25.とある可能性
首を傾げるばかりだったアッシュとルキだったが、アッシュはとりあえず気にしないことにして話を進めることとした。
「あー……まぁ、シャロのことをわかってもらえたなら冒険者登録を頼めるか?」
「はぁ……えぇ、了解したのでございます。フィオナ、後ほどそちらの方を頼んでも大丈夫でございますか?」
「あ、はい! お任せください!」
クレスの言葉からは全く本当に仕方がないな、というニュアンスが込められていたが何にしてもアッシュにとっては漸く話が進んだことになる。
だがそれだけで終わることはなく、次はわざわざクレスが出てきたのだから今度はそちらの話をしなければならなかった。
「では……あの夜の件について話をしたいのでございますよ」
「あぁ……ゴブリンか。そういえば念話で報告してから放置してたな」
「えぇ! その通りでございます!! アッシュ殿とルキ殿が無事だということはわかっていたとしてもたったあれだけの報告で終わらせられるこちらの身にもなって欲しいのでございますが!!」
バンッと机を叩いて立ち上がったクレスは抗議の声を上げていた。
突然のことでシャロは驚いていたがアッシュとルキはそれを受け流し、フィオナはクレスの言葉に同意するように頷いていた。
これは心配するから、ということもあるが必要な報告がさらっと流す程度のものだったから、という意味合いの方が強かった。
クレスは一度大きく深呼吸をし、それから再度椅子に座るのを見届けてからアッシュが言った。
「報告するべきことは報告したと俺は思ってるんだけどな」
「それは本気で言っているのでございますか」
「あぁ、あれから緊急の収集がないってことは他の奴らもゴブリンコマンダーもゴブリンウィザードもいなかったって報告してきただろ?」
「それは、その通りでございますが……」
「だったらあの報告で問題ない。その先は冒険者ギルドで調査をするか、そのための依頼を出すか。そのどちらかだ。とっくにやってるんだろ?」
言外に自分たちの仕事は終わっている。ということをアッシュが口にするとクレスは苦い顔を浮かべてため息を零す。
「はぁ……えぇ、えぇ、その通りでございます。他の冒険者の方々からはアッシュ殿と同じような報告を聞き、既に我々で組んだ調査隊を派遣しているのでございますよ。ただ……」
「成果はなし、と」
「えぇ……ですので前回集まっていただいた方々に調査の依頼を出そうかと考えているのでございます」
何処となく疲れた様子のクレスの言葉を聞いてからアッシュは瞳を閉じて思考を巡らせる。
異常な数のゴブリンが現れ、また殲滅しても何処からともなく湧いて来る。そしてゴブリンコマンダーやゴブリンウィザードがいない状態で統率が取れた動きをしていた。
そしてある程度考えが纏まったのかアッシュはスッと目を開いてクレスを真っ直ぐに見る。
「ゴブリンの討伐から再度確認されるまでの間隔は?」
「遅くて三日、早くて同日。でございます」
アッシュが尋ねるとクレスは間を開けずに答えた。
「俺たちの場合は全滅させてすぐに湧いたけどな。それで、同日の場合は討伐自体すぐにやってんのか?」
「いえ、身を潜めて監視している者たちがいますから緊急を要すると判断されなければ翌日以降にしているのでございますよ。討伐を終えて戻り、すぐにまた討伐へ。となって冒険者の方に負担がかかるのを避けるためでございますね」
「まぁ、往復とか面倒くせぇからなー」
クレスの言葉を聞いて今度はルキが疑問を口にし、それにも同じようにクレスは間を開けずに答えた。
するとルキは納得した様子で言葉を返してからアッシュを見た。それから口を開く。
「なぁ、アッシュ。ゴブリンは急に湧いたよな」
「湧いたな」
「魔物ってああやって湧くようなもんだっけ?」
「違うな」
「だったらあれは人為的なもの。ってことになると思うんだよなー」
「ゴブリンを大量にその場に出現させる、か。それにゴブリンの動きを見る限りは誰かが指揮してるよな」
アッシュとルキがなんてことはない、ただの雑談のように言葉を交わしているとクレスとフィオナは訝しんだ様子で二人を見ていた。
だがシャロだけはそんな会話を聞いて何かに気づいたように言葉を零した。
「……もしかして、魔物使い?」
その言葉にフィオナは一瞬だけ動きを止め、しかしすぐに信じられないという表情を浮かべた。
