5.煌々と燃え猛れ
アッシュは変わらずニタニタと笑みを浮かべるゴブリンたちをもう一度見回してからルキを見た。
するとルキはアッシュの意図を汲み取り、アッシュの背に隠れているシャロを自身の背に庇うようにして更に一歩下がった。それからアッシュと目が合うと一つ頷いてから口を開いた。
「アッシュ! 派手にやっちまえ!!」
「あぁ、言われなくとも」
ルキの言葉にアッシュは短くそう返してから軽く握った右手を手の平が上になるようにしてスッと差し出すようにして突き出す。
「煌々と燃え猛れ」
その言葉と共にアッシュは自身の内側に火が灯るような感覚を覚えた。
そして握った右手を開くと手の平の上に小さな炎が揺らぎ、次の瞬間にアッシュを中心として炎が瞬く間に燃え広がった。
その炎は周囲の全てを赤く、紅く、朱く染め上げ、揺らぐ炎が大気を歪めた。だがその炎は草木を焼くことはなく、標的となるゴブリンのみを襲う。
「ギッ……!?」
「ガァ……」
「ギギャ……!」
炎に襲われたゴブリンは悲鳴とも断末魔の叫びとも取れる声を上げようとするが熱によって喉を焼かれ、それ以上の声を上げることは出来なかった。
纏わりついた炎を消そうと必死に地面を転がる者、その程度でどうにかなるはずはないのに必死に炎をはたいて消そうとする者、ただ炎に焼かれ続けもがき苦しむ者。
先ほどまでの下卑た笑みなど何処にもなく、ゴブリンは炎と共に踊り続け、やがて一体二体と動かなくなり、後には黒焦げの死骸が転がるばかりとなった。
それを確認してからアッシュは手の平の上の炎を握り潰すように手を握る。すると、それと同時に周囲を赤く染めていた炎が一度揺らぎ、その姿を消した。
「……ルキ」
「ゴブリンの匂いはなしだ。ただ……相変わらず焦げた匂いすらしないってのはどうなってるんだそれ?」
「さぁ? それよりもゴブリンがいないなら今のうちに森を抜けるぞ。また湧いて出てくる可能性もあるからな。それで良いよな?」
「は、はい……」
ルキの口にした疑問に答えらしい答えを出さずにアッシュはそう提案して、最後にシャロへと同意を求めた。
シャロは急に色んな事が起こり、脳内で処理が追い付いていないのか呆然としたように心ここにあらず、といった様子で返事を返してきた。
そんなシャロの様子を見て、そうなるのも仕方のないことだ。アッシュはそう思いながらも口にすることはなかった。
「ルキ、先導を頼めるか?」
「おう、任せろ!」
こういった森では急いで抜けようとしても道に迷う可能性があるからこそ、アッシュは適任とも言えるルキを頼ることにした。
すると頼られたことが嬉しいのかルキは尻尾をふりふりと揺らしながら返事をしてすんすんと匂いを嗅ぐ仕草をしてから歩き始めた。
「そっちのチビに合わせて歩くけど、立ち止まったりするなよ?」
名前がわかっているというのにルキはシャロのことをチビと呼んだ。
直感が敵だと吠えているとのことだったのでそれが原因の一つかもしれない。
もしくは単純に先ほど噛みつかれてしまったのでそれに対する意趣返し、という可能性もある。
「は、はい……って! チビじゃありません!」
そしてチビと呼ばれたシャロは普通に返事を返し、何と呼ばれたのかを遅れて理解し、ルキにそう言い返した。
ただこれは馬鹿にされたからというよりも気にしていることを言われてしまったから、というのが理由だったりする。
「アッシュよりも小さいどころか俺よりも小さいならチビだろ!」
「そうだとしても! これから! 大きくなります!!」
「今チビならチビって言われても当然だよなぁ!」
額を突き合わせるようにしてルキとシャロは言い合いを始めてしまった。
言い合いの内容としては非常に稚拙なものだったが本人たちはとても真剣な様子を見せていた。
