44.あまり良くない依頼
「別にチビを連れてくくらいどうってことないだろ。本人だってやる気になってるし……だいたい、一人だけ置いて行く方が問題だろ」
「白亜とか桜花とか……そっちに頼めば大丈夫でしょ? それにイリアだって……」
「イリアはない」
「アレはねぇよなー」
「イリアさんは、その……」
「三人に口を揃えて言われるって、あの子どうなってるのよ……」
三人としてはイリアが世話をする、という姿を想像出来ず、またふらっと姿を消すことが多いのでそれなりの期間留守番を任せるには適さないと判断してイリアはない。という結論を出していた。
それを聞いてハロルドは頭が痛い、というように軽く額を押さえながらそう言った。
「あと、白亜と桜花は今のところ反省中だからなしだ」
「反省中って……あの二人、何したのよ?」
「俺たちを自分の子供認定して勝手に暴走しやがったんだよ!」
「あの二人本当に何してるのよ!? っていうかシャロまで!?」
「あ、あははー……ま、まぁ、その、に、賑やかな方たちでしたね! 従業員の方も含めて!」
「シャロ、ああいうのは賑やかって言うんじゃなくて馬鹿騒ぎって言うのが正しいんだぞ?」
「主様! 折角やんわりと表現したのに台無しです!」
「事実だから仕方ないだろ。とはいえ……また行ったら同じようになる可能性があるのが何ともな……」
「反省中って話だったのにですか!?」
シャロがどうにかやんわりと表現した言葉をアッシュはあっさりと馬鹿騒ぎだと言い切った。
するとシャロは少しだけ怒ったように言い返したが、アッシュの口にした同じようになる可能性という言葉に驚いてそう言った。
アッシュはそれに対してため息を零し、言葉を続けるよりも先にルキが口を開く。
「っていうか……あれだよな。今の状態でチビを白亜と桜花に任せたら娘認定が加速するんじゃねぇの?」
「……あり得るな。いや、あり得るって言うよりも数日任せただけで今後はずっと娘扱いだろうな……」
「そ、それは、その……困りますね……」
「はぁぁぁ……何て言うか、シャロのお世話を頼めそうな人がいないわね……」
アッシュとルキの言葉を聞いたシャロが本当に困ったように呟くと、ハロルドは大きなため息を零してから言葉を続けた。
「私は私で無理だし……んー……シャロ、本当に聖都までついて行ける?」
「私は大丈夫ですよ。 普通に旅をするくらい出来ますよ!」
「そう……アッシュ、ルキ」
「わかってる。ちゃんと面倒くらい見るさ」
「まぁ、仕方ねぇからきっちり面倒見てやるよ」
ハロルドに名前を呼ばれた二人はシャロの面倒を見る。という言葉を口にした。
これには聖都までの旅路で無理をさせない、ということもあるが何か危険なことが起きてもシャロを守り抜く、という意味も込められていた。
そのことを十全に理解しているハロルドは二人の言葉に頷いて返してからシャロを見る。
「シャロ、無理はしないこと。無茶もしないこと。何かあればアッシュとルキを頼ること。出来るわよね?」
「それくらい出来ますよ! というよりも、私だって旅の心得はありますし、無理も無茶もしたことはありませんからね!」
「本当かしらねー……はぁ、でもね、そういうの関係なくシャロはまだまだ子供なんだから心配なのよ……」
シャロが聖都への旅路について行く。そのことに納得はしたハロルドであったがやはり不満はあるらしい。
「はぁ……とりあえず、その依頼は受けるから詳しい内容をもらえるか?」
「はいはい。えーっと……あ」
「……俺、ハロルドがこういう反応するときは本当にろくでもないって知ってるから話聞きたくねぇんだけど」
「聖都に出立する日は明日になってるわねぇ……」
「ろくでもねぇなぁ!!」
ルキが声を荒げているがそれも無理からぬことだった。
聖都へ旅に出るのが明日です。と、いきなり言われればこのような反応をしても誰も怒ることは出来ない。というよりもそんな無茶ぶりをしている方に怒るべきだ。
