3.一方的な戦闘
アッシュがルキを追って揺らぎの森へと足を踏み入れてから暫く進むとルキが急に立ち止まり、アッシュへと止まるように手で制した。
それを受けてアッシュは足を止めて前方を見ながら口を開いた。
「近いか?」
「あぁ、少し先にいる。八体だな」
すんすんと周囲の臭いを嗅いでからルキはゴブリンの数を口にした。
八体というのはゴブリンの群れとしては少ないが、うじゃうじゃいるとルキが前述していたのでこれから他のゴブリンと合流し群れを成すかもしれない。
であるならば早い段階で叩いておくべきだ。そう考えてアッシュはこう言った。
「ならさっさと始末するぞ」
「了解! それじゃ行くぜ!」
言うが早いかルキは地面を蹴り木々の間をすり抜けるようにしてゴブリンがいるであろう方向へと駆けて出した。
すぐにその後を追うようにしてアッシュも駆け出す。だが森の中での移動はルキの方が速く、初動の差で距離が開き、追いつくことは出来ずにいた。というよりも気を抜けば引き離されてしまいそうな勢いだった。
しかしこれで全力ではないのだからルキのスペックは非常に高い。狼人という種族だから、というだけではないのではないか。そんなことを考えながらアッシュはルキの背を追った。
そうしてアッシュに追いかけられているルキは前方に目標であるゴブリンを見つけた。少しだけ開けた場所に集まっているゴブリンたちはルキの存在には気づいていない。
それを見たルキはそのゴブリンたちの上方へと跳び、その内の一体へと踵落としを叩き込んだ。その威力はゴブリンを圧殺し、地面に小さなクレーターを作り出すほどのものだった。
ルキの履いているブーツにはゴブリンの血肉が付着するが、血振りをするように軽く脚を振ればそれらは全て地面へと飛び散った。
ルキの戦闘スタイルは蹴撃を主軸としたものであり、このブーツはアッシュがハロルドに調達を頼んだ特注品で見た目はただのブーツだが武器として使用することが出来る逸品だ。
余談だがそうした理由と、アッシュが特別に用意した。ということからルキはこのブーツを大変気に入っている。
閑話休題。
ゴブリンたちは突然のことに呆然とし、挽肉になった仲間とルキをただ見ていることしか出来なかった。
「まずはこんにちは。それとさっさと死ね」
ルキはにこりともせずに淡々と物騒なことを言い終わると同時にゴブリンの顔面へ目掛けて跳び蹴りを放った。
助走や構えなど一切なく、完全に不意を突くこととなったその一撃は無慈悲なことにゴブリンの頭部を砕いた。そして着地するとすぐに次のゴブリンへと中段蹴りを決めて蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたゴブリンは木に叩きつけられ、何かが砕ける音を響かせるとそのまま倒れ伏して動かなくなった。
「ゲゲァッ!!?」
「ガガウゲ!」
「ゴゥググァ!!」
「ギェルゲグル!!!!」
どうにかルキに追いついたアッシュが見たのは悲鳴のような雄叫びを上げながら漸く動き始めたゴブリンと、そんなゴブリンたちに囲まれているルキの姿だった。
普通の冒険者であればこのような状況であれば武器を手に警戒するのが定石なのだがルキは余裕の笑みを浮かべていた。
そんなルキはアッシュが追いついて来たことに気づくと口を開いた。
「残りは五体! アッシュには渡さねぇからな!!」
余裕の笑みを獰猛な笑み変えてルキは体勢を低くし、その場で一回転するように鋭く回し蹴りを放った。
「この軌跡は刃の如く!!」
そしてルキはそう口にしながらその場で一回転するように回し蹴りを放った。
蹴撃の軌跡は銀の光となり、その光はゴブリンたちを捉えた。瞬間、ゴブリンたちの体がずるりとずれ落ちた。
これはこの世界のスキルと呼ばれる物であり、名前に関しては使用者が勝手に言っているだけ。と言うこともあり名前は違えど同じスキル。というのは存在する。
そうした理由もあって非常に個性的なスキル名を口にする冒険者も多く、シンプルなスキル名を良しとする派閥と凝り固まったスキル名こそ至上とする派閥の争いが絶えない。という噂も存在する。真偽のほどは定かではないのだが。
閑話休題。
結果として八体のゴブリンの死骸が転がる中で、ルキはアッシュへと振り返り得意げに口を開いた。
「ふふん。どーだ! これで八体リードだな!!」
得意げだった表情は言葉を紡ぐ間に、にやけた表情へと変わっていった。
それを見てアッシュはやれやれと首を振ってからこう言い返した。
「何言ってるんだ。まだうじゃうじゃいるんだろ?」
そう口にしながらもアッシュは、そんな顔を見せられては逆転してルキの悔しがる表情を見てみたい。などと考えていたのでにやけるルキに少しばかりイラッとしていたのかもしれない。
「はんっ! 出来るならやってみろよ! 絶対に負けねぇからな!!」
