幕間 宵隠しの狐 下
白亜と桜花の言葉によってアッシュの目が微妙に死に始めているとルキがアッシュの膝の上でごそごそと動いて身体の向きを変え、まるで白亜からアッシュを守るようにひしっとアッシュを抱き締めた。
「アッシュに何かしてみろ! ぶっ飛ばすからな!!」
「それはつまりアッシュに何かされるのはセーフってことだな!!」
「アッシュがお前に手を出すこともねぇよ! っていうかアッシュが手を出すなら白亜じゃなくて俺だろ! いっつも傍にいるんだからな!!」
「やめろ。周りがえ? 本当に手を出すの? みたいな目で俺を見てくるから本当にやめてくれ」
そう言ったアッシュの目は完全に死んでいた。
そしてアッシュの言うように浅葱たちや離れた席に座っている客がえ? マジで男の子に手を出すの? といった目でアッシュを見ていて、しかしその目が死んでいることに気づいてすぐに同情するような視線へと変わった。
「んー……アッシュくんは自制心が強いですからそう簡単に誰かに手を出す、ってことはないと思いますけどね。まぁ、その自制心でどうにもならないようなことがあればそういうこともあるかもしれませんけど」
そんなことがあるとは考えに食いですけどね、と言外に含みながら桜花がアッシュを見る。
するとアッシュはつい先日、ルキと一緒に入浴した際のことが頭を過ぎり、一瞬だけ動きが止まった。だがそれは本当に一瞬、誰にも気づかれないようなほんの短い時間だった。
短い時間だったのだが。そのことに白亜と桜花は目敏く気づいていた。
「え、待て待て待て待て!! 何だ今の反応!? そういうことがあったってことか!? ちょっとその辺り詳しく!! 詳しく!!!」
「何なんですかその反応は何かあったんですねそうなんですねちょっと詳しく聞かせてもらわないと困りますよだってそれは所謂一つのアッシュくんが第二次性徴を迎えたみたいな感じだと思えて仕方ないというか!!!」
「うるさいぞ! 何だその、あー……息子の成長に戸惑いつつも嬉しさが滲み出てる、みたいな両親ムーブは」
「そんな……! 次からお父さんって呼びたいだなんて……!!」
「お母さんって呼ばせて欲しいって……勿論、大歓迎ですよ!!」
「人の話聞いてる?」
両親のようなムーブ、という言葉に反応したのか白亜と桜花は何故か自分たちのことを父親と呼びたい、母親と呼びたい。と言われた。という謎の考えになっているようだった。
そんな白亜と桜花に話を聞いているのかと問うアッシュだったが内心では二人の興味が逸れてくれて良かった、と思っていた。
そしてアッシュがそんな反応をする原因とも言えるルキだが、頬を赤くし、嬉しそうに、照れ臭そうに頬を緩めていた。
「ルキ、ばれるからその反応はやめろ」
「いや、だって……俺のこと、意識してくれたのが嬉しくてさ……あと、押せば落とせそうだな、って」
「……いや、まぁ、自分でもそんな気がしてるからあんまり言わないで欲しいんだけど……」
盛り上がっている白亜と桜花に気づかれないようにと小声でアッシュが言うとルキはわかっているがどうしても我慢が出来なかった、というように言葉を返した。
そして言葉を返している今もルキの頬は緩んでいて幸せオーラ全開、といった様子だった。
「むぅ~……また主様とルキさんが二人だけでひそひそしてます……」
そんな二人に気づいたシャロが不満そうに頬を膨らませながらそう言い、自分のことも構うべき、と言いたげにアッシュの袖を掴んでいた。
「あ、悪い……まぁ、あれだな。構ってくれっていうならぐりぐりしてやろう」
「ぐりぐりって……?」
言ってからアッシュは左手をシャロの頭の上に乗せると普段よりも強くその頭を撫で回した。
ぐりぐり、と言っていたこともあって普段よりも強いそれはシャロの頭が軽くぐるんぐるんするほどで、シャロは抗議の声を挙げる。
