53.少しずつ追い詰めるように
「よし、軽くクロエで遊んだところで……仕上げをしないとな」
「あ、え……?」
居心地の悪そうなクロエから視線を外してそう言ったアッシュは昼食の準備の続き、というよりも仕上げに掛かり始めた。
これから詰問のような、尋問のようなことでも始まるのかと内心で戦々恐々としていたクロエはあっさりと言及をやめ、まるで何もなかったかのように昼食作りに戻ったアッシュの姿に呆気に取られていた。
「そうだな、おい目隠れ。お前も手伝えよ」
「え、あ……え? え?」
「あ、でももうほとんど終わってますよ?」
「最後の仕上げ、ってのは任せても良いんじゃねぇの? っていうか任せようぜ! んでもって仕上がるまでの間アッシュは俺を褒めて撫でててくれれば良いと思うんだよな! な!!」
戸惑うクロエを放っておいてルキはそんなことを言ってから調理道具などを置いた。
そしてすぐにキラキラと目を輝かせながらアッシュとの距離を少しだけ詰め、褒めてくれるよな! と尻尾を左右に揺らしながらアッシュを見上げた。
「ルキさんだけっていうのは不公平です! 私だってお手伝いしましたし、褒めていただけますよね!」
するとシャロも負けじと半歩ほどアッシュに詰め寄るとぐっと両手を胸の前で握って自分も褒めてもらう権利がある! と主張した。
「そうかもしれねぇけど一番は俺だろ!」
「いいえ! いっつも先にルキさんが褒められているんですからたまには私が先でも良いと思います!」
「そんなの知るかよ! アッシュは俺を一番に褒めてくれるに決まってんだろ! な、アッシュ!」
「ちーがーいーまーすー! 主様はたまにはルキさんを優先するんじゃなくて私を先に褒めてくれるはずです! ですよね、主様!」
二人ともぐいぐいとアッシュに詰め寄りながら自分を先に褒めて欲しい! とアッシュに主張する二人にアッシュは思わず一歩引いてしまった。
いつものことと言えばいつものことなのだが、こういった場合の二人は本当にぐいぐいと迫ってくるのでアッシュはいつもそんな二人の圧に負けてこうして一歩二歩引いてしまう。
そうなると二人は一歩引けば二歩詰め寄るので完全に悪手なのだが、それでもほとんど無意識にアッシュは一歩下がってしまったのだ。
「おーれーがーさーきー!!」
「わーたーしーでーすー!!」
そしてルキはアッシュに抱き着く形でシャロから距離を取らせようとするが、すぐさまシャロも同じようにアッシュに抱き着いてそれを阻止した。
「あー、あー……ふ、二人同時にってことならどっちが先とかないはずだけど……」
「俺が先! それでしっかりと撫でて、褒めてもらわないとな!!」
「私が先です! いつものように、ちゃーんと頭を撫でて、それから褒めていただきますからね!!」
妥協案、というようにアッシュが口にしたそれを即否定する二人にアッシュの目がやんわりと死に始めていた。
そんな三人を見ているだけだったクロエがもしかしてこれは放っておくとずっとこんなやり取りを繰り広げられるのでは? と思い、どうにか中断、もしくは解決させるために口を開いた。
「あの! そ、そうやって仲睦まじいのは大変素敵なことだと思います! でも、そういうのは、お部屋の中とか、人目のつかない場所でした方が……!!」
ただし何か勘違いしているのではないか、と思えるようなことを口走っていた。
三人が仲睦まじい、というのはわかるとしても、何故人目のつかない場所で、ということになっているのか。それが三人にはわからなかった。
「……別に頭を撫でて褒めるくらいは人目のつかない場所でする必要ないよな?」
疑問符を浮かべてルキがそう言えばアッシュは普通はそうだな、と頷き、シャロは困惑しながらもコクンと小さく頷いた。
