32.コカトリスの串焼き
ルキとシャロにとってはついに迎えた祭り当日。
前日から既に大通りには屋台や出店などが並び活気づいていたがこの日はそれと比べるまでもなく、更なる活気に満ちていた。
「わかってはいたけど、朝からみんな元気だな……家の中にいても外から人の声が聞こえてくる」
「それはお祭りですからね! 皆さんもきっとものすごく楽しみにしてたはずですよ!」
「俺は祭りだからってよりも肉が食えるからなんだけどな!」
やや辟易とした様子でアッシュが零すと、楽しみで楽しみで仕方がない! といった様子でシャロとルキが言葉を返した。
前日から既にこのような状態だったルキとシャロに対してアッシュは小さくため息を零してから大通りがある方向へと目を向けた。
そちらからは相変わらず人々の声が聞こえ、気楽なもんだな。とアッシュは考えていた。
王都の国民はゴブリンの騒動を知らず、ただ純粋に第三王女であるシルヴィアが聖剣に選ばれることを願い、そしてこの祭りを楽しもうとしていた。
だが選定の儀が出来レースのようなものだとわかっているアッシュにしてみれば特に何の感情も抱かず、それよりも厄介事が近づいて来ていることにどうしても意識が向いていた。
クレスが手を回して対処すると言っていたことから王都の外には冒険者や騎士団、憲兵団の人間が待機していて何かあればすぐに動けるようにしている。
ただそのくらいのことは簡単に想像がつくので、それを警戒して裏をかきに来るのではないか、とアッシュは考えて陰鬱な気分になっていた。
それは決して不安に思っているからではない。その厄介事に巻き込まれると事後処理などが面倒だ、という意味で陰鬱な気分になっているだけだった。
「はぁ……まぁ、良いか。それよりもそろそろ俺たちも出るか」
「おう!」
「はい!」
そんな考えと気分を振り払うように頭を振ってからアッシュがため息と共に口にするとルキとシャロは待ってました! というように元気よく言葉を返した。
そして三人が家を出よう動き始めた瞬間、扉がバーンッ! と勢いよく開かれた。
「話は聞かせてもらったわ!! 私は置いてお祭りだなんて許されることじゃないわよ!!」
そう言って何故かドヤ顔をして入って来たのは我らが駄女神イシュタリアだった。
アッシュはそんなイシュタリアを見て大きな、とても大きなため息を零した。
「はぁぁぁ……よくもまぁ、戻って来れたもんだな……」
「あら、当然じゃない。この家はとっくに私の神域の一つよ?つまり、私の場所ってことになるわ!」
「お前の場所じゃなくて俺の家なんだけどな」
「ついでに言えば俺の家でもあるんだからな! お前みたいなクソ女神の場所はねぇからさっさとどっかいけよ!!」
この家は既に自分の場所の一つなのだ、と堂々と言い張ったイシュタリアにアッシュとルキは揃ってその言葉を否定した。
そしてルキはさっさと何処かへ行け、とイシュタリアを追い出そうとしたがそんな言葉をさらりと受け流してからイシュタリアは口を開いた。
「そういえば大通りにあるコカトリスの串焼きを焼いてる屋台だけど、随分と人気みたいよね」
「あぁ、コカトリスの肉が旨いってのは結構有名だからな。人気なのも当然だろ」
「おう、だから俺も今日はコカトリスの串焼きをがっつり食うつもりだぞ!」
そう言ったルキは、早く行きたいからお前はさっさとどっか行け、とイシュタリアを見る。
そんなルキを見てイシュタリアはニヤニヤしながらこう言った。
「残念だけど、人気過ぎてもう売り切れちゃったみたいなのよねー」
「…………はぁ!?」
イシュタリアの言葉を聞いたルキは数瞬固まり、そして信じられないという思いを込めて声を上げた。
そんなルキを見たイシュタリアは更ににやにやと悪辣な笑みを浮かべてから更に言葉を続けた。
「私はどんなものなのか食べてみたけど、確かにあれは美味しかったわ」
「お前!! 自分だけ食ったのかよ!!」
「えぇ、そうよ。って言いたいけど……じゃーん! これ、何かしらねー?」
じゃーん、と言いながらイシュタリアが何処からともなく取り出したのは数本の肉の塊が刺さった串だった。
すると焼かれたばかりの肉の食欲をそそる匂いがふわりと漂い、アッシュとシャロの鼻孔を擽った。そしてそれは嗅覚の鋭いルキにとっては鼻孔を擽るどころの話ではなかった。
「なっ……それコカトリスの串焼きだろ!!」
「ご名答! 最高の女神である私はちゃーんと貴方たちのことも考えて行動してるってことよ!!」
大きくもなく、小さくもない、美しいという文字を付けるべき胸を張ってそう言ったイシュタリアはコカトリスの串焼きをスイッとアッシュの鼻先に差し出した。
そしてにっこりと微笑んで一言。
「これ、食べたいかしら?」
「食いたいに決まってんだろ! ってか寄こせクソ女神!!」
言いながらルキがコカトリスの串焼きを奪い取ろうとするが、ルキならばそうするだろうなと理解していたイシュタリアはサッとそれを躱した。
「あらー、クソ女神なんて言う子には譲れないわねー? ほら、イシュタリア様、どうかこの卑しい犬っころにお恵みください、って言ってごらんなさい? そうしたら譲ってあげるわよ?」
「そんなこと誰が言うか!! お前本当にふざけんなよ!!」
吠えながらルキがどうにかイシュタリアからコカトリスの串焼きを奪おうとするがその全てをイシュタリアは器用に躱してみせる。
