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4.エルフの少女

「ルキ、とりあえず落ち着け」


「くっそぉ……僅差で敗けとか、一番納得出来ねぇよ……!」


「運良くゴブリンの多い場所に出たからな。そういうこともあるさ」


「むぅぅぅ…!」


 アッシュが宥めるようにそう口にしたがルキはそれを聞いて一つ唸ったかと思うと何かに思い至ったように言葉を続けた。


「あ、いや、そんなことよりも! 何でアッシュは俺を追って来なかったんだよ!」


「あの速さに追い付けるわけないからだけど?」


「アッシュが本気になればいけるだろ!」


 本気になれば、というのは加護や祝福を使えば、ということだ。

 確かにアッシュに押し付けられている加護や祝福を使えば簡単にルキに追い付くことも出来ただろう。

 だがアッシュにとってはそうするほどの状況ではなかったのだからわざわざ使ってまでルキに追いつこうとは思わなかった。


「普通に考えてルキと同じゴブリンを狙っても勝てないだろ。だから俺の選択は正しかったはずだ」


「それは、まぁ、そうかもしれねぇけど……!」


 やはりというべきか、ルキはアッシュの返答を受けても納得はしていなかった。

 ルキとしてはアッシュに追いかけてもらえる。と思っていたのだからその期待を裏切られたこともあって納得など出来るはずもなかった。

 とはいえルキが納得するまで話をするとなると本当に日が暮れてしまう。アッシュはそう判断したのでこの話は適当に切り上げなければならなかった。


「はいはい。どんな不平不満を口にしても結果は変わらないんだから大人しく負けを認めろって」


「ガルルルル……!!」


「そこで狼要素を出して来るなよ……」


 獣のように唸るルキを見てアッシュは軽く頭を抱えながらそう零した。

 アッシュは落ち着く気配のまるでないルキの頭に手を置いて軽く撫でながらこれで落ち着いてくれれば楽なのに。と考えた。


「撫でられたくらいで負けを認めたり落ち着くとかそんなちょろくねぇからな!」


 だがルキはそんなアッシュの考えを見抜き、抗議の言葉を口にした。


「撫でるだけ無駄か……」


 それを受けたアッシュは無駄ならば撫でる意味はない。そう思い手を止めた。

 するとルキは少しだけ背伸びをするようにしてアッシュが止めた手に頭を押し付けるようにしてから、こう言った。


「でももしかしたらそれでどうにかなる可能性もあるから続けるべきだと思うぞ!!」


 ちょろくないと言いながらルキはとてもちょろかった。

 ルキとしては勝敗に関することよりもアッシュに触れてもらえることの方が優先順位としては上のようで、不満そうに唸っていた面影などは既に消え去り、幸せオーラを振りまきながら尻尾を左右に揺らし、耳をピコピコと動かしている。


「お前って奴は……まぁ、そういうのも嫌いじゃないけどさ」


「へへっ……知ってる!」


 呆れたようにしながらも笑みを零したアッシュにそう答えてからルキは得意げな笑みで返した。

 二人のやり取りと雰囲気だけで言えば非常に微笑ましい。もしくはその手の趣味の持ち主であれば胸をときめかせる可能性があるものだった。のだが。

 忘れてはならないのは二人の周囲にはゴブリンの死骸が無数に転がり、近くにはクレーター、その中央には黒焦げの残骸がそこにはあった。つまり、どうしようもないほどに場違いだった。