そしてそれはクレスも同じだったが、フィオナと違ってアッシュとルキを見て口を開いた。
「では、突如として現れたことに関してはどう考えているのでございますか」
「転移の魔法だろうな」
「あの、でも主様たちの話を聞いていると転移をさせるにしては数の多いのではありませんか?」
「大規模な魔法陣でも組めば出来ないことはないだろ」
「もしくは何人かで組んでる。って感じじゃねぇかな。一人で無理なら人数増やす。ってのがわかりやすいよな」
ゴブリンの群れを幾度となく転移させている、ということで一人で行っているというよりも複数人で行われている可能性が高い。
アッシュたちの会話でその可能性が提示されたクレスは険しい表情で黙り込み、何かを考えていた。
「あ、あの……もしかして、私たちが思っていたよりも大変な状況なのでしょうか?」
そんな中でおずおずとフィオナが口を開いた。
フィオナは非常に不安そうで、これから良くないことが起こるのではないか、と考えていた。
討伐しても何度でも目撃されるゴブリン。そのゴブリンが本来あり得ない同時に複数の群れが進攻を開始した。それだけでも異常事態だというのに、どうにもそれが人為的なものである疑いがある。
だからこそフィオナはこんなにも不安そうにしていたのだ。
「そうだな……魔物使いなんて珍しい職業と転移が使える複数の魔法使い。ってなると組織的な犯行ってやつになる。王都でも落としに来てるのか何なのか……」
アッシュにとっては思い付きを口にしているだけに過ぎないが、それがフィオナの不安を更に煽ることとなった。
「そんな……ぎ、ギルドマスター! もしアッシュさんの言うようなことがあるのなら急いで国王陛下に伝えた方が……!」
「フィオナ、まずは落ち着くべきだと言わせていただくのでございますよ。先ほどアッシュ殿が提示した可能性を考慮してこちらで動くつもりでございますが、何かあった際には協力を要請することになるのでございます。構わないでございますね?」
協力を、という言葉はアッシュとルキに向けられており、アッシュは仕方がないな、とでも言いたげに頷きで返した。ルキはアッシュが頷いたのでそれに続いて頷いたが非常に面倒くさそうにしていて、それを隠すつもりもなさそうだった。
そんなルキの様子にアッシュは苦笑を漏らしてからシャロへと視線を移した。シャロは何か不味いことが起きている。ということを理解しているようでフィオナほどではないが不安そうにしていた。
シャロはそうして自分を見るアッシュに気づいたようで不安に揺れる瞳をアッシュへと向けた。
その瞳に僅かに助けを求めるような、もしくは縋るような色が浮かんでいることに気づいたアッシュは仕方がないな、というように小さく息を吐いてからシャロの頭にポンと手を乗せた。
そしてくしゃくしゃとシャロの頭を撫でてからアッシュは苦笑を浮かべながらこう言った。
「そう不安そうにするなよ。何も気づけていない状態ならヤバかったかもしれないけど、今はこうしてその可能性に気づけたんだ。手の打ちようは幾らでもある」
「それは……そう、ですね……きっと大丈夫ですよね……」
アッシュの言葉を聞いても不安そうな様子に変わりはなく、自分に言い聞かせるようにそんな言葉を口にした。
幼いシャロがそんな様子を見せてしまえば当然大人であるクレスとフィオナはどうにかその不安を払拭しようと考える。
「だ、大丈夫でございます! アッシュ殿が言ったように手の打ちようは幾らでもございます! シャロ殿が不安がる必要など、何処にもないのでございますよ!」
「そうですよ、シャロさん。 確かに不安になるのはわかりますけど、私たちに任せてください! ちゃーんと解決しますからね!」
とはいえ、今のシャロにとってはその言葉は意味のないものであり、不安なものはどうしようもなく不安だった。
だがそうした言葉をかけてくれるクレスとフィオナに安心したように、とはいわないが弱々しくもどうにか笑みを浮かべようとするシャロ。
クレスとフィオナにとってはそれが悲痛なものに見えて唇を噛んでしまう。そしてこの場でそんなシャロを安心させることが出来るのはきっとアッシュだけだ。そう考えてクレスとフィオナは二人で同時にアッシュへとどうにかしてくれ、と視線を向けた。
「ルキ、あれが残念な大人だ。ってわけじゃないからその仕方ねー奴だな、みたいな目はやめとけ」