「日程に関しては……未定になってるわ……注釈に勇者様に合わせて旅をして聖都に無事送り届けるように、って……ちょっとこれはふざけすぎてないかしら? 」
「その依頼、いつ持ち込まれたんだ?」
「クレスから、昨夜持ち込まれた依頼よ」
「あんの行き遅れ!! どういう依頼持ち込んでんだよ!!」
「これは苦情の一つでも入れないとダメね。私のところに依頼を持ち込むならそれなりに決まりがあるのに喧嘩売ってるってことで良いのかしら」
ハロルドは困ったようにそう言った。その様子は普段通りであり、しかし目は一切笑っていなかった。
やはりと言うべきかハロルドも今回の依頼に関しては怒りを覚えているようだった。
先ほどハロルド本人が口にしたことだがこのストレンジに依頼を持ち込む際には最低限守らなければならない決まりがある。報酬であったり、依頼の詳細であったり、期日や期間であったり。
今回は出立までの時間は非常に短く、更に依頼の期間は未定。本来であれば護衛の為に、となれば最低でも二、三日は準備期間とし、また護衛の期間も明確に提示されていなければならない。
「……はぁ、本当にギルドマスターとか騎士団長っていう地位は好きになれないわね……例え決まりを無視して無茶を押し通されてもこんな仕事をしている以上は簡単に断れないんだもの……」
とはいえハロルドの言うように非合法な依頼のやり取りをしている以上は下手をすると投獄されてもおかしくはない。
それを見逃されているのは自分たちがストレンジを利用する可能性があるから。というものであり、そうして利用することが出来ないのであれば処理されてしまうかもしれない。
だからこそハロルドは非常に不承不承ながらこの依頼をアッシュに任せるしかなかった。
これがもしそういった事情がなければハロルドはこの依頼を棄却していただろう。
「まぁ、良いさ。多少の無茶も無理も慣れてるからな」
「……本当はそんなことはないようにして欲しいんだけど……ごめんなさいね……」
そんなハロルドの事情というかストレンジの事情を理解しているアッシュは仕方のないことだ、と本来ではあり得ない依頼を受けることを良しとしていた。
そのことに関してハロルドが申し訳なさそうに言うとアッシュは少しだけ悪い笑みを浮かべてこう言った。
「ハロルドが気にすることじゃないって。ただ……そうだな、最低限の決まりも守れなかったってことで報酬金額の吊り上げを頼めるか?」
「そうね……舐められないためにもそのくらいはしておかないといけないわね。良いわ、任せて頂戴! 数倍……いえ、数十倍くらいに吊り上げてみせるわ!!」
「いや、それは無理だろ」
アッシュが自分を気遣ってくれたのだと理解したハロルドはそう言うことなら任せて! と気合を入れて宣言したがすぐにルキが冷静にツッコミを入れた。
ただそんなルキの口元にもアッシュと同質の笑みが浮かんでいて、内心では存分にやっちまえ! と考えていることがハロルドには丸わかりだった。
「無理でもやるのよ。伊達や酔狂でこんな仕事してないってことを教えてあげるわ! あ、ついでにクレスにも色々と融通してもらわないといけないわね。こんな酷い依頼を持ち込んだ以上はそれなりに出す物は出してもらわないといけないわ」
ふふん、と何処か得意げに名案だ、というように口にしたハロルドを見てアッシュは小さく笑み、ルキはふんっ、と鼻で笑いながらも楽しげだった。
「そうと決まればちょっとやる気が出て来たわ。悪いけど、私は色々準備というか下調べというか……」
「あぁ、仕込みか。わかった。なら依頼の情報をまとめた物をもらっても?」
「勿論よ。とはいえ……内容スッカスカよ?」
「マジか……マジだ」
「何だよそれむしろ興味が……本っ当にスッカスカじゃねぇか!!」
「え、えーっと……こういうのは見ない方が良いかもしれませんけど、少しだけ失礼して……うわぁ……私でもこれはおかしいってわかりますよ……」
