
「まぁ、ずっとあの村で生きて来たなら仕方のないことだと思うけどな。もしかするともう戻って来ない、戻って来れないかもしれない。そうなると後ろ髪を引かれるのだって当然だ」
「そう、ですよね……えっと、こういう時ってどうしたら良いんでしょうか……何か言葉をかけたり……」
「別に気にかけてやる必要もないと思うけどなー。って言ってもチビは納得しねぇか」
「はい……」
シャロは最初にひそひそとアッシュに話しかけたが、それに対して普通の声量で返したアッシュを少しだけ不満に思いながら更に言葉を返せばルキがそれに加わった。
何にしてもシャロとしてはクロエの様子が気にかかってしまい、アッシュにならどうにか出来るのではないのか。と思っているようだった。
これはアッシュだから、というよりも自分たちよりも長く、そして特殊な環境で生きて来たのであれば何か手がある。もしくは対処がわかるのではないか、ということを考えてのことだった。
「そうだな……こういう時は思い切って行動に出るべき、って感じかもしれないな」
「思い切って行動に出る、ですか?」
「あぁ、そういうのも悪くないかも、って程度だけど……」
そう言ってからアッシュはスッと一歩踏み出してクロエの隣へと移動した。
クロエはそれに気づいた様子はなく、何かを考えている様子で村を振り返っていた。
アッシュがそんなクロエの頭に軽く手を乗せると、クロエは驚いたようにアッシュへと顔を向けた。その驚いた様子というのは急に手を乗せられたことと、いつの間にかアッシュが隣に来ていたことに対してだった。
「あ、アッシュさん……?」
「随分と気になってるみたいだな」
「え、えーっと……その、はい……ずっとあの村で育って来ましたからいざこうして離れるとなると何だか寂しいような気がして……」
「まぁ、そんなところだろうとは思った。そういう時は多少なりと吹っ切れるような行動に出ると良いかもしれないぞ」
「吹っ切れるような……?」
疑問符を浮かべるクロエに対してアッシュは軽く肩を竦めながらこう言った。
「振り返って手でも振りながら行ってきます。って言うとかな」
「それは……淑やかさに欠けるような……?」
「たまには良いだろ。それに初めて村から離れて聖都まで行くんだ。元気よく旅立つってのも悪くないだろ?」
そう言ったアッシュはまるで悪戯の相談をする子供のような茶目っ気に溢れた様子で笑みを浮かべながらウィンクを一つしていた。
クロエはそれを見て一瞬キョトンとしたような雰囲気になっていたがすぐに小さく笑って言葉を返した。
「ふふ……何だかとっても子供っぽいですね」
子供っぽい、というのはアッシュの提案した行動のことなのか、それともアッシュの行動そのものなのか。それはクロエ本人にしかわからない。
だが一つ言えることがあるとすればクロエは何処となくすっきりとした様子で口元は弧を描いていた。
「でも、そういうのも悪くないのかもしれませんね」
そんな言葉を口にしてからクロエは立ち止まると村へと振り返った。
またアッシュも同じように足を止めてクロエから離れ、そんなアッシュの両隣にルキとシャロがやって来た。
そうして四人が足を止めていることに気づいたシルヴィアとアルトリウスは何事かと振り返ったのと同時にクロエは大きく息を吸った。
「ミザリーさーん!! 行ってきまーす!!!」
そして大きな声でそう言ってからブンブンと大きく手を振った。
それは普段のクロエからは想像も出来ない行動であり、村の入り口でずっとアッシュたちを、というよりもクロエを見送り続けていたミザリーは驚いていた。
だがすぐにまったく、何をやっているのだろうか。とでも言いたげに小さく息を吐いて、それからゆっくりと大きく手を振ってクロエに返した。
クロエはそれを見て、嬉しそうに更に大きく元気に手を振って、少しすると満足するのかゆっくりと手を降ろした。
そしてアッシュを見上げると先ほどよりも穏やかな様子で口を開いた。
「自分でやっておいてこう言うのも何ですが……ちょっと、はしゃぎすぎちゃいました」
「クロエはまだまだ子供なんだからそれくらいで丁度良いと思うんだけどな」
「そうですか? 私は教会の人間として穏やかに、淑やかに、紳士淑女然とするように。とも言われていましたから……」
「へぇ……とはいえ子供は子供らしく、ってので良いと思うぞ?」
アッシュが子供らしくすれば良い。と口にするとクロエは困ったような声色でこう返す。