「いやだって」
「だってじゃない」
「えー……」
「えー、でもない」
そんな視線を受けても気にした様子もなくアッシュはルキに視線を向けることもなくそんなことを口にした。事実としてルキはクレスとフィオナに対して仕方ねぇな、と思いながら視線を向けていた。
「お互いに目を見ることもなくそういうことが言える辺り仲が良いのは大変よろしいのでございますが。私とフィオナが考えていることは違うのでございますよ?」
「アッシュさーん? わかってやってますよねー?」
「あー、はいはい。わかったからそのジト目をやめろよな」
アッシュが言ったようにクレスとフィオナはジト目でアッシュのことを見ていて、アッシュは適当に流すように言いながらシャロを見る。
するとシャロもそれに釣られたようにアッシュを見た。くだらないやり取りを一度挟んでいるからか、シャロの不安そうな様子は少しだけ、本当に少しだけ和らいでいた。
「シャロ」
「はい……」
「今日は軽く依頼を受けて買い物をしてから帰るか」
「そうですね……ルキさんが良く食べるのでそろそろお肉が……って、主様?」
何を言うのか、とアッシュの言葉に耳を傾けていたシャロは完全に関係のないアッシュの言葉に流されたがすぐに何かおかしいとアッシュを呼ぶ。
だがそれによってアッシュが口を開くよりも早くルキが声を上げた。
「はぁ!? 俺が悪いみたいな言い方やめろよな! っていうかアッシュが沢山食べて大きくなれよ、って言ってたから言われた通りに食ってるだけだっての!!」
「野菜も食べないといけないと思うんだけどなぁ」
「あ、それは私も思います! ルキさんはすぐにサラダとか残そうとしますからそういうのはめっ! ですよ!!」
話の勢いと内容に流されたシャロは不安そうな様子などなくなり、ぷんぷんという擬音が似合いそうな怒り方をしていた。
そんなシャロの様子にクレスとフィオナは呆気に取られていたが、そんなことはお構いなしにルキはシャロへと言い返した。
「うるせぇ! チビが作るようになってからアッシュが作る時よりも野菜の量が多いんだよ!!」
「食べないといけないから出してるんです!! ルキさんは何かあるとすぐにお肉お肉って……この間だってこっそりと主様にわけてもらったの、知ってるんですからね!!」
「んなっ……完璧に気づかれてなかったと思ったのに……!」
「主様も主様です! ルキさんに甘いのは何となくわかっていましたけど、甘やかすばかりもめっ! です!!」
「甘やかしてるわけじゃないんだけどなぁ……まぁ、あれだ。狼人は肉を好むのはそういう嗜好だからって言うよりも燃費が悪いから、っていうのもあるんだ。だから仕方ないんだよ」
「そーだそーだ! だからもっと肉!!」
「え? あ、そ、そういう理由があったなんて知りませんでした……」
「それはそうだろ。今適当に思いついたからな」
「え? あ、あーるーじーさーまー!!!」
アッシュの言葉とそれに便乗したルキの言葉にもしかして自分は間違えたことをしていたのではないか、と不安になったシャロだった。
だがアッシュがしれっと言った言葉によってからかわれただけだと気づいて顔を赤くしながら声を上げた。
「悪い悪い。それで、少しは落ち着いたな?」
「え? あ……」
それに対してアッシュが苦笑を漏らしながら口にしたその言葉を聞いて、シャロは先ほどまでのやり取りが自分が不安になっているのを払拭するためのものだと気づいて小さく声を漏らした。
「まったく……まぁ、何かあったとしても俺が守るさ。こんなのでもシャロの主様らしいからな?」
そしてアッシュは悪戯っぽくそんなことを言った。
するとシャロは困ったようにほんの少しだけ苦笑を漏らした。
「主様……もう、それならちゃんと守ってくださいよ?」
「あぁ、勿論だ」
その言葉にシャロは安心したように、もしくは少しだけ楽しそうに笑みを零した。その様子をみればわかることだがもうシャロは今起きている異常事態を不安には思っていなかった。
こうしてシャロの不安をどうにか取り除いたアッシュがクレスとフィオナへと目を向けると、二人はシャロの様子を見てほっと胸を撫で下ろしていた。
数日で結構仲が良くなっている模様。
ルキは根が良い子で、シャロは素直で良い子。そして何だかんだ子供に甘いアッシュ。
まぁ、仲良くもなりますよね。




