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41.報告

 あの後、貧民街(スラム)の入り口まで三人で戻り、そしてやらなければならないことがある、と言ったアナスタシアと別れてアッシュとルキは冒険者ギルドへと向かっていた。

 とはいえその足取りは非常に重かった。理由はルキが先ほどからずっとアッシュに抱き着いたままむくれているからだ。


「ルキ、これすごく歩きにくいんだけど」


「むぅー……」


「いや、カルナが色々言ってたのが気に入らないのはわかるけどこれはおかしいと思うぞ」


「おかしくない! アッシュは俺の何だからな!!」


「いや、お前のじゃないからな? 俺は俺のものってやつだからな?」


「おーれーのーなーの!!」


 断固としてアッシュは自分のものだ、と言うことを叫ぶルキに辟易としながらアッシュは小さくため息を零した。それと同時に周囲からの好奇の視線に気づいてはっとなる。

 良く考えなくてもわかることだが貧民街(スラム)からずっとこのままの状態であり、ここまでの道中も、今も周りには人が沢山いて何事から二人のことをジロジロと見ていた。

 自宅の周辺では子供に手を出すクソ野郎と思われているが貧民街(スラム)から冒険者ギルドまでの道中ではそのようなこともなく、純粋に好奇の視線だけを向けられていた。


「あ、あー……とりあえず冒険者ギルドまで行くぞ! で、家に戻ったらちゃんと相手してやるから今は離れろ、良いな?」


「……おう、わかった」


 アッシュの言葉に少しばかり不満そうに、それでいて何処か嬉しそうに短く返してからルキはアッシュを放してそれから手を繋いで。


「これくらいは良いだろ?」


「あぁ、うん、まぁ……それで良いか……」


 何を言っても仕方がないな、と諦めたアッシュにルキは楽しげに小さく笑っていた。



 祭りの真っただ中、ということもあって冒険者ギルドには冒険者の姿はなく、数名の職員だけが残っていた。

 そんな職員の中にフィオナの姿を見つけたアッシュとルキはフィオナがいるカウンターの前へと進んだ。


「フィオナ」


「あ、アッシュさんにルキさん。こんにちわ」


「あぁ、こんにちわ」


「おー、こんにちわ」


「それで、本日はー……って、ギルドマスターは奥にいるので、そちらにどうぞ」


 わざわざ顔を出したアッシュとルキを見て何となくそうなんだろうな、と思いながらクレスは奥にいる。ということをフィオナが口にした。


「あぁ、ありがとう。ルキ、行くぞ」


「おう!」


 フィオナはフィオナで仕事があるためにそう言って奥に進むアッシュとルキの二人を見送った。

 ただその背を見送るフィオナは少しだけ心配そうな視線を二人に送っていた。これはわざわざ二人が来るということは何かあったのではないか、と思っているからだ。

 そんな視線に気づきながらアッシュはさっさと報告を終わらせたい、とクレスが待つ奥の部屋へと真っ直ぐに進む。

 そして部屋の前に辿り着くと軽く扉をノックして反応を待つ。


「どうぞ」


 その一言を聞いてアッシュとルキは扉を開けて部屋の中へと足を踏み入れた。

 部屋の中には王都を中心にした地図を広げ、その地図には幾つもの書き込みがされていた。そしてクレスは羽根ペンを置いて一息ついているようだった。


「お疲れ、クレス」


「これはアッシュ殿、それにルキ殿。わざわざ足を運んで来た理由でございますが……私の顔を見に来た、ということではございませんよね?」


「当然だろ! アッシュがお前の顔を見るためだけにこんな場所に来るかよ!!」


「ルキ、ルキ。まだ落ち着いてないのはわかるけどクレスに当たっても仕方ないだろ」


「それはそうだけど……」


「……ルキ殿を苛立たせる何かがあった、ということでございますか」


「まぁ、ざっくり報告させてくれ。今回の騒動の首謀者についてな」


 騒動の首謀者。その言葉を聞いた瞬間、クレスの目つきが鋭いものへと変わった。


「詳しく、聞かせていただけるのでございますよね?」


「あぁ、勿論だ」


 そんな言葉を交わしてからアッシュは報告を開始した。

 貧民街(スラム)へと向かう人影を見つけたこと、それが貧民街(スラム)に似つかわしくないドレスを着ていたことから不審に思ったこと、その人影を追うと口封じの為に襲われたこと、その際にゴブリンやオークを呼び寄せていたこと。そしてゴブリンとオークを片付け、首謀者を追い詰めたところで転移(テレポート)の魔法で逃げられたこと。

 全てが真実ではなく、また真実を隠し、はっきり言ってしまえばアッシュにとって都合の良い報告しかしていなかった。

 そしてアッシュがそれらの報告を終えるとクレスは黙り込み、その報告の内容を吟味しているようだった。


「……なるほど。わかりました。それであれば確かに王都へと進攻していたゴブリンの増援がなくなったことにもある程度理解することが出来るのでございます」


「まぁ、首謀者とは一戦交えて逃がしたけど充分にぶちのめすことは出来たから暫くは戻ってこない……と、思いたいな」


「そうでございますね……とはいえ相手は帝国の人間とのことでございますからこの情報は共有しなければならないのでございますよ」


「俺たちの名前は出すなよ、って言いたいけど無理だろうな」


「流石に首謀者と対峙し、撃退した方の名前となれば隠すことは不可能でございますよ。誰もが聞きたがるはずでございますし、今後協力を仰ぐ可能性がある、となれば情報として共有する必要があるのでございます」