「で、ルキ。気づいてるよな?」


「……そこにいる奴だろ? ゴブリンくらい自分でどうにかしたら良いのに、何で隠れてるんだ?」


「ゴブリンくらい、って簡単に言うけど冒険者でも普通に殺されることがある相手だからな?」


 ルキはさも当然のことのように言ったがゴブリンは駆け出しの冒険者や、ある程度の慣れが出てきて油断した冒険者が命を落とす可能性が充分にある相手だ。

 それに群れを形成したゴブリンであれば村一つを壊滅させることもあるので決して油断してはならない相手。というのが冒険者の認識だ。

 ただアッシュやルキであればゴブリンに後れを取ることはまずないので、ルキがそう口にしてしまうのも仕方がないことなのかもしれない。


「まったく……ルキの言い分は良いとして。ほら、隠れてないで出て来い。ゴブリンは全部始末したから安全は確保してあるぞ」


 ルキを撫でていた手を退かしてからアッシュは隠れている人物へと声をかけた。

 するとそこにある気配が強張ったような気配をアッシュは感じ取ることが出来た。隠れていたことがばれてしまったことがその理由だろう。

 ただその人物は一向に姿を表そうとはせず、息を殺してやり過ごそうとしているようだった。


「なぁ、そこだけ燃やせば嫌でも出てくるんじゃねぇの?」


「すぐに焼こうとするのやめろよ!?」


 それに業を煮やしたのかルキが物騒なことを言い、アッシュが慌ててルキを止める。

 ルキとしては燃やせば飛び出してくるはずなので一番手っ取り早い手段だと考えたからこそ提案したのだが、アッシュにしてみれば下手をすると焼き殺すことになるのにどうしてそれを一番に思いつくのか。それがわからなかった。


「いや、手っ取り早いし……」


「人がいるってわかってるだろ!」


「でも絶対に出てくるだろ?」


「それはそうだけど!!」


 アッシュとルキが何とも頭の悪いやり取りをしているとガサッという音が木々の影から聞こえた。

 隠れていた人物が出て来たのかとアッシュがそちらへと目を向けると、そこにはアッシュとルキの二人を警戒するように見ている透き通るような空を思わせる髪の少女がいた。

 年齢は十歳前後の小柄な少女で、髪の隙間からピンと尖った耳が姿を見せている。その特徴的な耳からこの少女がエルフだということがわかる。

 ただ警戒しながらも非常に怯えたような様子を見せていたがその原因は考えるまでもなかった。


「ルキ、お前のせいで随分と怖がられてるんだけど」


「軽い冗談なのに真に受けんなよなー」


「半分くらい本気だっただろうが……」


 悪戯っぽく笑みながら冗談だと言ったルキだったが、アッシュには半分以上本気だったことはわかっていた。

 それでも半分くらいと口にしたのはエルフの少女に対する配慮のようなものだった。ただ半分本気だと言っている時点でその配慮は逆効果だということに残念ながら気づいていない。


「あー……初めまして、俺はアッシュ。こっちの放火魔みたいなことを言ってるのはルキ。俺の連れだ」


「ルキだ。お前は……エルフか。エルフかぁ……」


 とりあえずは自己紹介をして少しでも良いので警戒を解いてもらおう。そう考えてアッシュが自身の名前とルキについて口にする。

 それに続いてルキも自己紹介を行うが、少女がエルフだと理解したルキは少女を睨むようにして見始めた。


「エルフは獣人のことを軽視したり見下す傾向にある。ってのは偏見だからな。睨んだりするなよ」


 アッシュが口にしたようにそうした傾向は確かにある。だからこそルキはエルフの少女を睨んでいるのだと思ったアッシュがそう言いながらルキを制止した。


「睨んでねぇよ! ただ……俺の直感がこいつは敵だって吠えてるんだ!!」


「どんな直感だよ……それで、お前の名前は?」


 だがそういうことではないらしく、あくまでも直感に従った結果。ということだった。

 そんなルキに呆れながらもアッシュは話が逸れないように少女へと話を振った。

 名前に興味があるわけではなく、会話のとっかかりになれば良い。と考えての行動だ。


「あ、えっと……」


 言い淀む少女だったが急かすことはせず、アッシュは少女が言葉を続けるのを待った。

 もしこれがある程度打ち解けた間柄であればそれも一つの手だったのかもしれないが、少女と出会って間もなく、そして警戒されている以上はぐいぐいと押す得策ではないと考えているからだ。


