39.磔の女王
「イリエス、もう一度言わせてもらおう。退け」
「……はぁ、わかったわ。退けば良いんでしょう、退けば」
カルナが変わらぬ調子で退けと言うとイリエスは大きなため息を零してから降参したように了承の言葉を返した。だが非常に不承不承といった様子だったのに仕方ないから折れただけで納得はしていない、ということがよくわかる。
「あぁ、それで良い。イリエスはゼノヴィアを連れて帝国に戻れ」
「はいはい。ゼノヴィア、帰るわよ」
どうでも良い、という態度でイリエスはゼノヴィアの傍まで歩み寄るとこう続けた。
「ほら、早く転移を使いなさい。帝都に戻ればやることは沢山あるわよ」
「あ、あぁ……そうだな、カルナが退けというならそうするしかないな……」
そんなイリエスに言い訳をするように返してからゼノヴィアは急いで魔法陣を展開した。展開したのだが。
「あら、私の用事は済んでいませんわ」
アナスタシアがそう口にして待ったをかけた。
その手に持ったケースは相変わらずゼノヴィアに向けられていて、それが何かわかっているのかゼノヴィアは頬を引き攣らせていた。
「い、イリエス!!」
「はぁぁぁ……アナスタシア、やめておきなさい。カルナが退け、と言ったから私は退くの。それを邪魔することの意味がわからないはずがないでしょう?」
助けを求めるようなゼノヴィアの言葉は無視し、大きな大きなため息を零してからイリエスは窘めるようにアナスタシアへと言った。
その言葉の真意はアッシュとルキにはわからないものだったがアナスタシアには理解出来たようで苦い表情を浮かべる。
だがすぐにカルナへと視線を向けてこう口を開いた。
「カルナ、そちらの都合は充分に理解していますわ。とはいえ私には私の事情がありますの。理解していただけまして?」
「アナスタシアの事情か。そうか。わかった。イリエス」
「はいはい。わかったわよ」
「アナスタシア」
「ふぅ……えぇ、構いませんわ。もとよりそのつもりでしたもの」
三人が完全に主語の抜けた言葉を交わすとその内容を理解したのかゼノヴィアが焦ったようにイリエスから離れてカルナの後ろへと隠れてしまった。
アッシュとルキも嫌な予感がしてしれっとゼノヴィアに続いてカルナの背後へと跳んだ。
「は、はぁ!? どうして貴様らがこっちに来る!?」
「赤チビを盾にすれば何かあっても問題ないだろ」
「そういうことだ。カルナ、頼んだぞ」
「了解した、と返しておこう」
「了解するのか!?」
カルナが手に持った槍をくるりと回し穂先を地面に突き刺すと四人を包み込むように赤い球状の結界が広がった。
たったそれだけの動作によって展開された結界は非常に強固な物で、確かにこれならば大抵の余波は防ぐことが出来るな、とアッシュは一人感心していた。
「へぇ……やるもんだな」
「この程度、造作もない」
「くっ……俺も結界魔法とか使えれば褒めてもらえたかもしれないのに……!!」
アッシュの言葉に淡々と返したカルナ。そんな二人を見てもし自分が結界魔法を使えたら、と考えてルキは非常に悔しそうにしていた。
そうした三人を見てゼノヴィアは一人ドン引きしていた。どうして敵だとわかっている相手とこうも自然体で接することが出来るのか、と考えていたからだ。
そんな四人を一切気にした素振りもなくアナスタシアとイリエスは対峙していた。
アナスタシアの手にはあのケースが。イリエスの手には先ほどから持っている銃が握られている。
そして互いに相手を見据え、全く動こうとしなかった。いや、隙をうかがっているが攻め入る隙がないことによって動けない、が正しかった。
「動かないな」
「互いに隙をうかがえばこうもなるだろう」
「とはいえずっとこのままってのもな……」
アナスタシアとイリエスの見ていたルキが動かないことに関して不満そうに漏らすとカルナは相も変わらず淡々と返し、アッシュはアッシュで何やら考えているようだった。
そしてアッシュがふと玩具箱からナイフを取り出すとそれを軽く上に投げた。それは数秒後にアナスタシアとイリエスの丁度中間の位置に落ちる軌道だった。