「まぁ、そうなるだろうな。とはいえ可能な限り俺たちの名前が広がらないように、ってくらいはしてもらえるんだろうな」


「えぇ、それはこちらとしても充分に配慮するつもりでございますよ」


 アッシュとしては下手に名前が知れ渡ると今後面倒なことが増えそうだ。という考えから名前は伏せて欲しいと思っていた。

 そのことをある程度察しているクレスは可能な限りは伏せ、広がらないようにする。と言葉を返した。

 それを聞いたアッシュは安心したように、とはいかないがとりあえず納得はしてこれで報告は終わりだな、と考えた。


「ところでアッシュ殿、ルキ殿」


「どうかしたか?」


「何だよ」


「報告は以上でございますか」


 そう言ったクレスの目は非常に冷たいもので、アッシュが何かを隠し、ルキが意図的に何も言わないのだと気づいているようだった。

 いや、気づいているからこそ、そうして冷たい目で二人のことを見ているのだ。


「以上だ」


「言うべきことがあるはずでございますが」


「ないな」


「……本当に、ないと言い切れるのでございますね?」


「あぁ、報告すべきことは報告した。報告していないことはその必要がないからだ。その程度わかるだろ?」


「はぁ……アッシュ殿は強情でございますね……普通はこうして圧をかけられれば大人しく吐くものでございますよ?」


 短い言葉を交わす中でクレスはアッシュとルキに対して圧力をかけるがアッシュは平然と言葉を返し、ルキは相変わらず沈黙を保ったままだった。


「まったく……それで、その黙っていることは王国にとって不都合のあるものではない、ということでございますよね?」


「あぁ、それにこのタイミングで仕掛けてくるような相手には心当たりがあるんだろ?」


「……それはつまり、そういうことでございますか……もっとはっきりと言ってくれても良いと思うのでございますが?」


「言わなくても察しはついてるはずだし、タイミングや規模のことを考えればとっくに答えは出てると思ったんだけどな」


「それはそうでございますが……はぁ、本当に仕方がない方でございますね……」


 アッシュの言葉を聞いてため息と共にそう言ったクレスは手元の紙に必要なこと、というよりも先ほどの報告に関するまとめなどを書き込み、それからアッシュとルキを見て口を開く。


「そういうことだとして、何か他にあるのではございませんか?」


「聖都」


「はい?」


「聖都でも何かあるらしい。というか、聖都で何もないわけがないよな……」


 聖都とはウルシュメルク王国の都市の一つであり、イシュタリアを崇める教会の総本山を中心として王都に引けを取らない規模の都市となっている。

 正式名称はフェーデ・イシュタリアという都市であり、本当にイシュタリアを信仰し、崇拝する。そのためだけの都市として始まったのでそういう名前になっている。

 そして何よりも聖都は王都との繋がりが強く、聖剣に選ばれた第三王女は落ち着いたら聖都に向かい、教会で儀式を執り行うこととなっている。だがこの儀式の情報は一般には出回らないのでアッシュやルキはどのような儀式なのか知る由はなかった。


「あぁ、確かに……少し考えればその可能性に気づけて当然でございますね……」


「そういうことだ。報告は任せるぞ」


「えぇ、それは当然のことでございます。騎士団、憲兵団、王家、聖都への報告はこちらですべきことでございますからね」


 そう言ったクレスは、少しばかり疲れているようだった。

 これまでのこと、それから今からのことを考えるとまだまだ休めないな、と考えたからだ。


「いえ、これはギルドマスターである私の役目でございますから弱音を吐くなどありえない、ということでございますね」


「弱音くらい吐いても良いと思うけどな……まぁ、ストレンジで愚痴を聞くくらいなら付き合ってやるから、どうしても色々吐き出したくなったら声をかけてくれれば良いさ」


「…………お酒の席に誘われる、と考えると邪推してしまいそうでございますが……アッシュ殿の場合は本当にそれだけでございますよね……」


 クレスは呆れたようにため息を零して、それから気を取り直したようにこう言った。


「ではいずれ、愚痴の一つや二つを聞いていただく。ということで良いのでございますね?」


「あぁ、何だったら契約でもするか?」


「んー……契約、というよりも約束で充分でございますね。というよりも約束の方が私としても喜ばしいものでございます」


「そうか? それなら約束だ。いつになるかはわからないけどな」


「それは私の気分次第、ということでございますよ」


 そう言ってからくすくすと笑うクレスにアッシュは肩を竦めて返し、非常に和やかな雰囲気となっていた。勿論、そんな二人を面白くなさそうに見ているルキを除いて、なのだが。

 何にしてもそうした話が終わってからアッシュはクレスへと別れの言葉をかける。


「それじゃ、またな、クレス」


「えぇ、またいずれ。ルキ殿も」


「おう……」


 やはりというかルキだけは不機嫌そうにそう言っていて、アッシュとクレスはどうしてなのかわかっているために小さく苦笑を零した。

 そしてアッシュはルキを連れて部屋を出て、今度はストレンジに向かわないといけないな、と考えると同時に、何となく嫌な予感がする、とも考えていた。

もう少しで二章が終わりです。

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