いくらルキの身体能力が非常に高いとはいえ、相手が悪かった。最も強大な力を持つ神であるイシュタリアにとってはルキの手を躱すことなど赤子の手を捻るようなものだった。
「えっと……主様主様」
「どうしたシャロ。あれか、何やってるんだよって呆れてたか?」
「いえ、そうではなくてですね……お祭りに……」
「あぁ、早く祭りに参加したいってことか。お前、地味に薄情だな」
ルキとイシュタリアのやり取りを見ていたシャロがそんな二人のことよりも祭りに参加したいということを口にしたのでアッシュは少しばかり驚きながら薄情だな、と冗談めかして言った。
するとシャロは首を傾げながら意外そうに言葉を返した。
「え、でも……イシュタリア様もルキさんも楽しそうですからそっとしておいた方が良いのかなぁ、と思いまして……」
「あー……まぁ、確かに楽しそうと言えば楽しそうだけど……」
ルキとイシュタリアの普段の様子を知っているシャロとしてはまたじゃれ合っている、と見えているようでそれならそっとしておいても良いのでは? と考えているようだった。
それを聞いたアッシュは一理あるか。と思いながらもう一度ルキとイシュタリアの二人を見た。変わらずコカトリスの串焼きを奪おうとするルキとそれを躱すイシュタリア、という光景が繰り広げられている。
とはいえここでルキとイシュタリアを放ってシャロと祭りに出掛けた場合どうなるのか。考えるまでもなく二人からあれやこれやと言われることがわかっているのでそんなことは出来ない。
普段はお互いに吠え合って喧嘩のようなことを繰り広げる二人だが一度結託されると自分ではどうしようもないことをアッシュは理解していた。
「はぁ……イシュタリア、あんまりルキをからかってやるなよ」
「たまには良いじゃない。それに普段から私のことをクソ女神なんて言うルキで遊べる絶好の機会を逃すと思ってるのかしら?」
「そういうところだぞ、お前」
「とはいえ遊んでばかりだと時間がもったいないわね。はい、ルキ。貴方はがっついて食べるんだからたまには味わって食べなさいよ?」
女神らしからぬことを言うイシュタリアに対してアッシュが軽いジト目で言ったがイシュタリアは一切気にした様子はなく、それよりも時間がもったいない、という理由で結局コカトリスの串焼きをルキへと渡した。
「始めっから寄こせよな! まぁ、ありがとうって言葉くらいは言っておくけどさ」
サッとイシュタリアからコカトリスの串焼きを数本奪い取るように受け取ると、一応ありがとう、と伝えてから豪快にかぶりついた。
そしてコカトリスの肉を噛みちぎりそしてもぐもぐと咀嚼するとごくんっと飲み込んだ。すると幸せそうに頬を緩ませ、どうしてか周囲に花が飛んでいるような錯覚を覚えるほどに幸せオーラを振りまいていた。
それからまたがぶり、と肉に噛みついて変わらず幸せそうにコカトリスの串焼きを堪能している。
そんなルキを見ていたアッシュはルキの姿に頬を緩ませ、何処となく温かい眼差しでルキを見ていた。シャロはルキがそんな反応をするくらい美味しいのかなぁ、と興味を持ち、イシュタリアは微笑ましい物を見るようにルキを見ていた。
ルキは三人がどういう思いで自分を見ているのか気づくことなく、コカトリスの串焼きを一本食べ終えた。
「旨いなこれ! 売り切れらしいけど、祭りの間商売するっていうなら明日と明後日はたぶん売ってるよな?」
「あぁ、一日目で売り切れて商売が出来ない。っていうよりも三日間商売が出来るようにするだろうな。そうすれば多少なりと顔を覚えてもらえて今後の商売にも活かすことが出来る、かもしれないからな」
「よっしゃ! それなら明日は朝一で屋台に向かわないとな!!」
言いながらもイシュタリアから受け取ったコカトリスの串焼きを手に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
それを見てアッシュがほっこりしていたが、イシュタリアはそんなアッシュに呆れたような目を向けた後にアッシュとシャロにもコカトリスの串焼きを一本渡した。
「はい、貴方たちの分。どうせあの子が多めに食べるからって人数分以上に買っておいて正解だったわね」
「あ、ありがとうございます、イシュタリア様」
「どういたしまして。アッシュはお礼、言ってくれないのかしらね?」
「はいはい。どうもありがとう、イシュタリア。でも出来ることならルキをからかうのはなしにして欲しかったな」
「それは無理な相談ね。遊べる時には遊ぶ。そうじゃないと勿体ないでしょ?」
苦笑混じりにお礼を口にするアッシュの言葉に対してイシュタリア人差し指を立てて口元に持っていきながらウィンクを一つして悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「だから、そういうところだぞ、って言ってるだろ?」
「良いのよ、私は最高の女神だもの。これくらいの遊び心はないとね」
そんな言葉を交わしてアッシュとイシュタリアはお互いに小さく笑みを零した。
人と神のやり取りとしては異様なものだが、この二人にとっては当たり前のやり取りだった。
それを見たシャロはこの二人はこの二人で非常に仲が良く、まるで長年の友人のようだ、と感じていた。
祭りだー!