その場にいた全員にはどうしてかスローモーションのようにゆっくりとナイフが落ちていくように見えていた。そしてナイフが二人の間を落ちようとした瞬間。
重く低い爆発のような音とそれに比べると軽いのだが重たい発砲音が連続して響いた。それとほぼ同時にアナスタシアの手にしたケースから放たれた大きな鉄杭はアッシュのナイフを砕きながら、イリエスの銃弾はその残骸を弾き飛ばしながら、互いの心臓へと空を穿ちながら真っ直ぐに進む。
だが互いに相手の狙いがわかっていたように横に跳び、アナスタシアは鉄杭を、イリエスは銃弾を放ちながら駆ける。
互いに狙いは正確に、そして明確な殺意を込めて。そしてそれ故に何処を狙っているのか手に取るようにわかり、片や優雅に、片や鉄杭が当たるか当たらないかのスリルを楽しむように躱す。
最初から打ち合わせでもしていたのではないかと思えるほどに一切の迷いなく鉄杭と銃弾の応酬の中で被弾することなく駆け続け、そして全く同じタイミングで横ではなく前に。つまり相手に向かって地面を蹴った。
そして手が届く距離にまで肉薄すると同時に声を張り上げた。
「怒りを込めて!!」
「破壊の一手!!」
互いに発動させたスキルは同じ軌道を描く蹴撃であり、それが激突した瞬間そこを基点として爆発が起きた。これは名前は違えど同じスキルを発動させ、まともにぶつけ合ったことから本来起きるそれよりも遥かに大きな爆発が起きていた。
アッシュたちはカルナの張った結界によって無傷で済んでいたがアナスタシアとイリエスは違った。
爆発によってアナスタシアとイリエスは弾き飛ばされて地面を転がる。だがすぐに立ち上がって相手を睨むようにしてアナスタシアはケースを、イリエスは銃を突きつけた。
先ほどまでは無傷だった二人は血を流し、服は煤け、それでも先ほどよりもアナスタシアは獰猛な笑みを、イリエスは狂気に満ちた笑みを浮かべていた。
「ふふふ……磔の女王は相変わらず恐ろしいわね。掠るだけでも体が持って行かれそうだわ。それに怒りを込めての威力も増したんじゃない?」
イリエスはアナスタシアの持っているケースを見ながら磔の女王と呼んだ。
「えぇ、当然ですわ。私の要望を全て叶えて作ってもらった特注品ですもの。あぁ、それと私のスキルの威力が上がったのもありますけれど破壊の一手、弱くなったのではなくて?」
誇らしげに言いながらも煽ることを忘れずにアナスタシアは一切油断せず、イリエスを見据えていた。
それはイリエスも同じでアナスタシアの一挙一動を警戒し、隙を見せないようにしている。
アッシュとルキはそんな二人を見て実力はある程度均衡しているようだと判断し、それと同時にこれは長引きそうだ、とも考えていた。
それと幾ら貧民街とはいえ鉄杭と銃弾によって今まで以上にぼろぼろになっていてこのまま続けると倒壊の危機すらあるのではないか、とアッシュは考え二人の撃ち合いを止める必要があると判断した。
「ルキ」
「デカ女と銃女、どっちを止めるんだ?」
「アナスタシアだ」
「わかった」
名前を呼ばれただけでルキはアッシュの考えを把握していたようで非常にスムーズに話が進んだ。
「カルナ」
「そうだな。そろそろイリエスもガス抜きが出来ただろう」
カルナはカルナで話の流れから判断したようで同意の言葉を口にした。
二人の言葉を聞いたアッシュが再度アナスタシアとイリエスに視線を向けると笑みをより凄惨なものへと変えて今にも撃ち合いを再開しそうだった。
「そう、随分と面白いことを言うじゃない。それならもう少し本気になるわ。もっと楽しませてくれるわよね!!」
「望むところですわ!!」
そして互いに声を上げ、今まさに引き金を引く。その瞬間に。
「そうか。なら頼むぞ」
アッシュがそう言った。するとルキとカルナが一瞬で姿を消し、ルキはアナスタシアの首元に蹴りを薄皮一枚当たらない位置で止め、カルナは手にした槍をイリエスの心臓に真っ直ぐと穂先を向けていた。
「そこまでだ、デカ女。周りの被害とか少しは考えろよな」
「イリエス。少しはマシになったか」
