40.思わぬ告白
イリエスとゼノヴィアが転移の魔法で姿を消し、アッシュたちにとっての敵はカルナだけが残っていた。
睨み合う、というわけではないが三人はカルナを見据え、カルナはアッシュを真っ直ぐに見ていた。
「イリエスとゼノヴィアは去った」
「あぁ、そうだな」
「何だよ、一人で俺たちを相手にしようってのか、赤チビ」
「カルナと言えども三人を相手にするのはきついのではなくて?」
「そのつもりはない。だが」
小さく頭を振って否定し、それからカルナは歩いてアッシュの目の前まで歩を進め、足を止めるとアッシュをじっと見つめ始めた。
何をするつもりなのか、と思いながらアッシュはカルナを見下ろし、ルキは何かこいつアッシュと距離詰め過ぎな気がすると不審に感じ、敵意などはないので別に大丈夫のはずですわね、とアナスタシアは考えていた。
そしてカルナは一人で何かに納得したように頷いてから口を開いた。
「なるほどな」
「何がなるほど、なんだ?」
「アッシュ」
「はぁ……どうした、カルナ」
自分の問いに対して応えようとする素振りを見せないカルナにため息を零してからアッシュが言うとカルナは更に一歩、アッシュとの距離を縮めた。
流石にそれに対してアッシュは一歩下がった。するとカルナが一歩前に出る。嫌な予感がしつつもアッシュが更に一歩下がるとやはりカルナは一歩前に出る。
きっとこれは自分が下がれば下がった分だけ距離を詰めてくるのだろうな、と察したアッシュだったがそれでも、と一歩下がった。勿論カルナはそれに対して一歩前に出ようとするが、そんな二人の間にルキが立ち塞がった。
「おい、赤チビ。アッシュが距離を空けてるんだからお前は大人しくしてろよ。ってか何でそんなアッシュと距離詰めてんだよお前は!」
いや、立ち塞がるというよりもアッシュとカルナを遠ざけながらカルナに噛みついていた。
ガルルと唸りながらカルナを睨むルキに対して一瞬だけ視線を向け、すぐにアッシュへと戻すとカルナは口を開いた。
「俺はお前を見た時から、言いようのない胸の高鳴りを感じている」
「……は?」
「あぁ!?」
「……んー?」
カルナの言葉を聞いてアッシュとアナスタシアは首を傾げルキは何かを感じて声を荒げていた。
「感じたことのないこれは、決して不快なものではない。いや、寧ろ心地よいとすら思える」
「いや、待て。嫌な予感がするぞ」
「よーし! やっぱりお前は敵だな赤チビィ!!」
「何だか奇妙な話をされているような気がしますわ……」
「話に聞いたり、書物で読んだことがある。これはきっと、恋というものなのだろう?」
恋、という単語を口にしたカルナは胸の高鳴り云々というのが嘘なのではないかと思えるほどに無表情だった。だが真っ直ぐに見つめられているアッシュと敵愾心を持ってカルナを見ていた二人には瞳に僅かなりと熱が帯びているのがわかった。
それがカルナの言葉は事実なのではないか、と二人に思わせるには充分だった。
さて、そうなるとアッシュはどうしてこうなった、と困惑と同時に妙なことになってしまったと辟易とし、ルキは完全にカルナのことを自分の敵だと認識し、アナスタシアは頭が痛い、とでも言いたげに頭を押さえていた。
そんな三人のことなどお構いなしにカルナは更に言葉を続けた。
「だが敵同士の恋、というものは叶うことは珍しく、しかしより燃え上がるものだと聞いている」
「そうだな、叶うことはほぼないだろうな。だから諦めるべきだと思うぞ」
カルナが口にした後半の言葉は意図的に聞かなかったことにいてアッシュが諦めろ、と言ったがカルナにはそれが聞こえていなかったのか、聞こえていて無視しているのかわからないが更にこう口にした。
「そう考えるとより胸が高鳴るとは不思議だ。あぁ、だが悪くはない」
「おいアナスタシア。こいつ俺の話を聞いてないよな?」
「カルナは、その……マイペースというか天然というか……少し、変わった子でして……」
「変わり者過ぎだろ! っていうかお前にアッシュを渡す気なんてねぇからな赤チビ!!」
アナスタシアの言葉に吠えて返し、それからすぐにカルナに噛みつくルキはアッシュを背中に庇うようにしてカルナをアッシュから遠ざけようとした。
というよりも一歩でもこれ以上一歩でも近づけばぶっ飛ばす! と考えていることがアッシュには手に取るようにわかった。いや、非常に殺気立った様子なのでアナスタシアとカルナにも何となくはわかっていた。
カルナはそんなルキに目を向けてから少し思案気にしてからこう言った。
「なるほど、お前も」
「お前もか、じゃねぇよ!! 良いか! 俺はもっともっとガキの頃からずっとアッシュと一緒で! ずっとずっとアッシュのことが大好きで!! それなのにぽっと出のお前と一緒にしてんじゃねぇ!!」
言い切ってからルキはガルルと唸り、アッシュは大きな声で大好きだと言われて照れたのか恥ずかしかったのかやや赤くなった頬を指先で掻き、アナスタシアはあー、と何かに納得したような表情を浮かべていた。
そしてカルナはというとルキの言葉に感心したようでこんな言葉を返していた。
「そうか。それほどまでに想われるアッシュに恋をしたのは間違ってはいなかったのかもしれないな」
「お前地味に話が通じてねぇなぁ!!」
「とはいえ……非常に残念だが俺はやるべきことがある。またいずれ会おう、アッシュ」
「よーし! こいつ全く俺の話聞かねぇし聞く気もねぇみたいだからぶっ飛ばしても良いよな!?」