にやけ顔を好戦的な笑みに変え、ルキはそう言ってからくるりと反転してアッシュに背を向けた。
「それじゃ、しっかりついて来てくれよ!」
「あぁ、置いて行かれないように、ゴブリンを全部持って行かれないように頑張るさ」
「おう! あ、でもいつもは俺がアッシュを追ってるし、追われるのもたまには良いかも……」
そう呟いてにへらっと頬を緩ませたルキだがすぐに表情を引き締め、グッと足に力を込めた。
ただ尻尾をぶんぶんと左右に振っているので絵面としては非常に締まらない。
とはいえそうした感情表現が豊かなことはルキという少年の魅力のようなものなのかもしれない。
「それじゃ、遅れないように、俺を追いかけてくれよ?」
「はいはい。追いかけてやるって」
「よし、なら行くぞ!」
言うと同時にルキが駆け出した。
そのタイミングがわかっていたのでアッシュも同時に駆け出し、ルキの後を追う。
「……もう少し速くても大丈夫そうだな」
ルキは自身のすぐ後ろにアッシュが追っているのをちらりと確認してからそう言った。
「やめろ」
その言葉を聞いてこれ以上速くされては置いて行かれると思い、アッシュは制止の言葉を口にした。
だがそれは今のルキに対しては意味のないものだった。
「アッシュならやれるって」
「やめろって」
「それに速く回らないと帰るのが遅くなるしな」
「だからやめろって」
「ってことでぶっ飛ばすかぁ!」
「人の話を聞けよ……ってマジで飛ばす奴があるか!!」
ルキは有言実行とばかりに先ほどの倍の速度で駆けていく。はっきり言って今のアッシュに追いつける道理はなかった。
ただアッシュとしてはそうして駆けて行くルキは追いかけて来るのを期待して駆ける子犬のように見えなくもないので微笑ましさを僅かなりと感じていた。
一陣の風のように颯爽と駆けて行くルキの背を見送ってからアッシュは足を止めた。無理に追いつこうとしてもどうしようもないのでアッシュなりの方法でゴブリンを探して始末しにかかろうと思ったからだ。
アッシュはルキのように嗅覚が鋭いわけではないが、手がない訳ではない。
「あんまり使いたくはないんだけど……」
誰に聞かせるでもなくそう零してから瞳を閉じて、その瞳に魔力を巡らせた。
そして閉ざしていた瞳を開けば先ほどとは違った光景が視界に映っていた。それと同時に僅かな頭痛がアッシュを襲う。
「はぁ……相変わらずこの光景は頭が痛くなるな……」
ざっくりと言ってしまうと目に映る物に俗に言うステータスが見えるようになったためにひたすらに数値ばかりが視界に映っていた。
木々の樹齢や大気に含まれる自然界の魔力――マナの濃度さえ見ることが出来るがこの瞳は無差別に使うとほぼ全ての情報を数値として表示してしまうので、アッシュは対象を絞ることにした。
余談だが、こうしたステータスを見る。ということであれば解析というその名の通り情報などを解析する魔法を使うだけで良いのだが、アッシュのこの瞳は非常に特殊なものであり、解析以上の範囲の様々なことを知ることが出来る。
「選択開始」
その一言でアッシュの見えていた樹齢やマナの濃度の情報が消え、この森の中にいる生物のステータスだけが見えるようになった。
リスなどの小動物のステータスも見えるがそれらも除外すしていき、結果として残ったのはルキとゴブリン、そしてルキが口にしていた誰かのステータスだけだった。
「ステータスは……そこまで高くはないか……それに……」
ゴブリンが何処にいるのか、それをステータスを頼りに見ればその人物は完全に包囲されているわけではないが周囲をゴブリンによって固められていた。
一切動こうとしないことと、ゴブリンに周囲を固められていることから隠れてやり過ごそうとしているのかもしれない。アッシュは内心でそう結論付けるとぽつりと呟いた。
「……ルキが向かってる方よりもこっちの方が数が多いな」
これから向かうのはその誰かを助けるためではなく、ルキよりも多くのゴブリンを始末するためだ。そう考えながらまるで言い訳をするように口にしたその言葉は誰に聞かれることもなく風に乗って消えていった。
アッシュは障害物となる木々の隙間を通り抜けながら目的地となるゴブリンの集まっている場所へと真っ直ぐに進む。
その視界には木々の距離や目的地までの最短ルート、ゴブリンの数、強さなど様々な情報が映っている。
アッシュの瞳はとある女神に押し付けられた加護や祝福によって非常に特殊すぎる瞳へと変貌していて情報を数値として見る以外にも様々なことが出来る。但しアッシュ本人としては貰い物の力ということもあって使用には気乗りしていないようだった。
とはいえ必要であれば加護による力を使うので割り切ってはいるのがアッシュらしいといえばアッシュらしかった。