「今の私にはそれは難しいことです。そうあれと育ってきから、というだけではありません。もしこれから聖都で聖女となるべく修行をするのであれば……子供らしくなど、していられるはずがありませんからね」
その言葉には何処か諦観の色が浮かんでいてクロエはそうした子供らしい振る舞いよりも教会の人間としての在り方を選んでいるようだった。いや、選ぶしかなかったのかもしれない。
両親はいない。頼れる親族もいない。唯一頼ることが出来るのは孤児である自分を拾って育ててくれたミザリーだけだった。だからこそ、ミザリーが望むのであれば教会の人間として恥じることのない生き方をするようにしていた。
そして今度は聖女候補となり、いずれは聖女となることが出来るかもしれない。そうなってしまえば今よりも更に子供らしくなどしていられなくなる。
それを理解しているからこその諦観だったのかもしれない。
「そうか……そうか。自分でそうするって決めたならそれで良いのかもな」
「はい。私はこれで良いと思っています。思わなければ、なりません」
「とか言いながらさっきは見事にはしゃいでたけどな?」
「それは、その……あ、アッシュさんがそうしてみたら、というのでついやってしまいましたが……」
「そのつい、ってのがまた子供らしいのかもな。まぁ、無理はしないようにしろよ。無理ばっかり続けてもろくなことにはならないからな」
長々と話をするつもりはないのか、それとも単純に問題は一つ解決したのでもう良いだろう。と思ったのか。どちらにしてもアッシュはそれで話を切り上げることにした。
ただその際にアッシュはいつもの癖として、撫でやすい位置にあるクロエの頭に軽く手を乗せて優しく撫でてからルキとシャロの下へと戻って行った。
クロエは撫でられた頭を自分で軽く触ると先ほどの優しい手の感覚を思い出していた。撫で慣れているのか非常に心地の良かったそれにクロエはへにゃっと口元を緩めて僅かに頬を赤く染めていた。
そんなクロエに気づいていないアッシュはルキとシャロの間に戻ると、口を開く。
「よし、それじゃ足を動かすとするか」
シルヴィアとアルトリウスはアッシュとクロエのやり取りに何か思うことがあるようで完全に足を止めていたが、アッシュのその言葉を聞いてハッとしたように前へと進み始めた。
ただ時折アッシュとクロエに視線を向けていた。それはアッシュのクロエに対する言葉と態度によるものなのか、はたまたクロエの境遇と諦観に関するものなのか。それはシルヴィアとアルトリウス本人にしかわからなかった。
とはいえアッシュとしては大してそのことに興味はなく、自分の言葉に従って二人が歩き始めたのを見てその後ろに続く。
勿論両隣にはルキとシャロがいて、その後ろに何処となくポヤポヤとした雰囲気のクロエがトテトテと歩いていた。
「シャロ、これで良いか?」
「はい! でも最初と最後のクロエさんの頭を撫でたのはどういうことなのか、ちょっと気になりますね」
「撫でやすい位置に頭があったからな」
「へぇ、撫でやすい位置にあったからつい撫でたのかぁ……で、アッシュ。撫でやすいところに頭があるんだけどなー? ほら、いつも撫でてる感じに撫でやすいのがなー?」
「はぁ……まぁ、撫でるくらいは良いけどさっきのことはなかったことにならないから後で説教くらい覚悟しておけよ」
「二人きりでならいくらでも!!」
「はぁ……今のルキとは二人きりになると怖いんだけど」
「怖くない怖くない!」
アッシュのため息交じりの言葉にルキは何処か楽しげにそう返してからアッシュの手と取り、自分の頭に乗せるとそのまま自分で頭をぐりぐりとアッシュの手に押し付けた。
そんなルキにアッシュは先ほどのため息を零したことなどなかったように、いつものように小さく笑んでからそのままルキの頭を撫でた。
「あ、私もお願いします! ほら、撫でやすい位置にあると思いますよ!」
「はいはい。まったく……ルキは相変わらずとしてシャロも遠慮がなくなってきたよな。良いことだけど」
「良いことなら良いじゃないですか! というわけで、これからも撫でてくださいね!」
そうして歩きながら二人の頭を撫でているアッシュを、というよりも撫でられているルキとシャロを、クロエが少しだけ羨ましそうに見ていたことには誰も気づかなかった。
むっつりな時点で聖女候補として大丈夫なの? とか考えてはいけません。