三人がこんな反応をしてしまうのも仕方のないことだった。
こういった場合は詳細が書かれた紙の束が渡されるものなのだが、ハロルドから受け取った紙の束には出立の日、期日、護衛の対象などが書かれているだけでその他に記されているはずの詳細は一切なかった。
今回は依頼の内容が内容なのでアッシュと共に確認するように、とクレスに言われていたハロルドはこんなことだとは思っておらず、内心で怒りを募らせていた。
「はぁ……まぁ、良いか。詳細が一切なし、ってことならそれなりに好きにやらせてもらうさ。禁止事項を書いてない騎士団長様が悪い、ってことでな」
「お、それ良いな! ある程度好き勝手やれるなら楽だし、良いんじゃねぇかな!」
「好き勝手、と言ってもやり過ぎはダメですからね!」
「止めないところを見るに随分と二人に毒されたわねぇ……」
地味にあくどいことを考えるアッシュとルキを止めるのではなく軽く諫めるだけのシャロを見て、二人に慣れたことを喜ぶべきか、毒されてしまったことを嘆くべきか、と苦笑しながらハロルドは考えていた。
そんなことに気づいていながらもアッシュは渡された紙の束を玩具箱に収めると立ち上がった。
「それじゃ、一応準備しないといけないからこれでお暇させてもらおうか」
「準備っていうほどの物はねぇけどな。まぁ、あれだ。英気を養うってことで休むのも有り、だよな?」
「そうですね……主様の玩具箱が便利過ぎて……必要な物って、ほとんど入ってますよね?」
「当然だな」
軽い調子で言葉のやり取りをしながらルキとシャロもアッシュに続いて立ち上がった。
そんな三人を見送ろうとしたハロルドだったが一つだけ思い出したことがあり、口を開いた。
「あ、そうだわ……アッシュ、聖都に向かうなら丁度良いからこの依頼も受けてもらえないかしら」
「この依頼、って……」
言いながらハロルドが何処からともなく取り出した紙の束を受け取り、アッシュが目を通していたがそれが徐々に胡散臭い物を見るような目に変わっていった。
「……フランチェスカ家からの依頼で……聖都に届け物ねぇ……」
フランチェスカ家とは王都一の商人であり、その財力を持って貴族の地位を手にした豪商だ。
現当主のフローレンシア・フランチェスカの手によって既存の貴族から色々と事情が噛み合った結果として貴族の地位を買い取ることとなった、とされている。
そんなフローレンシアだがその姿を知る者は、フランチェスカ家の人間以外にはいないとされる謎の多い人物だ。
「えぇ、しかもアッシュとルキを御指名よ」
「俺も? こういう指名ではいつもはアッシュだけなのにわざわざ俺も指名するとか怪しくないか?」
「怪しいな。まぁ、物のついでくらいには受けても良いさ。これ単体の依頼だったら断ってたけどな」
そんなフランチェスカ家からの依頼で、しかもアッシュとルキの二人を指名している。そのことで非常に怪しくあったがアッシュは聖都に行くついでだ、と受けるつもりのようだった。
アッシュがそれで良いのなら、とルキは考えながらも面倒事に巻き込まれないと良いんだけど、とも考えていた。
「何にしてもついでに受けるからフランチェスカ家にも返事をしておいてくれ」
「わかったわ。それじゃ、話を通して届け物を用意してもらうからまた来てちょうだい」
「あぁ、勿論だ。よし、ルキ、シャロ、やることも増えたから今のうちに家で休んでおくぞ」
「おう、りょーかい」
「はい、わかりました」
そんな言葉を交わしてから今度こそハロルドは三人を見送る。
まだ見送られた三人はストレンジの外へと出ると自分たちの家へと歩を進め始めた。
ゴブリンの騒動など元からなかったかのように、何処までも平和な王都の中を進む三人だったが、アッシュは数日中にシルヴィアと顔を合わせなければならないことを考えて内心でうんざりとしていた。
この辺りはスルッと進めないとね。