「だ、だって……あ、頭を撫でるとか、抱き着くとか、そういうのは、もっとこう……二人きりで静かに、ゆっくりと……」
そう言ってクロエは真っ赤になりながら俯いて両手の人差し指をつんつんと突き合わせながらごにょごにょと何かを続けていた。
「もしかして……教会の方、ということもありますからこういった触れ合いに対して何か思うことがあるとか……?」
「いや、流石にこの程度で……」
「そうそう、ただのスキンシップだぞ?」
「そう、ですよね……」
そんなことないだろ、と思いながら三人がクロエを見ると、クロエは耳まで真っ赤になりながら顔を背け、雰囲気でわかるが視線を彷徨わせていた。
それを見て三人は図星かぁ、と何とも言えない気持ちでクロエを眺め、それからルキが口を開いた。
「はぁ……お前がどう思うか知らねぇけど軽いスキンシップくらいでそんな風になるとかどうなってんだよ、むっつり目隠れ」
「む、むっつり!?」
「いや、むっつりだろ。この程度で真っ赤になるとか……まぁ、どうでも良いけどな! 俺はいつも通りアッシュに引っ付いて撫でてもらうだけだし!!」
そう言い切ってルキは先ほどよりも強くアッシュを抱き締めるとにへらっと幸せそうに頬を緩めていた。
そんなルキを見てアッシュはやれやれ、と小さく息を吐いてからルキの頭を撫でた。するとルキは更に周囲へと幸せオーラを振りまき始めた。
「えっへへ……やっぱりアッシュに撫でられるのは最高だな!」
「ルキさんだけずるいです!! 主様! 私も撫でてください!!」
「あー、はいはい。 わかったからそうぐいぐい迫って来るなっての」
ルキが撫でられた途端ずるいと言って自分も撫でて欲しい、と言い始めたシャロに小さく苦笑を漏らしてからアッシュはシャロの頭を軽く撫でた。
たったそれだけのことで先ほどまで微妙に不満そうな様子を見せていたシャロもルキと同じように頬を緩ませ、幸せオーラを発していた。
「良いか、むっつり目隠れ。お前がごにょごにょ意味わかんねぇこと言ってたけど心の底から大好きになった人に撫でられるだけですっげぇ幸せな気分になるんだ。まぁ、お前がそう思うなら勝手にしろって感じだけど、俺たちにまで押し付けるんじゃねぇぞ」
そんな幸せオーラを振りまいていたルキだったが、スッと真剣な表情に変わったかと思えばクロエを真っ直ぐに見据えてそう言った。
するとクロエは一瞬たじろいで、それから気まずそうに顔を逸らしてしまった。
「そ、そうですか……そう、ですよね……人に自分の考えを押し付けるのは良くありませんよね……で、でも、その……出来れば、私の前ではなるべく控えていただけると嬉しいのですが……」
「無理! アッシュに甘えたいときに甘えて、抱き着きたい時に抱き着いて、撫でられたいときに撫でられて……あ、いや、いつでも撫でられたいんだけどな! そんなわけで控えるとか無理だな! あ、でもチビは控えてくれるんじゃねぇの?」
「それは、まぁ……そうですね。控えるとは思いますよ? というかルキさんが自分の欲望に忠実というか、好き勝手し過ぎている、というか……」
「素直なのは良いことだろ?」
「素直過ぎるのもどうかと思いますよ?」
真剣な表情で行ったかと思えばすぐにいつも通りのルキに戻っていて、その落差にクロエは戸惑いながら三人を見ていた。
そんなクロエに気づかないままシャロはそういえば、と口を開く。
「でも……ルキさんって本当に主様のことが大好きですよね」
「当然だろ! でも……俺はこんなにアッシュのことが大好きなのに、アッシュはぜーんぶ流してるよなー?」
不満そうに、もしくは何処となくからかうような声色でアッシュへと視線を向けながらそう言った。
「なぁ、アッシュ。俺はアッシュのことが大好きだぞ。誰よりも、何よりも、心の底から大好きだ。アッシュはどうだ?」
