29.同類の気配
ルキとシャロを抱き締めていたアッシュはそっと二人を解放すると一歩前に出た。
「よし、それじゃ行こうか。あんまりゆっくりしてても仕方ないからな」
「おー、そうだな。さくっと終わらせて帰ろうぜ」
「はい! それで帰ったらお買い物ですね!」
三人がそんな言葉を交わしてから歩き始め、暫くすると揺らぎの森へと辿り着いた。
シャロにとってはこれで王都に戻れば巡回は終わり、となるがルキは揺らぎの森が近づくにつれて眉間に皺を寄せてクンクンと匂いを嗅いでいた。
そのことに気づいていたアッシュは小声でルキに問いかける。
「ルキ、何かあったか?」
「……やっぱりだ。この前にしたのと同じ臭いがする……」
この前にしたのと同じ臭い、というのは性根の腐った人間の臭い、というものだ。
その言葉を聞いてアッシュは揺らぎの森へと目を向ける。そこにはいつも通りの揺らぎの森があり、森の中に誰かがいたとしても今のアッシュには見るは出来ない。
だが知識の瞳の加護を使えば情報として森の中に誰かがいる。ということであれば見ることが出来る。
だからこそアッシュは瞳に魔力を巡らせて知識の瞳の加護の能力を発揮する。
「アッシュ、見えるか?」
「いや……特におかしなことはないな。とっくに別の場所に移動してるってことか……」
「鉢合わせしなかったことを喜ぶべきか、逃がしたって考えて惜しむべきか。どっちだろうなー」
「シャロもいることだし前者で良いだろ」
シャロに聞こえないようにそう言葉を交わしてから意図的に少し声を大きくしてからアッシュはシャロに声をかけた。
「シャロ、とりあえず揺らぎの森までは異常なしだから戻って報告するぞ」
「あ、はい! でも巡回ってこれだけで良いんですか?」
「本来なら揺らぎの森の中まで確認するんだけど今はギルド職員が監視をしてるって話だからな。道中の巡回だけで問題ないはずだ」
「なるほど……そういうことでしたか……」
アッシュの言うように今回は様々な条件が重なって非常に簡単な依頼となっている。
とはいえ警戒することだけは怠ってはいけない。特にルキが以前に嗅いだ臭いの元凶が何かをした可能性があるのだから。
だからこそ早めに王都に戻ろうと考えていたアッシュだったがそこで思わぬ横やりが入った。
「少し、よろしくて?」
そう声が聞こえた方へと顔を向けるとそこには大きな日傘と、アッシュの前世でいうところのジュラルミンケースを持った燃えるような真紅の長い髪をした身長もとある一部も大きな女性が立っていた。
何処か余裕を感じさせるような微笑みを浮かべるその女性を見たアッシュは小さく首を傾げながらこう言った。
「あぁ、別に構わない。けど……随分と珍しい物を持ってるな」
珍しい物、というのはその女性が手にしているジュラルミンケースのような何かのことだ。
こんな世界でジュラルミンケースのような物が存在するのかと問われれば、あると答えるべきだろう。そしてそれは王都ではまず手に入らないが、帝都であれば手に入れることが出来るような代物だ。
だからこそアッシュは珍しいと口にしていた。
「あら、これが何かご存じでして?」
「どうだろうな。少し見たことがあるって程度だ。それで、何の用なんだ?」
「あぁ、そうでしたわね……王都へはこの道を真っ直ぐ進めば辿り着く。ということでよろしくて?」
「そうだな、この街道を真っ直ぐ進めば王都に辿り着くぞ」
言葉だけを聞けば大変穏やかなものだったが、アッシュもその女性もお互いに相手を見据え、ともすれば睨み合っているようにすら見えた。
初対面の、それも大した言葉も交わしていない相手に対してらしくない行動を取るアッシュにルキとシャロは困惑し、ただその様子を見守ることしか出来なかった。
いや、ルキは何かあればアッシュを守れるように、と女性の動きを注意深く観察をしていた。というのが正しいのかもしれない。
「そうですわ。自己紹介がまだでしたわね。私はアナスタシア。ただのしがない旅人兼冒険者ですわ」
「へぇ、そうか。俺はアッシュ。ただのしがないろくでなしだ」
「あら、ろくでなし、と自称するのはどうかと思いますわ」
「別に良いだろ。まぁ、何だな。ろくでなし同士仲良くしようじゃないか」
「あらあら……私はろくでなしを自称だなんてしていませんわよ?」
「そうだな。でもわかるだろ、何となくさ」
「ふふふ……えぇ、そうですわね」
かと思えばアッシュとアナスタシアと名乗った女性は本当に穏やかに言葉を交わし始めた。
その急な転身に今度こそルキは困惑してしまう。それと同時に何で初対面なのにやけに親し気なのか。それが気になった。というか気に入らなかった。
「おいアッシュ! とりあえずそのデカ女から距離を取るべきだと思うぞ!!」
「で、デカ女……?」
「だいたい何でそんな仲良さそうなんだよ!」
「あ、確かにそうです! 私にはもう少し仲良くなったら、とか言いながらどうして初対面のアナスタシアさんとはそんなに仲が良さそうなんですか!?」
ルキはアナスタシアに噛みつくのではなく、やけに親し気にしていたアッシュにそう言って詰め寄ると、そういえばそうだ! とシャロも同じようにアッシュに詰め寄った。