瞬きの間もない、一瞬にも満たない速さでルキとカルナは動いていた。アッシュにはそれをはっきりと捉えることが出来ていたがアナスタシアとイリエスはそうではなく、驚きを隠せないようだった。
いや、カルナに関しては驚いてはいなかった。そういう者なのだとわかっているからこそ驚く必要はない。しかしルキも同じ速度で動けるとはアナスタシアもイリエスも思ってもいなかったのだ。
「……今のはカルナと同じ速度。ということですわね……」
「その気になれば赤チビより速く動けるぞ? まぁ、それよりも武器を降ろすか、続けるか。選んで良いぞ」
「…………本来であれば退くわけにはいきませんわ。とはいえ……このまま続けるのであれば、アッシュさんやルキさん、カルナと一戦交えそうですわね」
沈黙の後にイリエスだけではなく、今挙げた三人と戦うことを考えてアナスタシアは苦い顔をした。
「はぁ……わかってねぇな。俺と戦ってそこで終わりなんだよ」
しかしそれを聞いてルキはため息を一つ零してからそう言った。
それはアナスタシア程度自分一人で充分だ、という意味であり、アナスタシアにはそれが純然たる事実なのだとどうしてか理解が出来た。
だからこそアナスタシアはため息を零してから、こう答えた。
「わかりましたわ……イリエス、次に対峙する時は容赦しませんわ」
そんな言葉をかけられたイリエスは既に銃を納め、何処となくつまらなさそうにしていた。
「私としてはこのまま続けたい気分だけど……まぁ、良いわ。今回はこれで良しとしましょう」
これで良しとする。そう言っている間もカルナはその槍を下げず、ただじっとイリエスを見据えていた。
「はいはい、そんな目をしないでくれるかしら。ゼノヴィアを拾ってさっさと帝都に戻るわよ」
「あぁ、そうすると良い。この場は俺が受け持とう」
「そうね、そうして頂戴。あぁ、そうそう。貴方が退け、って言うから退くんだから少しお願いを聞いてもらえるかしら」
ふと何かを思いついたようにイリエスが言うとカルナは何も言わず、視線だけで言葉の続きを促した。
「聖都での仕事。貴方が片付けてくれるわね」
「わかった」
聖都での仕事、というのが何なのかアッシュたちには理解が出来なかったが聖都でも何かを企んでいる。ということだけははっきりとわかった。
そしてイリエスがゼノヴィアに、ひいてはアッシュに歩み寄った際にアッシュが口を開いた。
「イリエス」
「何かしら?」
「ゼノヴィアを連れて行かれると困るんだけどな」
アッシュの言葉に反応を示したのはゼノヴィアだった。ゼノヴィアはビクリと身を震わせ、一気に顔色が青白く変わった。
「ゴブリンのことかしらね。そうは言われても私には関係ないのよ」
「そうだな、だからイリエスだけ帰ると良い。こいつは置いて行け」
「出来ない相談ね」
アッシュとイリエスは表面上は穏やかそうに、しかし互いに譲れないという意思を持って言葉を交わしていた。
それによってゼノヴィアは更に顔色を変え、青が抜けて白くなっていた。
「そうか……そうか。なら力づくになるかもな」
「えぇ、そうなるかもしれないわね」
そしてこの言葉で、こんな間近でこの二人がぶつかればきっと自分は死ぬだろうな、と悟ったゼノヴィアは今度は土気色に変わった。
だが現実はそうはならなかった。
「聖都か」
「えぇ、聖都よ。それじゃ、また会いましょうね」
アッシュの短い言葉に答えてイリエスはゼノヴィアの腕を取ると土気色になっているゼノヴィアの腹部に軽く拳を入れて正気に戻した。
「ぐぇっ!? うぐ、うぇ……!!」
「さっさとしなさい」
「ぇあ……わ、わかった……!」
その声は冷淡で、早く転移の魔法を発動させなければ二発目が来る。そう悟ったゼノヴィアは急いで魔法陣を展開し、光だけを残してイリエス共々姿を消した。
そしてこの場にはアッシュとルキ、アナスタシア。それから明確に敵とわかっているカルナの四人が残された。
アナスタシアとイリエスは実力が均衡しているようで実はしていなかったり。
まぁ、軽い戦闘描写を入れて戦える二人ってことを知ってもらえればな、と。




