31.祭りが近づく
四人が王都に戻る頃にはルキも観念したのか自分の足でアッシュの隣を歩いていた。
ただルキは拗ねたようにむくれているのが一目でわかるほどだったので納得はしていないようだった。
そんなルキに気づいているはずの三人は特に何も言わず、普通に言葉を交わしていた。
「さて、王都に到着だ」
「そうですわね。とりあえず私は暫く滞在するつもりですので宿を探さなければなりませんわ。何処か良い場所などはご存知ではなくて?」
「そうだな……この大通りを真っ直ぐ進んで商業区の方に進んでいくと通りに面した宵隠しの狐って宿兼酒場がお勧めだ。旨い食事と安心して休める部屋が取れるからな。あぁ、ただ子供にしか見えない狐人には気を付けろよ。割とセクハラしてくるから」
「それは本当にお勧めしても大丈夫だと思っていまして?」
「大丈夫だ。そいつは実際は俺よりも年上で、嫁が一緒にいるからセクハラは大体未然に防いでくれるし……まぁ、俺の名前を出せば多少はマシになると思うぞ」
事実としてアッシュのお勧めで利用する。ということを伝えるとセクハラの頻度は激減する。
それを口にしたアッシュは大した問題ではない、と思っていたが女性であるアナスタシアにとっては深刻な問題なので本当に大丈夫なのかと疑っていた。
そんなアナスタシアにルキが口を開いた。
「アッシュの名前を出せば本当に大丈夫だぞ。まぁ、別の意味で面倒だけど」
「別の意味、ですか?」
「アッシュの知り合いってわかるとめちゃくちゃ世話焼いて来るんだよ、あそこの奴は全員」
「世話を? それはどういうことでして?」
「あれこれ良くしてくれる。過剰なくらいに」
「……それはそれでどうかと思いますわね……」
ルキが面倒くさそうに言った言葉を聞いてアナスタシアは眉を顰めてそう言った。
とはいえ悪い場所ではない、ということだけは何となくわかったのでとりあえずはそこに向かってみるか、と考えた。
「何とも微妙なところではありますけれど……そうですわね、今日はそちらを利用させていただきますわ。何ら問題なければ王都に滞在している間はそちらにお世話になりますわ」
「あぁ、そうしてくれ。桜花って狐人が仕切ってるから俺の紹介だって伝えておいてくれ。それと近いうちに顔を出す、ってこともな」
「そちらの方がアッシュさんとしては目的のようですわね……構いませんけれど」
そう言って三人から一歩離れて向かい合うように振り返った。
そしてロングスカートを摘まんで優雅に一礼をするとこう口にした。
「それではアッシュさん、ルキさん、シャロさん。私はこれにて。またいずれお会いしましょう」
「あぁ、またな、アナスタシア」
「……おう」
「はい、またお会いしましょう、アナスタシアさん」
アナスタシアの言葉にアッシュとシャロは普通に返したがルキだけは不満そうだった。
ルキにとってアナスタシアはぽっと出のくせにアッシュとやけに親し気にしている気に入らない女。という存在でしかなかった。
とはいえ、アッシュがそうして親し気にする相手ということはアッシュにとって好ましい相手ということになる。そのことがわかっているルキは完全に拒絶することが出来ないでいた。
ルキが何よりも優先すべきはアッシュであり、アッシュが友人として認めるのであれば害になる場合を除いては自身がどういう言うべきではないのだから。
ただそう考えていたとしてもまだまだ子供なルキは完全に割り切ることも出来ず、こうして不満そうな態度を隠すことなく見せることで自分の中に溜め込まないようにしていた。
というよりもアッシュに仕方ないから拒絶したり排除したりはないけど俺は不満に思ってるんだからな! と伝えようとしていた。
それに気づきながらもアッシュは一旦スルーしてルキとシャロと共にアナスタシアを見送った。
アナスタシアの背が雑踏に紛れたのを確認してから視線だけをちらりとルキに向けるとこう言った。
「不満そうだな?」
「当然だろ……でも、アッシュが妙に気に入ってるみたいだったから仕方ねぇんだよなぁ……」
言いながらもやはり不満たらたらといった様子のルキ。そんなルキの様子に苦笑を漏らしてからアッシュはその頭をわしわしと撫で回した。
「そうだな、けど良く我慢出来てるじゃないか。偉い偉い」
「えっへへ……まぁ、これくらいは仕方ないからな! でも我慢してるのは我慢してるんだからアッシュはもっと俺を褒めるとか構うとか、そういうの大事だからな!!」
アッシュに頭を撫でられ、偉いと褒められ、たったそれだけのことでルキの機嫌は急浮上し、非常にご満悦だった。ただもっと褒める、構う、ということを要求する辺り流石ルキ、と言えば良いのだろうか。
閑話休題。
そんなアッシュとルキを見ていたシャロはまたも仲間外れにされているような気がしていた。それによって少し頬を膨らませ始めたシャロだったが、それに気づいたアッシュはルキと同じようにシャロの頭をわしわしと少しばかり乱暴に撫でた。
「またつまらないことを考えてただろ」
「うっ……そ、それは主様とルキさんが悪いと思います!」
「そうか……そうか?」
「そうです! でも、こうして撫でてくれているので良しとします!」
シャロはシャロでアッシュに撫でられてこれもまたご満悦だった。
右手ではルキの頭を撫で、左手ではシャロの頭を撫でる。そんな状態になっているアッシュは、まったく仕方がないな。というように苦笑を漏らしていた。