それを見たアッシュとしては先導するはずのルキが足を止めてシャロと言い合いをしている
状況をどうにかしなければならないと思い、とりあえず声をかけることにした。
「おい、二人とも落ち着け」
「むぅ……」
「グルル……」
「落ち着けって」
「むぅー!!!」
「ガルルルル!!」
「はぁ……全くこいつらは本当に……! 汝に翼を!」
顔を突き合わせて唸り合う二人に対してアッシュはため息を零し、悪態をついてから呪文を唱えて二人を宙に浮かべた。
汝に翼をという魔法は自分ではなく他者を空中に浮かべる魔法であり、その制御の難しさから使う人間はほとんどいない、ある意味で非常に珍しい魔法だ。
「うぉ!?」
「ふぇっ!?」
そんな魔法によって宙に浮くこととなったルキとシャロは、突然のことに情けない声を漏らした。
アッシュはそれを気にすることなく先ほど先導しようとしていたルキの向いていた方へと歩き始めた。
「お、おい! アッシュ!! いきなり何するんだよ!!」
「そ、そうですよ! 私は自分で歩けますから降ろしてください! というか、飛翔の魔法を他人に使える人なんて初めて見ましたよ!?」
「はいはい。ルキ、どっちが街道だ?」
抗議の声を上げる二人、というかシャロの言葉を軽く流してからアッシュはルキにどちらに進めが良いのかと確認を取った。
「え? あー、あっちだな」
するとルキが宙に浮いた状態で真っ直ぐに進むべき方角を指差した。
アッシュが進んでいた方角をそのまま指差していたので、アッシュはやはりこちらで正解だったな。と一つ頷いてから歩みを再開した。
「よし、なら進むぞー」
「進むぞって……この状態でか!?」
「歩けますってば! あ、でもぷかぷか浮かぶのはちょっと楽しいような……あ、いえ! やっぱり降ろしてください!」
歩けるから降ろして欲しいと言っているシャロだったが何だかんだで楽しそうなので降ろす必要はないのではないか。そう考えてアッシュはシャロの言葉を流すことにした。
「降ーろーせー!!!」
「降ーろーしーてーくーだーさーいー!!!」
もはや叫び声をあげる二人の言葉に耳を貸さずアッシュは歩き続けた。
アッシュとしては道中で足を止めてキャンキャン吠え合うようなことになっても面倒なので、とりあえずは王都の近くまでこのままの予定と考えた。
▽
アッシュはルキとシャロにあれこれと言われながらも王都の近くまで何とか戻って来ることが出来た。
尚、言われながら、というのは現在進行形である。
「アッシュ!!! もう良いだろ!!」
「そうですよ! ぷかぷか浮かぶのは新鮮ですけどそろそろ降ろしてくれても良いと思います!!」
「ルキはともかくシャロ、お前は普通に楽しんでただろ」
シャロの発言はどう考えても楽しんでいたとしか思えなかったアッシュがシャロに目を向けながらそう言うとシャロは視線を彷徨わせながら言葉を返した。
「た、楽しんでなんていませんよっ? ただ、飛翔の魔法は自分でコントロールするのが普通のことで、あんな風にぷかぷか浮かぶものではなくて、その……ちょっと新鮮だっただけですからね!」
シャロは必死に言い訳をするのだが、アッシュとしてはやはり普通に楽しんでました。とした聞こえなかった。
とはいえ、確かに飛翔の魔法というのは自分でコントロールするものだ。他人が適当に制御しているのであれば確かにぷかぷか、という擬音が似合いそうな浮き方をしてしまう。
だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、それを聞いたルキはシャロへとこう吠えた。
「どう考えても楽しんでるじゃねぇか!!」
「だから楽しんでませんってば!!」
