50.修道女の事情
シルヴィアとアルトリウスはミザリーに案内されて教会の奥にある個室へとやって来ていた。
質素と言うべきか、簡素と言うべきか。机と椅子がある程度でそれ以外にある小物と言えば窓際に飾られた花の生けられた花瓶くらいだった。
そんな個室の中に入るとミザリーは二人に座るように促して、二人が腰かけたのを確認してから自身も椅子に座った。
「申し訳ありません。もう少し待てばクロエが何か飲み物を持って来ると思いますので」
「あ、うん。でもそんな気を遣わなくても良いのに」
「話をするのであれば飲み物の用意を、というのは当然の気遣いです。幸いなことにお昼ご飯の準備はアッシュさんたちが手伝ってくれるとのことでしたから、問題はありません」
「そ、そっか……そういうことなら、良いんだけど……」
淡々と言葉を返すミザリーにシルヴィアはそれ以上何も言えず、少しだけ気まずそうに黙ってしまう。
またアルトリウスも少しばかりの居心地の悪さを感じながらもシルヴィアと同じように黙り込み、クロエがお茶を持って来るのを待つことにした。
二人にとってミザリーは丁寧な言葉遣いの落ち着いた女性、という印象だったがこうして狭い部屋の中で向かい合っているとどうしてか自然と背筋が伸びてしまう不思議な感覚に陥っていた。
これは雰囲気が変わったから、ということではなく単純に狭い個室で沈黙を保っていることが原因だ。
自分たちよりも年上の女性が何も言わずに姿勢を正して座っている。という状況では自分たちもそうしなければならない、とシルヴィアとアルトリウスは無意識のうちに感じてしまい、それが居心地の悪さに繋がっていた。
勿論無意識、ということもあって二人にはどうしてなのかわからずただひたすらに居心地の悪いこの空間を打破してくれるクロエを待っていた。
そんな状況で少しの間待っていると扉がノックされた。
「ミザリーさん、紅茶をお持ちしました」
その声にシルヴィアとアルトリウスは、ほっと内心で胸を撫で下ろした。
そんな二人のことなどわからないミザリーは立ち上がり、扉を開けるとクロエから紅茶を受け取りながらこう言った。
「ありがとうございます、クロエ。ところで……アッシュさんたちはどうですか?」
「はい、アッシュさんとシャロさんは非常に手際が良くて、ルキさんは何故かアッシュさんのお手伝いの時だけ手際が良くて……えっと、とにかくあの方たちがいてくれるおかげで順調に進んでいますよ」
「そうですか、それならば良いのです。私はこれからシルヴィアさんとアルトリウスさんと話をしなければなりませんから、そちらのことはよろしくお願いしますね」
「はい! お任せください!」
そんな言葉を交わしてからクロエは昼食の準備に戻り、ミザリーはクロエの用意した紅茶をそれぞれの前に置いてから再度椅子に腰を下ろした。
そして自身の前に置いたそれに口を付け、カチャリと小さく音を立てながら置くと口を開いた。
「さて、それでは早速ですがクロエを聖都まで連れて行って欲しい。ということについて詳しく話をしたいと思います。よろしいですか?」
「う、うん! 大丈夫だよ!」
「僕も大丈夫。よろしく頼むよ、ミザリー」
「わかりました。ではまず……聖女候補について話をしましょう」
ミザリーはまずは、と一言断りを入れてから聖女候補についての説明を始めた。
「聖女候補とは本来聖都の聖職者がそう成り得る、ということで候補となる。これが基本となります」
「そうなの? でもそうなるとクロエは……」
「はい、本来聖女候補になることはありません。ですが何事にも例外というものがあります」
「例外……例えばそれだけの実力や資質があったり、誰かに推薦されたり、かな?」
「それもあります。ですがクロエは例外中の例外。現在の聖女様がとある神より、クロエは聖女に成り得る存在だ、と神託を受けたとのことです」
何事にも例外があるのだという言葉を聞いたアルトリウスがその予想を言うとミザリーは一つ頷いてから聖女が神託を受けたのだ、とどういう例外なのかを口にした。
それを聞いてシルヴィアとアルトリウスは信じられない、と驚愕の表情を浮かべていた。
「神託を!? それって、もうクロエが聖女になるってことじゃないの!?」
「それは、何て言うか……とんでもない話だね……」
「はい、ですがクロエは貴族や教会の幹部の方とは縁がありません。そうなると神託を受けた聖女様の言葉とはいえ何処の馬の骨ともわからない人間を聖女候補として迎え入れることに否定的な方が多いのです」
教会の内情など知る由もないシルヴィアとアルトリウスだったがミザリーの言葉を聞いて何処の貴族も同じなのだな、と考えていた。
そしてそんな二人の内心を知ってか知らずか、ミザリーは言葉を続けた。
「しかし聖女様の言葉を完全に拒絶することは出来ません。そこで教会の本部は聖女と成り得るだけの存在であるならば自分で聖都までやって来ることが出来るはずだ。ということで聖都までの護衛などは用意はしないがもし聖都までやって来ることが出来れば聖女候補として認める。としたのです」
「なる、ほど……だからクロエはまだこの村にいて、聖都まで連れて行ってくれる人を探していたんだね……」
「でも、そうなると連れて行く人間にも気を遣わないといけないんじゃないかな? その……アッシュの言葉を借りるなら、ろくでもない人間もいる、って言うから……」