そんな何処か微笑ましいというか、和やかな雰囲気を醸し出している三人を周囲の人間が不思議そうに、または好奇の目で見ていることにアッシュは気づいていなかった。
このことによってアッシュは自宅周辺での自分に関するとある噂が真実なのではないか、とまことしやかに囁かれるようになるのだった。
▽
シャロが冒険者登録を済ませて数日。
あの後はギルドへの報告や買い物をしている際にルキが肉を買い込もうとしてそれをシャロが阻止しようとしたり、三人とも朝からイシュタリアのことを完全に忘れて放置していたり、そのせいでイシュタリアが大変ご立腹でどうせいつものことだと放置するアッシュとルキ、慌てて言い訳を口にするシャロ。そして家出娘の如く飛び出して行ったイシュタリア、などあったが詳しく語るまでもない。
アッシュたちはシャロの受けた巡回の依頼をこなしたり、アナスタシアと再会して他愛のない話をしてルキとシャロがむくれたり、またもルキに突撃されたアッシュが悲鳴をあげたり、そんなことをして過ごしていた。
そうした日常の裏ではゴブリンの出現間隔が短くなったり、目撃される地点が増えていたり、夜中の進攻が行われていたりと状況は悪化していた。
とはいえアッシュとルキが駆り出されることはなく、他の冒険者や憲兵団、騎士団から人員を割いて対処されていた。
これは緊急事態としての扱いではなく、事前にギルドが協力を要請した冒険者に迎撃に向かってもらっていたからだ。アッシュとルキには未だに声がかかっていないが、これはシャロのことを気遣ってのことだった。
そんなこんなで選定の儀が行われる日が明後日へと迫っていた。
何かあるとすれば明日か。そう考えながらアッシュとルキは普段通りに過ごしていた。シャロは少しだけ気にしているようだったがアッシュが守る。と言っていたことからきっと大丈夫だ、と考えているようだ。
「明日か」
「明日だなぁ……」
「明日ですよね!」
そんな中、アッシュがぽつりと零すとルキとシャロがそれに続いた。
タイミング的には選定の儀の日の前日であり、つまりはゴブリンの本格的な進攻に備える日。ということになる。なるのだが、残念ながら三人が口にしたのはそれではない。
「祭りか」
「祭りだな」
「お祭りですね!」
そう、選定の儀の日と前後を合わせた三日間は王都で祭りが開催されるのだ。
これは大々的に国内や隣国に対して第三王女であるシルヴィアが聖剣に選ばれ、勇者となる。ということを知らしめるために行われる。人々を安心させるためであり、また隣国への抑止力としての意味合いがある。
この祭りは三日間
そうした事情があって開催される祭りのことを楽しみにしているシャロはキラキラと瞳を輝かせながら言って非常に楽しそうだった。
「チビは元気だよな」
「当然です! だって明日はお祭りがあるんですよ!」
「祭りくらいどうってことないだろ……確かに王都じゃ珍しい食い物もあるけど、だからってそんな……」
「セウフィティスからも商人たちが来てるらしいぞ」
「コカトリスの串焼き楽しみだよな!!」
セウフィティスというのはウルシュメルク王国の南方に位置する国であり、熱砂の国と呼ばれている。
その由来は国土の多くが砂漠であり、その首都もまた砂漠の中心に存在しているからだ。
そんなセウフィティスにはコカトリスと呼ばれる魔物が生息している。首から上と下肢が雄鶏、胴と翼がドラゴン、そして尾が蛇という見た目の魔物であり、非常に狂暴で強力な毒を持つことからコカトリスの討伐依頼に参加することが出来るのは中堅の冒険者からになる。
コカトリスはどうしてか砂漠や岩場を好んで生息しているためにセウフィティスの周辺での目撃情報が多い。そして、コカトリスの肉は非常に美味ということで知られていて、セウフィティスではコカトリスの肉を食用として扱われている。
そのことを知っているルキは、セウフィティスから商人が来るならきっとコカトリスの肉を扱うはずだ! と考えてどうでも良さそうな態度から一変して尻尾をブンブンと振りながら心底楽しみだ、というようにそう言った。
「コカトリスの串焼き、ですか?」
「おう! これが旨いって話なんだよ!!」
「セウフィティスでは人気らしいからな……まぁ、明日だな。他にも甘い物だってあるし、セウフィティス以外の国も来るはずだから本当に色々あるだろうさ」
アッシュは特に心が躍っている様子もなく、そういうものだ。という態度でそう言った。
「つまり明日からは食べ歩きだよな! とにかくあっちこっちの肉料理をコンプリート目指さねぇと!!」
「お肉ばかりはどうかと思います! そこは美味しい物をコンプリートで良いと思いますよ!」
そんなアッシュとは対照的にルキもシャロも待ちきれないようでその声には熱が籠っていた。
「どのみち食べ歩きだな……はしゃぎすぎてはぐれたり、問題を起こさないように、ってだけは気を付けるよ?」
「わかってるって!」
「はい! ちゃんと気を付けますから大丈夫ですよ!」
元気よくそう返した二人にアッシュは小さくため息を零してからこれはダメそうだな。と考えていた。
とりあえずこの状態の二人に落ち着けと言ってもきっと意味がないと思い、自分がしっかりと二人のことを見ていないといけない。と少しばかり胃が痛くなったような気がしていた。
アナスタシアの出番は今後ありますが、とりあえず顔見せのようなものだと思っていただければ。