空中に浮かびながら器用に睨み合うルキとシャロにため息を零しそうになりながら、アッシュはそろそろ降ろさなければ人が増えてくる。と考えて宙に浮かべている二人の高度を下げた。
人に見られたとしても大した問題はないにしても、妙な注目のされ方をすると後々何があるかわかったものではないからだ。
ただそうした心配は貧民街で生きていた頃からの習慣のようなものであり、王都で普通に生活する分には不要な警戒だったりする。
「お?」
「あ」
そんな不要な警戒を内心でしながらアッシュはルキとシャロが足から地面に降り立てるように魔法を制御して魔法を解く。
そうして無事に地面に着地すると同時にルキとシャロがまるで結託したかのようにアッシュへと同時に詰め寄るとまずはルキが口を開いた。
「やっとか! 何回も降ろせって言ったのに、やっとかよ!!」
「そうですよ! 私も降ろしてくださいって何度も言いましたよね!」
アッシュは左右から同じことをキャンキャンと吠えられて耳が痛くなってきていた。
それもルキは感情に任せて本気で吠えるし、シャロは幼い少女特有の高い声で吠えてくる。
このままでは耳が痛くなる程度では済まないような気がしたアッシュは今回もとりあえずルキとシャロを落ち着かせることにした。
「ルキ、今日の夕食は肉料理をメインにしようかと思うんだけど」
「はい! はいっ! それならレッドボアかワイルドブルの肉にしようぜ! ステーキでも良いけど骨付き肉ってテンション上がるなよ! ってなるとワイルドブルの肉だな!! こう……ガブッと噛みつく感じで!」
夕食に肉料理を、とアッシュが口にするとルキはビシッと手を挙げてワイルドブルの骨付き肉を要求した。
ワイルドブルとは牛の姿をした魔物であり、生息地が限られ、群れを形成し、それでいて非常に狂暴な性格ということもあって冒険者たちは好き好んで討伐しようとはしない。しかしその肉は非常に美味であるという理由で冒険者ギルドに納品の依頼を出す人間も存在する。
とはいえワイルドブルの討伐は一頭だけを相手にするのではなく群れを相手にする必要があるので率先して受けようとする冒険者は少ない。
その依頼の過程で自分の食べるためのワイルドブルの肉を確保できるにしても、自分の命の方が大切だからだ。
「やっぱ肉は小さかったり食べやすいように切るんじゃなくて豪快にいくのが良いよな!」
自分で言いながらその様子を想像したのかルキの耳はピコピコと動き、尻尾は左右にふりふりと揺れていた。
先ほどまでのアッシュに対する怒りは完全に消え去り、夕食へと思いを馳せているようだった。
「わかったわかった。ワイルドブルの骨付き肉だな」
「おう! まだ残ってたよな?」
「一応な。玩具箱に入れて保管してあるだけだからそろそろ使い切っても良いだろうさ」
玩具箱の利点として保存しているものはそのままの状態で半永久的に保存することの出来る便利な魔法なのでアッシュは玩具箱に食料を保存することも珍しくはない。
ただそうして保存するのは稀少性のあるものだけなので、普段使いの食料は普通の保存方法を取っている。
「ってことは……普段よりも肉が沢山食えるってことだよな!」
ふりふりと揺れていた尻尾は今はブンブンと大きく揺れ、紺碧の瞳はキラキラと輝いていた。
落ち着かせることが出来たか、と問われれば微妙なところだがとりあえずルキの気は逸らうことが出来たようでアッシュは内心でほっと胸を撫で下ろした。
「あぁ、そうだな……残ってるのは全部焼いても良いかもしれないな」
「よっしゃー! 絶対だからな!」
「わかったわかった。約束するさ」
「言ったな!? 約束は絶対に守らないといけないんだからな!!」
「わかってるって」
気を逸らせた、とはいえ約束までしてしまった以上は今日の夕食はちゃんとワイルドブルの骨付き肉にしなければルキが機嫌を悪くしてしまう。