「はい、その通りです。本当のことを言うと私は冒険者や旅人であれば誰にでも声をかけて聖都まで行く人を探していた。というわけではありません」
ミザリーの話を聞いて一応の納得をするシルヴィアと、そういった事情があるなら誰でも良いわけではないはずだ、と口にするアルトリウス。それはアッシュの言っていた自分よりもろくでもない人間もいる、という言葉を聞いていたからこそ、その考えに至っていた。
そんなアルトリウスの言葉を聞いたミザリーは一つ頷いてから本当は、と言葉を続けた。
「とはいえそれはさておいて。そういった事情があり、クロエは現在のこの村にいるのです」
「うーん、さておいて、で良いのかなぁ……」
「今はそれで構いません。では次にクロエの話をしましょうか」
少しばかり強引にミザリーは話の内容を次の物へと移した。
そのことに違和感を覚えながらもシルヴィアとアルトリウスは、クロエの話が何か必要なのかと考えて大人しく耳を傾けることにした。
「クロエに両親や親族はいません。孤児としてこの教会で育った子供です」
「そう、なんだ……」
「はい。と、そう思われていたのですが……」
「その言い方だともしかして誰か見つかったのかい?」
「見つかった、とは言えません。ですが聖都の聖職者の一人がもしかすると自分の子供かもしれない。ということを口にしていた、という噂を聞いたのです」
本来であれば家族が見つかるかもしれない、となれば喜ぶべきことだ。だがミザリーにはそういった様子は一切なく、僅かにではあるが声には懐疑的な色が浮かんでいた。
そのことに気づいたシルヴィアがどうしたのかと疑問符を浮かべる。
「えっと……家族が見つかるなら、良いことじゃないのかな……?」
「えぇ、そうですね。本来であれば良いことでしょう。ですが私はこう考えてしまうのです。その方は聖都で聖職者として生きているのに、どうしてクロエはこの村の孤児となっていたのでしょうか」
その言葉にシルヴィアとアルトリウスはハッと何かに気づいたように目を見開いた。
「もしかして、家族でも何でもないけど聖女候補なら身内に引き込もうとしてる、ってこと?」
「その可能性があるね……もしアッシュなら利用出来そうな孤児がいたから利用している、って言いそうだけど……」
「私の考えはアッシュさんと同じです。ですから本来であればクロエにはこの村で過ごしてもらいたいと考えています。ですが事実としてクロエに聖女と成り得る資質があるのであればこの村で生きるより、聖都で修業を積み聖女となる。その方がきっとクロエにとっても幸福な人生を歩めるはず、とも考えてしまうのです」
相反するような二つの考えを抱くミザリーの表情は暗かった。
クロエの安全を願うか、もしくは将来の幸福を願うか。そのどちらが正しいのかミザリーには判断が出来ず、一人で苦悩していたようだった。
そんなミザリーだがすぐに小さく頭を振って言葉を続けた。
「とはいえこあの子の未来を私が決めつけるべきではないと、クロエ自身が考えて決めるようにと話をしました。そしてクロエは聖都へ行くと言ったのです」
「だからミザリーはクロエを送り出すことにしたんだね」
「はい。あの子が自分で決めたのであれば私が止めることなど出来ません。あの子の人生は、あの子自身が切り拓いて行くべきなのですから」
「そっか……そっかぁ……」
クロエが自分自身で考えて決めたことだと聞いてシルヴィアはそんな声を零した。
それは感心のような、感嘆のような、羨望のような。様々な感情が入り混じったものだった。
「そういう事情なら僕はクロエを聖都まで連れて行くことも吝かではないかな。シルヴィア、はどうかな?」
そんな話を聞いたアルトリウスはそう考えてシルヴィアはどうかと尋ねた。
余談ではあるが、アッシュがシルヴィアの言葉を遮って王女だとか勇者だとか一切言葉にしないようにしていたのでここでシルヴィア様と呼んだ場合に第三王女であることがばれるのは良くないのかな、と考えて二人だけではない状況とはいえシルヴィアと呼び捨てにしていた。
「……うん、将来を自分で切り拓こうとしているクロエを応援する意味でも、そんなクロエと一緒に旅をすれば何か学ぶことがあるかもしれないって意味でも、良いと思うよ」
シルヴィアは少し考えてから自分もそれで良い、と答えた。
それはミザリーやクロエのため、というよりも自分自身が何かを感じ取り、学ぶことが出来るのではないかという考えからだった。勿論、純粋に二人の力になりたいという想いもある。
「そう、ですか。ありがとうございます、シルヴィアさん、アルトリウスさん」
そんなシルヴィアの言葉を聞いてミザリーは小さく安堵の息を零すと深々と頭を下げた。
「ううん、これは僕自身のためにもなることだから気にしないで」
「そうだね、ミザリーが気にすることはないさ。僕たちは自分たちで考えて、こうするって決めたんだ。そこには僕たちが成長するきっかけ、学べるものがあると信じてのこと。だから頭を上げてくれないかな?」
「そう言っていただけて、助かります」
二人の言葉を受けて顔を上げたミザリーの表情は何処となく穏やかな、そして安堵した物へと変わっていた。
主人公不在回。
不 在 回 !
幕間以外では初めてですね。