そうして最短ルートを駆けることで数分とかからずに目的地に辿り着くこととなった。そこは先ほどよりも開けた場所となっていてゴブリンたちの姿を確認することが出来た。
木の陰に身を潜めながらゴブリンたちの様子を確認すると十数体に及ぶゴブリンが集まり、何かを。もしくは誰かを探すようにうろうろと歩き回っていた。
アッシュはそんなゴブリンたちの姿を確認してから瞳を閉じて巡らせていた魔力を止める。
次に瞳を開くといつも通りの光景が映り、それと同時にアッシュの苛んでいた頭痛が治まった。
「はぁ……とりあえず、誰か知らないけど隠れてるみたいだな……」
治まった頭痛に対してアッシュはため息を零してから玩具箱という片手で持てるサイズの物であれば異空間に収めたり取り出すことが出来る魔法を使い、八本の少し変わった形状をしたナイフを取り出した。
そして木陰から飛び出すと同時に両腕を振り、八本のナイフを全てゴブリンたち目掛けて投擲した。
その光景は異様な物だった。
アッシュの手から離れたナイフは本来ではあり得ないような軌道を描いてゴブリンの急所へと的確に突き刺さる。
直角、鋭角に曲がったり大きく回り込むように曲がるナイフなど一体誰が想像することが出来ようものか。
「八」
ただ一度の投擲で仕留めたゴブリンの数を口にしてアッシュは更に玩具箱から先ほどと同じナイフを八本取り出し、地面を蹴って高く跳躍しゴブリンたちの上空で自身の身体の上下を反転させながらナイフを投擲した。
このナイフは異様な軌道で飛ぶことはなかったが先ほどよりも速く、真っ直ぐにゴブリンの頭部目掛けて飛び、その頭部を砕いた。突き刺さったのではなく、砕いたのだ。
その理由は酷く単純なもので力を込めてナイフを投げた結果、突き刺さるだけに留まらなかった。それだけだった。
「十六」
そして何もない空間を蹴り、残りのゴブリンのうちの一体へと上空から強襲をしかけた。
「その軌跡は流星の如く!」
その名の通り、流星のようなその蹴撃はゴブリンを捉えると同時に爆発を巻き起こし、ルキが作り上げたものよりも大きなクレーターを作り上げた。
違う点を更に挙げるのであればゴブリンは挽肉となるのではなく爆発の際に上がった炎によって黒焦げの炭へと変貌していることだろうか。
「これで、十七」
そう呟いて最後に残ったゴブリンを見ると、周囲に出来上がった仲間の死骸を見て酷く怯え今にも逃げ出そうとしていた。
だが現実は非常である。それが叶うことなどなかった。
「もらったぁぁぁ!!!」
そんな叫びと共にルキが森から飛び出し、そのまま逃げようとしていたゴブリンの頭部を蹴り砕いたからだ。
「十六! これは俺の勝ちだよな!」
そうして自身の勝利を確信したようにアッシュを見ながらルキはそう言った。
アッシュは勝ち誇るような笑みを浮かべているルキにため息を零し、クレーターの中心から出てルキへと歩み寄った。
そんな俺を一瞥してからルキは勝負に勝ったと確信しながら上機嫌に尻尾を左右に揺らしていた。
「アッシュは何体始末したんだろうな。えーっと……」
その確信を現実のものとするために周囲に転がっているゴブリンの死骸の数を数え始めた。
「一、二、三……」
最初は軽快に数を数えていたルキだったが十を超えた辺りで徐々にそのテンポが遅くなる。
「十二、十三、十四……」
そして悔しそうな表情を浮かべて最後まで数え切った。
「十五、十六……何だよ……同数かよ……!」
勝ったと思っていたのにその実、引き分けだったとルキは不満そうにそう零した。
だがそれを見たアッシュは小さく笑ってからルキにとっては聞きたくないであろう言葉を口にした。
「ルキ、あのクレーターが見えるよな?」
「見えるけど、何だよ……え、あ、はぁ!? もしかして十七体目か!?」
出来上がったクレーターを見てそれがどうかしたのか。と思いながらルキはそう答えた。
だがそれがどういうことなのかすぐに思い至り、ゴブリンだった黒焦げの残骸を見つけると少しだけ声を荒げてアッシュが殺したゴブリンが実は十七体だったのかと問いかけた。
「そういうことだ」
アッシュは一つ頷いてからそう言ってぽん、とルキの方に手を置いた。
「悪いな、俺の勝ちだ」
「何だよそれー! 一体の差で負けるとか一番悔しいんだけど!!」
そう口にするルキは非常に不満そうに、悔しそうにしていた。
そんなルキの様子に少し前に見たルキのにやけ顔に軽くイラっとしていたアッシュは留飲を下げた。
ついでに言えば、とりあえずルキに勝たなければ。と思っていたが何とか勝つことが出来たことにアッシュは安堵もしていた。
これで後は隠れている誰かを呼び出して場合によっては王都まで送り届けなければならない。そうアッシュは考えた。
だがその前にアッシュはまず、ルキを落ち着かせなければならない。とも考えていた。
最強系主人公とその相棒ということもあって苦戦する描写はほとんどないかと。