そして機嫌が悪くなると今回のことを蒸し返すというか思い出す可能性があるので約束は守らなければ。そう思いながら次はシャロに何と言うべきなのかと頭を巡らせる。
だがやけに静かなことを疑問に思ってアッシュがシャロに視線を移すとシャロはルキを見ていた。
いや、ルキを見ていたというよりもブンブンと大きく揺れている尻尾を見ていた。
「……シャロ?」
「ひゃいっ!? え、な、何でしょうか!?」
名前を呼ばれたシャロはビクッと小さく跳ねてからアッシュを振り返った。
「いや……随分と熱心に見てるな、と思って」
「あ、そ、そんなに見てましたかっ?」
「あぁ……まぁ、あれだけブンブンと揺れてると気になるってのもわかるけどさ」
視界の端にあれだけ揺れている尻尾が映れば気になってしまうのは仕方がない。
ただアッシュとしてはシャロの場合はそれだけではないような気がしていた。とはいえわざわざそれを口にしても否定の言葉くらいしか出てこないと思ったアッシュはそれについて言及をしようとは思わなかった。
「え、えぇ……凄い揺れているなぁ、と思いまして……べ、別にもふもふしてそうだなぁ、とか、触ってみたいなぁ、とか、そういうことは考えてませんから!」
「あー……そうか。まぁ、そういうことならそれでも良いんだけど……とりあえず、昼食でも食べながら話をしようか」
それなのにシャロは自分からそんな言い訳のようなことを口にしてしまった。
確かにルキの尻尾はアッシュが定期的にブラッシングしていることもあって毛並みは整い、さらさらふわふわの魅惑の尻尾となっている。
ただルキの性格上、シャロが触らせて欲しいと言っても確実に断ることがわかっているアッシュはシャロの言葉を適当に流すことにした。
適当に流してこれからの予定の一つとして昼食に関しての話題をアッシュが口にするとシャロとルキがこう返した。
「昼食、ですか……そう、ですね。時間的にその方が良いかもしれませんね……」
「昼飯は肉一択だろ! 肉食って気合入れないとな!!」
「ルキは毎食肉を出せって言うよな……」
朝は肉。昼も肉。夜は当然肉。というのがルキの言い分だったりする。非常に狼人らしいと言えばらしいのかもしれないがアッシュとしてはそれを良しとは出来なかった。
栄養バランス云々という話だけではなくイシュタリアという女神が肉ばかりの食事を嫌がるから。という理由があった。
「まぁ……今回くらいは良いか……シャロもそれで良いか?」
「は、はい……」
「よし、それなら……どうせイシュタリアは家に忍び込んでるだろうから俺たちの家で食うか。実物を見た方が納得もするだろうしな」
イシュタリアのことだからどうせ今日も家に勝手に上がり込んでいるのだろう。そんな確信染みた憶測を抱きながらアッシュはそう言った。
するとルキが嫌そうな顔をしながら口を開く。
「だろうな。あのクソ女神は大体勝手に上がり込んで好き勝手にだらけやがるし……」
言いながらルキは、どうせ今回もいつもと同じようにしているのだろう。と考えた。だからこそ嫌そうな顔になってしまった。
ただそれでもルキとしてはイシュタリアのことを認めている部分もあるので内心ではイシュタリアに対して複雑な感情を抱いていた。
それについてはルキのことをずっと見てきたアッシュは気づいているが軽々に口出しするべきではない。と考えているので何も言わないようにしている。という状況だ。
閑話休題。
問題があるとすればいきなり自分たちの家に、ということを言ったせいで固まってまたアッシュたちを警戒し始めたシャロを説得しなければならない、ということだ。
ただそれもきっとどうにかなるだろう。と楽観的に考えながらアッシュは家に帰るために一歩足を踏み出した。
頭に虎よ、とつけると宝具になりますねぇ。




