24.二人の仲を見せつける?
冒険者ギルドには冒険者、または職員が申請することで利用が出来るような個室が用意されていて、アッシュはそこを使えば少しはフィオナと落ち着いて話が出来るか。と考えてそれを伝えようとした。
だがそんなアッシュよりも早く受付カウンターの奥から声が届いた。
「フィオナ、少し落ち着くべきだと思うのでございますよ」
その声に四人がそちらへと顔を向けるが、残念ながらその姿は見えなかった。いや、フィオナにだけは見えているのだが、アッシュたちにはカウンターが邪魔で見ることが出来なかった。
「あー……その声はクレス、だよな?」
「そうでございますが」
「行き遅れがチビ過ぎて見えてねぇぞ」
「だから行き遅れではないとあれほど申し上げたわけでございますが!!!」
「行き遅れは行き遅れだっての」
アッシュはその声は、という姿が見えないということを言外に伝えたのに対してルキは馬鹿正直に、というかクレスを煽るようにはっきりと言葉にしていた。
するとクレスは即座に反応し、行き遅れではないと大きな声で叫んだ。その瞬間に野次馬の視線が微妙に憐れむようなものとなり、姿の見えないクレスへと向けられていた。
それに気づいたのか、もしくは何となくそうした雰囲気を感じ取ったのか。クレスからは一瞬だけ怯んだような気配が感じ取れた。
「ひ、ひとまず! アッシュ殿たちは奥の個室へ!! そこでならば落ち着いて話が出来るというものでございますからね! あ、フィオナもこちらへ!!」
そう言ってからクレスの気配は受付カウンターの奥の方へと去って行った。
逃げたな。ということをその場にいた全員が思いながらもそれを口にせず、何とも言えない微妙な空気が漂っていた。
そしてそれに耐えられなくなったフィオナが口を開いた。
「あ、え、えーっと……と、とりあえずアッシュさんたちは奥の個室へ……」
先ほどまでの怒気は一切なく、この場から逃げたい。という考えが顔に出ていた。
アッシュとしてはそうなってしまうのも仕方がないと思い、苦笑を漏らしながら言葉を返した。
「あぁ、わかった。ルキ、シャロ、ついて来てくれ」
「まったくあの行き遅れは……ここは俺とアッシュの仲を見せつけてやらないとな!!」
「見せつけるような仲も何もないだろ……良いから行くぞ」
「はーい」
返事をしながらもルキは何故かやる気に満ちていて、アッシュはそれを見て小さくため息を零していた。
「はぁ……まぁ、とりあえず奥の個室だな……」
そう言ってからアッシュが歩き始めると意気揚々とルキが続き、その後ろをシャロが困ったような表情を浮かべて続いた。
アッシュやルキにとってはこの程度のことで困惑することもないのだが、全く慣れていないシャロにとっては非常に困惑させられるようなものだった。
▽
アッシュたちが建物の奥にある個室へと辿り着くと、その扉の前でクレスが恨みがましそうにアッシュを見た。
「先ほどのことは全てアッシュ殿のせいだと思うのでございますが」
「ギルド内に響くような大声を出したフィオナとクレスのせいだろ」
「そーだそーだ! アッシュじゃなくてお前たちが悪い!」
「ルキ殿ぉ!!」
アッシュがしれっと流した言葉に便乗したルキだったが、どう考えてもクレスを煽っているようにしか見えなかった。
クレスも煽られていると感じたようで声を荒げてルキの名を口にした。するとルキはべーっと下を出した後でアッシュの背に隠れてしまった。
「ルキ……そういうのはやめろ。クレスも、少し落ち着け。子供のしたことだから軽く受け流すのが大人の女じゃないのか?」
「お、大人の……え、えぇ! そうでございますね!! 子供の戯言など軽く流す程度、私にとっては大したことではございません!」
アッシュが適当な言葉を口にするとクレスは何処となく嬉しそうにそんな言葉を口にした。
小人族であるクレスは大人の女性として見られることは極端に少ない。何も知らない人間がクレスの姿を見ればただの少女だと思い、小人族だと知っている人間が見たとしてもやはり少女のようにしか見えない。
そうした見た目ではなく役職や肩書で人を判断するような人間であれば話は違うのかもしれないが、クレスのこの反応を見る限りはやはり大人の女性としての扱いはされていないようだった。
「うわ……ちょろい……」
「ルキさん、そういうのは言わない方が良いですよ」
そんなクレスを見てルキがつい、といったように小さく言葉を零すとシャロがこそこそとそれを窘めた。
幸いなことにクレスには届いていないようだったがそれがしっかりと聞こえていたアッシュは内心で同意しながら、それでいて頷くといったような反応をしないように努めていた。
「とりあえず、部屋の中に入っても?」
「え、あぁ、勿論でございますよ。さぁ、どうぞ中へ」
とはいえそんな状況を続けるよりもさっさと話をする、というよりも冒険者登録を済ませたいと思っているアッシュが部屋の中に入りたい。という言葉を口にするとクレスは先ほどの怒気などは一切感じられないような声と様子で部屋の中へと三人を促した。
それに応えて部屋の中に入ると、以前に冒険者たちが集まっていた部屋よりも小さな部屋だということがわかった。とはいえ十人程度であれば余裕で入りそうな部屋ではあった。
その場にいた四人が部屋に入り、それぞれが椅子に座るとクレスが口を開いた。
「えー……とりあえず……そちらの小さなエルフの少女へ自己紹介が必要でございますね」