「い、いや、そこまで仲は良さそうってことはないと思うんだけど……」
そんなルキとシャロに気圧されたようにアッシュが一歩下がると、逆に二人は一歩前に出た。いや、一歩の幅で言えばアッシュよりも二人の方が大きかった。つまりは距離が詰められ、更に圧力が増したようにアッシュは感じていた。
「アッシュ!!」
「主様!!」
「落ち着け! ルキはわかるけど何でシャロまでそんなにぐいぐい来るんだよ!!」
そんな三人の姿を見ていたアナスタシアは完全に置いてけぼりになり、困ったような表情で三人の様子を見守ることしか出来なかった。
別にこっそりと抜け出して王都に向かっても良かったのだが、アナスタシアにはアナスタシアの思惑があるのでとりあえず三人が落ち着くのを待つことにした。
「あ、あー……あれだ、同類の気配がするんだ」
「同類?」
「それはどういうことですか?」
「何となくそう感じた。ということだと思いますわ。私もアッシュさんには同類の気配、というか……同族意識のようなものを少しばかり感じていますの」
「あぁ? んだよそれ」
「むぅ……そういうのずるいと思います!」
同族意識のようなものを感じている。その言葉を聞いてルキとシャロはアナスタシアに噛みつくようにそう言った。
「い、いえ、そんな詰め寄られましても……そ、それよりも……王都までご一緒させていただけまして? 旅は道ずれ、と言いますものね」
ルキとシャロに詰め寄られることとなったアナスタシアは逃げるようにそんな言葉を口にしながらアッシュの前へと移動した。
結果としてルキとシャロはアナスタシアの後方に立つことになるのだが視線が突き刺さっているのかアナスタシアは微笑みをたたえながらも冷や汗を流していた。
「俺は別に良いけど……ルキとシャロはどうだ?」
そんなアナスタシアを見て苦笑しながらアッシュが言うと、アナスタシアが反応するよりも早くルキとシャロが口を開いた。
「別に良いけどアッシュに近寄りすぎるなよ!」
「それは構いませんけど……んー……よし、主様と妙に親し気なのは気になりますけど、こうなったらお話をして私も仲良くなります!」
ルキはバッと移動してアッシュの腕を取るとアナスタシアに対してガルルと唸り、シャロは良いことを考えた! というようにそう言った。
アッシュにとってはそうなるだろうな、と予想が出来ることだったがアナスタシアにとっては違うのでそんな二人に対して戸惑っていた。
「え、えぇ……その、何と言うべきか……お二人ともなかなか激しい方ですわね……」
「あぁ、子供らしくて元気だろ?」
「これを元気の一言で片づけるのもどうかと思いますわ……」
小さく笑うアッシュにアナスタシアはため息で返し、それから気を取り直したように一歩下がり、三人が視界に入るようにしてからロングスカートを摘まんで優雅に一礼をしてみせた。
「改めて。私の名前はアナスタシア。以後お見知りおきをお願いいたしますわ」
その姿は旅人兼冒険者というよりも貴族の令嬢のようにすら見えた。
そんなアナスタシアの姿を見てアッシュは感心し、ルキは胡乱げにそれを見て、シャロは小さく首を傾げていた。
「なら俺も。アッシュ。ただのろくでなしだ」
「ルキ。アッシュの一番は俺だからな! お前みたいなデカ女には絶対に渡さねぇからな!!」
「シャロです。何と言えば良いのか……非常に慣れていましたね……」
ルキがアナスタシアを威嚇するのはいつものルキらしいので置いておくとして。
シャロは優雅に一礼をしてみせたアナスタシアの所作が非常に慣れていることを疑問に感じているようだった。
そんなシャロに対してアナスタシアはふわりと微笑んだだけで言葉は返さなかった。
「シャロ、気にするだけ意味がないと思うぞ。それに妙な詮索は嫌われるぞ?」
「そ、そうですか? それでしたらやめておきますね」
シャロはわからなかったようだったが、アッシュにはその微笑みが答える気はないと言っていることに気づいていた。だからこそ妙な詮索はするな、と言ってシャロを引き下がらせた。
とはいえアッシュもそれに疑問を感じていた。だが自分で言った以上は詮索することはない。それからこうして和やかに話をしているが現状アッシュはアナスタシアとそこまで親交を深めようとは考えていなかった。
アナスタシアが自分自身で旅人だと言っていた以上は王都に腰を落ち着けると思っていなかった。そのうち王都から離れるのであればそれが妥当だ。
だがアッシュもアナスタシアも同類の気配を感じたので多少は仲良くしても良い。と考えていた。
「まぁ、何にしても……王都に戻るか」
「はい、主様」
「そうですわね。ところで……ルキさんは……」
「いつものことだから気にしなくて良いぞ。というか気にしないでくれ」
「は、はぁ……」
アッシュの腕を抱き締めるようにしてぴったり張り付いているルキを見てアナスタシアは困ったような表情を浮かべていた。
そんなアナスタシアにアッシュは微妙に死んだ目で返すと、アナスタシアは困ったような、困惑したような曖昧な表情を浮かべて、同じく曖昧な言葉を返した。
ヒロイン候補ですよ、この人。