「その……シャロ、と、言います……」


 シャロと名乗った少女はアッシュと、特にルキの様子を窺いながらじりじりと後退していた。もう少し距離が開けば走って逃げだしそうな雰囲気だ。

 アッシュとしてはシャロが一人で安全な場所まで行けるというのであればそれはそれで良いと思っているので、後退していることを指摘することはなかった。


「そうか……そうか、シャロか。流石に子供が一人でこんな場所にいるとは思えないけど、保護者は?」


「え、あ、いえ……それは……」


 視線を彷徨わせて言い淀む姿はアッシュが踏み込み過ぎたから、というわけではないようだった。

 それにルキは一人、と言っていたのでこの森の中にはこの場にいる三人以外はいないはずだ。


「アッシュ」


「ん、どうした?」


 名前を呼ばれたアッシュは何かあったのかとルキを見る。

 するとルキは睨むのではなく、訝しみながらシャロのことを見ていた。


「いや……最初は気のせいかと思ったんだけど……」


「何かあるのか?」


「……こいつから少しだけどクソ女神の匂いがする」


「……本当に?」


「こんな嘘つくわけないだろ」


 ルキの言葉を疑ったのではなく、確認のためのアッシュが問えばルキは不満そうに唇を尖らせてしまった。


「いや、悪い……なかなかにレアだと思ったからさ……」


「まぁ……アッシュの気持ちもわからないでもないけど……」


 お互いにそう言って顔を見合わせ、ため息を零す。

 アッシュのため息の理由は女神と何らかの関係がある、ということであればアッシュとしては放っておくことは出来なくなってしまったからだ。

 ルキの場合は女神が関わると面倒なことしか起こらないと思っていて、今まさに面倒事の種が目の前にいるからだ。


「あ、あの!!」


 そんなことを二人の言葉を聞いてシャロが声を上げた。

 アッシュとルキが何事かとシャロに目を向ければ、シャロは非常に困惑したような様子を見せていた。

 どうしてそんなに困惑しているのかわからず、アッシュとルキは揃って首を傾げていた。


「えっと……よくわかりませんけど……そちらの方が言ったのはイシュタリア様のことですよね……?」


「あん?あー、そうそう、イシュタリアイシュタリア、そんな名前だったよなー」


 ルキの言うクソ女神というのはこの世界で最も偉大な女神と称されている存在のことであり、本来であればそのような呼び方はしてはならない存在だ。

 この世界で最も信仰を集めているのは女神イシュタリアであり、そのイシュタリアのことを悪く言うようなことがあれば敬虔な信徒に何をされるかわかったものではない。

 またアッシュに良かれと思って加護と祝福を押し付けまくっている、アッシュにとっては感謝すべきか文句を言うべきか非常に頭を悩ませたこともある女神だ。


「イシュタリア様のことを悪く言うのは良くないと思います!!」


 そんなイシュタリアのことをクソ女神と呼び、敬う気持ちなど欠片もないルキに対して、先ほどまでじりじりと後退していたシャロがずいっと身を乗り出してそう言った。というか叫んだ。

 先ほどまで怯えて警戒していたとは思えないその姿はまさに女神イシュタリアの敬虔な信徒の姿だった。


「うげ……お前まさかクソ女神の信徒かよ……」


 シャロがイシュタリアの信徒だと気づいたルキは非常に嫌そうな表情を浮かべてそう言った。


「イシュタリア様をそんな風に言わないでください!」


「だってクソ女神じゃん! この間は朝になってリビングに降りたらアッシュが作ってくれた俺の朝飯勝手に食ってやがったんだぞ!」


 それを聞いてアッシュは、そんなこともあったな。とその時のことを思い出していた。

 朝になるといきなり現れてテーブルに置いた朝食に手を付け始めたイシュタリアに対してアッシュはため息で返した覚えがあった。


「例えそんなことがあったとしても女神であるイシュタリア様に対して敬意を払って朝食くらい……え?」


「しかも全部食った後に、貴方は食べないの? とかふざけんなよ! あのクソ女神は自分で食っておいていけしゃあしゃあとあんなこと言いやがるとか絶対に許さねぇ!!」


 ガルルとルキが唸り始めたのを尻目にアッシュはまたその時のことを思い出す。

 一言で言えば大惨事だった。ルキVSイシュタリアの取っ組み合いによってリビングはぼろぼろになり、途中から小物や椅子、テーブルが飛び交うようになり、最終的にはアッシュが二人の頭に拳を叩き込んで黙らせ、正座をさせて説教をした。

 その説教中にもお互いに罵り合っていたのでその日の昼食は特別に二人の嫌いな食べ物ばかりを並べようか、と提案すると大人しくなったのには流石のアッシュも心底呆れてしまった。