「あ、はい……えっと、私の名前は」
と、シャロが自分の名前を口にしようとしたところで扉をノックする音が部屋の中に響いた。
自然と全員の視線がそちらに向くと同時に、クレスが口を開いた。
「どうぞ」
「失礼します」
クレスの言葉に扉の外から声が返され、扉が開くとフィオナが部屋の中へと入ってきた。
その表情は何処か緊張しており、姿勢を正してからスッと一礼をしてから口を開いた。
「遅れて申し訳ありません」
「いえ、お気になさらずに。それよりもこれからそちらのエルフの少女に自己紹介を、と考えているのでございますよ」
「なるほど……アッシュさんのお連れの方、となればこの先に顔を合わせることも多くなると思いますから私も自己紹介をさせていただきますね」
そんな言葉を交わしてからフィオナはクレスの隣へと腰かけると真っ直ぐにシャロを見た。それはクレスも同じであり、それを受けて一瞬だけシャロがたじろぐ。
「まずは私から……このような姿ではありますが、冒険者ギルドのギルドマスターを務めさせていただいております、クレス・アルケイデスという者でございます。どうぞ、以後お見知りおきを」
「受付嬢をさせていただいています、フィオナ・ロナンといいます。アッシュさんのお連れの方ということですから顔を合わせる機会も多いと思いますので、どうぞよろしくお願いします」
「は、はい! えっと、私はシャロと申します! その……と、とある事情で、主様のお世話役として、主様のお世話になっています……?」
「言葉がおかしいって自覚はあるのか、疑問形だな?」
三人が自己紹介を滞りなく終わらせているようで、実はシャロが問題発言をしているとわかっているアッシュは呆れたようにそう言った。
それからシャロに主様、と呼ばれたことからどういうことなのか、と険しい目るきを向けてくるクレスとフィオナを見た。
クレスとフィオナがどうして険しい目つきをしているのか。それはシャロがアッシュの奴隷なのではないか、という疑いをかけているからだ。
王都には、というよりもこの世界には奴隷が存在する。王都や帝都、聖都などのように大きな都には奴隷商が存在し、大金を積むことで奴隷を購入することが出来る。
奴隷になるのは主に口減らしのために家族に売られた人間や罪人だ。と、されているが現状では非合法な奴隷仲介業者が存在し、人を攫っては奴隷商に売りつける。ということが行われている。
奴隷商側はそうした非合法な仲介業者であると理解しながらも、見た目や能力などの質の良い商品を欲してその仲介業者から奴隷を買い取るようになっているのが現状だ。
だからこそシャロのような少女に主様、などと呼ばれていればそうした奴隷商から買い取ったのではないか、と疑われていた。
「とりあえず、シャロは奴隷じゃない」
「……その言葉は真にございますか?」
「はぁ……嘘を言っても仕方ないだろ。シャロは俺の知り合い経由で預かってるようなもんだ。王都で暮らすにしても何処か借りる、宿を取るとかするにしても金がかかるからそれなら俺の家に住ませてやれば良いってな。とはいえ無償で部屋を貸すことになるのはどうかと思うってことで家事をしてもらうことになってるんだ」
ため息交じりに、仕方ないからそういうことにしている。というようにアッシュが言うとクレスとフィオナは半信半疑といった様子でアッシュとシャロを見ていた。
これくらいだと納得しないよな。とアッシュは思って更に言葉を続けた。
「それに奴隷とかそういうのは嫌いなんだ。クレスならわかるだろ?」
ルキが嫌そうに奴隷は嫌いだ、という言葉を口にするとクレスはあぁ、確かに。と思って一つ頷き、口を開く。
「そうでございました。アッシュ殿にとっては奴隷というのは気分の良い物ではございませんからね……」
半信半疑だったクレスはこれでアッシュの言葉を信じたことになる。それと同時にクレスの目には憐れみの色が浮かぶ。クレスはアッシュが貧民街の出身だと理解しているからこその哀れみだった。
アッシュはそれに気づいても何も言わず、寧ろ受け流すことにして剣呑な目つきになったルキを制するように先んじて口を開く。
「まぁ、そういうことだから一応シャロにも冒険者登録をしておいてもらおうと思ってな。今は俺が面倒を見てるにしてもいつか自分で部屋を借りるなり宿を取るなり出来るように、ってやつだ。納得してもらえたか?」
アッシュが気にしていない。という態度を見せたことでルキは何も言うことが出来ず、それでもアッシュ見た。
どうしてクレスにあんな目を向けられたのに何も言い返さないのか。ルキの目がそれを如実に語っていた。そのことに気づいたアッシュはルキの目を見て一度だけ小さく首を振った。
それも含めて気にしていない、という思いを込めてのことだったがルキには伝わったようで不服そうにため息を零してからわかった、と小さく頷いた。
「えぇ、納得はしたのでございますが……そういうのを見せつけられるとこちらとしては困るのでございますが」
そういうの、というのがどういうものなのかわからなかったアッシュが首を傾げた。それと同時にルキも意味が理解出来ずに首を傾げていた。
見事にアッシュとルキの動きが一致しており、それを見てシャロは感心したように目を輝かせ、フィオナは苦笑を漏らし、クレスは大きなため息を零した。
アイコンタクトだけでほぼ完全なコミュニケーションが取れる二人。