「わ、わわっ! もう、主様! 流石に強すぎますって!!」
「いやぁ、構って欲しいっていうからな。普段よりしっかりとやっておかないと」
「しっかりっていうのは強くってことではないはずです!」
「アッシュ! 俺も俺も!!」
ぷんぷん、と怒りながらも何処となく構ってもらえて嬉しそうなシャロが羨ましくなったルキが自分も! とアッシュにせがむ。
「ルキは膝の上にいるんだから良いだろ」
「膝の上だとしてもチビだけ構うのはなしだろ! それにチビよりも俺を優先してチビよりもしっかり撫でてもらわないとな!! あれだ、ずっとアッシュと一緒にいる俺の特権、ってやつだ!」
「そうか……そうか?」
「そうなんだよ!」
「主様、手が止まってますよ?」
「……本当にこういう時はお前たち仲が良いよな……」
小さくため息を零し、仕方がないな、と言いたげにアッシュはルキとシャロの二人の頭を撫で始めた。
流石に二人同時ではシャロにしたように強く、というのは少し難しいこともあって随分と優しく、見ようによっては愛おしげに撫でているように見えないこともなかった。
「……アッシュがお兄さんの顔をしてる……!」
「アッシュくんは面倒見が良いですからね……はっ! つまり、ルキくんとシャロちゃんは私たちの子供だった……?」
「いつの間にか三児のお父さんか……悪くないな! あ、でもそうなると息子を狙ってることになるのか……いや、背徳感で更に気持ち良くなれそうな気も……!」
「三児の母ですか……アッシュくんとルキくんはわかってますけど、シャロちゃんも良い子そうですからありですね!!」
「すぐに二人だけで世界を完結させるのやめてもらっても良いか? そんなこと言われてもルキとシャロが困るだろ」
未だに盛り上がったままの白亜と桜花に対してアッシュが苦言を呈するように言えば、ルキはうんうんと頷き、シャロは苦笑いを浮かべながらもアッシュの言葉を肯定するように小さく頷いていた。
「えー、良いじゃんそれくらいさー。だいたい二人が子供の頃からずっと面倒見てきたんだからもう俺たちの子供みたいなもんだろ」
「そうですよ! 白亜の言うように色々とお世話をしてきましたし……アッシュくんとルキくんの母親を名乗っても問題ないと思います! というか、名乗りたいなぁ、と!!」
「名乗るなっての……」
ため息混じりにアッシュが言えば白亜も桜花も不満そうというか、残念そうにしていた。
そんな三人を見ていたシャロが先ほどのアッシュの言葉を思い返してあれ? と何かに気づいたように口を開いた。
「さっきの主様の言い方だと、まるで自分は困らないけど、と言っているように聞こえるような……?」
本当に、単純に気になった。という程度だったシャロのその言葉を聞いた瞬間に白亜と桜花の動きがピタッと止まった。
そして二人はゆっくりとした動作でアッシュを見た。
アッシュはそんな二人の視線から逃れるようにサッと視線を逸らす。だがその行動は図星だと白状しているようなものであり、白亜と桜花が互いに視線を交わし、そして静かに頷いた。
「アッシュ」
「アッシュくん」
「な、何だよ……」
「お父さんだぞ!」
「お母さんですよ!!」
「お父さんでもお母さんでもないだろうが!!」
アッシュを愛おしそうに見たかと思えば二人で自分のことを父親、母親だと言った。それもとても楽しそうに、嬉しそうに、だ。
それを聞いたアッシュは即否定するがそんなことは白亜と桜花には関係なかった。というよりもただの照れ隠しだと判断して更に盛り上がるだけでしかなかった。
「そんな照れなくても良いんだぞ! 俺たちはそういうの大歓迎なんだからさ!」
「そうですよ! だからほら! お母さんって呼んでくださいね!」
「呼ばない。呼ばないから。それとシャロも余計なこと言わない。良いな?」
「え、あ、はい……でも、ちょっと気になってしまって……」