抱き着いたままだったルキはするりとアッシュを解放すると半歩ほど離れ、素直で真っ直ぐな好意を口にしたルキはアッシュを見つめた。
ただその瞳にはいつもとは違う熱が籠っていて、それが強い恋心、もしくは苛烈なまでの愛情から来る熱だということにアッシュは気づいた。それと同時に頭の片隅で仕掛けて来たか、と考えていた。
あの夜の出来事とイシュタリアの言葉を聞いて、ルキが自身へと向けている感情がどういうものなのかを確信していたアッシュだが、それでもずっと相棒のような、弟のような存在だったことから抱き着いて来たり、甘えて来てもいつもと変わらない対応をしていた。
そうなるとルキとしてはどうにか現状を変えたい、あるいはアッシュが自分のことを弟として見るのではなく恋愛対象として見てくれるようになるにはどうしたら良いか、と考える。
考えるのだが、元々自分の感情に素直で遠回しにあれやこれやと動くよりも直情的に動くことの多いルキは直接対決の方が早いな、という結論に至っていた。
その結果としてこうして真っ直ぐにアッシュに好意を伝え、そして返答を要求する。という行動に出たのだ。とはいえ今回の行動は突如としてその機会はやって来た、というものであり微妙にルキとしても想定外だったりする。
とはいえ攻め時だ! と考えたルキの行動に迷いはなかった、ということだ。
そしてアッシュはこの事態をどう回避するか。もしくは上手く収拾を付けるか。と考えているとふとあることに気づいた。
何故かシャロとクロエが一歩離れて自分とルキの様子を窺っている、ということだ。
これは突然目の前で行われた告白とそれに対してアッシュどう返事を返すのか、それが気になりつつも邪魔をしてはいけない、と考えての行動であり、また純粋にどうなるんだろう、という野次馬根性でもあった。
「なーなー、アッシュー? どうなんだよー?」
ふざけたような口調で、しかしアッシュに向ける瞳は更に熱っぽくなっていて既に逃げ道などないことをアッシュは悟った。
というか逃げようとしても逃げられない、ということを悟った。という方が正しいのかもしれない。
「あー……まぁ、その……」
逃げることは当然として誤魔化すことも出来そうにない。そう判断してアッシュはとにかく何らかの反応を返さなければ、と口を開く。
「えーっと……俺は……」
「アッシュは?」
「ルキのことが……」
「俺のことが?」
「その、弟みたいに思っててちゃんと大好きだぞ?」
もはや素直に言葉を返しつつ、今の関係を下手に変えるようなことはなしにしよう。と考えた結果弟のように思っていて大好きだ、という言葉を口にした。
しかしその途端、シャロとクロエからは落胆したような吐息が漏れ、ルキは不満そうにジト目でアッシュを見た。
だがルキはすぐに苦笑を浮かべてからこう言った。
「まぁ、ちゃんと大好きだって言ってくれたから今回は良しとするかー。俺としては弟って扱いを抜け出したい気分なんだけどさ」
「まだ暫く弟の扱いでいてくれ……割と心臓に悪いんだから……」
「んー? その言い方だと暫くしたら弟扱いじゃなくなる、ってことだよな? そういうことなら良いじゃねぇか! あ、でもあんまり待たせるようだと俺だって強硬手段に出るかもしれないから早めにしてくれよ?」
「怖いこというのやめてくれるか? いや、本当に」
「プレッシャーかけておかないとそのまま誤魔化されそうだからな」
そう言ってルキはニッと笑ったが、反対にアッシュは疲れたような、困ったようなため息を零していた。
そしてアッシュは話には聞いていたがもしかするとルキの愛情は深い、重い、というよりも苛烈なものなのかもしれない、と考えていた。
これはまだジャブに過ぎない……!
実力行使というか強硬策になるとアッシュの目が死ぬかな。あと、社会的にも。