「それから、ルキだったな。お前は恋敵、で良いのだろうか」
「はぁ!? お前が俺の恋敵とかふざけんなよ!!」
「この想いが実るかどうかはわからないが、お前とも縁が深くなりそうだ」
「アッシュ! こいつ本当に俺の話聞いてねぇんだけど!?」
うがぁ! と話を全く聞かないカルナに対してルキが吠えた。
そしてまたも気にした様子のないカルナはアナスタシアを見て言った。
「アナスタシア」
「何でして? 私は恋敵になりませんわよ?」
「イリエスは暫く帝都から出ることはないだろう。奪われた物を取り返す、と言っていたが帝都に戻らなければ難しい話だろう」
「……帝都には戻りたくありませんわね……」
「父に出会うことを嫌って、か」
「えぇ、そういうことですわ……とりあえずはまだイリエスを倒すには実力不足だと判断して準備期間としておきますわ」
「そうか。わかった。好きにすると良い」
嫌そうに帝都には戻りたくない、と言ったアナスタシアに心当たりがあったカルナがそれを口にした。するとアナスタシアはそれに同意し、次にイリエスと対峙するまでは準備期間とする。と決めたようだった。
それを聞いたカルナは興味がないのではないか、と思えるような態度で言ってから一歩後ろへと下がった。
「またいずれ……いや、近いうちに会える気がするな。その時を楽しみにしておこう」
そう一方的にカルナが口にしたかと思うと、カルナの足元から炎が上がり、それがカルナの姿を完全に隠したかと思えばすぐに炎は消え、カルナの姿もそこにはなかった。
そしてカルナが本当にこの場から去ったことを確認してからルキはアッシュに詰め寄った。
「アッシュ! あんな赤チビに靡いたりしないよな!? するって言うなら俺だって形振り構ってらんねぇんだけど!!」
「え、いや、靡いたりはしないけど形振り構わないとか怖いこと言うのやめてもらえるか!?」
「本当か!? 本当だな!? 信じてるからな!!」
「あぁ本当だ! 本当だからぐいぐい来るのやめろって!!」
形振り構わない、という言葉にアッシュは絶対にヤバいことになる。と確信を持ってやめるように言ってから更にぐいぐいと迫ってくるルキにやめるようにと言った。
だがルキはそんなことはお構いなしにアッシュに抱き着いてから一言。
「あんな赤チビに負けるとかあり得ねぇ……! アッシュ、もし次に赤チビに会ったら絶対に俺が守るからな!!」
「いや、俺の方が強いんだけど……」
「俺が! あの赤チビの魔の手から! アッシュを守るんだよ!!」
「あぁ、そういう……」
ルキの中で完全にカルナは敵となっているようでそう言った。
そしてそれを聞いたアッシュが呆れたように小さくため息を零したところでアナスタシアが口を開いた。
「アッシュさんはモテモテですわね」
「年下の、それも男の子に。ってことじゃなければまだ胸を張れそうだったんだけどな……そんなことはする気もないけど」
「そうやって誰かに好かれるのは素敵なことだと思いますわ。まぁ、相手がカルナということに関しては同情しますわね」
「はぁ……今はカルナについて考えるだけ疲れるだけだな……で、アナスタシアは帝国の人間で、イリエスが目当てだったんだよな?」
ため息を零してからカルナのことを頭から追い出し、アナスタシアについて聞き出すことにしたアッシュ。それに応えるようにアナスタシアは一つ頷いた。
そしてスッと磔の女王を軽く持ち上げてから言った。
「えぇ、そうですわ。というよりもアッシュさんは気づいていたのではなくて? 私の磔の女王に向けられた熱い視線は見逃さなくてよ?」
「熱い視線は向けてないっての。まぁ、現状は敵の敵。ってことで憲兵に突き出したりはいないから安心してくれ」
「あら、憲兵程度はこの磔の女王の敵ではありませんわ」
得意げに、そして確信を持ってそう口にしたアナスタシアにアッシュはつい呆れたような視線を投げてから今後のことを少しだけ考え、そしてそれをアナスタシアへと伝えることにした。
「俺は今回の件について首謀者が逃げたとだけ伝えるつもりだ。どのみちあれだけで今後は一切何もしてこない、とは思えないからな」
「イリエスやカルナ、それに私のことは報告しない、と?」
「首謀者、というか実行犯はゼノヴィアだからな。俺は冒険者として最低限のことはするにしてもそれ以上は厄介事に巻き込まれるから勘弁願いたいもんだ」
「……それに、銃女はよくわかんねぇけど赤チビは絶対に面倒な相手だろ。関わらない方が楽って部類のな」
「それは否定出来ませんわね。何にしても報告されないのであれば助かりますわ」
アナスタシアも関わらない方が良いとわかっているようでルキの言葉に同意し、そして報告されないということに安心しているようだった。
「まぁ、そのうちアナスタシアがイリエスをぶちのめして面倒事の芽を摘んでくれればそれで良いさ」
「その程度でのことであればお任せくださいまし。イリエスはいずれ、必ず」
「そうか。それなら頼んだ。ルキ、報告に行くぞ」
「おう……」
イリエスは必ず自分が倒す。そう決意を固めているアナスタシアに短く言葉を送ってから報告へ、とアッシュが口にするとルキは一言だけ返して非常に機嫌が悪そうにしていた。
これはカルナの言葉や態度を思い出した結果なのだが、これは落ち着くまで時間がかかりそうだな。とアッシュは考えながら内心で小さくため息を零していた。
大胆な告白は男の子の特権。特権?