「あぁ、うん、それは仕方ないんだけど、この二人の暴走っぷりを見てくれ。な?」
盛り上がるどころかもはや暴走していると言っても過言ではない、と思いながらアッシュが白亜と桜花の二人を示した。
「あー……あ、あはは……そ、それだけ主様のことが大好きだということですよね! 素敵なことだと思いますよ!!」
「その素敵なことで暴走されてもな……」
素敵なこと、と言われたアッシュはそれでもこれはないだろ、と言外に含みながらため息を零した。
「おい白亜! 桜花! アッシュが困ってるだろうが!」
そんなアッシュをフォローする、というか暴走している二人が鬱陶しくなったのかルキが二人を止めようとしていた。
とはいえ未だにアッシュに抱きついたままなので言葉だけ向けている状態だ。そんなルキに何かを言われたとしてもこの白亜と桜花が止まるわけもなかった。
「えー……あ、もしかして……」
「大丈夫ですよ、わかってますからね」
「アッシュ、何か普通に嫌な予感がするんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
「そうだよな! ルキも俺たちのことをお父さん、お母さんって呼びたいよな!」
「それでアッシュくんのことはお兄ちゃんって呼びたいんですね、わかりますよ!」
「やっぱり変な思い込みしてやがる……!」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてルキが言ったが白亜と桜花には届いた様子はない。それどころか二人は仲良し四人家族のビジョンを思い浮かべているようで非常に楽しそうだった。
そんな状況を察してこれは本当にどうしようもないな、と諦めたアッシュだったがふと一人だけ被害にあっていない、もとい仲間外れは良くないよな、と微妙に悪辣なことを考えていた。
「白亜、桜花」
「そこはお父さんって呼んでくれよなー」
「そうそう。それで、どうかしましたか?」
「そこに娘候補がいるぞ」
「え?」
仲間を売るとはこのことか。アッシュはシャロを指差しながら娘候補だとはっきりと言った。
突然アッシュにそんなことを言われてシャロは戸惑っているようだったが白亜と桜花は違った。
「娘も良いよな!!」
「わかります! わかりますよ!! それにこんなに可愛い娘なら大歓迎です!」
「え、えぇ!? あ、主様! どうしてか私まで家族認定を……!」
「仲間外れは良くないからな」
「おー……そうだよなー、仲間外れは良くないよなぁ!」
ルキはアッシュの真意を理解したようで、こうなれば道ずれにするしかないよな! とこちらもまたそこはかとなく悪辣なことを考えていた。
「あ、わ、わかりました! そういうことですか!? これは仲間外れが良くないとかじゃなくて巻き込んでるだけですよね!?」
「あぁそうだよ巻き込んだんだよ!! 一人だけ被害なしとかむかつくからな!」
「そんな理由で! というか発端は主様ですよね!?」
「違うな。シャロのうっかりが原因だ」
「…………あ」
確かにこの状況の発端は良く良く考えれば自分が気になったことを口にしたせいかもしれない。そんな考えに至ったシャロが気まずそうに視線を彷徨わせていた。
そうした暴走する白亜と桜花、悪辣な考えを実行するアッシュとルキ、そして発端は確かに自分にもあったと気づいて仕方ないのかな、と諦め始めたシャロ。
それからそんな五人を面白い状況になったな、と思いながら見ている全従業員と常連という非常に混沌とした状態になっていた。
しかしアッシュとルキが宵隠しの狐を訪れた際には高確率でこうして混沌とした状況や楽しげに騒がしくなるのでこれもある意味ではいつも通りの光景だった。
アッシュのことを息子にしようとする合法ショタとその伴侶。
文字にすると何だこれは……