「え、あの……イシュタリア様が家に来た、ということですよね……?」


 そう言ったシャロは非常に困惑した様子を見せていた。

 いや、困惑したというよりも信じられない。といった方が正しいのかもしれない。


「来たってよりも入り浸ってるんだよあいつ! 本当にどうにかしねぇと! なぁ、アッシュ!!」


「そういえば……」


 アッシュは何となしにルキが憤慨しているのを見ていたが重要なことに気づいてしまった。

 いや、アッシュとルキにとってはどうでも良いことなのだが、人に知られると面倒なこと、と言った方が正しいのかもしれない。


「アッシュ?」


「イシュタリアが来ることは誰にも言わないって約束だったよな?」


 アッシュやルキのようなイシュタリアを信仰せず、どういった女神なのかわかっている人間であればその話を聞いても大した反応は返って来ないはずだ。せいぜいが嘘を言うな、と呆れられるか、そうなのか、と流されるか。そのどちらかだ。

 だが相手がイシュタリアの信徒であるならば話は変わってくる。その話が本当にしろ、嘘にしろ、面倒なことになってくる。だからこそ秘密にしなければならないのにルキは口を滑らせるどころではない勢いで喋ってしまった。


「……あ」


「イシュタリアの信徒に聞かれたら面倒だし、何されるかわからないって言ったよな?」


「いや、そうだけど……」


「まぁ、家に帰ったら説教だな」


「マジかよぉー……」


 説教だ、という話をアッシュが口にするとルキの耳と尻尾は力なく垂れ下がってしまった。

 どういった感情を抱いているのかが非常にわかりやすいそれにアッシュは小さく笑みを零してからシャロを見る。

 誤魔化すことは出来ないと思うが、騒がれないようにだけは手を打っておかなければならないと思い、アッシュは言った。


「シャロ」


「は、はい!?」


「とりあえず、聞きたいこともあるだろうから何処か落ち着いて話せる場所にでも……まぁ、王都だけど戻ろうと思う。それで良いか?」


「え、あ、は、はぁ……わかり、ました……」


 シャロは未だアッシュとルキのことを警戒しているようだったが、イシュタリアのことについて聞きたいと思っているらしくついて来ることに同意した。

 そうと決まればさっさと王都に戻ろう。そう思ってアッシュがルキにも声をかけようとしたが、まるで先手を打つようにルキが口を開いた。


「アッシュ! 意味がわからないけどゴブリンが湧いた(・・・・・・・・)!」


 その言葉が聞こえた瞬間、周囲にゴブリンの気配が本当に湧き出るようにして現れた。

 数は先ほど相手にしたよりも多く、三人を取り囲むようにしてゴブリンが姿を見せる。

 アッシュたち三人に対して自分たちの方が圧倒的に数が多い。そういった理由でゴブリンたちはニタニタと醜悪な笑みを浮かべてその包囲を徐々に狭めていく。

 それを見てシャロは怯えてしまい、ゴブリンから距離を取るようにアッシュの背後へと身を隠すようにして縮こまってしまった。

 だがアッシュとルキの二人は焦った様子はなく、ゴブリンたちを眺めてから口を開いた。


「ルキ」


「俺とアッシュならこれくらい余裕だよな! やってやろうぜ!」


 名前を呼ばれたルキは意気揚々とそう口にしてから獰猛な笑みを浮かべた。

 しかし、それに対してアッシュは小さく首を振って言葉を続ける。


「良い、俺がやる。どうして湧いたのかわからないけど、長居はしたくないからな」


「あー……確かにそうだな……ってことは、降らせるのか?(・・・・・・・)


 アッシュの言葉にルキがつまらなそうに返す。

 するとアッシュは小さく肩を竦め、一歩前に出ながらこう返した。


「いや、炎だけだ」


「そっかぁ……ん、なら任せたからな!」


 反対に獰猛な笑みを引っ込めたルキはニッと笑ってから一歩下がった。


「あぁ、任せておけ」


 アッシュとルキのやり取りの意味がわからず、困惑した様子見せるシャロに対してアッシュは小さく笑んでからぐるりとゴブリンたちを見渡した。

 尚もニタニタ笑い距離を縮めてくるゴブリンに小さくため息を零し、アッシュはそれらを殲滅するために意識を切り替えた。

ロリエルフ!ロリエルフ!!

メインヒロインですよ、メインヒロイン。

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